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 「さぁー、起きなさいひかり」


 朝日がすっかり登りきり、眩しい光が降り注ぐなか、この世界に来て初めての休日の日、俺はいつもより長く眠っていた。

 連日連夜、雅ちゃんの指導のもと地獄の基礎トレーニングを受け続けて、すっかり全身筋肉痛を味わっている今、授業があるわけでもないのに早く起きるつもりなど全くない。

 今日から土日という休日。

 休む日と書いて休日なんだから、絶対休む。

 むしろなんで同じメニューをこなしたはずの雅ちゃんは朝早くからこんなに元気なのだろうか?

 体力のお化けのあんこちゃんといい、なんであんなものを余裕でこなせるのだ?


 昨日のトレーニングの疲れが残っているのを感じ、強い鋼のような意思を持ち布団に深く潜る。

 朝ごはんより二度寝を選ぶことにするか。

 ついでに足を曲げて丸まって貝のようになる。

 絶対引きこもってやる。

 前世の夏休み1度も外に出ないプチひきこもりをやったことのあるプロの怠け者をなめるんじゃない。


 「ひーかーりーぃ? 早く起きないと大変なことになるわよ?」


 1度目で起きなかったからか、今度は、はしごを登り、もう1度起こしそうとより大きな声をだす。

 流石の声量だよ。

 というか大変なことってなんだ? 朝食が無くなるぐらいのことでは動じないぞ。


 「…………んっ……うっ」


 とはいえ、大声で叫ばれては眠気も遠くに行ってしまうというもの。

 今日は諦めて欲しいという意思を込めて雅ちゃんの方に背中を向けるように寝返りを打って、呻くように抗議の声を上げる。

 というより筋肉痛で声が出てしまった。

 寝返り痛いすっ。


 それでも起きないと判断したのか、雅ちゃんは再び口を開いた。

 しかし今度は大声ではなく普通の声で語りかける。


 「あんこにひかりが朝からパンをディスってたって報告してくるしかないわね」


 言い終えるとはしごを降りる音がする。

 よりにもよってなんて恐ろしいことを言い出すんだ。


 「それは困る」


 最早、脊髄反射のような反応速度で起き上がる。

 かかっていた布団を蹴りと勢いで、起き上がり、したにいるであろう雅ちゃんを止めるべく、ベッドの上から顔をだす。


 「やっぱり起きてたのね。ほらさっさと着替えて、朝ごはん食べちゃいましょ?」


 雅ちゃんはこうなることがわかっているかのように腕を組んで、2段ベッドの上の方を見ていた。

 当然目が合う。

 にっこり微笑み俺を朝食へと誘う。

 勝ち誇ったような笑みに少し悔しさを覚えながら口を開く。


 「今日休みだと思うんだけど?」


 「ええ、流石に連日トレーニングをしてばかりだとひかりも辛いだろうし、楽しい所に行こうかと思って」


 「楽しい場所? よし、行こう」


 俺は娯楽の為なら睡眠を犠牲できる男です。

 二度寝なんて考えはドブに捨てた。


 朝食を食べて、学園の外にやってきた。

 この世界に来て初めての学園の外に既にテンションはマックスに近い。

 ちょっと自分を抑えるので精一杯かもしれない。

 たぶんひかりちゃんの身体はアウトドア派なのだろう。

 それに俺は楽しい場所に心踊っているわけだし。

 まだまだ理解できていない自分の身体となったやや小さい身体のことを考えながらも歩く。

 目に映る町並みは前世の世界と大きく変わることはないが、なんとなく平和な印象が強い。

 ゆっくり歩く人や空気の流れが、前世の世界とはまるで違う。

 この世界の人間は穏やかな人が多いのだろうか?


 学園を出てすぐから続く桜並木を抜けると、小さな商店街に差し掛かった。


 「なんかのどか感じだね」


 シャッター街ではなくきちんと店が立ち並ぶ光景を見ながら雅ちゃんに話かける。

 流石にずっと無言ってのもおかしな話だし、デートとかじゃないから気負う必要もねぇーし。

 ぶっちゃけて友達と休みに出掛けた経験がほとんどないので間がもたない。


 「そう? 普通じゃないの? あっ、アイスクリームの移動販売あるわよ? 食べる?」


 「うーん、せっかくだし食べようかな?」


 なんか雅ちゃんが優しすぎて怪しいな。

 トレーニング初めてから、デザートなんて食べようとしたら角をはやして怒るのに。


 「ちょっと買って来るわね。何味にする?」


 「じゃあバニラで」


 「OK!」


 「うーん、3日しか頑張ってないのにストイックモンスターの雅ちゃんがアイス朝食後にアイスを許すなんておかしいな」


 移動販売の車に向かう背中を眺めながら独り言のようにつぶやく。

 あの高カロリー嫌いの雅ちゃんがアイスを……、しかも自から買ってくるなんて絶対何か裏があるに違いない。


 「何がおかしいの?」


 「えっ、あっそのそこを歩いていた野良犬がね」


 アイスを2つ持った雅ちゃんに後ろから声をかけられて、とっさに誤魔化を入れる。

 流石に聞かれてはいないよな?


 「犬いたの? どんな感じの子? 子犬だった?」


 以外にも雅ちゃんはその嘘に思っ切り食いついてしまった。

 なんでそんなにグイグイくるだよ。

 まさか聞かれていて、正直に言えよ的な圧力をかけて来ているのか?

 しかし、ここでわざわざ今日の雅は優しすぎてなんか怖いねっ。

 と、喧嘩売ってるとしか思えないようなことを言うのもどうかと思う。

 ここはこの話題を強引にでも終わらせるのが正解だ。


 「いや一瞬後ろ足しか見えなかったし」

 

 「なんだ……」


 少しがっかりしたような様子で肩を竦める。

 もしかしてただの犬好きのか?


 「雅って犬好きだったの?」


 「実家で飼ってるのよ、ショコラって名前のチワワで3歳の男の子なんだけど……、写真見る?」


 しょんぼりとした表情から一転、今度は太陽のように明るい表情になる。


 うわっ出たよ犬自慢。

 他人んちのあったこともないペットなんてさほど興味ない。

 それに俺犬も猫もアレルギーだし。

 あっ、今はひかりちゃんの身体だから違うかもしれないけど。


 「うん。見てみたい」


 しかしストレートに全国の動物好きの皆様に喧嘩を売るよな発言を口に出すわけには行かないので、大人の対応ってやつをとる。


 「これ、ほらこの顔見て、可愛いでしょ?」


 キラドリフォンにある黒いチワワの写真をスライドショーのようにして見せられることはや3分ほど。


 「う、うん。そうだね」


 「あとこれも、この表情がまた可愛くてね――」


 これはあんこちゃん以上の地雷を踏んだ気配が……。


 「雅、そろそろアイス食べないと溶けちゃうよ?」


 カップに入っているアイスを見せながら強引に話題を終了させる。

 雅ちゃんにもこんな地雷が埋まっていたのか。

 次から注意しよう。


 「そうね。ついワンちゃん愛が溢れてちゃったわ。ショコラ元気にしているかしら」


 「たぶん元気なんじゃないかな……」


 天を仰ぎ、目を細めてそのまま天国にでも飛んで生きそうなほど幸せそうな顔をしている雅ちゃんにめちゃくちゃ引きつった笑顔で返す。

 

 「そうよね、はぁー早く会いたい」


 「雅の家ってそんなに遠いの?」


 アニメだと夏休みにみんなでお邪魔した話があったし近場のかと思ってたけど移動のシーンなかったし意外と遠いのかかな。


 「電車で5駅ぐらいだけど……。じゃなくて、ショコラ今、行方不明なのよ」


 「衝撃なんだけど、探してないの?」


 「入学式の2日前に突然逃げ出しちゃってさ、準備とか忙してくてほとんど探している暇がなかったのよ。トレーニングも疎かにできないし」


 「なんかごめん。地雷踏み抜いて」


 今後は犬の話題は絶対避けよう。

 愛がすごいのは行方不明だったからなのか。


 「大丈夫よ、時々1~2週間くらいいなくなることはしょっちゅうあったもの」


 「それって懐かれてないんじゃあ……」


 飼い犬が定期的に脱走するなんて聞いたことないけど、絶対何か問題があるに違いない。


 「そんなことないわ、ちょっと長い散歩に出たのよ」


 「雅その返しはちょっときついと思うよ」


 「あーもう、アイス溶けちゃうしさっさと食べちゃいましょ?」


 「そうだね」


 なんか強引に誤魔化されたようなきがするけど雅ちゃんって犬にどんなことをしたのだろう。

 やけ食いするようにチョコミントのアイスを食べる雅ちゃんを見ながら犬の気持ちを考える。

 あっ、アイスがちょっと池みたいになった。


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