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「まずは一番最後に会ったところから、行きましょうか」
いいながら荷物を持って、レッスン質から出ようとする雅ちゃんにもう一つ事実を告げておく。
「うん。実は……さっき水道の近くですれ違ったんだ」
俺の言葉が耳に届いた瞬間。ピタッと、動きが止まって、身の向きを突如として反転させ凄い勢いで近づいてきて、両肩をつかんだ。
「なんで早く言わなかったのよ! ……まぁそこはいいわ。その前は昨日の夕食だったわけだし、……体育館?」
一瞬考えてオーバーリアクションだと気が付いたのか手を下げると、落ち着いたトーンに戻って問いかけてくる。
たまーに予想外のことを言われると妙に大きなリアクションを取っちゃたりするよね。
「そうなるね」
「その場に私もいたけど……あの時は怒ってなかったわよね?」
「うーん、じゃあどこでこんなことになったんだろう?」
ゆずはちゃんは入学してからあまり接する機会がないから、怒らせてしまったポイントはそんなに多くないはず、入学して二週間ちょっとであることを考えても、完全に忘れているってことはないと思う。
「それを思い出そうとしてるんじゃない……。えーとじゃあもうここから一番近い保健室から行きましょう」
逆順で思い出していく作戦はどうやら破棄するみたいだ。
予定が崩れちゃったみたいだし、付き合わせている立場だから文句はないけど。
「おー?」
一応、盛り上げるために拳を上にあげる。
ゆずはちゃんなら乗って返してくれるところだか、雅ちゃんは乗らないタイプらしい。
「ここではどんなの話をしたわけ?」
保健室に入るなり雅ちゃんはそう問いかけてきた。
放課後を過ぎると、保健室の先生は居なくなってしまうらしく、今日は使われることがなかったシワ一つないベットシーツと、薬品棚が目に映った。
「なんか刑事ドラマぽくなってきたね」
証言を集めて謎を解く。
正しく刑事ドラマの展開そのもの。
「茶化さないのっ。テストライブまでこんな調子が続くと、ほんとに退学だってありえるんだから」
ゆずはちゃんとの問題を解決したいのは、当然仲直りしてストーリーの修正もあるが、テストライブに集中するというのもある。
真面目に思い出さねば。
確か目が覚めると美少女になっていたってのが起こった出来事。
「でもここでは……」
言えるわけねぇーよ。
トップシークレットだよそんなもの。
口を開く前に頭によぎった記憶のせいで声が止まった。
「どうしたのよ?」
言い淀んだ俺を不審に思ったのか雅ちゃんは顔をのぞき込むながら答えを急かす。
ここはゆずはちゃんとの話だけを教えておこう。
「特に大した話はしてないよ。頭大丈夫って聞かれたくらいだし」
「ほんとにそれだけ?」
雅ちゃんには大事なことを隠しているように見えたのだろうか、追求の言葉を発する。
しかし素直に話せるわけはないので、その時のエピソードを振り返り、あまり言いたくなさそうなものを話すことにするか。
「あとは……その、転んで手当てしてもらったぐらいだけど……」
それだけでは勘の鋭い雅ちゃんを誤魔化せないかもしれないかので、恥ずかしいそうにそう言ってみた。
もしかしたら俳優の才能あるんじゃね?
いや女の子だから女優か。
「じゃあ、ここではなさそうね。で次な話の流れ的には寮に帰るのよね?」
作戦がうまく言ったみたいでなんとかそのまま次へ流れてそうだな。
ゆずはちゃんとの当日の動きを再現するように校舎を出て寮へと向かう道中で、その時のエピソードを話す。
「校舎を出てすぐに同じ部屋じゃなかったって落ち込んで、リリア先輩とすれ違って目隠しされたかな。ちょうどこのあたり」
入学式の日に通った時より、青々と茂っている草が視界の端で揺れるのを感じながら裏口の手前でその時と同じような場所に立ちながら解説する。
「なんで目隠しなんてされてるのよ。もしかしてそういう趣味なの?」
少し後ろから微妙な表情した雅ちゃんが、遅れてやってきて、ゆっくりと後ろに下がっていく。
「違うから後退りやめて。また気絶するかもって心配されただけだから」
本気で後退りをする雅ちゃんを引き止めつつ、言い訳をする。
そうあれはゆずはちゃんがいきなり目隠しをしたのだ。
決して目隠しプレイとかではない。
「そういえばそうだったわね。じゃあここでも怒らせるような約束みたいな言葉は発してないわけね。となると、次は寮の中というよりお風呂かしらね。汗もかいてるしちょうどいいから入っちゃいましょう」
確かに寮の部屋は別だし、始めて寮に入った時は豪華で凄いという話しかしてなかったし、重要ようではない。
「う、うんそうだね」
部屋に戻り着替えをとって、お風呂へとやってきた。
「やっぱり空いてると広く感じるね」
「他の子達は、まだ外で走ってたり、先輩たちはお仕事に言ってたりするもの」
雅ちゃんの言う通り外ではまだアイドルの卵たちが走り込みをしていたり、ダンスレッスンをしていた。
大半の生徒が活動中で、脱衣場にはほとんど人がいない。
となると普段は使えない鉄製のロッカーも選びたい放題。
浴場に近いところに決めると、躊躇なく服を脱いでいく。
慣れてしまえば、ひかりちゃんの自分の身体だと認識したのか一々ドギマギしたりすることもなく全裸になることができる。
「そういえばあんこちゃん見てないね」
着替えながらい今更な疑問が頭に浮かぶ。
ほとんど一緒にいるのに珍しく今日はいない。
「レッスンの時からいなかったわよ。ほんとに上の空だったのね」
「うっーう、ごめんって」
「まぁあんこはちょっと遠くにあるパン屋でてた新作のパンをチェックしにいくとか言って放課後すぐに飛び出して行ったわ」
「へー、そうなんだ」
やっぱりあんこちゃんは今日も自由人らしい。
「浴場の方も人、少ないわね」
湯気を全身に浴びながら浴場に入るとやはりこちらも人はいない。
いつも人がいっぱいの洗い場もひっくり返えされたプラスティック製の桶が並ぶ。
椅子も綺麗並べられていて、使うのがちょっともったいないような気になる。
「始めて来た時は、たくさん人がいてびっくりしたよ」
ゆずはちゃんと来た時は人が沢山いてこんなことを気にする余裕すらなかったもんな。
それに罪悪感がずっと心にあったし。
「で、ここではどんなことをしたか覚えてる?」
「背中を洗われた」
それだけは衝撃的だったのでよく覚えている。
「え?」
理由の分からない言語で話しかけられた人みたいな顔で固まる雅ちゃん。
あっ、手に持っていたタオル落ちた。
「だから背中を洗われたの」
タオルを拾って、手に持たせつつ、繰り返す。
「で、その時どんな話をした?」
再起動した雅ちゃんはなんかちょっと鼻息が荒く、なんだがちょっと怖い。
「確か肌すべすべだねーって撫で回された」
そっと半歩ほど後ろに下がりつつ続ける。
「他には?」
逆に半歩踏み出して前のめり気味になる雅ちゃんにドン引きしながら少し距離をとる。
何なんだいったい? 雅ちゃんってそっちの人なの?
「それぐらいかな」
だとすればこれ以上語るのは危険な気がする。
身の危険を感じる。
「ならちょっとやって見たらもっと思い出すんじゃない?」
「雅なんでちょっと嬉しそうなの? というかなんでスポンジに泡つけて準備してるの?」
しかし雅ちゃんはそれぽい理由をつけながら高速で用意をして、食い下がって来た。
スポンジからは泡がこぼれて、床に落ちる泡立ててあってすぐにでも洗える状態。
「友達と洗いっこしたことないからいい機会だと思って」
「修学旅行とか他にも機会あったんじゃないの?」
「聞きたい? 私の修学旅行の話」
雅ちゃんの全身から不幸オーラとでもいえばいいのかなんだが良くないものが放出され、浴場全体を包み込む。
何このネガティブゾーン。
「いや、何か嫌な予感するしいい」
「でしょ? 私も思い出したくないわね。じゃあ椅子に座って。そうだついでに頭も洗ってあげるわ」
「おまかせします」
そういった瞬間ネガティブゾーンが晴れ、天使でも降臨したような明るさに包まれた。
「任せておきなさい」
しかし雅ちゃんのネガティブな表情始めて見たな。
ゆずはちゃんにも意外とネガティブなところがあったし。
ん? そういえばゆずはちゃんと一緒にライブしようって話をたのってここじゃなかったか?