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「どう? って流石に一回じゃわからないよね」
「はい。リリア先輩がすごいことしかわかりませんでした」
曲が終わると、リリア先輩がこちらを向きながら問いかけてきた。
高鳴りぱなしの心臓の音がうるさく身体に響くのを感じながら、なんとか感想を述べるが我ながら具体性に乏しいかんそうだな。
どうやら俺は自分で思っているよりリリア先輩のファンなのかもしれない。
それかひかりちゃんの身体だからか。
「じゃあ、聞いてた2人はなにか気になることとかなかったかな?」
俺の感想からはアドバイスのしようがないのか、床に座っていた2人に話を振る。
話を振られた2人は数秒眉間にシワを寄せて考えるように黙りこんだ。
最初に口を開いたの雅ちゃんだった。
「そうですね。ひかりの歌声ほとんど聞こえてなかったわ。さっきより緊張して喉が締まっていたんだと思います。表情にも全然余裕なかったわね」
珍しく敬語を使っていることから、この具体的なダメ出しにしか聞こえない内容は俺ではなく、リリア先輩に向けたもの。
「うっ……そ、そんなことないと思うけど……?」
だが、表情に余裕がない自覚は全くないので、つい否定してしまった。
冷静考えて見ればそれこそ余裕がないことの表れだと思うが、この時の俺は、大きな悩みと数日まともにレッスンしてなかったことからくる焦りで、そんなことすら気がつかないぐらいに余裕を失っていた。
「あたしには、隣に並ぶだけで緊張しまくりに見えるなぁ。今のひかりちゃん、フランスパンにしか見えないよ。ちょーかちかち。見てたこっちにまで緊張してきたよ」
「そうだね。わたしもひかりちゃんは緊張しているように思うかな。隣で歌ってるこっちにまで移りそうだったもの」
「ごめんなさい、リリア先輩。わたしのせいで」
茶化すような口調で、場を和ませようとしてくれているあんこちゃんにツッコミを入れることすらせずほぼ反射的にリリア先輩に謝る。
「いいの、無茶ぶりをさせたのはわたしよだから、ひかりちゃんが謝ることないよ。でも、早めになんとかした方がいいと思う。これからアイドルとしてやっていくなら恥ずかしいがってる暇はないし、誰が隣にいても最大限のパフォーマンスができないと話にならないってわたしもプロデューサーさんに怒られてなぁー」
リリア先輩は体験談を交えたアドバイスを俺達に語りだした。
確かに恥ずかしいがってる暇なんてないのかもしれない。
テストライブはもうすぐ目の前まで迫って来ている。
それが無事に終わったとしたら、きっと誰かとステージ立つ機会来るのもきっとそう遠くない未来の話だ。
いや、もしかしてらリリア先輩はその機会が近いことを知っていてわざわざ口に出したのかもしれない。
いや、流石に深読みのしすぎかな?
「月城先輩でも怒られることあるんですね。なんか意外な感じです」
「それはもう今でもしょっちゅう。この前だって入るスタジオ間違えて、収録中のバラエティー番組のスタジオに入りそうになってスタッフさんにすごく怒られたし。あっ、でも今の話ここにいる4人だけの秘密だよ? 綺羅星のクイーンのイメージ、守らと行けないし」
リリア先輩はいいながらパチリとウインクを決めた。
もしも今、男の身体だったらやばかったかもしれない。
「話を戻すけど、ひかりの場合根本的に何かが違う気がするのよね。自分の歌に自信が無いから声が小さくなるわけじゃないような気がするの」
雅ちゃんはちょっと苛立った様子で話題を修正した。
きっと、真面目な雅ちゃんは雑談が長引くことをよく思っていないのだろう。
レッスン中はあんこちゃんと雑談をしていると決まってる割り込んで中断してくるし。
「わたしは、なにか隠しているように感じたかな」
リリア先輩の核心をついた発言に一瞬目を大きく見開いた。
何なのこの世界のアイドル。
まじで鋭いすぎるぞ。
初対面のアイドルには絶対疑われる運命なのか?
「へ? あ、えーとそんなわけないじゃないですか。もー、変なこと言わないで下さいよリリア先輩」
内心の同様を悟られないようにちょっとおどけた態度でやんわりと否定する。
図星を突かれて感情的になるなんて絶対やってはいけない。
そもそも中身が男だなんて証明のしようがないわけだし、それさえ口に出さなければ問題ないはずだ。
しかしリリア先輩の目からは確信を持っているような自信が浮かんだいる。
「歌には、その人の思いや気持ちがが少なからず現れるものよ。だからわかるの。ひかりちゃんの歌からは晴れやかさを感じない。それは後ろめたいことがあるからなんじゃないかなって思うの」
「なにもないです……よ」
確かに歌は感情をさらけ出して表現する行為だから不安や後ろめたさ見たなものが滲み出してしまっていたというのは納得できなくもない。
そう思うと、否定もぎこちなくなる。
だけど、それを2回歌を聞いただけで見抜くとかどんなチートですか?
「そうよね、初対面の人にいきなりそんなこと言われても困るよね。ごめんなさい」
弱々しい否定などリリア先輩は意味がないらしく、なにかある前提で会話が進んでいる。
月城リリア警戒度を上げておこう。
「そういえばひかりって自分のことあまり話さないわよね?」
「そんなことないと思うけど」
即座に否定する。
あまりこの話題が広がっては困るのだ。
俺はひかりちゃんのことをほとんど知らない。
ここで嘘や誤魔化しを使ったとしてもどこかで綻びが生じてしまうだろう。
この先も付き合いがあることを考えると、得策じゃない。
「確かにあたしも聞いたことかなぁ。全然知らないや」
「でも、ほら2人だってそんなに自分のこと話さないでしょ? それにわたしが今1番気にかかっているのは1つだけだし」
苦肉策だが、しかない悩みがあることだけは明かそう。
きっとゆずはちゃんとのことを明かせばきっと事情を知っていてる雅ちゃんは話題をそらしてくれるはずだ。
真面目で優しい、友達思いな子だし。
「そうだったわね。ならやっぱり練習する以外にないんじゃない?」
ありがとう雅ちゃん。
心の中でお礼をいいつつ、黙って流れを見守る。
ここは自然に会話が流れるのを待つべきだと思う。
次に会話乗ったのはリリア先輩だ。
「そうね歌で1番大切なのは気持ちだものね。どんな気持ちを乗せて歌うか、誰のために歌うか、それだけでも大きく変わってくる。理想はそんなことを意識しなくてもいい歌が歌えることだけどね」
誰のために歌うか? どんな気持ちを乗せて歌うか? 歌で大事なのは気持ち。
なら歌でなら届くのかな?
口では謝ることすらできなかったけど、歌でならもしかたら可能性はあるのかもしれない。
だとしたらどうする?
「それなら。あのリリア先輩!」
リリア先輩の両肩に手を置き真剣な表情で見つめる。
「急にどうしたの? わたし睨まれるようなこと言っちゃったかな?」
ちょっとばかり鋭くなってしまっていた目元に困惑した様子のリリア先輩は、それでも俺の真剣さが伝わっているのか目をそらすことなく、手をはらいのけることもなく真っ直ぐ見つめ返してくる。
「わたしに歌を教えて下さいっ」
言い終わると同時に深く頭を下げた。
ゆずはちゃんと仲直りするならきっとこっちの方が伝わると思うし、恥ずかしいとか言っていられない状況に自分を追い込めばテストライブもいい成績になるのでないかと思いリリア先輩に頼んで見ることにした。
「「ええぇぇぇーー!」」
雅ちゃんとあんこちゃん、2人の絶叫にも断末魔にも聞こえる声がレッスン室中に広がった。
良かったよここが防音設備がしっかりしていて。