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顔についたお湯を軽く払い、一息きつくように息をもらした。
どうやら毛量が多いと頭皮に汗がたまりやすいようでシャンプーしただけでとてもさっぱりした気分になった。
再びシャワーを出し、身体にお湯があたり、全身を濡らしていく。
少し熱めのお湯がなんだが落ち着きを与えてくれる。
気を張っていたのが解きほぐされるようだ。
完全に油断していた俺の背後から手が伸びてきた。
「きゃっ! 何!?」
まさか? 変態か? いや待てこの世界に変態なんているのか?
女児向けに作られた世界なんだがら、ないだろう。
反射的に短い悲鳴を上げ、慌てて振り返ると、そこにはボディソープを片手に満面の笑みを浮かべたゆずはちゃんがそこに立っていた。
リラックスしていたおかげで全く気が付かなかった。
なんだゆずはちゃんか。
「ひかりちゃんの背中を流そうと思って。びっくりした?」
タオルを巻いただけのなんとも危険な姿で、さらっと、とんでもないこと言い出すゆずはちゃん。
心臓にとても悪いかったのでやんわりと文句を言っておこう。
「もうっ、いきなり後ろから触られたらびっくりもするよ。心臓止まるかと思った」
やや大袈裟な身振り手振りを交えながら注意する。
まだ心臓ドキドキいってるし、今回は出なかったが、いつ男の部分が出るともわからない。
毎回、苦しい誤魔化しが都合よく通用するわけではないし、あまり驚かせるようなことは控えていただかなければ。
ただでさえ女の感は鋭いんだから。
「ごめんごめん、じゃあ後ろ向いて」
軽い調子で謝り、俺を180度回転させ背中を向けさせる。
そのままボディソープを数回プッシュして、手でボディソープを泡立て始めた。
あまりに自然で流れるような行動に数秒かたまっていた俺だったが、我にかえって、抗議の声を上げる。
「待て待て、なんでいきなり始めようとしてるの」
口調が乱れようとお構いないしに振り返る。
この子はいったい何をしようとしているのだろうと警戒心をもつ。
「背中を流そうと思って。ダメなの?」
後ろからかかる声からは何がダメなのか全く理解できないといったニュアンスが滲み出ている。
可愛らしく小首をかしげるオプション付きで。
女の子同士で身体を洗い合うのは普通のことなのか? そんな話しは聞いたことがないが、もしかたら友達同士では割とあることなのかしれない。
知らんけど深夜アニメでは割とあるかな?
「…………なんか恥ずかしいからダメ」
だとしても、俺はそんな恥ずかしいことには耐えられる自信はない。
人に身体を洗われるなんて経験は記憶にない。
なんだか赤ちゃんみたいだし。
「そっかぁ。ダメなんだね。ひかりちゃん入学してからなんだが冷たくなったよねもしかして…………もうわたしのことなんてもう」
ひかりちゃんってそういうの気にしないタイプのオープンな子だったのか?
アニメでも、結構さっぱりしているというか素直というべきか、竹を割ったような性格でこういうことは断らなそうだが。
ゆずはちゃんってこんなに不安定なキャラだったか? アニメではもっと芯のある安定した正妻キャラだったはずなのだが。
イレギュラーが重なってしまっている、いまの状況をこれ以上悪化させないようにここは素直に受けておこう。
それに、なんだがゆずはちゃんの表情が、今にも泣きそうに見える。
なんだがとても悪いことをしたように思えてならないな。
「ゆずはちゃん。ぜひとも背中を流してください」
女の子を泣かせてまで突き通すようなものじゃない。
とも思い気づけばそう言っていた。
「本当? やった!!」
曇って今にも泣き出しそうに見えた表情がパッと明るくなって、目にも止まらない速さで残りの用意を終わらせていく。
そういえばゆずはちゃんってネットのひかりちゃんの正妻とかいわれていた時期とかもあったな。
残念ながらその後、色々とあって別のキャラにその枠を取られてしまうのだが。
というか、もしアニメのラストシーンまで無事たどりつくことができたらその後はどうなるのだろう?
アニメのその先なんて終われば絶対見ることができないものを俺は見られる立場にいるか。
ファンとしてぜひとも見たい。
もう一つアイドルをやる理由ができた。
不意の思いつきに心を踊らせながら、用意が整うのを待つ。
まずはやっぱりゆずはちゃんをなんとかすべきだ。
「では改めて、後ろ向いて」
ゆずはちゃんの手が背中に触れると、少し冷たい感じがして少し背中をびくっとさせてしまった。
ボディソープが塗り広げられる度に徐々に温かくなっていく。
「ん……しょ………………ン……んふぅ」
耳にかかる吐息がなんだがとてもイケナイことをしている気持ちにさせてくれる。
なんでちょっとエロぽい感じで息を吐くのこの子。
対象年齢考えて。ここ女児向けアニメの世界ですよね?
もちろんなるのは気持ちだけで身体には何の反応もない。
ゆずはちゃんなんとも危険なキャラだ。
「なんかくすぐったい」
微妙に弱い力加減についつい本音がもれる。
ホントに気の抜けるタッチで、危うく笑いそうになる。
「もうちょっと強くするね」
微妙にかかる力が上がってとても良くなった。
汚れもしっかり落ちそうな気がする。
「うんそれぐらいで」
俺は満足そうに頷いた。
「やっぱりひかりちゃんのお肌スベスベだ」
心地よく洗われていると、腕を洗い始めていたゆずはちゃんの手つきが洗うから撫で回すような手つきに変わってきた。
「実況しないでよ、無性に恥ずかしくなるし、なんか手つきがやらしい」
「でもホントにスベスベなんだよ? 羨ましいほら二の腕のあたりとか特に、剥きたての卵みたい」
そう言って二の腕のあたりを重点的に撫で回す。
「なんだか照れるなぁー。でもゆずはちゃんだってスベスベじゃない」
あまりにも褒めてくれるのでゆずはちゃんも褒め返しておこうと、そう返すと、ゆずはちゃんの顔がまたみるみるうちに曇っていく。
「そんなことないよ。わたしなんてひかりちゃんに比べたら……性格暗いし、嫉妬深いし、お肌だってそれに…………」
あれ? なんだこのネガティブなキャラは? こんなのアニメいたか?
キャラ崩壊と呼んでも差し支えないレベルでネガティブ発言をブツブツとつぶやき始めたゆずはちゃん。
俺はその発言を黙って聞きながら、なんだがとてもわかるようなきがすると微妙に共感していた。
おそらくゆずはちゃんは今、自分に自信がないのだろう。
だから不安定なのだ。
誰だって心の支えはほしいものだ。
スマホでも好きなアーティストでもなんでもいい何から心の支えがあれば人はなんとなくでも生きていけるのだ。
ちょっと嫌なことがあっても見るだけで笑顔になれるようなだったり、これだけは絶対捨てられないものだったり友達だったり。
本当ならひかりちゃんとルームメイトなって支えになっていれば、表に出てこなかった性格なのだ。
やっと原因がわかった。
ということは自信が着けば雅ちゃんともアニメ通り仲良く出来るに違いない。
軌道修正今ならまだ間に合う。
そのためには何をすべきか? そんなの決まっている。
見習いとはいえアイドルになったのだから。
「ゆずはちゃんライブをしよう」
「ええぇぇぇ!!?」
間抜けな言葉が浴場に木霊した。