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「あー、思い出した!」
頭にお湯がかけられてたその瞬間、脳裏に電気が走ったように、記憶がフラッシュバックを起こした。
「なによ? 急に大きい声出して」
俺の頭を洗っていた雅ちゃんは、後ろから横に移動する。
まだまだ人口密度の薄い洗い場は、空席があって俺いる列には雅ちゃん以外誰もいない。
あまり聞かれたくない内容なので好都合だな。
「ほら、雅さ、約束がどうのって言ってたじゃない? そういえばわたし、ゆずはちゃんとちょうどお風呂で、約束をしてたの」
思い出したはひかりちゃんになった初日のお風呂でのエピソード。
あの時、俺はゆずはちゃんに約束と呼ぶほどでもないが確かに1つ、雛星ひかりのセリフを借りて、言ったことがある。
「それってどんな約束だったわけ?」
俺のもったつけた言い方に少し苛立ちが混ざったトーンで結論を急かす。
まあ自分の知らないところで行われてた約束なんて興味はあまりないか。
これ以上引っ張ると雅ちゃん怒りそうだし。
「えーとね、どうしても始めてのライブは一緒にステージに立ちたい的な事を言った」
「どうしてそんな約束したのかは聞かないけど、テストライブは1人ずつ行うのがルールだし、絶対無理じゃんそれ。あっ、だから嘘つきなのね」
1人ぽんと手を叩き納得する雅ちゃんは、謎が解けてすっきりとした清々しい表情を、浮かべる。
手を叩く動作のせいで強調された谷間になんかこう敗北感と劣等感を合わせたような複雑な感情を抱く。
一応ひかりも同じ中学生なんだよな?
なぜひかりちゃんはこう真っ平らに近いのに雅ちゃんにはあんなにくっきりと影ができるぐらいの大きさがあるんだ。
世の中不公平じゃないか。
しかし、いつまでの胸の格差に頭を悩ませているわけにも行かないので、話を先に進めることにする。
「そういえばどうしてテストライブの練習を頑張ってるの? って聞かれたっけ」
「多分怒った理由はそれで間違いないだろうけど、どうするのよ。この状況」
「え?」
雅ちゃんの困ったような呆れたような表情を浮かべたことが全く理解できずにいると、脱衣場の方から聞こえてくる話し声が無言になった俺達の間に流れる。
「もしかして理解してない?」
「謎が解けたから次は解決編に行くんじゃないの?」
確認するように問いかけてられたそれにさも当然のように返す。
刑事ドラマでも1つ真実が出てきたらそこから一気に解決に向かう流れは定番。
もう勝ったも同然ではないか。
「あのね、ひかり。はっきり言うわよ。今あなたは友情かアイドル生命のどっちかを選ばなきゃ行けない状況なのよ」
「なんでそんな恐ろしい事に?」
ただのすれ違いがどうしてそんな大きな問題に発展しているのか全く理解できない俺は雅ちゃんに素直に教えを請うことにした。
「いい? ぼっちは初ステージをひかりと一緒にやりたい。そうするにはテストライブを受けないのが手っ取り早い」
あれ? でもそれだと……。
「でもそうなると退学の可能性が高くなるんじゃないの?」
綺羅星学園は成績の悪い生徒は容赦なく退学させていくと聞いたのは記憶に新しい。
俺が頑張ろうと思ったのも退学は格好悪いって理由もあるし。
「そう。だからアイドルか友情かの選択になるわけ」
友情を取れば仲良く退学。そうならないようにするにはテストライブを受けてそれなりの成績をおさめる必要があるけどそうなればゆずはちゃんに嘘をついたことになって絶交。
なるほどようやく状況が理解できたぞ。
「雅、どうしよう」
理解したからと言っていい解決策が浮かぶかと言われればそんなことはないらしい。
アニメの主人公たちはいったいどこから解決策を短時間で見つけ出して来るのだろう?
頭がいい方じゃないひかりちゃんなわけだしひとまず雅ちゃんに助けを求めてみた。
「私のおすすめはぼっちは切り捨て、テストライブでいい成績をおさめる事よ。いい? この世界ではチャンスがあったら捨てることはありえないの。取りこぼせば簡単に抜かれることもあるの。本当にあっさりとね」
しかし雅ちゃんの出してきた解決策はとても容認できるような内容ではない。
考え方の1つとしては理解できなくもないがな。
「でも友情だって取りこぼせば一生戻って来ないかもしれないよ」
切り捨ての思考を1度でも持ってしまえばこの先も取捨選択をし続けなれば行けなくなる気がした。
主人公の勘とでもいうべきかそれを選ぶことは間違っていると強く主張してくる何かがある。
チャンスをつかむために友情を犠牲にするなんて主人公がする所業ではない。
「そうかもしれないわね。でも私ならそうするって話よ。決めるのはひかりよ。でもどっちを取るにしても決断は早い方がいいわよ。テストライブまで残り時間2週間。ここかは他の人たちも上位に入るために、努力してくるはずだもの。トップになれば校内テレビの出演だってあるもの」
「校内テレビ? なにそれ」
またまた飛び出した聞きなれない単語に、当然のように首を傾げる。
もうすっかり知識不足のひかりさんとしての地位を確立しつつあるので呆れられることはあっても不審に思われることはなくなった。
どっちがいいのかは分からないけど、でも仕方ないとはいえバカキャラの地位を確立してしまっている現状はどうにかしたい。
「まさかそれすら知らずに入学するなんて、ひかり絶対将来大物になるじゃないかしら。それで校内テレビはその名の通り綺羅星学園でのニュースとかイベントの告知とか売り出したいアイドルを集めていろいろさせる学園制作のネット番組よ」
「へー、そんなのあるんだ。というか売り出したいアイドルを出す。それってえこひいきってやつなんじゃあ」
「どこの事務所や学校でもやることよ。少なからずお金が絡むんだもの。売り出したい新人アイドルを多くの人に知ってもらえる可能性の高いチャンスを与えるなんて常識よ」
「先生そんなこと言ってなかったけど?」
「そりゃそうよ。あくまでも実技テストだもの。テレビに出たいから頑張るなんて理由で無茶なレッスンして怪我されても困るからじゃないの? それに競争を煽るようなことを言ったら蹴落とし合いが起こったりするからって理由もあるわ」
確かに優勝すればテレビ出演……というより、人気アイドルへと近づけるとなれば多少汚い手を使ってでもと考える人は少なからずいる。
実際、元の世界の芸能人ではそういうことは日常茶飯事だったなんてのは、メジャーな話。
アニメの世界でもそれは変わらないらしい。
「流石に雅、詳しすぎない?」
いくら元子役でこの業界のことを知っているとはいえ子役だったのは設定では1年ちょっと短いはず。
それだけの期間でここまで詳しく知ることは不可能だろう。
そう思って疑問をぶつけると、なぜだか雅ちゃんは嫌なことを思い出したような微妙な表情をつくりちょっとげんなりとした様子になった。
いったい何を思い出したのだろう?
「うちのパパがすごく心配性でいろいろ手を回して学園の大体のことを調べたからよ。というか今はそんな話よりどっちを取るかよ」
電車の件で痴漢対策に電車に乗せないっていうぶっ飛んだ策を実行していた雅ちゃんのお父さんならやりかねないよなと考えながらも、最重要事項についても考える。
「うーん少し考えさせて」
今、言えることは最善の手を選ぶには時間がいるということだけだ。