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 遠くで人の声がして気がついた。


 なんだ俺は悪い夢を見ていただけか。

 身体から発せられた熱に安堵を覚える。どうやら死んで転生させられそうになったと言うのは夢の中の出来事だったに違いない。

 吸い込まれたのは夢から覚める瞬間の演出だったのだと。

 怖い夢だっただけにしつこいぐらい安堵の言葉を重ねる。

 あとは目を開けて確かめるだけ。


 意識はまだ覚醒しているとはいえず、だいぶぼんやりとしてしている。

 が、寝ているというには少しはっきりしすぎて寝ても起きてもいない宙に浮いているような状態。

 普段ならまだ眠れると浮上する意識を沈めにかかるところだが今日はそろそろ起きようと、意識を覚醒に持ってこうと一気に浮上させにかかる。


 こころなしかズキズキと痛む頭に疑問を覚えながらも俺の意識は覚醒した。 


 瞼を開けて真実を知る前に少し深呼吸をする。

 万が一にもあれが夢ではなく、

紛れもない現実だったならばきっとここは転生先なのかもしれない。

 あれだけ怖い思いをしたんだ少しぐらい楽しいことを考えても罰は当たらないだろう。


 珍しくみた不思議でリアル過ぎる夢に少しテンションが上がっているみたいで何事もなかったというまでのこの時間を楽しんでいるのかもしれない。


しかし目を閉じていても感じられるものはある。

 例えば嗅覚。

 鼻から絶えずやってくる消毒用エタノールのつーんとした香り。

 妙に甘くて爽やかなシャンプーの香りとか。

 それになんだか違和感のようなものを感じる。

あったはずのものがなくなるようなというより犬が猫になったような、とにかくありえないというべきような違和感。

 感覚的過ぎてどうにも言葉にしづらい。


 俺はどうなったのだろう?


 生きている確信からずいぶんと長くこの不思議な夢から始まった妄想を引っ張ってきたがそろそろ現実を見るとするか。

 違和感の正体などさっぱりと忘れて瞼を開ける。


 少しピンぼけしてモザイクがかかったように瞳に映る白い板の天井。


 部屋全体を暖色で照らす照明。

目に見えるのは


 「ああ、頭いてぇ」


 つぶやきながら身体を起こし、まだピントがあっていない目を瞬きして合わせながら後頭部に何故か残る鈍痛にたんこぶでも出来ていないか確認するために手を後頭部に持っていった。

 いつもなら手のひらにチクチクとした短い髪ならではの感触がするはずだが、まるでそれがない。

 不思議に思いながら、手を下の方に持っていった。

 首まですっぽりと髪が流れ、肩も超えて背中の上の方まで髪が伸び肩甲骨があるあたりにちょうど毛先がある。


 「なんだ髪長っ!」


 動揺しながら発している声に今度は驚く。

 先程は全く意識していなかったが耳に届いた声がいつもと少し違う気がする。


 「あーーーー」


 もしかしたら聞き間違いかもしれないと思いつつ、調子を確かめるために今度は長めに声を出す。


 うん。確かにいつもと違う。なんというか記憶にある自分の声と比べて細く、高く綺麗な声。声変わりする前の声というよりはこれまるで――。


 「ひかりちゃん。気がついたんだねっ」


 答えをだそうとして考えようと顎に手を持っていくその最中に、優しそうな女の子の声が聞こえてカーテンをさっと開けてその隙間からひょっこりと顔だけ出して俺が起きてることを確認すると、そのまま中に入ってきた。


 そうかここは病院なのか。

 きっと俺は倒れて生死の境をさまよって変な夢を見たのだろう。

 そして長い間に目を覚まさなかったことで髪が伸びてしまったのか。

 声もきっとしばらく発声してなかったから細くなって高いように聞こえただけだ。


 そうあたりをつけた。

それですべてに説明がつく。

というかそれ以外現実の世界では説明がつかない。


「あの……ひかりちゃん? ケガとしかしてない? 気分は?」


 不安そうにその子は声をかけてきた。


「あぁ?」


 黙っていろと、いうようなニュアンスを込めた威嚇じみた声を出す。

 もう謎は解けた。


 あとは医者を呼んでもらって両親を呼んでしばらくして退院なはずなのだ。

 そうしたら真面目になろうと改心だってしようと思っている。


 それなのに説明がつかないことがある。


 今の声の主のことだ。


 認めたくない。ありえない。そんなはずない。


 浮んで来るのは現状を否定する言葉のみ。

 いや嬉しいけど、ありえるわけがないと。

 というより現実にいるはずなどない。


 その声の主はアニメキャラクターなんだから。


 しばし思考が止まる。


 自分でも何を言ってるのかわからない。

 多分第三者からそんな話をされたとしても絶対信じないし、何ならそいつの頭を心配するに決まっている。

 だが、その人物は俺のよく知る女児向けアイドルアニメのキラドリの天沢ゆずはの声に間違いない。

 毎週欠かさず視聴して録画も何度も見返していたんだから聞き間違えたりしたらファン失格だ。

脳裏には彼女が活躍しているシーンがいくつも浮んで来る。

 特に初めて声をかけられた小さい男の子ファンにびっくりして逃げてしまって男への苦手意識を克服しようとする通称ゆずは回とか。

 直感ではそう確信しているが理性では受け入れられていないのだ。

 それにそれよりも確認しなければならないことだってある。


 完全にパニック。


 不測の事態が二つも同時に起こっているのだからフリーズするのも仕方のないこと。

 いや、きっとこんな状況に置かれたら例えいくつものピンチを切り抜けてきた漫画やアニメの主人公や偉い政治家だってこんな感じにフリーズしてしまうに違いない。


「大丈夫? さっきから黙ったままだけどもしかしてどこか調子悪い?」


 何一つ思考回路が回らないままのところに再び心配そうな声が飛んでくる。

 タスクの立てすぎで動作の遅くなったパソコンの如き愚鈍さでようやくその子に顔を向けた。


 ああ、やっぱりだ。


 顔を見てしまえば確信に変わる。

 肩に触れるか触れないのぎりぎりの長さの薄い緑色の髪。

 前髪は目にかからないように斜めに揃えられ、その下には優しさと不安さを混ぜ合わせたようにこちらを伺うグレーの瞳。

 着崩すことなく整えられた白色のブレザーと濃い青のリボン。

現実にしては少し短い、ワインレッドスカート。足元は膝の少し上までくる紺色の綺羅星学園の校章が刺繍されたソックス。


 まさしくそれはアニメキラドリの舞台、綺羅星きらぼし学園の制服。

 認めたくはないが俺はアニメの世界に来てしまったらしい。


 一つの疑問を解決してしまえばなんだかちょっと吹っ切れたような気持ちになる。

 もう一つも確認してしまおうか。

 時には勢いも大事だ。

 深呼吸を一つしてからゆずはちゃんに声をかける。


「あのさ……その……。かっ、鏡、貸してくれない?」


「えっ?」


 何の脈絡もなく発した言葉によほど驚いたのかゆずはちゃんは大きめな目をさらに大きくして驚きを全身で表現してくれた。

 とても可愛らしいくアニメとして見ているのなら可愛いなぐらいの感想だったが、

 今の俺は確認しなければならない事にどうしても鏡が必要なのだ。


「手鏡ぐらいひかりちゃんだって持ってるでしょ? ほらさっきもブレザー内のポケットに入れてたよね? もしかして頭打ったせいで記憶とんじゃったの?」


 いや……なんというかこの会話でいろいろと察してしまった。

ゆずはちゃんは男の子が苦手なのだ。

 話しかけられれば必ず肩を跳ねさせてびっくりするという設定があったはず。


 ゆずはちゃんの言う通り内ポケットをまさぐると2つ折りの手のひらサイズの鏡が出てきた。

 可愛らしくデフォルメされたあくびをしている三毛猫のついた男が持つにはかなり勇気がいるであろうとデザインの手鏡。

カパッと軽い音を立て外カバーを外す。

 そして1度目を瞑り、のぞき込むようにして鏡に自分の顔が間違いなく映るようにする。

もう1度深呼吸。

 今から目に映るものは自分の顔だ。何があろうと絶対自分の顔だと念じながら恐る恐る目を開けていく。

 そこにはキラドリのアニメの初代主人公の顔が写っていた。

 現実と呼ぶにはあまりにありえない自体に脳が処理の限界を迎えたのか再び俺は気絶してしまった。

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