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後ろにいた1年生から逃げるように図書館内部に入り込むと、そこには図書館のイメージを覆すような光景が広がっていた。
背の低い本棚がいくつも並んで、明るい照明が隅々まで照らしてくれている。
これなら脚立に乗ったりする必要なく本をとることができる。
制服がスカートなのを配慮してくれているのだろうか?
奥の方にはテーブルと椅子が並べられていて長時間の調べ物でも問題なさそう。
2階へ続く階段も洒落た装飾が施されている。
階段の上の方を見れば優雅にティータイムを楽しむ先輩達の姿もみえる。
多分2階は先輩達専用だろう。
「意外と開放感があって広いねー。図書館ってもっと本に溢れたところだと思ってたよ」
「一体図書館にどんなイメージを持ってたのよ……」
呆れた様子で雅ちゃんがツッコミを入れる。
図書館へのイメージか……最近読んだ漫画に図書館を題材にした話があったな。
「うーん天井につくぐらいの本棚がいくつもあって、その中の一つに強力な魔法の書的な古い本が隠れているみたいなイメージでトンガリ帽子と大きめのローブを着た魔女的な人がひっそり司書をやってる感じかな? あっ薄暗い感じの照明で」
「それ何の漫画よ?」
「ちょっと前に読んだ『魔法司書』って漫画だけど?」
『魔法司書』はタイトル通り魔法使いの女の子 (魔女さんという名前で、本名はまだ明かされていない)が魔法の書を管理しながら巻き込まれる様々な事件を解決していくストーリーで、ファンタジー要素と女の子受けしやすい可愛らしいタッチで書かれた漫画。
俺もひかりが家から持ってきたダンボールに入っていたのを読んではまった。
少女漫画だと思って敬遠していことをちょっと後悔している。
「面白いよねっ『魔法司書』」
雅ちゃんと話していると突然そんな声が聞こえた。
知らない女の子がいきなり会話に参加してきたのか?
今この場には俺と雅ちゃんとあんこちゃんしかいない。
あんこちゃんはパン以外に興味ないはずだし、雅ちゃん知らなかったのだから一体誰が?
「ってあんこちゃんも読んでたんだ」
「あたしだってパン以外にも興味ぐらいあるよ?」
声の主は意外にもあんこちゃんだった。
ぶっちゃけ意外すぎる。
「でも1巻の表紙主人公の女の子が、パンの入ったバスケットと魔法の書を持ってる絵だったよね?」
第1巻『魔法司書 ~魔女さんとひねくれパン屋』の表紙は右手にパン屋からもらったパンと左手に魔女さんの持ち物である赤い魔法の書を抱えた表紙になっている。
「ぐっ……よく覚えてるね」
結局パンにつられただけだったのか、悔しそうに呟く。
「どうしてその記憶力を勉強に生かせないのよ?」
そして雅ちゃんは今日一番に呆れた声で小言を一つ。
「雅、それはこっちも不思議だったりするからあまり深くツッコミないで」
ゲームやアニメの知識はすぐに覚えられても、簡単な英単語は倍以上かかっても覚えられなかったりする。
永遠の疑問だな。
「『魔法司書』の話はもういいからさっさと課題を終わらせちゃいましょう?」
あんこちゃんと俺が、『魔法司書』の話で盛り上がりそうになると、ちょっと拗ねたような感じで雅ちゃんが、急かす。
いつもの流れではあるけど、ちょっと雅ちゃん機嫌悪くなった?
やっぱり漫画嫌いなのかもな。
「そ、そうだね」
あまり怒らせる前に宿題を終わらせてしまおうと思い同意して、本棚のアイドルと書かれたプレートがある列に3人で入っていく。
「ええと面白そうな漫画はどこにあるんだろう?」
「料理、レシピの棚はここだから……パンの本は」
しかし、そう思ったいたのは三分ほどのことでそっと一つ隣の棚の漫画コーナーへ移動していた。
あんこちゃんも同じように通路を挟んで向こうのレシピ本の棚でお互いの読みたいを探す方向にシフト。
「なんで2人ともぜんぜん違う棚にいるわけ?」
1人真面目にアイドル関連の本を探していた雅ちゃんがようやく俺達が違う棚に移動したことに気がいたらしく険しい表情で声をあげた。
「いーや。探すのに夢中で気がついたら棚を移動していたみたいな?」
「そうそう、あたしもそんな感じ。あっでも一応、オリジナルアピールとかキラドリシステムについての本も探したけど……ほらね?」
急いでアイドル関連の列に戻り、本が少なくなって斜めになっているところをあんこちゃんが指さして探していましまアピール。
流石にいきなり怒るような理不尽は怒らかったが、険しい表情はそのまま。
「誰かが使っていて、無いのはわかったわ。でも私達は図書館に遊びにきたわけじゃないのよ? テストライブに向けてやらなきゃいけないことがたくさんあるの。特にひかりは成績がアレなんだから」
「そこまで言うんだったらぼかさず言ってくれた方がダメージ少なくて済むんだけど?」
「わざとよ」
「よりひどかった!?」
やっぱりちょっと機嫌が悪いらしく、いつもの雅ちゃんにはない言葉の刺が。
「こっそり漫画読んでたなんて……ほんとに羨ましい」
「え?」
言葉の刺をさしてきた後小さな声でつぶやいた内容に思わず目を見開いた。
「何よ?」
雅ちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、伺うような表情でチラチラとこちらをみる。
「雅ちゃんって漫画好きだったの?」
「読んだことすらないわ」
あんこちゃんも意外だったのか、ちょっと声を上擦らせながら質問をする。
「普段興味すらしめさないから、てっきり漫画とか嫌いなんだと思って見えないようにこっそり読んでたんだけど?」
普段、と言っても最近はいろいろあって出来ていないが、お風呂から上がって寝る前の僅かな時間に寝るまで漫画を読むのが習慣だった。
「ええと、その読むの邪魔しちゃ悪いでしょ?」
まぁ小説ならそれが正解なんだけどな。
「1人でじっくり読むのもいいけど、数人にでわいわい楽しく、読むのもいいものなのだよ」
解説しようとしたことをすべて、あんこちゃんに言われて微妙な表情になりながら、続きを見守る。
「へー、ちょっと興味出てきたわね必要な本が棚に戻って来るまで漫画、読んで見たいわね」
「一つ隣漫画の棚だしいいんじゃないかな?」
雅ちゃんが珍しく漫画に興味を持ったので、暇つぶしがてら、わいわい楽しく漫画読むことになった。
まぁ図書館のなかだからはしゃぎ過ぎないよに注意しつつだが。
「これが漫画っ! なんだか小説よりだいぶ、ふわっとした感じするわね」
はじめての漫画に雅ちゃんは子供ように興奮していた。
どうやら本当に買って貰ったことがないらしい。
お金持ちにも、いろいろあるんだね。
「漫画の紙って小説より軽くてザラザラしてるから」
「それでどれがさっき話してた『魔法司書』?」
あんこちゃんの解説もほとんど耳に届いていないのか、興味は話題に上がった『魔法司書』へと移っていく。
「これだけど?」
俺が『魔法司書』第1巻を差し出すと、ひったくるように、受け取り、食い入るように読み始めた。
よほど漫画に憧れを抱き、飢えていたのだろう。
「……………………」
「なんか集中し始めたみたいだね?」
「そうだね。しばらくそっとしておこうか」
「そのあいだアイドル関連の棚を見張ろうか」
無言でページをめくる雅ちゃんから少し離れたところでその光景を微笑ましく見守りながら、アイドルの棚の列に戻っていく。
戻ってくるオリジナルアピールに関する本を素早くとるためだ。
「あっ、オリジナルアピールの極意、棚に戻されたね」
棚の近くまで来ると、1人の少女がちょうど本を棚に戻しているのが見えた。
ひかりちゃんは視力がとてもいいのでタイトルまではっきり見ることができ、お目当ての本であることがわかった。
「ちょっととってくるよ」
善は急げ。
ほぼ反射的にあんこちゃんを抜き去り走る。
ひかりちゃんの身体に入った影響で、考えなしの行動が増えたような気がする。
「じゃああたしはそこで瞬き一つしないで『魔法司書』を読み漁ってる雅ちゃんに声かけて正気に戻してみるよ」
「うん」
2人で本を取りに行っても意味がないので二手に別れて効率化をはかる。
誰かと手が被るって取り合いになるよなことはなく、あっさりオリジナルアピールの極意を手に取ると後ろの棚へと向かう。
「雅ちゃんー? 雅ちゃんってば。おーい。ダメだすごい集中してるから聞こえていないみたい。どうしようか?」
雅ちゃんの集中力がスゴすぎて、そこそこ大きな声を出しても気がつくことがなかった。
他の人達への迷惑を考えるとこれ以上大声を出すのは良くない。
図書館出禁とかなってしまうと結構困るし。
となると、解決策はひとつしかない。
「1冊読み終わったところで声をかけてみるってのは?」
「無理じゃない? よく見たらあれ『魔法司書』じゃなくて超長編漫画の『OLさんの成り上がり』だもん」
「ほんとだ、あれ確か60巻ぐらいあるよね?」
いつの間にか雅ちゃんが読んで漫画は変わっていた。
『OLさんの成り上がり』はタイトルそのままで、新米OLが、努力と可愛らしさで玉の輿に乗って、女社長まで上り詰めるサクセスストーリーってやつで、新米OL編は今度ドラマ化されるとかって噂が……。
「しかも、まだはじめの方の新米OL編を読んでる」
「最悪だよ。新米OL編ってやめ時がわからないで、お馴染みの話じゃん。わたしそれ知って、まとまった休みまで読まないことにしてるのに」
『OLさんの成り上がり』は超長編なので、いくつかのシリーズ別れている。
今、雅ちゃんが読んでいる新米OL編は話の続きが気になって、ついつい先を読んでしまうで、話題になっている。
単行本が出る度に寝不足になる人が続出して仕方なく、長期休みに合わせて発売されるようになった伝説の漫画。という設定らしい。
前世ではそんな配慮なんてなかったがな。
誰でもそうなるものに雅ちゃんは手を出してしまった。
こうなってしまったら最後、新米OL編を読み切るまで放っておくしかないな。
新米OL編は単行本10巻ぐらいまでだったはずだから、そんなに長い時間かかるわけじゃないし。
「仕方ないから、あたし達だけ先にオリジナルアピールの極意、読んじゃおう。雅ちゃんには本借りてもらうしかないわね」
「それしかないよね?」
あんこちゃんと意見があったのでそっと雅ちゃんから離れて雑談が許されているテーブルに並んで座る。
決して雅ちゃんを見捨てたわけじゃないぞ。
「ええと、オリジナルアピールはキラドリシステムの演出のひとつです。観客のボルテージが一定に達するかつ、歌とダンスが一定以上の完成度である時にのみに出せる特別な同じものが二つと無いよりアイドルとステージの魅力的なを引き出す演出です。これが出せて初めて立派なアイドル――」
あんこちゃんが本の内容を読み上げる。
そして区切りにいいところまで来ると正直な感想を漏らした。
「これさ、新人には絶対出せないよね?」
「確かにこれは難易度高そうだよね。ということはきっと、1年生のうちはオリジナルアピールを出せるようになるのが目標なのかな?」
「多分そうなんじゃないかな?」
それならそうと言ってくれればいいのにな。
あのクールで厳しい先生なら、出せるようにしてこいって意味で宿題にしてきても不思議じゃない。
まぁ、頭に入れておけとしか言われてないし出せるようになる必要はないと思いたい。
大丈夫だよね?
不安を抱えながら、他の人の読んでいる本と読み終わったほんを交換して、少しオリジナルアピールを理解しようと本を読み込む。
活字が苦手なひかりちゃんの身体拒否反応を起こしているのが頭の奥がズーンと痛んでくる。
結局閉館時間まで雅ちゃんは1歩も動かなかった。
幼い頃に禁止されていたものに大人になってから、どハマリする大人ってまたにいるけど雅ちゃんはその典型だったらしい。
しかし、その数日後。
「あんな漫画があるとは思わなかったわ……男……士で……なんて」
という謎の呟きを最後に漫画を一切読まなくなった。
ゴミ袋には妙に薄くて肌色多めの大きな冊子が入ったたけどきっと学校からの資料だと思う。
さぁー、今日は週1のゴミ回収の日だ。