30
「ごめんさい」
面倒ごとを避けるために頭を下げる。
アイドル学校である綺羅星学園は外での問題にはとても敏感。
もしもスキャンダルとして取り上げられでもしたら、最悪退学かもしれない。
謝って穏便に済むならそっちの方が絶対いい。
「ちっ、もしかしてあなた達、綺羅星の生徒?」
舌打ちを1つ入れると、中学を確認してきた。
もしかたらこのお姉さんは、綺羅星学園の生徒だとあたりをつけて絡んで来たのかもしれない。
キラドリフォンを見える位置に持っていたのは確実に失敗だな。
いや、待て。ゲームの音が響き合う空間で、人の話し声が、そこまで気になるとは思えないし。
なんか面倒なのに目をつけられたかもしれない。
こういう面倒くさそうな人には仕方ないから嘘をついて誤魔化そうか。
そう考えて口を開こうとした瞬間。
「だったらなんですか?」
ちょっと怒り気味の雅ちゃんが先に肯定を返してしまった。
何やってるんだ。
わざわざ本当のことを言わなくてもいいだろ。
いくつか頭に言葉を浮かんだが、何を言ってもろくなことに、なりそうもないので口を閉じた。
雅ちゃんの真っ直ぐなところは長所であり短所だな。
絡まれてしまった以上ことが大きくなる前になんとかしたい。
「こんなところで遊んでる暇があったら他にやることたくさんあるでしょ?」
お姉さんはなぜか知らないがウザ絡みではなく、説教のようなことをはじめた。
何がしたいのかいまいち良く分からない。
「あなたにそんなこと言われる筋合いないと思います。それにあなただって遊んでるじゃなくですか!」
ダンスの達人はレッスンに使われることもあるけど、あくまでゲームというカテゴリーに入っている。
だからその返しは間違えではないと思うけど、適切ではないよ雅ちゃん。
そして、言い返したことで戦いのゴングがなった気がする。
「あ、2人とも……」
止めようと声をだして見たが、睨み合う2人には、届いていなさそう。
「年上に向かってその口の聞き方は何なの? あなた礼儀ってもの知らないの?」
雅ちゃんの返しは案の定お姉さんの怒りに火をつける。
「いきなり突っかかってくるような礼儀知らずに言われなくないです」
「何よ――」
そこからふたりは恐ろしくヒートアップしていき、お互いの趣味から人格に至るまでほぼすべてをけなし合う血で血を洗う醜い争いに発展して行った。
初対面でよくもまあここまで貶せるなと、他人事のように眺めている。
きっとしばらく口論してお互い満足すれば冷静になってくれると思っていた。
しかしこの口論はとんでもない方向に、転がっていく。
「なっ、生意気ね。そこまで言うなら勝負しましょう。このダンスの達人で。勝ったら、綺羅星学園を今日中に退学してもらうわ。プロのアイドルだものそれくらい余裕よね?」
ヒートアップした結果退学をかけた恐ろしい勝負になってしまった。
途中から聞くのを放棄したから分からないけど、いったいどうなれば、そんな方向になるんだ?
というか雅ちゃん受けたりしないよね?
不安げに雅ちゃんを見ると、その表情は変に自信に満ちたようでありながら、頬は引きつっていて、引くに引けなくなった感じが出ていた。
たぶん自信に満ちた表情をして相手に取り消させるつもりなのかもしれないな。
一瞬の沈黙の後、雅ちゃんが口を開く。
「いいわよ。でももし、私が勝ったらどうする気?」
バカやろう受けてどうするんだよ。
雅ちゃんは駆け引きは致命的に向いていなかったようだ。
「その時はもちろん私も夢を捨てるわ」
売り言葉に買い言葉。
ヒートアップにヒートアップを重ねた2人の口論はとうとうお互いの夢を賭ける、とんでもないゲームで決着をつけることで、まとまってしまった。
夢と楽しさに満ちているはずのアミューズメントパークが殺伐とした気配漂うホラーワールドに。
巻き込まれると危ないし、俺は今のうちにフェードアウトしておこう。
抜き足でそっとエスカレートに乗ろうとした所に首を捕まれ雑に捕まった猫のようにお姉さんの目の前に引きずり出された。
雅ちゃん日々の筋トレの成果はわかったから離して欲しい。
「じゃあ勝負よ、こっちはこのひかりが相手になるわ」
その瞬間俺は、足をばたつかせて捕らえられて暴れる猫のように脱出を試みる。
なぜ俺を巻き込もうとする? これがいわゆる主人公補正ってやつか?
「その子逃げようとしてるけど?」
「…………!?」
お姉さんの言葉に思わず身体が反応する。
会話の輪に入ってしまったことで、完全に当事者になってしまった。
「ひかり。これもレッスンの一環よ! プレッシャーに勝つための」
雅ちゃんが首の拘束解いてから人差し指をこちらに向けて言い放つ。
「普通レッスンで退学とか、賭けないからっ」
人の退学をかけてレッスンなんて絶対ゴメンに決まっている。
特に付き合いは短いとはいえ、俺からすればこの世界で1番付き合いの長い人だからなおさら、責任重大。
どうにか逃れようと、考えを巡らす。
「いいじゃない自分の首はかかってないのだし」
お姉さんはどうやら雅ちゃんを相当嫌っているのかサラリと俺の背中を押して勝負を受けさせようとしてくる。
「信じてるわよひかり」
手を握られ、見つめられればもう断れる雰囲気ではなくなってしまった。
「う、うん。でも本当にいいの?」
「ひかりなら絶対勝てるわ」
もうどうにでもなれというヤケクソ気味の気持ちを持って勝負を受けることになった。
「では、さっそく。難易度はExtremeでいいかしら?」
「その代わり選曲はこちらでするわ」
ルールを勝手につめるふたりを見ながら、緊張をどう逃がすかを考える。
退学がかかっているから負けられないしかも相手のお姉さんはダンスの達人の廃人さん。
緊張しては勝てるわけがない。
「じゃあひかり頑張れ」
選曲を終えた雅ちゃんが背後からぽんと背中を叩く。
すると不思議と強ばっていた身体がリラックス状態になる。
「後で自分が出てないからやっぱり取り消しなんて言わせないわよ?」
「もちろんそんなことは言いません。だって勝つから」
開始位置についたお姉さんがわざわざ振り返り、最後の挑発をする。
雅ちゃんは、どこから来るのか分からないが自信に満ちた表情で宣言した。
くっ、そういうこというとプレッシャーが……。
少し戻って来てしまった緊張感を持って、お姉さんの横に並ぶ。
既に難易度選曲共に終わっているので、位置について数秒するとロード画面に切り替わり、ゲームのマスコットキャラが可愛らしく下の方で玉乗りをする。
そして画面明るくなり、イントロがかかる。
午前中ずっと練習していた曲が流れ俺もお姉さんも揃って同じ動きをする。
動く度にperfectと虹色で書かれた文字が出たり消えたりする。
そしてcomboの後ろの数字が増えていく。
サビ前まではお互いノーミスできた。
やばい緊張が増してきた。
音ゲーあるあるの1つフルコンボに近づくにつれて緊張が高まり続けるの状態に入ってしまった。
お姉さんは慣れているのか涼しい顔で踊り続けている。
そしてサビに入る、まだお互いperfect。
しかしここで俺が緊張からサビの真ん中で、Missを出してしまった。
上げる手を間違えてしまった。
しかし、動揺する暇もなく曲は流れる。
雅ちゃんが退学になってしまう。
負けたくない。
頭にそれがよぎった瞬間。
横にいたお姉さんが足を抑えてうずくまった。
「あぁぁぁ足つったー。あー痛いっ」
お姉さんは俺と対決する前に3回ほどぶっ続けで踊っていた。
その間水分補給は一切していなかった。
だから足がつりやすい状況にあったのは間違いないが負けないと思ったそのタイミングで都合よく足がつるなんてことがあるのか?
これはきっとひかりちゃんがこの世界の主人公だからなのか?
曲が終わりお互いの得点が表示される。
「なんか勝てた……?」
つった足を伸ばしながらリザルト画面を見つめるお姉さんと、棚ぼたでの勝利に釈然としない俺。
「約束通りあなたの夢、さっさと諦めることね」
そしてどや顔でお姉さんを見下ろす雅ちゃん。
言い放った言葉はとっても残酷な死刑宣告。
「ちょっと待って。その夢について聞かせくれませんか? それを罰ってことにして貰えませんか?」
こんなチートで勝ったみたいなものを勝利とは呼ばない。
うまく言えないがこれは100パーセント運の勝利だ。
これが主人公の運命力ってやつなのか?
心にモヤモヤとしたものが広がる。
「どうして?」
お姉さんは何を言っているのか分からないといった表情でこちらを見る。
まだ足はつったままだが、会話ぐらいはできるようだ。
「やっぱりこんなことで捨てていいものじゃないと思うから……雅もそれでいい?」
そう夢は、賭け事に使っていいような軽いもんじゃない。
それにお姉さんはあのプレッシャーの中でも涼しい顔で踊り続けていた。
それはきっと俺なんかよりもずっと濃く長い努力があってのものに違いない。
それにこのまま約束通りやめさせるのはなんかモヤモヤするし。
「勝ったのはひかりだし文句はないわ」
「わかったわ。少し長くなるわよ?」
雅ちゃんの承諾を得た俺達はすぐ近くの椅子にお姉さんを移動させてからお姉さんの話を聞くことにした。
「お願いします」
何に、どうしてそこまで、努力をするのか知りたくなってしまった俺は急かすように声をだした。
「私は、いわゆる地下アイドルってやつなのよ。今年で26歳になるわ。でも全然人気はないし、ライブとバイトを繰り返す毎日。下からはいくて才能と運を持ち合わせた、あなたのような子だって出てくる」
そう言ってお姉さんは俺を見つめた。
悔しさからか、下唇を噛んでから続きける。
「それにね、売れてく子を、何人も見ているとねわかるのよ。この子は才能があるとか、売れるとか。悔しいけどあなた達を見て、そのオーラみたいなものを感じてしまったのよ。そろそろ私はアイドルとしての賞味期限を迎えるわ。それでもイライラしていて、みっともなく突っかかってあわよくばって……足を引っ張ろうとして、ごめんなさい」
椅子に座ったまま顔を伏せるように頭をさげた。
それが言い掛かりのように絡んで来て突然の勝負をふっかけてきた理由か。
女の子アイドルは若さと可愛さがウリであることが多い。
もちろんそれだけってことはないけどアイドルからほかの道に進む人の多くは25歳前後のイメージは確かにある。
たぶんそれがこの世界でのアイドル賞味期限になるんだろう。
アニメでは絶対語られることはなかったこの世界の残酷さ。
「あの、才能を見抜ける目を持っているならそれを活かそうとは思わないんですか?」
あれだけ言い争った後なのに何のわだかまりも残してないのか真っ直ぐお姉さんを、見つめるながら、雅ちゃんは質問をぶつける。
確かに売れるアイドルオーラが一目でわかれば、事務所のスカウトの仕事は天職だ。
「そうね、……そうしようかしらね」
お姉さんは数秒悩んだように黙り、それから晴れやかな表情を作って、そういいながら立ち上がった。
もしかしたら今俺達はライバルを一人蹴落としたのか?
なんかこういうのすごく気分が悪い。
そうか心に広がるモヤモヤとしたものの正体はこの後味の悪い罪悪感か。
それが蹴落とすってことなんだろう。
恨まれようと、憎まれたとしても上に登っていく覚悟ないとこの世界は生き残って行けないさっきお姉さんが俺達の足を引っ張ろうとしたように。
俺は男で、本気でアイドルをやりたいわけでもないのに、それをやって人の夢を1つ潰してしまった。
深くその事実が心に刺さった。
「そうだ最後に2人の名前教えてくれない?」
立ち上がったお姉さんは突然そんなことを言い出した。
「桜花雅よ」
「雛星ひかりです」
雅ちゃんにつられて名乗ってしまった。
「ありがとう。あっ、そうそう、ひかりちゃんあなたはきっと月城リリアに並ぶアイドルになれるわ。同じオーラをまとっているもの」
そう言ってお姉さんはエスカレーターを降りていった。
そうは言われても俺には誰かを蹴落としてでもアイドルをやりたい気持ちなんてないわけで俺なんが上に登っていくのは許されるのかと考えてしまう。
お姉さんの背中が完全見えなくなってから雅ちゃんが。
「じゃあ約束通りラーメン買って帰りましょうか」
「ううん、やっぱりやめとくよ」
「なに、どうしたのよ?」
努力の跡が滲み出るくらい努力しても、簡単に蹴落とさせる世界に飛び込んでしまったことを理解したので自分を甘やかすようなことは控えようと思った。
上に登っていく覚悟すら決まっていない俺は、多分簡単に蹴落とされてしまうかもしれないから。
本気になれる理由が見つかるまでラーメンは封印することにした。
そして難しいことは脇に置いて目の前のテストライブに集中する。
どうせ今は何一つ分からないのだから。
「それより雅、今度こそオールパーフェクト狙うよ」
「なんかひかりがやる気になった」
汗をきらめかせながら、ダンスはまだまだ続く。