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セミロングの薄めの金髪を、毛先の方をふんわりゆるく巻き、前髪の分け目を、白い星型装飾のついたヘアピンでとめている。
少し指先で髪をつまんで見れば、さらさらとしていて、手入れされているのが、しっかりと伝わってくる。
顔には可愛らしい濃い琥珀色の瞳が二つ。
頬は血色よく、薄く赤く色づいてあどけなさを存分に醸し出している。
さらによく見れば睫毛も長く肌ツヤだってとてもいい。
女の子の中でもかなり上位に位置するであろう可愛らしい容姿。
街ですれ違がえば可愛い子だと一瞬思うだろうし、学校の同じ教室にいればテンションだって上がったに違いない。
改めて鏡を見た俺の目に飛び込んで来たのはやっぱり美少女だった。
ウィンクすれば鏡の美少女もウィンクを返し、変顔すれば変顔を返してくる。
そして、現実を知って可愛らしい顔を不機嫌そうに歪めた。
「ひかりちゃん? ほんとにおかしくなっちゃったの?」
確かに起きていきなり鏡を取り出して、変顔を始めたらそういう反応になってもおかしくはないが、こっちは状況把握の途中なんだ、もう少し優しくしてもらいたい。
「いや、別におかしくはないと思うが?」
「えっ?」
不思議そうに首を傾げて、俺を値踏みするように、頭の先から掛け布団の中に入っている足の先まで確認して、そこから逆に頭まで視線を戻して、納得いかなそうに、もう1度首を傾げる。
そりゃ外側ひかりちゃんなので、いくら見てもおかしなところはない。
あっ。そうか口調に違和感を覚えたのか。
……確かひかりちゃんってどんなしゃべりかたしてたっけ?
少し記憶をさかのぼって考える。
確かかなり女の子らしい優しい口調だったはず。
「あ、うん……。えーとねちょっと寝ぼけてたみたい。それでどうゆう状況なの?」
声音をできるだけ優しく、言葉もトゲの少ないものを選んで誤魔化す。
中身が男だとバレるときっと口も聞いてくれなくなるに違いない。
この世界のことをアニメに出てくる部分しか知らないため、ゆずはちゃんに嫌われるのはとてもまずい。
個人的にも、自分の1番好きなキャラに嫌われるのは絶対避けたい。
「今は入学式が終わったところで、ひかりちゃんは入学式の途中のリリア先輩の挨拶の最中に失神して、頭打って保健室に運ばれたんだよ? 覚えてない?」
…………なんだその理由。
反射的に出そうになったツッコミを抑えまた一つ思考する。
確かひかりちゃんはリリア先輩のだいがつくほどのファンで、それがキッカケでアイドルを本気で目指して、綺羅星学園に入学を決めたという設定だったが、流石に近くで見ただけで失神するようなことはなかったはずだが。
他人事ならば笑いばなしになっていたところだが、どういう訳かひかりちゃんになってしまった今は笑い事ではない。
幸い? ひかりちゃんの記憶は全くないので覚えてないのだが。
「ううん、全然覚えてない」
「そっか。でもなんともなくて良かった〜」
心の底から安心した様子のゆずはちゃんはホッとため息をつき、そっと俺の下半身を覆っている掛け布団に手をかけてきた。
女の子に布団をはぐられるシチュエーションに反射的に身体がビクッと反応する。
一瞬触れ合った自分の内ももの感触にやっぱり女の子の身体なんだと改めて思いながら抵抗せずに布団をはがされていく。
女の子同士だと思っているはずだから、変に反応する方が、おかしい。
「じゃあなんともないなら、先生に報告してから寮に行こっ?」
あらわになった己を見つめてなんとも言えない気分になる。
新品の感じがにじみ出てる無駄なシワ一つないワインレッドのスカート。紺色のソックスを履いていてもわかる細くて白い足。
完全な美少女になってしまったと。
状況は理解していてもどうにも納得がいっていない。
目が覚めたら美少女になっていたってだけでも、びっくりなのにその上アニメの主人公になっていたなんて、神様ってやつは意外と性格が悪いのかもしれない。
そんなモヤモヤした気分を抱えながら俺はひとまずゆずはちゃんの後ろをついて行く事にした。
起き上がり、上靴に足を通す。
「ふぁって!?」
履いた瞬間に襲ってくる違和感。
やっぱりというべきか、人の上履きを間違って履いてしまった時と、同じこの噛み合わない感じに、思わず変な声が出た。
ひかりちゃんは足裏が敏感なのかもしれない。
「くふふっ」
あまりの変な声にゆずはちゃんの押し殺した笑い声が漏れ聞こえてくる。
しかし足の裏に当たっている中敷がフィットしないわけじゃないんだが、普段当たらないところに靴の裏が当たるこの気持ち悪さの方が、上回りあえてツッコまずに上靴に左足を突っ込む。
「それじゃあ行こっか」
嫌われないように笑顔を作り、ゆずはちゃんの方へと歩きだす。
右足を前に出して、次は左足。
3回ほど繰り返して勢いにのり始めたところで。
「ふべっ!? …………痛ったーー!!」
盛大に顔面から床へダイブ。とっさに手はついたものの軽く顔を打った。
「ひかりちゃん!? 大丈夫?」
駆け寄ってきたゆずはちゃんの足音を聞きながらもなんとか顔だけは上げる。
「痛いってぇな。手がジンジンする。あっ」
おっと痛みのあまりつい普通の口調が出てしまったな。
「えっ?」
「ごめんね。まだちょっとおかしいのかも」
自分でもかなり無理やりだと思う、作り笑顔の仮面をつけてゆずはちゃんの手をとる。
ゆずはちゃんの手柔らかいしあったかい。
季節は一応4月だと思うが床は冷たいので、ゆずはちゃんの体温がとても温かく感じる。
ぐっと力を込めた腕に起こされスクリと立ち上がる。
少し足と手と顔が痛いけど鼻血は出ていないならセーフ。と男ならではの基準で歩きだそうとする。
「待って。そこ座って」
丸椅子を指しながらゆずはちゃんはいくつかある戸棚から勝手に消毒液と絆創膏を取り出してきた。
「これくらい大丈夫だよ」
「ダメだって、跡が残ったら大変。ひかりちゃんのお母さんに面倒見てあげてって頼まれたんだから」
強引に俺を丸椅子に座らせると、慣れた手つきで左足についた小さな擦り傷に消毒液を吹きかけた。
その瞬間塩でもすり込まれたのかと思うぐらいの痛みが駆け巡る。
「痛い。やめっ、しっ、ひみるからやめ……」
舌噛んだ。
「暴れると長びいて、痛くなるか我慢してね」
激痛にもがく俺を全くにきせず、手早く絆創膏を貼るとようやく痛みから開放された。
「じゃあ今度こそ職員室にいこう」
「おー?」
何故か拳を上げたゆずはちゃんに合わせるように俺も拳を上げる。
こういう軽いノリを出すことろは可愛らしいのだが。
それにひかりちゃんはこんなにもドジなキャラだっただろうか?
アニメでは転ぶシーンはそんなになかったと思うが……。
考え始めるとまたグラッと視界が傾く。
とっさに右足を深く踏み込み転びそうになるのを防ぐ。
しばらく足に意識を集中しながら歩いていく。
時折、細く頼りない己の足を恨みがましく見て、首を傾げる。
……なんか違和感が拭えないんだよな。
やはり男だった頃の感覚が強く残っているんだ。
歩幅、足裏への微妙な体重のかけ方の違い。
無意識に男だった頃の感覚で歩くせいでうまく噛み合わず転んでしまう。
なんとなく結論を出して、一瞬足から意識を話す。
また転びそうになる。
意識して足を操らなければもう一回消毒なんてことにもなりかねない。
それだけはなんとしても避けねば。
その後も何度かこけそうになりながらも職員室へとたどりつく頃には外がオレンジ色になっていた。