39
「んっ……ぐぅー」
いい感じに温くなった机をして硬い感触を感じながら寝ていると、静かだった周りがどっと沸き立つように騒がしくなる。
いったい何事なのだろうか?
一応起きた方がいいかな。授業中だし、かれこれ2時間近く寝続けているし、怒られるかも。
「ありゃ? 今日のひかりちゃんはおねむさんだね。雅ちゃん起こさなくていいの?」
起きるか寝続けるかの葛藤をしている俺の耳に明るい声が入ってくる。
このざわざわとした感じ授業時間じゃないのか?
うーん、だとしたら続行だな。昼休みに起きれば問題ない。
「そうね、お昼だしそろそろ起こさないわけには行かないわね」
「じゃあ雅先生どうぞ」
俺の両サイドでは何やら会話が展開されてるようだが、睡魔のおかげでなんとなく音だけは聞こえるが、意味までは理解出来ていない状態でゆっくりと眠りに落ちていく。
「ひかりご飯よー」
ん? ご飯だと? もしかして今が昼休みなのか……寝てる場合じゃねえ。
「はっ、ご飯?」
ガバッ起き上がり、周りを見回す。
たくさんある椅子にはほとんど人がおらず、黒板の上の時計はお昼を指している。
教壇にいるはずの担任の先生の姿がなく、黒板には授業内容らしい板書がびっしり書き込まれていた。
廊下から今日は何を食べようかと、話し声が聞こえて来るし今の時間は状況証拠から考えてお昼休みだな。
「珍しく一発で起きたね。2時間目からずっと寝てたから今日は時間かかると思ったのに」
寝ぼけた頭で推理をしていると、あんこちゃんが視界の端に写った。
「早朝ランニングのせいでそこまで食べてないもの今日のひかりはすごくお腹は空いてるのよ」
その横には雅ちゃんがいてなにやら話している。
「……ん? もしかしてもうお昼?」
「まだ寝ぼけてたっ」
やる気なく半開きの目を2人の方に向けて確認をするために問いかけると、あんこちゃんは驚いたように目を見開いて前世にいた外国人のようなオーバーリアクションをした。
「あんこちゃんは今日も元気いっぱいだね」
「そういうひかりちゃんはすごく眠そうだけどね。今日も寝癖すごいよ?」
寝起きのテンションにはちょっときついものがあったので、少しテンション下げてくれることを期待して皮肉をひとつ。
「うわ、本当にね。流石にこの状態で廊下を歩いたら笑いものになるわね。やっぱり長く眠るとそれだけ変な癖がつくのね」
しかし返って来たのは寝癖の指摘だった。
机で寝ると長い髪に変な癖が付くらしく、居眠りする度に寝癖ができるのでいつものことだが今日のは1段とひどいらしい。
「ん? そうなの?」
とはいえ男の俺からすれば寝癖なんてほっときゃ自然と勝手に直るものだという認識だし、起きてまだ3分間もたっていなく頭はほぼ回っていないので他人ごとのような微妙な反応。
「反応が鈍すぎて、ちょっとおもしろいかも」
半眼のふてくされたようなゆるキャラでも重ねたのか、あんこちゃんは俺の頬を突然つつきだし、楽しいそうな表情を浮かべた。
「ほっぺたつんつんしないであんこ手伝って」
「はいはい。じゃあパパッと寝癖直しちゃいますか」
いつものように寝癖直しセットを取り出した雅ちゃんに、されるがままで寝癖直してもらい、それからカフェテリアに向かう。
今日は眠気覚ましのコーヒーを頼もうかと考えてながら寝癖直し用の水を頭につけられる。
お昼を終え、眠気が吹き飛んだ俺は、いつものようにスクールジャージに着替えて、レッスン室へと向かう。
コーヒー飲んだらすっきり目が覚めたよ。
ひかりちゃん味覚が子ども過ぎてブラックでは飲めなかったけど。
レッスン室に入るといつものように整列して先生が来るのを待つ。
もしも遅れたり、整列してなければ、容赦なく減点処分になってしまうので、皆この時間は喋らずじっと息を殺すようにして待つ。
ちなみに俺達の実技レッスン担当の先生はこの学校でもかなり厳しい方らしい。
先生によっては3回目までは遅刻の減点はしないなんてこともあるらしい。
昨日のお風呂でそんな話を耳にした。
呼吸すらためらわれる静寂にガラッと、扉を開ける音が鳴った。
先生がピアノの横に立つと、皆一斉に背筋を伸ばして姿勢を直す。
欠席確認と姿勢の確認のために生徒を見回すと、タブレット型の出席簿に記録を入れる。
それを終えると座るように手で合図を送る。
座り終えるとすぐに本日のレッスン内容が発表される。
「本日からは、ボイストレーニングを中心に行う。まずは基礎トレーニングから。では始め!」
「「「はい」」」
返事をして、基礎トレーニング……つまり筋トレを始める。
腹筋30回。これが最低ラインで出来るならもっと回数を増やしてもいい。
といったざっくりとしたトレーニングだが、これがなかなかきつい。
ひかりちゃんは運動とは無縁の生活を送ってきたらしく10回ほどやればほぼ確実に身体がプルプル震える。
雅ちゃんとあんこちゃんは毎回普通に30回終わらせて、ちょっと残念ものを見るような目で応援してくる。
本日から始まったボイストレーニングだが、初日ということもあって、ピアノの音と同じ音を出すというウォーミングアップのような内容だった。
「では数分休憩とする。喉のケアを忘れないように」
先生の声で生徒達はレッスン室の外に出ていく。
普通の学校でいうところの5時間目が終了したのだ。
「ふぅーやっぱり難しいね音程外さないで声を出すのって」
もともと歌は、前世の音楽の時間以外無縁の生活を送ってきたので、ひかりちゃんの身体にどんだけ音感があっても最初から使いこなせはしないとは思ったが、まさか、狙った音を出すのが、転ばす歩くなんて比じゃないほど難しいとは思わなかった。
しゃべると歌は大違い。
「あんなに外すのなんて、ひかりくらいよ」
よほどひどかったのか横でレッスンを受けていた雅ちゃんはちょっと顔色が良くない。
「えー。そんなに外れてた?」
「うーん、あたしもそこまで人のことを言えるほどじゃないけどひかりちゃんはかなり酷い部類だと思うよ。例えるなら砂糖と塩を間違え作ったパンぐらいのやばさだね。こりゃなにかの兵器だよ」
「嘘っ。それって全否定なんじゃあ……というか兵器って」
塩で作ったパンなど食べたことはないが、最低級の例えるだということだけはよくわかった。
「自覚なかったの?」
ええ、アニメのひかりは歌が上手い設定だったからな。
その前提でいたし、想像すらしておりませんでしたよ。
「どうしようこのままだとお、……わたしもしかして……」
2人の反応からめちゃくちゃひどいことがはっきりわかった途端不安がどんどん湧き出してくる。
「間違いなく実技評価Cじゃない?」
「わーお。それって補習か退学の二択だね」
テストである以上、評価させるのは当然。
結果が悪ければ普通に考えてその二択なるよな。
「あはははっ。わたし、補習? 退学?」
退学回避のためにダンスレッスン頑張って来たのに思わぬ伏兵が現れるとは。
「どっちにしろこのままだと客席からの笑い声は絶対沸き起こるわね」
「うーっ、それは絶対やだ」
恥をかかないために、放課後特訓までやってるのにそれじゃあ意味無いじゃん。
「放課後から歌の特訓も追加した方が良さそうね」
「なんかどんどん雅に頭が上がらなくなっていくよ」
「完全に雅ちゃんってひかりちゃんのトレーナーだもんね」
実際鬼コーチ雅ちゃんだし間違いないな。
「私もルームメイトがここまで問題だらけだとは思わなかったわよ。でもほら、一緒に居て面白いし、なんか手のかかる妹ができたような気分」
「確かに雅より背は小さいけどそんなに問題起してないと思うんだけど」
妹扱いがちょっと納得行かなかったので、ちょっと反論を。
「毎朝起こして、寝癖を直して服装チェック。それが終わったら朝食を食べすぎないように監視して、お昼にまた起こして放課後特訓も付き合ってそれで手がかからないと?」
「すんませんした」
多分しっかりした5歳の子よりちゃんとしてないかもしれない。
朝は目覚ましを買えば解決する話ではあるが、未だに胃袋の大きさと食べたい量が一致していかったり、身体に慣れていないことで起こる問題とかどうにもならないところの解決には雅ちゃんの力は必要不可欠。
「とにかく、そういうのわけで今日から歌の訓練も追加するわよ」
俺を妹キャラにしたいのか、世話好きの雅ちゃんはさらに歌のレッスンまでするらしい。
もちろん妹扱い以外に問題はないので頷いて肯定。
声を出さないのはレッスンの扉に先生の姿を捉えたからだ。
先生はそこそこ意地悪なので、あえて始業時間を過ぎてから教室に入って来ることがある。当然気づかずしゃべり続けていると減点される。
「休憩を終了する。ではここからダンスレッスンにはいる」
ゆずはちゃんの問題を片付けるのはいつになるのやら。
忘れないように定期的に思い出しつつ、後半のレッスンを始める。