9
着替えを取るために、いったん別れ自室へと戻ってきた俺は、先ほどの事故を警戒して、扉をノックして、返事が聞こえて来るのをまつ。
中からは人の気配がするのでたぶん雅ちゃんは中にいるだろう。
そういえばカードキー持ってきてなかったし。
「誰?」
ドア越しにガバッと立ち上がったような音それからドタドタと大きめの足音が聞こえて、最後に雅ちゃんの声がした。
さっきのことが尾を引いているのか、声音はやや刺があり、不機嫌。
扉からは黒いオーラが出てるきがする。
「わたし、ひかり」
なんだか古めの詐欺みたいな言い回しになってしまったが、手早く誰かを伝えた方がいいと思ったので、最低限の言葉だけを発した。
いまのアニメの冒頭のシーンぽくもあるな。
「………………」
ガチャ。
「もしかしてカードキー忘れたのね」
数秒の間の後、そんな言葉と共に扉を開けてくれた。
雅ちゃんの表情はやはり不機嫌そうで、若干目つきが悪く、口元はへの字に曲がっている。
「ありがとう」
これ以上不機嫌にさせないように、礼をいって部屋の中に入り、クローゼットを開く。
そこでパタリと手が止まってしまう。
女の子って風呂上りどんな格好するんだろう?
記憶にある修学旅行では男女共に指定のジャージだった。
残念ながら彼女なんて気の利いたものなど、いなかった俺には何を着ていいかさっぱりわからない。
もう少し考えて、参考になりそうものを思い浮かべる。
深夜アニメ……は、……エロ重視のネグリジェだったしダメだな。どう考えても女児向けの世界には合わない。
キラドリのアニメでは基本制服かジャージで過ごすし、そもそもお風呂なんてお色気シーンはない。
元のひかりちゃんのファッションセンスをパクることもできない。
あとは前世での母親ぐらいだが、あれはとても参考にはならないなるわけが無い。
なんで穴開いて捨てたはずの人のスエットをはいてるんだよ。
ダメージジーンズみたいなもんじゃないとか言ってたけど一緒じゃないことは俺でもわかるぞ。
美容パックをつけた状態の母らしき人が頭に浮かんでそんなことを言い出したので、すぐにかき消す。
中学生までの記憶しか残ってないのに、なんて恐ろしいエピソードがあるんだろうと、ちょっとだけ前世の暮らしぶりが気になったが、どうせ思い出せないだろうし、 前世の母親を思い出すのはもうやめておこう。
ここは身近なルームメイトの雅ちゃんでも参考にしよう。
だが、いきなりお風呂上がりって何着るの? なんて聞けば変に思われるに違いない。
いまの雅ちゃんはさっきのことで、若干機嫌が悪い。
それとなくお風呂に誘って、2人の距離を縮める作戦もあるわけだし。
いったんそっちを優先しようと振り返って、びっくり。
「雅、なにしてるの? お祈り?」
雅ちゃんはいつの間にか薄着になっていて、土下座のようなポーズをしている。
正確には、土下座の状態で腕をめいっぱい伸ばして、床に手をつけた状態のまま固まっている。若干辛いのか腕が小さく動いてちょっと面白い。
ナニコレ? 新興宗教ですか?
もしかして、雅ちゃんってオカルト属性でももってるのか?
うわぁと、隠された設定に引いていると、一区切りついたのかガバッと勢いよく顔を上げて、
「違うわよ。これはお風呂上がりのストレッチにきまってるでしょ」
なんだ雅ちゃんまでキャラ崩壊したのかと思ったよ。
ほっと胸をなでおろす。
「いや決まってるかどうかは知らないけど……、そっか、もう入っちゃんだ」
やっぱり遅すぎたようだ。
そういえばジャージから濃い青色のキャミソールと、白い丈が膝上ぐらいの短めのパンツに着替えていた。
髪が乾いているから気づかなかったが全身からボディソープの爽やかな香りが漂ってきている。
まぁ雅ちゃんが席をたってからかなりの時間ゆずはちゃんと食事をしていたわけだしな。仕方ないか。
作戦の練り直しか。
今日のところはあきらめよう。
「ひかりはさ、これからお風呂行くのよね?」
しれっとストレッチを再開した雅ちゃんが確認するように聞いてくる。
機嫌直ったみたいだな。
「そのつもりだけど」
「 これから混むって先輩達も言ってたし急いだ方がいいわね」
それは大変だ。急がなければならないな。
男子の風呂といえばあれはもはや戦争と言っても過言ではない。
1番風呂を争い、お湯を掛け合っては争い、湯船で息止め大会を始めたりするし、頭を洗ってるやつにシャンプーを足す通称無限シャンプーなんてことやったりする。
他にもシャワーを使っている最中にお湯を水や熱湯に変えて慌てるさまをゲラゲラ笑いながら鑑賞したり、シャワー撃ち合いしてリアルファイトに発展させたり、女子風呂を覗こうとしたりと同世代の奴らが集まれば、スラム街以上治安が悪くなる。
そうなればきっと疲れをとるなんてできないに決まってる。
しかし風呂上りの格好の正解がわからない。
やっぱりどこか動きの鈍い頭を回転させ、なんとかアイデアを絞り出す。
そうだ雅ちゃんに決めてもらおう。
「あのさ雅、ルームウェアってどこにしまったっけ?」
伝家の宝刀天然キャラ。という名の忘れんぼう。
「はぁ? さっきしまったばっかでしょ、ちょっとどけて、全く天然なんだから……」
やや呆れながらもストレッチを中断して、俺を押しのけると、クローゼットの下についているタンスの引き出しを開け、ルームウェアを1着取り出す。
しかしそれだけではなく横の引き出しやその上の引き出しまでの開けて、何かを探し始めた。
「はいこれ。ルームウェアと下着は一番下の引き出しに入ってるからちゃんと覚えておきなさい」
差し出されたルームウェアはなんだがふわふわモコモコとした、
床に転がればきっとよくホコリが取れそうな代物。
パステルカラーというんだったか、淡い紫とピンクを交互に等間隔で入れた感じの、男の俺だったら絶対選択肢にすら入れないようなものだった。
機械的に整理をしたせいで全然気が付かなかったけどこんなものまであるんだな。
上下とも長めでこれなら湯冷めしないで済むだろう。
「あとこれタオルと下着。明日から自分で用意しなさいよ」
口調こそやや強めなのだが、表情は柔らかく、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかと勝手に想像する。
いや弟いるって言ってたし実際お姉ちゃんか。
「ありがとう雅」
頼られることは嫌いじゃないようで、少し機嫌を直してくれたのか礼を告げると、照れくさそうに顔を赤らめ、顔を明後日の方に向けてボソッとつぶやくように答えた。
「別に……これぐらい大したことじゃない…………からっ」
「じゃあ行ってくるね」
雅ちゃんって意外と世話好きなのかな?
そう思いながら部屋のカードキーを忘れずに持って、扉を開ける。
さぁー初のお風呂タイムだ。