13
「しー声が大きいって」
人差し指を唇に当て、絶叫したゆずはちゃんをおとなしくさせる。
徐々に声がしぼんでいき、数秒でおとなしくなった。
しかし、浴場には既に声は、響き渡ってしまっていて、浴場にいるほぼ全員から注目を集めている。
慌てて、頭を複数回下げて視線を散らせ、それから会話を再開した。
なんとか怒られないで済んだな。
先ほど大声を出してしまったからから顔を近づけ、小声で、
「ひかりちゃんいきなり変なこと言い出すからだよ」
微妙にお互いの髪の毛が重なる。
薄く香るボディソープの香りに意識を持っていかれそうになりながらも、なんとか思考の端においやる。
「変な事じゃないよ、アイドルだもん、ライブぐらい普通じゃない?」
ここはアニメの世界だ。
問題が起こったらとりあえずその物語の核となるもので解決していくのがアニメのお約束。
カードゲームの世界ならカードゲームで対決して解決するし、スポーツアニメならスポーツでだいたい解決できる。
そしてこのキラドリの世界ではライブでだいたいのことは解決できると思う。
オーディションの最終選考もライブでやっていたわけだし間違いではないだろう。
「でもどうしていきなりそんなことを言い出すの?」
だが、そんなメタ発言にも等しい内容を素直に言えるわけはない。
仮に伝えたとしたしても納得してもらえる分けないし。
どうにかひかりちゃんぽい言い訳を考えよう。
「うーんなんとなく? 背中洗われていたら急にスガーンってライブしたくなったの」
「ムリムリムリムリ。絶対無理だよ。わたしたちまだレッスンすら受けてないのにいきなりライブなんてできるわけないよ」
俺のひかりちゃんらしい直感の回答に、高速で首を振りながら後ずさりする。
洗い場と浴槽を隔てている壁に着くまで止まらず、後ろの壁にぶつかるとそのままへたり込んでしまった。
ゆずはちゃんの手を取り言い放つ。
「じゃあレッスン受けてからライブをすればいいんだよ」
顔を近づけ手を引き寄せる。
恥ずかしがり屋なのか顔を赤らめるゆずはちゃんは、ばつが悪そうに顔を逸らした。
「うーん、やっぱり無理だよ」
自信をつける前の自信がないか。
たが、なんとかライブをしないと、このままどんどんアニメから離れていって、底辺アイドルをやることになって夢やぶれて…………みたいな悲惨な未来だってありえるかもしれないのだ。
そうなっては困る。
数秒考えて、アニメの中のセリフのひとつを思い出した。
そういえばアニメでもゆずはちゃんは自信をなくした話があった。その時のセリフなら…………。
本当はもっとあとにひかりちゃんが言ったセリフだがしかたない。
ゆっくりとゆずはちゃんの手を両手で包み持ち上げていく。
両目をしっかりと見据えてから数秒の間をとってはっきりと告げる。
「どうしても初めてのステージはゆずはちゃんと一緒に立ちたいの」
「ひ、ひかりちゃん…………うんっ。わかったわたしライブするよ。ひかりちゃんと一緒に」
チョロイな。
一瞬逸らした顔は多分見せられないほどに悪い顔だったに違いない。
こうしてライブをすることが決定した。
なんとか前に進むことができそうだ。
「それじゃあ浴槽の方にいこっか」
「行こう」
ゆずはちゃんを引っ張りながら清々しい気持ちで洗い場をあとにした。
洗い場をあとにした俺達はついに浴槽エリアにやってきた。
綺羅星学園の寮はどこもかしこもも力が入ってるようで浴場もホテル並の設備。
大きな浴槽がひとつ入口すぐにあり、その半分ぐらいの大きさの黒い湯の入った浴場。
木製の扉の上プレートには炭字でサウナとかかれ、その前には水風呂が広がっている。
ジャグジー付きの浴場に人気なようでそこそこ人がいて、外に続くすりガラスの先からにはぼやけた肌色の人影が見える。
さらに上から滝のように流れる打たせ湯まで完備していた。
「露天風呂まであるんだここ」
ホテルや銭湯並の設備を目にして、なんだがテンションが上がり始めてきた。
「みたいだね。確かレッスンした後やお仕事の疲れを残さないようにお風呂は結構豪華に作られてるみたいだよ」
まあアイドルの仕事に必要なのは自分の身体なわけだしこれぐらい日本一のアイドル学校ならあってもおかしくない。
元の世界の芸能人の人達も高級エステに行ったり、休みに日帰り旅行に行ったりと、身体をリフレッシュさせるエピソードなんかはよく聞くし。
「どれから入る?」
多分だが今俺の目は輝いているに違いない。
テンションはうなぎのぼりに上がっていき、わくわくが湧き出して止まらない。
普段はお風呂でテンション上がったりしないはずだが、今はどうしようもなくテンションがあがってしまうのだ。
これまたひかりちゃんの身体に入った影響なのかもしれない。
意識が身体に影響を及ぼすことがあるんだし、その逆もないとは言えないか。
「やっぱりジャグジーからかな? 今なら打たせ湯ひといないし、……それとも露天風呂いっちゃう?」
うきうきとした気分のまま、ゆずはちゃんにマシンガンの如く問いかける。
「まだちょっと季節的に寒いけどいいと思うよ、露天風呂」
案の定、若干引きつったような苦笑いを浮かべながらも肯定してくれた。
流石に引かれるのはみたいだし深呼吸して落ち着こう。
そんなわけで奥にあるすりガラスの扉を開ける。
春になったとはいえまだ夜は冷える。
肌をなでるような寒さに一瞬身体を震わせ、腕を寄せてバスタオルを強くだく。
お湯が冷えてバスタオル冷たいじゃん。
冷たくなったしまったバスタオルだが身体を隠すためにもはずすわけにいかず、結局そのままにして、露天風呂へと一歩を踏み出し扉を閉めた。
「やっぱさむっ」
露天風呂はまだ肌寒いこともあってか、2~3人ほどしかおらず、なかなかに快適に入れそうだ。
岩で囲むようにして作られた、湯船に、やや暗めの照明と月明かりが映えて、なんだか穴場スポットのような、秘密基地感を醸し出していた。
ここが山の上だったなら夜景がプラスされて、ロマンチックな感じになっていただろう。
しかし覗き防止の高い塀に囲まれているのでちょっとそこが残念。
決して覗かれたいというわけではなく、景色が見られなくて残念ということだ。
「ひかりちゃん寒いし、いそごっ」
早足で湯船へと向かう。
「熱っ」
はやく入って温まろうと、片足をつっこみ、お湯の熱さで反射的引っ込める。
なんだこれ熱湯かよ。
「ホントだね、ちょっと熱いかな」
そんな俺を尻目に肩まで湯船に浸かって頭にタオルを乗せながら露天風呂を満喫しようとしている。
「そんなこといいながらゆずはちゃん、肩まではいってるじゃん」
「こういうのは勢いよくいくのがコツなんだよ」
「そうなの? じゃあ。えいっ。…………やっぱり熱い」
ゆずはちゃんのアドバイスにしたがって勢いよく全身を湯船につけた俺だったが、冷えたタオルのせいでこっちまで身体が冷えてしまったのか熱湯のように熱く感じる。
「我慢だよっ我慢」
また反射的に上がりそうになる俺の両肩に手を置いて沈めるかのように力を入れる。
「あっなんだないい感じになってきた」
身体がなれて来ると湯加減がちょうどよく感じる。
なんだがポカポカと温まってくるようなきがする。
露天風呂最後かも…………。
しばらく湯船に浸かってお互い無言の時が流れる。
「なんだかこうしてると小学校の修学旅行の時を思い出すよね」
思い出話しだと……!?
当然のことながら俺にはひかりちゃんの過去の記憶が一切ない。
別の人間だからあたりまえだが。
「え? あぁうんそうだね」
あたりさわりのない返事でごまかし切るしかない。
「あの時さ、金髪の綺麗なお姉さんとあってさ、君たちアイドルに向いてるなんて言われたよね?」
「…………そうだね。そんなこともあったね」
知らんけどと、心のなかで付け足しながら続きに耳を傾ける。
「そういえばそのお姉さんってちょっとひかりちゃんに似てるよね」
「そうだったっけ?」
「もう半年くらい前のことなのに忘れちゃったの? 2人でアイドル目指そうって思ったきっかけなのに」
アニメでは描かれていない話だな……。
そもそもそんな話しあったか?
もしかしてこれも俺が来た影響なのか? いや流石に過去まではないか。
「ううん。そこは忘れてないよ。明日から本格的にアイドルが始まるって思うと……ね?」
まぁ疑問はのちのち解決していくとして、今は明日からに期待しよう。
「ホントになれたんだって感じだよね」
「明日からレッスン頑張らないとね」
「そうだね。どんなことするんだろうね」
「今日説明とかなかったの?」
入学式最中に運ばれた俺としてはぜひとも聞いておきたいところ。
「ううん。入学式終わったらそのまま自由だったよ」
「そうなんだ」
またぷつりと、会話が途切れる。
心地の良い沈黙と綺麗な三日月を見ながらまどろむ。
ゆずはちゃんも同じように月を見あげていた。
十分以上一言も発することなく湯船に浸かっていると、なんだが頭がボーッとしてくる。
顔が熱い気もするし。
「ちょっとのぼせてきたかも」
「じゃあ一旦出ようか」
完全にのぼせる前に露天風呂から上がることになった。
感想、評価、ブックマークお待ちしています。