40
「少し早いが、本日はここまでとする。全員整列!」
6時間目のダンスレッスンも気がつくと、もう残り5分とちょっとになっていた。
午前中の居眠りの効果がここに来て集中力を高めてくれたらしく、体感は30分にも満たない。
まぁ集中力は高くとも成果はあまりよくはないけど。
まだまだひかりの身体とはわかり会えていない。
「いよいよ、テストライブまで2週間をきったわけだが、そこで君たちには2つ宿題を出しておく。1つはオリジナルアピールについて、調べて頭に入れておくこと。これは次回の授業までにやっておくこと。そしてもう1つは当日の衣装のドレスチップを決めて申請をしておくことだ。こちらはテストライブの1週間前までにやっておくことだ。なにか質問や聞いておきたいことがあれば今のうちなら受け付けるが?」
ん? オリジナルアピール? なんだか専門用語的なものが出てきたぞ。
多分これはアーケード版キラドリの用語だと思うが、流石にそっちまで手を出す勇気がなかったので意味は知らん。
「あの、ドレスチップの申請はどこにやればいいんですか?」
聞きなれぬ単語に首をひねっていると、クラスメイトの1人が質問をした。
クラスにひとりはこういうすぐに何でも質問をする真面目キャラっているよな。
「言い忘れていたな。敷地の正門の近くにあるライブシアターにある。当日の君たちがテストライブをやる会場でもあるから下見ついで行くといい。来週までは18時まで申請受付のために事務員がいるはずだ」
オリジナルアピールにテスト用のドレスチップの申請か。
「雅、またなんかやること増えたね」
「そう? 今まで宿題が出てこなかったことが疑問だったわ」
確かにレッスンを、始めてからこれまで宿題として明確に課題を出されたことはない。
俺としては放課後は雅ちゃんと特訓するのが確定しているから、なくてラッキーと思っていたが、雅ちゃん的にはなんでないのか不思議だったようだ。
「おお流石、雅ちゃん。真面目だねぇ」
「それより、放課後特訓どうしようか?」
今日は宿題出されちゃったし、これは特訓は無理だよね? 夕食後は勉強だし。これはしょうがないよなー。
期待を込めた目で雅ちゃんを見つめ判断を待つ。
「そうね宿題終わらせないとまずいし今日はなしに……いや、ひかりの目がキラキラしてちょっと意地悪したくなったから食後にしましょう。申請しておくから」
「えー。流石に夜は無理何じゃないの?」
雅ちゃんは頼れるお姉ちゃんではあるけどまだ中学生になりたての少女でもたる。
なので、時々今のように意地悪してくることある。
まぁ俺もからかうぐらいはするから仕返しのつもりなんだろうけど。露骨に期待した目で見すぎたせいで雅ちゃんのいたずら心を刺激してしまったようだ。
「寮の門限22時だし、21時まではレッスン室使えるから問題ないわ」
うちの学校のレッスンを含めた施設は早いもの勝ちの予約制で放課後使うことができる。
いつもは授業終わりから2~3時間ほどを使って追加レッスンしている。
というのも18時以降の夜の時間帯は1番人気のある激戦区なので、予約を取るのがとっても難しい。
夜に予約を取ると、そのまま夕食に行けたり、授業の後に1度休憩を入れてからレッスンすることになるので、効率がいいとかで、人気が高い。
普段はそれを避けるためにあえて人気のない16時からを選んで確実に取ることにしている。
まぁ取れなければ、グラウンドだけは生徒であれば誰でも使えるらしいからそっちというてもあるけどまだ屋外は夕方には冷えるので出来れば避けたい。
「あんこちゃんも荒ぶる鬼コーチを鎮めるの手伝ってよ」
世の中には多数決という、どんな理不尽も数の暴力でかき消す技がある。
流石にハード過ぎるスケジュールはなんとかしなければならないので、あんこちゃんなんとかこちらに引き入れて今日は特訓なしにしよう。
「あんこ、ひかりを説得できたら海外から美味しいパンを取り寄せてあげるわよ?」
まさかのマネーパワーかよ。
リアルで課金アイテムは絶対やったらあかんやつ何じゃないの?
いいのか? そんな公式チートを許して。
もはや悪役令嬢じゃないか。
悪役令嬢、雅。なんかはまり役な予感がする。
「パン? ひかりちゃんレッスン頑張ろ? ね? あたしのパンがかかってるからさ。というかやれよ」
美味しいパンという単語にあんこの姿が豹変した気がする。
黒い笑顔を浮かべて、あっさりと雅ちゃん側についたあんこちゃんは狂気すら感じさせるような雰囲気で俺にレッスンを強要してくる。
「ひぃぃい。卑怯だよ雅。パンに魂を売った悪魔に頼るなんて」
ショートの赤い髪がどういうわけか燃える炎のように揺らめかせ、アイドルの卵として絶対してはいけない類の黒い笑を浮かべる姿はどう見ても禁断の契約を急かす悪魔そのもの。
もしかして髪赤いのって返り血とかじゃないよね?
「そっちだってサボりと居眠りの悪魔に魂どころか骨の髄まで売り飛ばしてるじゃない」
確かに今もハードスケジュールをなんとかしようとして、楽な方向へと持って行こうと考えているが、無理して体調を崩しては元も子もないという配慮からで、決してサボり魔人と契約したからではない。
アイドルたるのも健康第一。夜更かしなんてしちゃダメ。
アニメ第2話で初めてのライブの前夜、緊張して眠れないくてランニングしていた、ひかりちゃんにリリア先輩が言った一言だ。
その言葉に共感したひかりはその後、自室に戻って寝た。
となれば俺もそのリリア先輩の言葉に従う必要がある。
ひかりちゃんはおかけでアニメ放送中1度も風邪を引かなかったから。
「ひかりちゃん。レッスンやるよね? ね?」
「わかったからにじり寄らないで顔が怖いから」
パンの悪魔の迫力に負けて俺はあっさりと白旗を上げた。
パンがかかったあんこちゃんは、きっと神すら殺せすような気がするよ。
「雅ちゃん交渉成立」
俺の発言にあんこちゃんは雅ちゃんの方を見て本物の悪魔のように報酬を要求するために右手を手前に出した。
「ええ、約束は守るわ。……本当に手のかかるルームメイトね」
その手を取りつつ、一瞬だけこちらを見ると、雅ちゃん少し残念そうにつぶやいた。
そんなわけで今日はまだまだハードに進んでいくらしい。
「ひとまず、オリジナルアピールについて調べてしまいましょう。流石にひかりもダンスレッスンは真面目にやって疲れているでしょうし」
ダンスレッスンは、ってことは……。
「歌も真面目にやったよ?」
「はいはい、今日の特訓はそっちメインでやるから、その時にいくらでも言い訳は聞いて上げるから」
「でさ、オリジナルアピールについて調べるなら、やっぱり図書館が手っ取り早いよね?」
「あんこちゃんが元に戻った」
「あたしがおかしくなってたみたい言わないでよ」
「茶番はその辺にして図書館に行くわよ」
雅ちゃんに連れられて俺達は図書館に向かうことになった。