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 すっかり長湯してのぼせてしまった俺は、露天風呂から出ると、そのまま脱衣場へと向かった。


 「大丈夫? 肩つかまって」


 ゆずはちゃんの肩になんとかつかまってふらふらとした、弱い足取りで、出口を目指す。

 鼻血とか出ないよな?


 ボーッとしたまま着替えを済ませて、ゆずはちゃんの姿が見えなかったので、外に出ようとしたところをゆずはちゃんに捕まえられた。

 どうやら髪を乾かしていたようだな。

 前世は校則のおかげで常に髪が短かった俺はお風呂から上がる頃にはほぼ乾いていたから乾かすって発想がなかった。


 「女の子にとって髪は命だよっ。しっかり乾かさないと、雑菌とかダメージとかで、大変なことになっちゃうよ」


 「あー、うん」


 ボーッとした頭で雑な返事をしたかと思ったら、長机にドライヤーがいくつか置いてある、大きな鏡のある椅子の前に座らされていた。

 タオルで髪の毛の水分を軽くとると、ドライヤーのスイッチを入れた。

 ヴォーンと、低い音を立てながら前髪、髪の根本から毛先に向かう順番で手馴れた様子で俺の髪を乾かしてくれるゆずはちゃん。


 「ふん、ふんふーん。ひかりちゃんの髪サラサラーっと」


 鏡に映るゆずはちゃんは、鼻歌を歌いながら、なんとも嬉しいそうな、生き生きと表情で俺の髪をいじっていた。

 本当ひかりちゃんのこと好き過ぎ何じゃないか?


 俺はのぼせて死にそうな顔をしながら黙って見つめている。

 今は声を出す元気すらない。

 のぼせているところに熱風はとても危険なきがする。

 あっ……ちょっと意識が遠のいて来た。

 髪が長いと乾かすのにも時間がいる。が、途中で冷風が入ったおかげで倒れることなく乗り越えた。

 それに少しだけ元気になったきがする。

 たっぷり5分ほどかけて乾かしてもらったか髪はサラサラで女の子ってすごいと素直に関心する。


 「ありがとう、ゆずはちゃん」


 「どういたしまして。それじゃあお部屋に戻ろう?」


 「自販機だけよらせて」



 ロビーに戻り、自販機でコーヒー牛乳を買うと、そのまま一気に飲み干した。

 ごくごくと喉を鳴らして、すごい勢いでビンの中身が減っていく。


 「ぷはーっ。やっぱりお風呂上りこれだわー。生き返った」


 カラカラに乾いた喉を通っていったコーヒー牛乳は、食道を通って胃の中に落ちていった。

 キンキンに冷えているおかげがコーヒー牛乳の行方をなんとなく感じることができる。

 今はお腹の下の方に冷たいのがいる。


 「ひかりちゃん、そんなに一気に飲んだらお腹壊すんじゃあ……」


 「大丈夫。胃袋強い方だから」


 根拠の無い自信だが、水分を摂取して復活した今の俺ならきっと食中毒だって勝てるに違いない。

 完全に調子に乗った発言しながら、びんを自販機の横にある回収ボックスに差し込む。


 「ひかりちゃんってよく食べすぎたり、飲みすぎたりするんだもん。修学旅行の時だって……お刺身食べすぎて大変なことになったの忘れてないよね?」


 「なんかごめんなさい」


 残念ながら俺はそのことを知らないんです。

 それと迷惑をかけたようでごめんなさい。

 ふたつの意味をこめた謝罪にゆずはちゃんは、何でもないように首をふる。


 「ううん、そこもまた……んふふ…………にひっ…………うひっ」


 身体をくねらせながら空想の世界浸る、ゆずはちゃんから少し距離を取り、少し考える。

 ゆずはちゃんに自信をつけさせて、自立してもらって雅ちゃんと仲直りさせる。

 そのためにまずふたりでライブするっと。


 ……いやまて、これじゃああまり変わらないきがするぞ。

 どうにかゆずはちゃんひとりでライブする方向に持っていった方がいいのでは? でもふたりでライブしたいって言っちゃったしな。


 あー、なんて行き当たりばったりなことを言ってしまったんだ。

 今更ながらやらかしてしまったことに気がついたが、どうしようもない。

 ヘタにこれ以上展開を動かして悪化しても困る。


 なるようになるさ。

 昔からの口癖を思い浮かべながら考えることを放棄した。


 「はっ、いけないわたしったらつい」


 「さぁーコーヒー牛乳も飲んだことだし戻ろっか」



 部屋に戻った俺は、カードキーを使って扉を開ける。


 「ふん……ふっ…………よっ……あっ」


 扉を開けた先にいたのはベッドと床の隙間に足を挟め、頭の後ろで腕を組んだ珍妙なポーズでこちらを向く雅の姿だった。


 「雅、なにしてるの?」


 「何って腹筋だけど?」


 「確かに腹筋ぽい。でもさっきはストレッチしてたんじゃあ…………」


 言われてから気がついたが、確かに腹筋をひとりで鍛えようとするとベッドのしたに足入れて鍛えるしかないもんな。


 「腹筋なんて基礎トレーニング。毎晩の日課よ日課。アイドルやろうって思うならこれぐらい普通じゃない? それにこの学校のトップアイドル月城リリアはもっと訓練してるって聞いたわ」


「へー」


 なんだがすごいな。

 全くイメージがわかない俺にはそんな間抜け返事しか返すことができなかった。

 俺はこの世界の住人ではない。

 外から物語として語られた部分しか知らないのだ。

 レッスンなんてアニメじゃ数枚、止め絵が挟まれただけの一分未満で終わることが多い。

 当然それ以前の基礎トレーニングなんて話にすら上がらない。

 知ってるのはキャラとこの先どういうイベントが起こるかぐらい。

 それだって今日を振り返ると、どこまで信用していいか既に怪しい。


 「へーって、他人事じゃないわよ? ひかりだってこの学校の生徒なんだからアイドルとしての努力はしておいた方がいいわよ。……この世界は本当残酷だから」


 最後のセリフにはとても影があった。

 そういえば雅ちゃんは子役をしていた時期があったんだっけか?

経験者のアドバイスならかなり重みがある。


 「うん、明日から頑張ります」


 びしっと敬礼をするとそのまま布団に潜りこもうとしたが、なんだが雅ちゃんが腹筋を再開したのが視界に入った。

 目の前で人が頑張っているのに自分だけ寝るのは気が引けて、登りかけたはしごから足を下ろした。


 「なに? 何か忘れ物でもしたの?」


 「ううん、やっぱりちょっとでもやって何かしようと思って」


 「そう。いいんじゃない」


 「で、何をしたらいいんだろう」



 俺が素直にそう言うと雅はお笑い芸人のようにコテッと、身体をこけさせてしまった。


 「おぉバラエティぽいっ」


 「バラエティぽい、じゃなーいわよ、ひかりあんたそんなんでよく綺羅星受かったわね」


 「確にそうだよね」


 素直に肯定した。決して自虐とかではなく、ひかりちゃんはアニメの冒頭で自分はどこにでもいる普通の女の子だとモノローグで語っていた。

 才能の片鱗を出すのだって入学後の初のライブでなわけだし、落ちた人達のもっとすごい人だっていたに決まっている。

 入学試験がどんなものだったかわからないが、ひかりちゃんがどんな手で受かったのかは描かれていなくて、全くわからない。


 「はぁー、しっかりしなさいよひかり、大事のは受かるとこじゃなくて受かってから、これからどう頑張るかでしょ?」


 確かに過去を気にしていても俺はひかりちゃんの記憶を絶対思い出せないわけだし前を向いて頑張る方が賢い選択だろう。


 「そうだね、……じゃあさ、雅が普段日課でやっているメニューからかるーいの教えてよ。かるいのだよ、かるいの」


 「仕方ないわねぇー…………じゃあとりあえず、体幹トレーニング行ってみようか」


 かなり嬉しそうにトレーニング内容を語る雅ちゃんの軽めのトレーニングは全然軽めじゃなかったとだけ言っておこう。



 「そ、それじゃあ、おや……すみな、さい」


 残った体力を振り絞ってベッドのはしごを登り、布団に潜り込むと、それだけなんとか言って目を閉じた。


 「おやすみ、ひかり」


 雅ちゃんの挨拶を聞き届けると、落ちるように眠るについた。


 明日から本格的にアイドル始めるのか。

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