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 「って、まだ着替えてなかったわね」


 差し出した手をとる寸前に引っ込めた雅ちゃんが冷静にそういった。

 なんだかこっちが恥ずかしいんだが。


 「ほらさっさと着替えちゃいなさい」

 少し赤くなった顔をごまかすように雅ちゃんは俺を急かす。


「……うん。で、……その」


 どんどん顔が赤くなるのがわかる。

 着替えるのなら恥ずかしいから外に出てて欲しいのだが。

 そう言いかけて開きかけた口を閉じた。

 いまの俺は雛星ひかりだ。女の子だ。

 女の子相手にそんなことをいえば変な目で見られてしまう。

 恥ずかしいがここは我慢するところだ。

 アニメに出てくる女の子たち (深夜アニメ参考)ではよってたかって巨乳キャラの胸を揉みしだいたり、普通にそういうことをしていた。


 「なに、もじもじしてんのよ」


 一向に着替え出さない俺に急かすようにもう1度声をかけてくる。


 「ううん。すぐ着替えるって」


 顔を下に向けついに女の子として、初めての着替えを始める。

 全く人生初めて脱がせる女の子が自分になろうとはな。

 人生とはわからないものだ。

 妙に悟ったような気持ちになりながらブレザーのボタンに手をかけた。


 ゴクッと生唾を飲み込む。脱げば間違いなく膨らみつつある胸を見ることになる。

 そしてこれまでなんやかんや夢なんじゃないかとか言って逃げてきたが、もうそれは言えなくなってしまう。

 とうとう現実を認識する時だ。

カッと、目を見開いた気持ちで素早くボタンを外す。

 まだ新品特有の洗濯糊の匂いをうっすらと残したブレザーをハンガーにかけ、ベストを脱ぎ、リボンを素早く外す。

 ブレザーって意外に重たいのな。脱いだらなんか肩が軽くなった。


 ブラウス姿になって初めて、つけているブラと対面した。

 ほんとにつけてるんだよな。

 はっきりとではなく、ブラウス越しにうっすらと透けている。

 輪郭がなんとなくわかるぐらいだが。

 キャラのイメージ通りの白いブラ。

 数秒ほど前世の性癖どストライクな光景を眺めてしまった。

 全部見えるのなんてつまらないとか言ってた時代が懐かしいよ。


 ハッと、我に返り罪悪感に苛まれた。

 まさか自分のブラで喜ぶなんて、俺は何をしているんだと。

 ……いや、ひかりちゃんの身体だからセーフ何じゃないか?

 いやいや、もっと悪いだろうそれは。

 自分の中にいる天使と悪魔的な感情がひとりでコントをはじめ、どんどん収拾がつかなくなって来ている。


 なんとか天使も悪魔も追いやって、ブラウスのボタンも外してそっと両腕を引き抜く。

 万が一にも引っかいたりして傷をつけない様に慎重に。

 うっすらと、かいていた汗のおかげか触れた空気がさらっとしていて気持ちいい。

 開放感に浸ろうかと思ったが、そんな暇ないことを思い出して、スカートに手をかけた。

 スボンを下ろす要領で一気に下に引っ張るが、骨盤のあたりに衝撃が走っただけでスカートは腰についたままだ。

 簡単にずり落ちても困るんだが、固すぎやしないか? それとも何か女だって認識を植え付けるための呪いの装備か? 

 昨日までれっきとした男子として育ってきた俺は当然スカートの脱ぎ方なんて知らない。

 女装趣味なんてなかったし、女の子がスカートを脱ぐシーンを目撃する機会もなかった。

 人を待たせているプレッシャーもあっていっそ壊れるの覚悟で力ずくで行くか? なんて野蛮な方向に思考が飛んでいく。

 近くに教会とかあったかなとファンタジー方面にも思考を飛ばす。


 「ひかりなにしてんのよ?」


 ブラとスカートの姿のまま一向にそこから着替えを進めていない俺を怪訝に思ったのか、声をかけてきた。


 「スカートが脱げないんだって」


 焦って余裕のない俺は乱れた口調のままに切れ気味に返す。


 「そりゃそうでしょ横のファスナー下ろしてないんだから」


 ん? 横のファスナー。

言われて腰のあたりをぺたぺたと触る。

 カチッと小さな音を立てた部分をはぐるとそこにファスナーを見つけることができ、それを下に下げ、緩めればストンと今までの強情さはいったい何だったんだがというぐらいあっさりと床にスカートが落ちた。

 ふぅー解呪成功か


 「…………。そうだよね、うっかりしてたよ〜」


 雅ちゃんと揃って床にだらしなく脱力したみたいに落ちたスカートに目をやる。

 そしてなんだかちょっと足りない子を微笑ましくみるような優しい表情を浮かべた雅は悟ったような口調で、

 「ひかりってやっぱり天然だったんだ」


 …………。


 もう、ドジな抜けた天然キャラってことで通して行こう。

 密かに俺はそう決意した。



 不本意ながら、無事目指すべきキャラも決まり。

 着替えも済ませて、意気揚々と、雅ちゃんを並んで食堂にやってきた。

 食堂は少し早めだったこともあり、あまり混んでおらず、落ち着いて食事するには最適。

 ラッキーなことに券売機の待ちはゼロ。

 雅ちゃんもお腹減っているのかいつの間にか券売機の前に。

 入口近くにある券売機は、デカデカと食券と表示された、ラーメン屋なんかで見るタッチパネル式の最新版。

 元の世界のものよりさらにハイテクらしく、カードの読み取り口までついている。

 電子マネー対応なのだろうか?

 学食なんて初めての経験だしついつい周りを見渡してしまう。

 注意書きの張り紙を流し読みし終えて、再び券売機をみると、その前で雅ちゃんがハイテク文化に置いていかれたおばあちゃんのようなぎこちない手つきで操作をしていた。


 「ええと、まずはこの券売機? で食べたいものを選ぶわけね?」

しかもまだ選んでなかったのか。


 「その前に学生証をかざしてからじゃないとお金取られるぽいよ」


 綺羅星学園の学食は生徒なら無料で利用できるように配慮されているらしく、学生証を認証させることでお金を入れなくても食券が出てくる。

 前の世界では見たことないシステムを採用していた。

 新入生用の注意書きが張り紙に書いてあった。


「どこに入れれば?」


「入れるんじゃなくてかざすの。もうっ! 1回やってみせるから変わって」


 もうかれこれ券売機の前で3分ほどコントのようなことを続けているわけで、振り返れば食事を求めて、たくさんの乙女たちが続々集まって来ている。

 その顔には早くしてくれ、とかまだなのか、などと急かすような言葉が書いてあるようなきがする。


 「まさかひかりにものを教わる日がこんなに早く来ることになるとわね思ってもなかったわ」


 背後から聞こえてきた発言に、失礼なっ! とツッコミを入れたいところだが、後ろの乙女達の睨みが怖いので、できるだけ迅速に注文をすまそう。


 ライス (大)ライス (中)など量から細かく選べてとても便利なんだが、後が支えてる状態では困るな。

 いまの空腹感ならどんなものでも食べられるきがするし、おっと日替わり定食? これはなんだか大衆食堂的な雰囲気漂うメニューだな。

 やっかいなことに、定食と名のついたメニューだけでも10種類オーバーだし、単品メニューは倍以上にあるし、ラーメンとかハンバーグなどの馴染みメニューから海藻サラダといったヘルシーメニューまである。

 さながらファミレスばりの豊富さ。

 さらに下の方にはちゃっかりアイスとケーキの他にもたくさんのスイーツ類が。

 今ほど空腹状態で来たことを後悔するシチュエーションはない。

 片っ端から全部押しそうになる。

 空腹時の買い物ってついつい買いすぎるのとほぼ同じ心理状態。

 ひかりちゃんに大食いの設定はなかったと記憶している。

 だが、普通女の子が食べる量など全く想像がつかない。

 ここは欲張らない方がいいだろう。

 ゲロインなんてギャグかコメディーでしか許されない。

 数秒ほど考えて、ハンバーグ定食と表示されているタッチパネルを押した。

 ぺっと、吐き出された食券を手に取り雅ちゃんとバトンタッチして券売機の横の通路へ。

 再び番が回ってきた雅ちゃんだが、理解力は高いようですんなりと食券を発券すると、ドヤ顔しながらこちらに近づいてきた。


 無事に料理を受け取った俺達は

空いてる手頃な席に向かい合って座った。


 「「いただきまーす」」


 示し合わせたわけでもないが声がハモる。

 少し恥ずかしくなりながらも、箸でハンバーグを切り分けて口に運ぶ。


 「んーまぁーい」


 後ろにハートがつきそうなぐらい甘ったるい声を自分が発したことに、少し驚きながらも、そんなことを吹き飛ばすぐらいに、美味しい味が口に広がってそれだけで幸せな気持ちになる。


 「大袈裟じゃない?」


 若干冷ややかな口調で落ち着いた風を装いながらも雅ちゃんの箸は全く休まる気配がない。


 もしかしてツンデレ属性かひねくれ属性でもあるじゃなかろうか?

 そんなひねくれものはからかってやろう。

 にゅっと頭のなか悪魔が顔を出してきて、そんな考えをよぎらせた。そして実行。


 「そういえば雅って機械の操作苦手なの?」


 「違うわよっ。さっきのは、その、ああいうのを使ったことがなかっただけで……。普段の食事は家のシェフに任せてるし」


 「うわっ。金持ち発言」


 いたずら心に見事なカウンターをもらいました。


「まぁちょっと世間と常識がずれてるとは言われたことあるけど、そこまでのことでもないでしょ?

今日覚えたからもう失敗しないわよ。ドジっ子ひかり」


 小悪魔のようにウインクすると、俺の口元についたソースを指でぬぐって見せてきた。指先に輝くデミグラスソースは、照明を浴びてちょっと輝いていた。

 ひかりちゃんの口は俺が思っていたより小さくいつもの感覚で切り分けたが引っかかってしまったのだろう。

 まぁ、こぼさないだけまだましか。

 それはさておき、からかうつもりが逆にからかわれるだなんて、とても悔しい。


「んーむぅー」


 気がつくと俺は子どものように頬を膨らませていた。


 その後も談笑しながら楽しい食事をしていた。

 すっかり友達と呼んでもいいぐらいには打ち解けたに違いない。

 ひとまず敵対せずに仲良くなる作戦は成功。

 と鼻歌が出そうになったその時だった。


 「あっ、ひかりちゃん見つけた」


 誰かに呼ばれた声がしてそちらを向くと、トレーに料理を乗せたゆずはちゃんが 薄い緑色の髪を揺らしながら小走りでこちらに向かってきていた。


 「誰あれ? 知り合い?」


 しれっとデザートのケーキを食べ始めていた雅ちゃんが気まずそうに聞いてきた。


 「うん、こちら天沢ゆずはちゃん」


 ゆずはちゃんがテーブルにつくのを待ってから雅ちゃんに紹介する。


 「で、こちらルームメイトの桜花雅ちゃんだよ」


 「よろしく」


 雅ちゃんはどうやら人見知りするタイプらしく、ぶっきらぼうに一言だけ。


 「はじめまして、ひかりちゃんの親友兼保護者の天沢ゆずはです」


 露骨に仲良しアピールするように俺の腕を引っ張り、顔を寄せさせる。


 あれゆずはちゃん? 思ってた感じと違うんだが。なんで親友のところを強調するの? なに保護者ってどういうこと? というかなんでそんな険悪なの?

 睨み合うようにして、2人はお互いを見ている。

 たぶんここアニメのシーンとして使われていたら火花散ってるんだろうなと、馬鹿なことを考えて見たけどやっぱり険悪な雰囲気だ。

 アニメではふたりの出会いはここまで険悪なものではなかった。

 いつの間にかしれっと3人で行動してたわけだし、少なくともにらみ合いをするような関係ではなかったと記憶している。 


 「へー、そう。ところであなたルームメイトどうしたの? 見たところひとりみたいだし、もしかして独りぼっち?」


 ゆずはちゃんの態度が気に入らなかったのか、とっても刺のある言い方で、若干バカにするようなニュアンスを込めながら、性格悪そうに言い放つ。

 先ほどまで談笑していた雅ちゃんとは別人にすら思えてくる。

 雅ちゃんもさっきのからかうときよりも数倍刺がある言い方をするし、こころなしか声に怖さが。

 女の子って怖いなぁ。

あ、でもゆずはちゃんのルームメイトはちょっと気になってので、聞いてくれてありがたい。


 「あなたには関係ないでしょ。わたしはひかりちゃんとご飯食べるためにひとりで来たのだから……」


 はっきりとは言わなかったが邪魔だと。

 濁したはずなのに、それがしっかりと溶け残っていた。

 天使のようなゆずはちゃんはいったいどこに行ってしまったんだ。


 「そっ、じゃあ仲良くやってれば」


 意図を察したのか吐き捨てるように言うと乱暴にトレーを持って席をたってしまった。

 その背中は少しさみしそうな気がした。


 しかしまぁよくも数分でここまで雰囲気を壊してくれたもんだな。

 食事を再開したものの、とても楽しめるような雰囲気ではなく、若干お通夜のように暗い。

 先ほど小競り合いはしっかりと周りの人達にも聞こえていたみたいで、修羅場がどうのとか聞こえていたのだが、どこかに消えてしまったみたい。

 どこぞの陽気者さんよ、今こそあなたの出番では?

 沈んでしまった雰囲気では、ハンバーグだって美味しくない。

 原因を探るために、直球でゆずはちゃんに切り込んだ。


 「ゆずはちゃんなんであんな言い方したの?」


 好きなキャラとはいえ、これはゆずはちゃんが悪いと思う。

 だが責めたい訳ではなくあくまでも聞き出すように。

 睨まれるのは怖いし。


 「だってひかりちゃんのルームメイトだと思ったら、くやしくてつい意地悪を……それに、なんかすごく打ち解けてたし……」


 つまりルームメイトがゆずはちゃんじゃなくなったことが原因だ。

 アニメとは少しずれた影響がではじめてる。

 これはとても悪兆候ではないだろうか? アニメには2人の協力が得られないと超えられない問題が起こる話だってある訳だし。 (既にアニメとは関係のない方向に進みつつあるわけだが)

 2人には最低でも友達になってもらわなければならない。

 板ばさみになって楽しめないなんて嫌だし。


 幸いこの後は風呂というイベントがある。

 アニメでは絶対放送されないところたが、もしかしたら軌道修正できるかもしれない。

 古来から仲良くなるなら裸の付き合いと相場が決まっている。


 「ゆずはちゃんさ、この後お風呂だよね?」


 「うん一緒に入る?」


 さすがひかりちゃんの親友というべきかこちらをチラッと見つつ、エスパーの如く欲しいセリフを言ってくれた。


 「そう、今誘おうを思ったの」


 ひとまず第一関門は突破できた。

 さぁー、軌道修正大作戦の始まりだ。

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