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食堂にいたみなさんにヒソヒソ噂され、気まずい思いをしながら、なんとかハンバーグを食べ終えた俺は、食べる配分を間違えて少し残った、白米を噛みながら、ゆずはちゃんが食べ終わるのをじっと見つめることで急かしていた。
やはりひかりちゃんの胃袋は前世の俺のものよりやや小さいようで、定食一つでお腹いっぱい。腹八分目ってやつだな。
調子に乗ってこれにラーメンとかケーキとか頼まなくて良かった。頼んでたらアイドルとしてデビューする前に、ゲロインデビューしてしまうところだったな。
俺のハンバーグ定食はもう少しで完食となるがゆずはちゃんの焼き魚定食はまだまだ残っている。
女の子らしくサラダまで頼んだらしく先ほどから、のんびりと二種類のドレッシング、どっちをかけようかと悩んでいた。
ごまドレッシングだろうが和風醤油ドレッシングだろうがどっちだって結局食べるのは野菜じゃん? と思ってしまうのは俺が男だからなのだろうか?
それに、ゆずはちゃんは食べるのが遅いタイプの子だったのだ。
先ほどまでの怖さはどこへやら
小動物のような愛らしさで、小さな口をもきゅもきゅと動かし、サラダのレタスを頬張っていた。
結局、醤油ベースのあっさりとしたドレッシングにしたのか。
残念だったな、ごまドレッシング。
選ばれなかったごまドレッシングに哀れみの気持ちを送りつつ、ゆずはちゃんの食事を見守る。
レタスを食べている姿はとても可愛らしく、スマホの待ち受け画面にしたいほど。
そういえばこの世界ではキラドリフォンだったな。
寝る前に充電しておかなければ。
「ん? そんなにみつめられるとたべづらいよぉ」
頬を染めて、より愛らしく、アンドあざとく小首をかしげて、そっぽを向く。
だというのに黒い感じがしないのはやっぱりゆずはちゃんが天使だからに違いない。
「じーーっ……」
とりあえずゆずはちゃんの食事が終らないことには計画を進めることができないので、念を送るように、眉間にシワを寄せる。睨むような顔になっていても関係ない。
ただただ急げと、念じるが効果のほどは薄い。
このマイペースさんめ。
アニメではバッサリカットされている部分だったが故に知らなかったが、まさかこんな伏兵が潜んでいたとは。
アニメには出てこない設定を知ることができるのは嬉しいことだが、今回に限っては知りたくない部分だったよ。
ゆずはちゃんは意外にマイペース。
なんだかんだこれに6年近く付き合い続けてきていたひかりちゃんってすごいんじゃね? とかややそれた尊敬をしていると、
「ひかりちゃん。はい」
何を勘違いしたのかサラダに入っているトマトをひと切れを箸でつまんで差し出してきた。
「ひかりちゃん、あーん?」
念を送ることに集中していたおかげで、反応が遅れたため、もう1度催促するようにいうと、箸を容赦なく近づけてくる。
これ意外と恥ずかしいな。
少し前にさんざん騒いでいたのが災いしてか、俺とゆずはちゃんの席は注目されている。
つまりカップルでもなかなか堂々とはやらないことを観衆の中でやるハメになっているのだ。
ゆずはちゃんは恥ずかしくないのだろうか?
思考をしている間にも近づいて来る箸にようやく覚悟を決める。
無理しない程度に開いた口にトマトがインされる。
閉じた瞬間、口の中で酸味がはじけて、爽やかな気持ちになる。
ドレッシングも少しついていたらしく、醤油のような味が遠くの方でした気がした。
減塩タイプの薄味だったか。
って違う。
俺は恥ずかしさに耐えて何をやっているんだか。
あと、いまの女子からの初あーんでもあった。
そう思うともっと恥ずかしくなってきた。
「どう? 美味しい?」
「うん、美味しいよ」
流石に美味しそうに食べてる可愛らしい顔を見ていると、さっさと食えとは言えず、引きつった笑顔を浮かべて、そう返す。
「じゃあもう1個どうぞ」
「あーん、っと」
再び差し出されたトマトをまた素直に口に迎え入れてしまう。
ゆずはちゃんは満足そうに俺が咀嚼しているのを見ると、頷いた。
そんなに美味しそうに食べているように見えるのだろうか?
ひかりちゃんになってから表情筋は前世に比べてよく動くようなきがする。
「んふふう」
俺に食べさせるのがよほど嬉しいのか、アニメでも滅多に見せないようなとびきりの笑顔を振りまき、なんだがうっとりしていた。
背景をつけるとすればきっとキラキラしたお花畑にちがいない。
トリップされてはますます食事が終わるのが遅くなる。
こうなったら最終手段だ。
「ゆずはちゃん。ちょっと箸貸して?」
「どうして?」
「お返しにたべさせてあげようと思って」
「どぞっ」
嫌がられるかと思ったが、のんびりとした癒し系のイメージからは想像できないぐらいの速度で箸を差し出した。
ゆずはちゃんは妙に興奮したような、空腹の時にごちそうを見せられたみたいな表情を浮かべて、口をあけている。
一瞬周りの人と目が合ってしまい恥ずかしさが途端に湧き上がってきたが、勢いに任せて、焼き魚の一欠片をゆずはちゃんの口、目掛けて放り込んだ。
「うん、とってもおいし……」
「はい、もう一個。あーん」
感想すら言わせずにもう一欠片。
かなりの量を詰め込むと、やがで頬いっぱいになってしまい、リスのようになってしまった。
それでも焼き魚を目の前に差し出せば素直に口をあけてくれるあたり、いい子だとは思うんだが。
「ゆずはちゃんリスみたい。あははははっ」
パンパンに膨らんだ頬を見て、ついついからかってしまった。
前世の反動なのかどうにも可愛い女の子と話して、からかってたりするのが楽しいようだ。
傍から見れば女の子同士がじゃれているようにしか見えなくても、俺的にはいちゃつくのと何ら変わらない。
まさに夢のひととき。
「んうんむー、ごっ。ひかりちゃんひどいよー」
どうにか飲み込んだゆずはちゃんが抗議するようにポカポカと力のこもってない拳をふるってくる。
こうしてるとやっぱりさっきの言い争いって、冗談だったのではないか? なんて思えてくる。
「でも可愛かったよ」
「んんっ!?」
口をついて出た素直な言葉にはゆずはちゃんの顔はみるみる赤くなる。
周りで食事しながら聞き耳を立てていた人達も数名赤くなってきた。
ゆずはちゃんに視線を戻すと、赤くなるを通り過ぎてのぼせたみたいになってしまった。
アニメ効果なのか目をバツ印に変えてふらふらと椅子から落ちていく。
「あっ、えっゆずはちゃん大丈夫?」
慌てて椅子から落ちそうにゆずはちゃんを受け止めて、元の位置に戻す。
ここまでピュアな子だとは思わなかったぜ。
からかうのも程々にしようと反省。それから後で謝っておこう。
「んっ……うーうぅ」
呻き声を上げたのは最初の一分ほど。
5分もすればオーバーヒート状態だったゆずはちゃんは顔の赤みが引くと何事もなかったかのように、食事を再開しはじめた。
終始無言で食べ、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべながら、
「じゃあお風呂いこっか」
と、いってトレーを下げるために席をたった。
結局食事を終えるまでに40分ほどかかってしまった。
これ何もせず待ってた方がはやかったのでは? と思わずにはいられなかった。