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「ふぅーちょっと長風呂しちゃった」
タオルとキンキンに冷えたスポーツドリンク手に俺と雅ちゃんは自室へと戻ってきた。
そのまま2人並んで雅ちゃんのベッドの縁に腰掛ける。
少し長めに入ったおかげで、ちょっとのぼせ気味になり、額にスポーツドリンクをのせて熱をとる。
冷たくて気持ちいい。
「ひかりがどっちが長く入れるか勝負しようなんて言わなれければこうはならなかったわよ」
同じように緑茶を額に載せながら、後悔が思い切り滲み出たトーンで呟く雅ちゃんもまたちょっとのぼせていた。
雅ちゃんはわかりやすく顔が赤くなっている。
「えー、でも雅だって絶対負けないわよ? ってのりのりだったじゃん」
長風呂すれば少しは勉強が減るのではと、提案してみた長風呂対決だったが、雅ちゃんの負けず嫌いのおかげで、1時間ほどお風呂に入ることになりお互いギブアップということで決着はつかなかった。
気がつけば一緒にいたはずのあんこちゃんは消えているし、思った以上に頭がぼーっとするしで、余計なことをしたと反省している。
「それは……そうだけど、もー過ぎたことはいいのよ」
負けず嫌いの雅ちゃんはこんなことでムキになることの虚しさに気がついたようで、ちょっと顔を赤らめながら強引に話題を終わらせ、ベッドから立ち上がり、勉強机に座った。
「そうだね。じゃあそろそろ……」
今日は長風呂でのぼせたし、問題が二つも増えたし、疲れたのではしごをを登るために立ち上がる。
「勉強会ね。あんこもそろそろ来るだろうし」
「寝る時間だね」
「はい? ひかりよく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれる?」
はしごの登りながら言葉の続きを口にすると雅ちゃんの顔が魔除けのお面のように変わった。
「いや、その冗談です。はい」
本当に今日は勉強どころじゃないぐらいに問題が山積みなんで休ませてくれと言うことはもちろんできないので、はしごを降りる。
そのまま積極コースになるだろうなと思ったその時。
「やっほー。お待たせってあれもしかして修羅場に来ちゃった?」
あんこちゃんが扉を開けて入ってきた。
食パンが印刷された謎のTシャツと太ももを大きく露出したショートパンツ姿に、勉強道具というなんともミスマッチな出で立ちで、きょとんと間抜けな表情でかたまっていた。
スレンダーかつ足の長いモデル体型のあんこちゃんは前に雅ちゃんが言っていた人前に出てのはNGな格好でも充分おしゃれに見える。
「ひかりが笑えない冗談をいうからさちょっとね」
「ひかりちゃんちょっと……」
雅ちゃんの返しに焦ったような表情をして俺を引っ張って内緒話をする体勢に持ち込まれる。
「なに?」
何をそんなに慌てているのか全く分からない俺は一応声を抑えにして問いかけた。
「まさかさっきのことバレそうになったの?」
「違うよ、このまま寝ようとしたら怒られただけだよ」
確かにそれも笑えない冗談だもんな。
納得したよ。
「ひかりちゃん本当に勉強嫌いなんだね……。でも、しばらくレッスンと勉強に集中しておいたら自然と噂は消えると思うよ」
「へー、あんこちゃん噂に詳しいの?」
あんこちゃんから具体的なアドバイスを貰ったが、なぜそんな対処の方法を知っているのかが気になってつい聞いてしまう。
「まぁ、それなりには……」
明るい自由人には珍しく言葉を濁して、曖昧な表情をする。
それで何かあったことを察した俺はそれ以上深く聞くことはしなかった。
よく考えたら、あんこちゃんって変わりものだし噂とかめちゃくちゃ立ちそうな感じだもんな。
「2人とも、用意できたからはじめましょうよ」
「「はーい」」
雅ちゃんが出してきたテーブルを3人囲み、教科書を取り出す。
夜であることを考えて、勉強会のお供のお菓子やジュースの類は用意していない。
急遽決まったことだしそんな暇がなかったってもあるけど、そんなわけで口を潤すためにさっき買ったスポーツドリンクが俺の勉強のお供である。
「ひとまず、ひかりの弱点科目の社会からやって行きましょうか」
「うん。あたしは問題ないよ」
2人の間で短いやり取りがあった後早速ノートを開いて勉強会がスタートした。
どういうわけか俺に会話がふられることがなかったのだが、それは決定権を俺は持っていないということなのだろうか?
頭のいい2人は勉強会する必要ないからしかたないかと、ひとりで納得したようやく教科書に手をかけた。
前世から含め始めて自主的に教科書を開くな。
自分の成長に感動しながら2人を見習って県庁所在地を書き写していく。
この世界の地理は形は前世の日本だが名称が違うってのほとんどで、慣れればすぐに点数が上がりそうだな。
集中すること約30分ほど。
残念なことにひかりちゃんの集中力は長くもつ方ではないらしく、全く関係ない教科書の巻末に乗っている世界地図を眺めてセルフ休憩をする。
「えー、なにこれ? 見たことないんだけど」
ニホンのすぐ近くにあるダイヤの形をした見たこともない島にちょっとテンションが上がって声を出した。
「ん? どれどれ。あー、それはアイドル試練の迷宮があるとされているドル島じゃない。ってこらなんで世界地図を見てるのよ」
声に反応した雅ちゃんが教科書を覗きこむ。
それからこの島についての解説をしてくれた。
どうやらこのダイヤの形をしたドル島はなんだかお宝の匂いがする。
男として迷宮だの試練だの言われてテンションが上がらずにいられるものか。
「なんとなく後ろの方を見たらさ、変な形の島が乗ってから」
しかし勉強をサボっていたことがバレては寝る時間が減ってしまう。
あくまでも真面目にやってたまたま目に入った風を装い、ついでにテンションを落ち着かせる。
「テストの範囲はニホンの地理なんだけど」
「ごめんなさい」
チクリと注意され勉強に戻ろうとシャーペンを握り直すとあんこちゃんがロマンチックな妄想でも語るようにつぶやいた。
「でも1度ぐらいは行って見たいよねドル島」
「あんこちゃんが珍しくパン以外に興味を示した!? これは事件の気配かっ」
「むっ? あたしだってアイドルだよ? 試練の迷宮の奥にあるらしいスペシャルレアドレスを欲しいって思うぐらいの気持ちはあるよ」
「スペシャルドレス?」
「試練をクリアしたものが貰えるとされるドレスのことらしいんだけど、手に入れればトップアイドルになれるなんて伝説があるのだよ」
「へー、今度取りに行ってみようかな」
冒険ってやっぱり男なら1度は憧れるしそういうところがあるなら是非とも行ってみたい。
アニメではそういう話は出てこなかったし、スペシャルドレスなんてなんか強そうなドレスならコレクションとしても悪くないし。
「 と言っても今は持ってる人は世界のどこにもいないらしいけどね。後ここのハート型の島にも、あるって噂があるし、前に読んだ雑誌には4つ島があったとかって書かれたりするけどどこまで本当なんだろうね 」
海に消えた島の謎ってことか。
それならますますロマンに溢れているじゃないか。
なんとしてもドル島以外の島も行きたくなった。
「そんなドレスがあるなら私が欲しいわよ。それがあればきっと……」
興奮していた俺は、雅ちゃんの表情の変化に気がつくことはなかった。
「あのさ雅、ここ名産品って」
「それは――」
ロマンの話でやる気がみなぎった俺はその後、集中力を切らすことなく、分からないことを2人に質問しながら真面目に勉強をしていた。
「ありがとう」
お礼を言って再び教科書に視線を戻す。
この動作もたぶん6回目ぐらいかな。
「そういえばさ、最近あのぼっち見ないわね」
俺の集中力が戻ったことで雅ちゃんの集中力が切れたのか世間話でもするように一つの話題を出してきた。
「え? ぼっち誰?」
「ゆずはちゃんっていう友達なんだけど……そういえば、あんこちゃんとはあったことなかったっけ?」
「ないと思う。まぁパン食の人じゃないと覚えてないから分からないけどね。で、そのゆずはちゃんがどうしたのさ」
面識のないあんこちゃんに説明をすると雅ちゃんがかぶせるように補足説明をし始める。
「ひかりの近くによく出没しては私に喧嘩をふっかけて来る子なんだけど、珍しく今日は1回も会ってないなと思って」
「わたしも、流石に毎日会ってるわけじゃないしさ。……今日とか」
流石に夕食前に喧嘩したと言い出すことはできず、この世界で始めて友達に嘘ついてしまった。
相談使用にも全く原因が分からないし、テスト勉強とレッスンで迷惑かけているのにこれ以上迷惑をかけるのは良くないと思った。
ふと頭に嘘つきの文字がよぎる。
もしかしたら2人もあんな風にちょっとしたことで離れて行ってしまうのかもしれないと。
そう思ったらますます言い出せなくなった。