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ドタバタなと忙しない昼食を終え、更衣室にたどり着いた俺達は着替えに手間取っていた。
始業10分の更衣室は先程のカフェテリアなんか目じゃないくらい混んでいて、どこを見ても女の子の肌を見てしまうことになる。
それに狭いので身動きが制限されてしまうのも手間取る原因の一つとなっている。
なんとかそれを避けようと視線を右へ左へしていると雅ちゃんが後ろから、
「ひかり、何不審者みたいな動きしてるのよ? まさか裸を見られるのが恥ずかしいとか?」
「そんなことないけど、ほら人に当たらないようにしないといけないから」
もしもぶつかったりしてら、なんだかこう、罪悪感がこみ上げて来るというか気まずい。
知っている女の子の下着姿を見るのが恥ずかしいという気持ちもある。
心までしっかりと女の子だったならこんな思いをしなくて済んだのではないかと、猛烈に思っている。
神様め、俺が一体何をしたというんだ? あっ、転生システムに逆らったって問題起こしましたねごめんなさい。
「じゃあ気おつけながら、さっさと着替えちゃないなさい。あんこはもう着替えて行っちゃったわよ」
確かにあたりを見回して見れば、あんこちゃんの姿はなくなっていた。
話したこともない女の子の下着姿も目に入ると悪いことしてる気持ち変わりはないみたいだな。
みんなほんとごめんなさい。
「全く自由な子だなぁー」
しかしいつまでも罪悪感を膨らませていても仕方ないので無理やり頭の片隅追いやる。
「なんかそれ娘に振りまわされてるお父さんみたいな感想ね」
「でも実際自由人じゃん。いきなり現れたかと思ったらいつの間にか消えてるし」
まさに神出鬼没を絵に描いたようなキャラじゃないか。
「まぁ、それはそうね」
なんて会話を挟みながらジャージに着替えていく。
流石に、ジャージでは男女の違いを感じることはなく、違和感なく着替えることができた。
いつ見てもひかりちゃんの身体は贅肉一つついていない。
なんだがジャージを着るとちょっとだけ落ち着いた。
更衣室と今日レッスン室の間はとても離れていて、少し廊下を歩くことになると知ったのはいまだ。
「よりによって何でも第4レッスン室なの。さっきも変な男に注意されるし、なんか運悪いのかも」
春だから廊下そこまで寒くないけどこれ冬とか悲惨なことになりかねないのでは?
「うわっ。ひかりがどんどんネガティブになっていくわね。それにカフェテリアでの騒動はこっちが悪いんだし、運は関係ないわよ」
「あの人うちの先輩なんだよね? めちゃくちゃ怪しかったけど」
「何? ひかりもしかして気になるの?」
雅ちゃんは女の子らしく恋の話題が出たと思ったのか、少し距離を詰めて、にやぁーと悪い笑みを浮かべてきた。
しかし俺は男との恋愛など絶対ないと思っているのでバッサリ否定させてもらおう。
「正体がね」
だが、アニメで詳しく描かれていないキャラにキラドリファンとしての興味はあるので、全否定はしなかった。
「なんだつまらないわね。それなら放課後、男子部行ってみる?」
恋バナではないとわかったようで露骨に肩を落として投げやり提案してくる。
「山、超えても敷地に入れないかもよ?」
「じゃあ男装していけばいいじゃない? あの男の人も変装してこっち来てたわけだし」
「それは面白そうだしやってみよか」
結局好奇心は抑えられない。それにもうすることはないと思っていた男格好をするチャンスを得ることができたわけだし。
ついにアイドル学校らしいレッスンの時間がやってきた。
一応教室の並びになって体育座りをして皆落ち着かなそうに座っておしゃべりをしている。
言ってしまえば今までの授業は前座みたいなもので、ここからがアイドル的な本番。
まぁ雅ちゃんの受け売りのセリフだが。
「二人ともともこっちこっち」
あんこちゃんの手招きを受けて俺と雅ちゃんは後ろの方に腰を下ろす。
「あんこちゃんひとりで先言っちゃたでしょ」
「おお、ごめんごめん。でも二人とも着替え遅かったから」
赤いのショートの髪が手を前に出して軽く謝るのに合わせて揺れる。
「あんこって意外といけるかも」
揺れる髪を雅ちゃんがポツリをそうもらした。
ぞわっと背中に走るものをかんじた。
それはあんこちゃんも同じらしく少し距離をとってから確認をする。
「雅ちゃんってそっちの趣味の人?」
「なっ……、違うわよ。さっきひかりとカフェテリアであった男の人正体を突き止めようって話になってそれであんこ、髪短いし服装工夫すればバレないんじゃないかって思っただけよ」
ぽっと顔を赤くしてまくし立てて、息を吸い込む。
「そうなの?」
こちらに視線を向けてこちらにも確認をとってくる。
あんこちゃんって意外警戒心高いのかな?
「うん、あんなに顔を隠すなんて絶対なんかあるに違いないし、男子部に忍び込んで見ようって話してたんだ」
「それは面白そうだけど二人とも男装なんて、したことあるのかね?」
いや、そうでもないみたいだな。
「ないけど大丈夫」
だって俺は男だもん内側あふれる男らしさがなんとかしてくれるさ。
「ひかりの男装は絶対バレる気がするわ」
「いや、そんなことはないはずだよ……きっと」
重ねていうが中身男ですから。
でも普通に女子風呂入ってるし、ちょっと不安になってきたぞ。
放課後の話しで盛り上がり始めていると、チャイムがなりはじめた。
それと時を同じくしてパンツスーツの女? の先生が入ってきた。
髪の長さは結構な長さだと思うが、頭の後ろで複雑に編み込んでまとめてあるので正確な長さはわからない。
中性的な顔立ちで、切れ長な瞳に引き結んだ口元。全てクールな印象を与える。
一言でいえば怒らせたら怖いタイプの先生だ。
「それで今からレッスンの授業を始める」
女性にしてはやや低めの声が発せられと静かだったレッスン室の空気が引き締まり、呼吸するのすらためらわれるような静寂に包まれた。
「よろしくお願いします」
合わせてたわけではないがほぼ完璧にタイミングが揃う。
「2人のほど遅れたやつがいる。やり直し」
ぴしゃりと、言い放ちクラス全体を一睨みすると正面に視線を戻す。
「よろしくお願いします」
「さて、まずアイドルに必要なものいえばなんだ? 一番前の君」
今度はOKだったようで授業が始まった。
「えっとその、あー、そう。愛嬌ですか?」
指名された生徒はあたふたしながらもなんとか答えた。
語尾が疑問形なのはなんとなく気持ちがわかるのでスルーしておく。
「確かにそれも大事ではあるな。だが、1番大事なものは自覚だ」
すっと先生の目元が鋭さを増す。
そして、ゆっくりクラス全体を眺めるとそこから続ける。
「本人がアイドルとしての自覚をもっていなければ、ここで教えることのすべて無意味なってしまう。この世界は人気商売であることは君たちも知っての通り。スキャンダルなんて起こせば当然人気がなくなることもわかっていると思う。
そして、そのスキャンダルの原因のほとんどは心のゆるみといったプライベートでの自覚の足りなさから来るものだ。
今日まずアイドルになった以上常に見られていると言う事を体験してもらおうと思う。
というわけで確実校内探検にいって来てもらう。
ただしアイドルらしからぬ行動をとるようなことがあれば容赦なく減点させてもらう。
覚悟しておくといい。では始め」
最初の授業はどうやら校内探検のようだ。




