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外にでて、学校の敷地内を少し歩くと、全面ガラス張りのちょっと近未来感の溢れる正方形の建物が見えてきた。
2階建てらしく上の部分は白い外壁で、覆われていて見ることはできない。
1階のガラスの内側にはたくさんの本が詰め込まれた棚が見える。
陽の光が差し込む開放感のある建物。
あれがうちの学校の図書館か。
「わたし、人生で初めて図書館に来たかも」
前世では本を読んでいる記憶が一切ないから多分そうに違いないと思う。
「確かにひかりと図書館って無縁なイメージよね」
横に並んでいる雅ちゃんが相槌がてらそう反応してきた。
ちらりと横を向いて確認した表情は完全に納得した時のそれだ。
「なんかバカにされてる気分なんだけど。言っとくけど小学校のとき図書室に何回か行ったことあるから」
自分で自虐を言う分には腹は立たないが他人からはっきりと肯定されると、やはりこう、モヤモヤとした感情が胸に広がる。
「どうせ、夏休みの読書感想文のためとかそんなんでしょ?」
「くっ……どうしてわかったの?」
前世では小学校3年から読書感想文があったので、6回ほど利用したことがある。
それをぼかしていうことで図書館似合わない人のイメージをどうにかしようと思ったのに、雅ちゃんにあっさり見破られてしまった。
「そんなの普段、アイドル雑誌とファッション誌と漫画しか見てないんだからわかるわよ。それにあの成績で図書館に通ってるはずないし」
確かにこの世界に来てから読んだ本らしいものは、教科書と雅ちゃんが今いったものぐらいだが、男の俺が女の子用のファッション誌を買うのにどれだけ恥ずかしい思いをしたのか分かってないな。
語りたくないレベルの恥ずかしさだったんだぞ。
それに間違えて1冊30代向けのファッション買っちゃたし。男に受けるスーツの着こなしとかまだ使わねえーよ。
あれを買って読むのだって立派な読書だと思う。
「やっぱりバカにしてるでしょ?」
雅ちゃんが普段の行動から俺を図書館の利用率を当てられるように俺だって顔を見れば雅ちゃんが今どう思ったかぐらいわかる。
目を細めた時はカウンターをしてくる時だ。
「深夜に寮を抜け出そうとする非常識な人なんて3年に1人いるかいないかだそうよ」
ほらね。お約束のラーメン事件のネタを飛ばしてきた。
「わざわざ聞いて来たの?」
まさか攻撃力を高めるためにわざわざ先生が先輩に聞いて来たのかな?
「レッスン室の使用申請を出しにいった時、先生に言われたわ。凄く恥ずかしいかったからよく覚えているわね」
「雅って絶対浮気した彼氏に怖いメールとか送って精神的に追い詰めるタイプでしょ」
わざわざそんな発言覚えておいて、ねちっこく付け加えながら放ってくるあたり、蛇のようにしつこいタイプに違いない。
「まさか、私のまだ見ぬ王子様は絶対浮気なんてしないわよ」
その顔は真面目な話の時のやつだよね? えっ!? もしかして本気でそう思ってるのか?
ここは男として王子様なんていないと教えてあげるべきかな? 王子様みたいにかっこ良くて女の子を喜ばせるのが上手なやつはだいたい遊び人で、どんな女の子を落としたとかを武勇伝として語ってドヤ顔するようなやつだよとか。
浮気をしない真面目な人は誠実何じゃなくてただモテないだけだよって現実を告げるべきなのではないか?
いうべきかしばらく放っておくか葛藤していると自動ドアの開く音がした。
「2人とも図書館ではお静かにだよ? あと、ここで靴を脱いでスリッパに履き替えるの」
「なんであんこはそんなに慣れてるのよ」
慣れた様子で3人分のスリッパを出してきて、淀みなく下駄箱の空きを探して靴をしまう。
正しく常連でなければできない動きだ。
「あんこちゃんも図書館とは無縁なイメージあるよね? ね?」
スリッパを履きながら雅ちゃんに同意を促す。
あんこちゃんがきれてしまったら俺1人では絶対手に負えないのでこっちに雅ちゃんを引き入れておきたい。
「図書館には、海外のパンをまとめたレシピ本とか、家庭で作れるパンのレシピとか、パンに関する本がたくさんあるし、家で勉強しようとするとパンの匂いで集中できないこと多かったから、よく図書館にはよく来るのだよ」
「またまたあんこちゃんに裏切られた気分だ」
そういえば図書館にはレシピ本とかも置いてるところがあるなんて都市伝説を聞いたことがある。
行ったことがないのであくまでも聞いた話だが。
それにアイドルの仕事に役立つ本はだいたいあるとも資料に書いてあったような気がする。
この世界にも料理番組ある。
例えばリリア先輩がやってる番組『リリア☆クッキング』。
毎回ゲストのアイドルとリリア先輩が料理をする番組で毎週火曜日の16時30分からの30分番組だが、なかなか高視聴率をほこる。
あとは、オーディオでも料理審査があったりするらしい。
つまりアイドルと料理はこの世界では割とよくある組み合わせってことだ。
「ひかりちゃんこそあたしを馬鹿にしてるんじゃあ……」
「そうね、確かにあんこって自由人だから授業を上の空で聞き流してるイメージはあるわね。あくまでもイメージよ」
雅ちゃんは、流石に完全に的にまわすのは怖かったようでややこっちよりの中立に落ち着いた。
「ははーん、2人ともさてはあたしをバカキャラだと思っているな?」
「「うん」」
あっ、ハモった。
まぁ自由人キャラは天才か天災かバカの三択だよな。
「こういうことあんまり言いふらすの良くないと思ってから言わなかったけどさ、あたしこう見えて入学試験の筆記、算数と国語満点だから」
どうやら天災だったらしい。
ちなみに天災とは勉強はできるけどその他でとんでもないことをしでかす人種のことを表す。
パンが絡むと上級生とも平気で喧嘩するあんこちゃんにぴったりの種族だ。
「なっ、もしかして私が筆記で2位だったのって……」
雅ちゃんの顔が見たことないぐらい苦しそうに歪んだ。
「まぁ、そういうことなのだよ」
珍しくあんこちゃんが胸を張ってドヤ顔をする。
あんこちゃんは俺と同じく張ってもそこまで大きく主張するタイプではない。
「そんなことより、そろそろ調べ物始めないと……」
流石に靴を下駄箱にしまうまでに時間を使い過ぎているので、2人を急かす。
図書館に着いてからそろそろ5分ぐらいたっている。
「そんなことじゃないわよ。私、合格通知と一緒に筆記2位って結果が来て丸1日落ち込んだんだから」
「えー、そこまでいったら、雅の負けず嫌いじゃなくてもはや病気何じゃないの? それか1位以外をとる度に寿命が半分になる呪いにかかっているか」
でなければ理解できないほどの必死さだ。
「仕方ないじゃない。ミス1個で絶対1位だと思ってたのよ? 凄く恥ずかしいかったわ」
あっそっち? まぁ自信まんまんに1位だったと自慢していて2位だったら恥ずかしいだろうな。
ドヤ顔で、自慢している雅ちゃんを想像してか、落ち込む雅ちゃんを想像する。
「ごめん。あたしが調子に乗って余計なことを言ったせいで」
こういう場面に慣れているかのようにあんこちゃんは謝った。
そういえばさっきあまり言いたくないけどって言ってたし、もしかしたら、テストで1位をとったことで、嫌な思いを過去にしているのかもしれないな。
「いや、あれは1問ミスをした私の責任よ」
雅ちゃんはどこまでも真面目なので、そんなことで嫌味を言ったり陰湿なことをする性格ではない。
俺の知る中で正々堂々が1番似合うキャラだと思う。
なんだかんだで、俺がレッスンや勉強会をサボらないのは、雅ちゃんの努力量を知っているからかもしれない。
アニメでも1番悩みながら成長したキャラだし。
「あのさ、2人とも後ろを気にした方がいいんじゃないかな」
でも熱くなると、周りを見えなくなるところはひかりちゃんと似ている部分で直した方がいい。
「「へっ?」」
入口付近で、長い時間話し込んで居れば当然、人が詰まる。
まして今日は皆同じように課題を出されているから利用者はいつもの倍ぐらいはいるはずだ。
後ろにはきっとそうした1年生たちが下駄箱に靴を入れるために数人、俺達は後ろに並んでいた。
「さっ、早く中に入っちゃいましょう」
何事もなかったように下駄箱に靴を入れると、図書館の入口の扉に手をかけた。
時々、堂々としすぎるのは問題かもしれないな。
肝が据わっているのはアイドルとして大切なことかもしれないけどさ。
あっ、流石に動揺したのか額にうっすら汗をかいていた。




