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空席がほとんどんない食堂を俺は彷徨い歩く。
時刻は19時を過ぎたあたりで、食堂がピークに混む少し前の時間帯。
考え事をしながら行ったレッスンはほとんど意味がなかったので、雑念を振り払った後、追加で2時間ほどレッスンをしていたらすっかりこんな時間になってしまった。
「先に席とっておいてって雅に言われて来てみたけどほとんど席埋まってるじゃん。早く見つけないと絶対怒られるな」
注文を友達に任せて、席を確保する小技は先輩達の知恵を拝借したもので、ピーク時にはよくあることなのだが、今日はいつもより遅くなってしまったのでほぼ満席。
相手いるのは3人グループで余った一席ぐらいなものだ。
しばらく周囲を見渡しては移動を繰り返して席を立ちそうな4人用のテーブルを探す。
今日はレッスンからの流れで、あんこちゃんも一緒に夕食を食べることになったので4人用の探さなければならなくなったのだが、食べ始めた人達ばっかりでこれは怒られるの確定かななどと考えていると、誰かがこちらに向かってきた。
「あっ、ゆずはちゃん」
真っ直ぐこちらを見ながら怒ったようなちょっと怖い表情を浮かべて、大股でこちらに近づいてきた。
周りの生徒達はその雰囲気の恐ろしさに素直に道を開けていく。
なんで怒っているのだろう? 全く心当たりがない俺としてはちょっと恐怖を感じるけど、無視するわけにもいかないので、その場で手を小さく振って出迎える。
「ひかりちゃん。聞きたいことがあるんだけど……」
いつもなら手を振り返してくれるゆずはちゃんだが、今日は目の前まで来ると怒りの表情を崩さないまま、いきなりそう聞いてきた。
「もちろんいいよ」
重ねていうがゆずはちゃんには怒られるようなことをした覚えはないので軽く微笑みながら頷く。
雅ちゃんだったら全力で首を横に振るところだったがな。
「負け犬と付き合ってるってほんとになの? ねぇ嘘だよね? そうに決まってるよね?」
逃がさないようになのか俺の両肩を掴み、捲し立てる。
目の中にあるはずのハイライトが消えたような虚な瞳で違うよね? と繰り返して少しずつ肩を掴んでいる手の力が強くなっていく。
やばい急いで否定しなければ。
「そ、そんなわけないじゃん。ないない」
慌てたおかげで少し上擦った気もするが、とにかく否定はした。
これで少しは落ち着いてくれるはずだ。
「じゃあどうして最近ご飯も一緒に食べてくれないの?」
しかし、肩をかかってる力はさらに強くなる。
それどころかゆずはちゃんの表情はさらに恐ろしさを増し、声も大きくなっていく。
「いやだって、ゆずはちゃんいつも見当たらないし……教室が違うから」
クラスが違えば所属するコミュニティを違うのは当然でそうなればいくら親しい人でも会う頻度が下がるのは仕方の無いことだ。
そんなのどこにでもあることだし、ここまで怒るようなことではないと思う。
あくまでも男の考えがなので女子の世界では違うのかもしれないが。
「それにひかりちゃんどうしてテストライブの練習頑張ってるの?」
続けて、ゆずはちゃん何故かそんなことを聞いてきた。
「テストだもんいい成績残したいじゃん」
覚悟は、決まっていないが、やるからには恥をかかないぐらいのクオリティには仕上げておきたい。
それに退学になるのはごめんだ。
「約束したのに、嘘つき」
答えた瞬間、強く掴まれていた両肩が開放されて、ゆずはちゃんが冷たい視線を俺に浴びせてくる。
「嘘? 何が?」
心当たりが全くない俺は必死で記憶をさかのぼりながらヒントを得ようと試みた。
何か忘れているなら謝ればいいし、勘違いなら説明すればいい。
「もういい。じゃあさよなら」
しかし、ゆずはちゃんは何も答えずくるっと後ろを向き、そのまま歩き出してしまう。
「あっ、ちょっとゆずはちゃん」
伸ばした手は虚しく空をきりゆずはちゃんには届かなった。
ゆずはちゃんは一体、何について俺を嘘つき認定したのだろうか?
答えが出ないままどれだけの時間無意味に立っていたのだろう。
「お待たせー、って、ひかり。どうかしたの?」
「わーおもしかしてレッスンで疲れ過ぎて思考停止?」
「ううん、そんなわけないじゃん。あんこちゃんたら妄想し過ぎ。……それよりも早く食べちゃお」
2人の登場でようやく我に返った俺は、
取り繕った拙い笑顔を貼り付けながら近くの空いている席に座る。
さっきのゆずはちゃんとのやりとりで空気が悪くなったのかここら辺だけは他に比べて空いている。
「……そうね」
何が、あったことはバレた見たいだが、雅ちゃんは特に追求することなく席に着いて、俺が頼んでおいた夕食と自分の分をテーブルに並べた。
あんこちゃんもしれっと雅ちゃんの隣に座る。
席についてしばらく会話をせずに淡々と俺とゆずはちゃんが作ってしまった重い雰囲気のなか箸を進める。
やはりこういう雰囲気の中で食べるご飯はどうしてか美味しく感じれない。
全くゆずはちゃんは一体なんでそんなに怒ってしまったのか。
それについて考えていると。
「雅ちゃんっていつもサラダばっかり食べてるけど他に好きなものとかないの?」
あんこちゃんが雅ちゃんに対して話かけ始めた。
「あるけど、夜は控えることにしてるのよ」
もしかしてあんこちゃん暗い空気を変えようとしてくれたのかな?
ならそれに乗っかるか。
沈んだ気持ちでいたって幸運は、やってこないもの。
「そうそう雅って1度にハンバーガーを……何でもないです。だから睨まないで」
余計なことを言おうとした俺を雅ちゃんが睨みつけて、3人で笑い合う。
悪くなっていた空気がガラリと変わって一気に食事が楽しいものに変わる。
「やっぱり2人仲良すぎだよね?」
「あんこちゃんちょっと」
余計なことを言いそうになったあんこちゃんを強引連行して雅ちゃんからは絶対会話を聞かれないところに移動する。
「え? なに?」
「あの噂は雅には黙っておこう? ね?」
「別にいいけど、どうしてさ?」
「雅にもしも聞こえたら多分噂した人達を1人ずつシメそうだし」
雅ちゃんは売られた喧嘩はどれだけ高くても買う可能性のある負けず嫌いだ。
もしもそんな子が事実無根の噂を聴けばどうなるか、そんなの徹底的に戦うに決まっている。
そうなれば問題はさらにこじれることになる。
それにこういう噂は強く否定をすれば逆に事実だと思わることもある。
下手に動いてこれ以上悪化させれば、たぶんアニメの展開に戻ることはできなくなる。
あんこちゃんをなんとか説得していると。
「ちょっと2人とも食事中に席を立つなんて行儀悪いわよ」
雅ちゃんのちょっと怒ったような声が聞こえた。
これ以上長くするとまずいので、強引に切り上げる。
「そういうことでよろしく」
「うん」
「2人でこそこそ何の話をしてたの?」
「えっあのね? あれだよねひかりちゃん」
戻ってきた俺達には、当然のように雅ちゃんからの尋問が待っていた。
あんこちゃんは俺の提案を守ってなんとか誤魔化そうとしたみたいだが、何も思いつかなかったらしく俺の方に話をパスしてきた。
「そうそうあれだよあれ」
ひとまず具体的ことを言わずに時間を稼ぐ。
何か考えろ。あんこちゃんとする話といえばなんだ?
「あれってなに?」
「そう、パンの話」
あんこちゃんといえばパンこれしか思いつかなかった。
「パン? なんで今パンの話が出てくるのよ」
「最近この辺に美味しいパン屋ができたって聞いてさ、そこ結構な人気店だけど場所の情報が詳しく出ててなくてさ、もしかしたらあんこちゃんなら知ってるかなって。聞こうとは思ってたんだけどさっきちょうどその話をしてる子がいて思い出したの」
昨日やっていたテレビでそんな話をしていたのを今は思い出して即興で話を作っていく。
口裏を合わせ安いように説明を交えながらできる限り具体的内容は触れない。
「ふーん。それでそのパン屋の話をするのになんで席をたったの?」
「この店雅の大好きな高カロリーなパンがたくさんあるらしいから聞かせちゃ悪いかなって思って」
「じゃあ今度行きましょうよ。私、高カロリーなもの大好きだから」
どうやら嘘だとバレているみたいで雅ちゃんは意地悪な笑みを浮かべてキラドリフォンのスケジュールアプリを起動させた。
「いや、テスト近いし機会があればね」
「そうそう機会があれば」
俺とあんこちゃんは冷や汗を流しながらできる限りその機会が遠のくことを願った。
「まぁいいわ。それでご飯を食べたあとだけど、お風呂入って勉強でいいかしら」
「う、うん」
ゆずはちゃんのこと、雅ちゃんとの疑惑に定期テスト、テストライブ。
問題はどんどん増えていく。