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「まずどこから行こうか?」
パンと叩かれた手の音を合図に、クラスメイトは、一斉に廊下へと出ていった。
やっぱりみんなあの先生のこと怖いと思っているんだな。
すごい気持ちはわかるよ。
あの先生きっと悪女役とか似合いそうなぐらいクールで怖い顔してるもんね。
あと怒らせると絶対めんどくさいタイプに違いない。
同じようなことをグチグチほじくり返しながら説教するに違いない。
その流れに乗って俺達も廊下に出た。
クラスメイト達が最寄りの階段に群がるなか、人混みから少し離れたところで、輪になって作戦会議を始める。
人混みから離れて身を寄せ合うなんて、なんだかとても怪しい集団に見えなくもないけどそんなことは気にしていられない。
綺羅星学園の校舎内を隅々まで見られるチャンスなんて多分ここを逃したらしばらくないだろう。
ここ綺羅星学園はとても広い。
多分だが、一般的な学校の倍近くの大きさ誇るのではないだろうか。
なので、やみくもに回ろうとすると、校内を熟知していない1時間で周りきるのは難しい。
まぁ校内を見て場所を覚える授業なのだから熟知なんてしてるわけないのだが。
ひとまず計画を立てて回ることにしたのだ。
何事も計画的に行った方がスムーズに進む。
ただし計画通りに行かないこともある。
夏休みの宿題とかね。なんでか最終日まで全教科ほぼやってないなんて問題が起こるんだよな。
おかしいな予定ではとっくに終わってるはずだったのに。
何故か毎年徹夜で宿題するハメになる。
「そうね、校舎内だけだし特別教室を優先して見ていくのがいいと思うわ」
確かにクラス教室を覗いても先輩達の迷惑にしかならないだろうし、レッスンの邪魔なんてしたら下手したらアイドル始める前に学校をやめることになるかもしれない。
芸能界は縦社会で規律は厳しいと聞く。
触らぬ神に祟りなしってやつだ。
時が来るまではそっとしておくべき。
なので雅ちゃんの意見は正しいものだと言えるな。
本当は先輩達の姿も見てみたいが。
怒らせたら困るし。
「二人ともアイドルらしさをお忘れなくだよ」
そういえば先生がそんなことを言っていた。
「そういえば、アイドルらしさって何なんだろう?」
「減点あるみたいだし迂闊なことは出来ないわね」
どこから見ているかわからない以上変なことは出来ない。
いや見てなくてもしちゃダメなんだけど、いつも以上に気を付けなければいけない。
あたりを見回して見ても監視役の人らしき影はない。
どうやって減点するつもりなのだろう?
全く想像つかないな防犯カメラもそんなにないし。
それは脇に置いてアイドルらしさについて考えることにするか。
アイドルらしさか……そういえば週刊誌なんかで見ていた元の世界のアイドルは、よく変装している姿をすっぱ抜かれていた気がする。
「そうだよ! アイドルといえば変装だよ変装! さっきの男の人だって怪しい変装してたし、アイドルぽいきがする」
流石に週刊誌うんぬんをそのままいうわけには行かないので適当な理由をつけて、提案してみる。
まだこの世界にそういうゴシップ誌みたいなものがあるかわからないし迂闊なことを言って、不審がられて距離を置かれても困る。
できれば楽しい学校生活を送りたい。
「おお、ひかりちゃんナイスアイデア!!」
「……まぁアイドルぽいといえばぽいわね」
あんこちゃんは親指を立てながら肯定し、雅ちゃんは顎に手当て、数秒考えて、他に意見がなかったのか頷きながらそう答えた。
ともかく二人からも否定的な意見は出なかったので。
「じゃあ早速変装してみよう!」
やってみることになった。
「これでいいのかな?」
1度更衣室に戻り、帽子とマスクとサングラスを調達した、というか何故か置いてあった3点をつけて、ひとまず変装。
ちょっとマスクは息苦しいな。
呼吸の度に微妙に隙間を作ったり密着したりを繰り返してくすぐったし。
「これじゃあの男の人と変わらないわね」
不満げな表情をしながらサングラスをはず雅ちゃん。
おお、なんだが芸能人ぽい感じがする。
「でもひかりちゃんも雅ちゃんもなかなかにアイドルぽいよ? パンダフルだね!」
そう思ったのは、あんこちゃんも同じだったようで謎の単語を発しながら褒めてくれた。
アイドルぽいと言われるとなんだが恥ずかしい気持ちになる。
「何なのよそれ? それよりあんこは何で、頭にパン乗っけてるのよ」
あんこちゃんの頭に注目すると、
こんがり狐色で、ドーム状の物体を中心にして周りを帽子のつばのように薄く焼かれたパンの生地のようなもので、一周囲われているまるでUFOのような未確認の物体が乗っていた。
「あっ、これ? 帽子パン。お腹が空いたら食べられるんだよ?」
頭に乗っているUFOを外して、ツバの部分を少しちぎるとそのままパンの欠片を口に放り食べらることをアピール。
確かに言われて見れば麦わら帽子形にも見えなくもない。
UFOの方が近いと思うけど。
「頭にパンって衛生的にどうなのよ。というかそんなのどこから持ってきたのよ」
あんこちゃんの行動に頭を炒めたのかこめかみあたりをおさえ、つぶやいた。
こんな濃い、というかやばそうなキャラ確かに女児向けアニメの世界でレギュラー出演できるわけないな。
「パンはいつも持ち歩いるのだよ!」
それに全く気付いていないあんこちゃんはとっても誇らしげにその帽子パンを掲げながら胸を張った。
なんと、意外にも膨らみがあるではないか。
くぅ…………あんこちゃんは絶対貧乳キャラだと思ったのに。
もしかしてこのままだと俺の周りで貧乳なのって俺だけになるんじゃあないか?
ひかりのお母さんはまあまあ大きかった気がするしまだ希望を捨ててはいけないよな?
などと胸の大きさについて考えていると帽子パンから甘い香りが放出されていた。
「でも、美味しそうだよっ」
美味しそうな匂いつられてつい感想が出てしまった。
「ひかりちゃんはわかってくれんだね。この素晴らしさを」
「えっ? あぁ、う……ん。そうだね?」
目を潤ませて、感動したみたいな表情をして俺の手を握ってくるあんこちゃんにちょっと引きながらそう返した。
訂正、やばそうなキャラじゃないこいつはやばいキャラだ。
パンに共感しただけで感動するようなキャラが普通なわけない。
ひかりちゃんの直感が働いたのか手を握られた瞬間にそうかんじた。
「なんだか、とっても不安になってきたわね。減点されるところかマイナスとかになったりしないわよね?」
雅ちゃんのつぶやきが、虚しく空気に溶けていった。
その不安とってもわかるよ雅ちゃん。
そこそこの強い力で手を握られ離せないまま、雅ちゃんの方を見てしみじみと共感した。