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夜光伝記  作者: 古河新後
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記第六説 人外

 森。生い茂る木々。

 

 流れる川。

 

 飛び立つ小鳥たち。

 

 何かが森の中を疾走していた。

 

 体制が低く灰色と青を混ぜた毛皮。

 

 鋭い犬歯に鋭利な爪。

 

 狼である。

 

 狼は森の中を一点だけ目指して疾走していた。と―――

 

 その狼に合わせるように上空を飛ぶ影。

 

 鋭いくちばしに、かぎ爪のついた足。

 

 巨大な翼を広げ滑空している。

 

 鷹だ。だがその大きさは通常の鷹よりもひとまわり巨大だった。

 

 と、鷹は急に降下を始める。

 

 森を抜けたその奥地。古城の前に狼は居た。特に息が上がっている様子もない。

 

 そこへ鷹が降りてくると一定の高さで止まる。

 

 狼が一歩前に踏み出すと、その前足がまるで呪いが解けるように人の手に変わる。

 

 鷹が翼を羽ばたきながらゆっくりと降下すると、その足が狼と同様に人の足へと変わった。

 

 しばらくするとそこには、狼と鷹の姿はなく二つの人影が立っていた。

 

 金髪に鋭い目つき。灰色と青を混ぜた傷の付いた鎧を身にまとい、その上から茶色のローブを着ていた。腰には一本の紅い剣。

 

 赤茶の髪。茶色に白を混ぜたような傷の付いた鎧を着ていた。上からローブをまとっているが、全身から親しみやすい雰囲気が漂っている。隣の男と同様に背に一本の剣を背負っている。

 

 「一体どんなコネでこんな城を手に入れたんだ? なぁパーシバル」

 

 赤茶の男が、金髪の男に話しかけた。

 

 「・・・・・・・呼ばれたから来た、それだけだ。ガウェイン」

 

 パーシバルと呼ばれた男は、きびきびとした口調で言う。

 

 「とんだ真面目君だな、お前は」

 

 「・・・・・・」

 

 その時、古く錆びた音とともに巨大な扉が開く。二人はそちらに眼をやると、礼服着た老人が立っていた。


 老人は一礼すると、丁寧な口調で、


 「『円卓の騎士』ガウェイン様に、パーシバル様ですね? お待ちしておりました。私は執事の伊坂と申します」


 更に丁寧に頭を下げた。それに合わせて二人も軽く礼をする。

 

 「すいません。ランスロット達も来る予定だったんですが、ガラハッドの容態が悪化しちゃって、そっちに付いているんですよ」

 

 手短に二人が来られない理由を説明した。

 

 「構いませんよ。お二方には後で伝えていただければ」

 

 「すいません」

 

 「・・・・・・・・」

 

 ガウェインは軽く会釈し、パーシバルは伊坂を鋭い視線で見ていた。

 

 「――――それでは中へどうぞ。他の者達はすでに集まっておりますので」

 

 



 居間。広く大きなその空間には長く大きな机に、数多くの椅子が並べられていた。特に座る位置は決まっていないため、各自好きな所に座り談笑している者達も居た。

 

 「なんだぁ? 肝心の『王』が居ねぇじゃねぇか」

 

 部屋に入るなりガウェインは声を上げた。全員が一瞬だけ話を止め、そちらを見る。だが、何事も無かったかのように再び賑やかな声が聞こえ始める。

 

 二人は手頃な席に腰を下ろす。と、

 

 「久しぶりだな。ガウェイン。パーシバル」

 

 一人の女が座った二人に声をかけた。

 

 「リジットか・・・・・・」

 

 パーシバルが変わらぬ視線で女を見る。

 

 「よっ」

 

 ガウェインも軽く挨拶した。

 

 「来るのが遅いぞ。お前達のせいで、『王』達は別の個室で話し合っている」

 

 「――――わりぃ。ガラハッドの容態が急変しちまってな。少し手間取った」

 

 「・・・・・『呪い』か。何か完治する手立ては無いのか?」

 

 「生前から持って来たモノだからな。『王』が居てくれりゃ何とかなるんだが・・・・」

 

 「・・・・・・そうか」

 

 ため息をついてリジットが溜め息を吐いたその時、部屋が静まり返った。

 

 「お出ましか」

 

 扉が開き、そこから三人の人物が入って来た。

 

 一人目は、和服に身を包み、物静かそうな雰囲気を纏っている女。

 

 二人目は、気品がある貴族の若当主と言う感じの男。

 

 三人目は、黒い髪を後ろで三つ編みにしており、右眼の上から傷がある男。

 

 入って来た男二人は席に付き、和服の女は全員が見える位置に移動した。

 

 「大方、揃いましたね」

 

 女が優しく聞かせるように言った。

 

 「今日、私を含める三人の『王』を収集したのは他ではありません。『霊王』の配下が活動を始めました」

 

 と、ガウェインが手を上げる。全員の視線がそちらに向いた。

 

 「『霊王』は誓約に従い、活動を停止しているはずだろ? 契約を破ると言う事は全ての『王』を敵にまわすことだ」

 

 「――――はい。その通りです。ガウェインさん。厄介なのは、そうではないと言う事です」

 

 「?」

 

 「―――――近年、『死刄』が動いているのは皆さんご存知ですか?」

 

 「・・・・・・・『王』を持つには弱すぎる一族が動いているのか?」

 

 今度はパーシバルが尋ねた。

 

 「『あの事』の再来を恐れているのか、『死人』を狙い狩っているようです」

 

 「・・・・。まったく、『死神王』は何を考えているのやら。そんな事をしても『死人』から反感を買うだけだろ」

 

 ガウェインは再びため息をついた。

 

 「それで、格下と見られたと『死人』達が、動きだしたのか?」

 

 リジットが声を出す。

 

 「誓約では、『王』の意思が無ければ、その配下は動く事を許されません」

 

 「・・・・・・だが、『霊王』無き今は『老師』達が、『死人』を統率しているはずだ」

 

 「そうなのですが、被害が一方的に『死人』に出ているため、『老師』も誓約に則り、反撃に転じているようです」

 

 「――――仕掛けられたのなら、文句は言えんな。『死刄』は『あの事』の傷がまだ癒えていないんだろ? あっという間に潰されるだろ」

 

 「格下と見られた以上、その尊厳を取り戻すには圧倒的な力で押し潰す様です」

 

 「・・・・・それが、『霊王』の解放か・・・・」

 

 「だがよ。易々と出来るものかねぇ〜。『王』の解放なんて」

 

 「―――――その事で今回収集をかけました。『創造者』が、こちら側に来ています」

 

 「!」


 その言葉を聞いた『王』以外の全員が慌しく小言を口ずさんだ。


 「態々、『ゴーストキング・レフトハンド』が出しゃばることか?」


 「それだけ、なめられていると思っているみたいですね」


 女は楽しそうに言った。


 「なら奴らは、こちらに『霊王』を召喚する気か?」


 「たぶん、そうだと思います」

 

 「誓約違反では無いが・・・・・無茶苦茶だな」

 

 「恐らく、よほど頭にきてるんですよ」

 

 「ちょっと待て、『王』の召喚は莫大な霊魂を使う。こっち側でそんな事をすれば一発で『ハンター』に見つかるぞ」

 

 「そうなると、本気で『ハンター』と戦争(ころしあい)になるな」

 

 リジットは腕を組みながら事態の最悪度を考えた。下手をすればこちらまで巻き添えを食らう。

 

 「はい。ですから、そうなる前に『創造者』を仕留めるか、召喚を阻止するしかありません。しかも既に『ハンター』は何人かこちら側に来ています」

 

 「・・・・・・・。話をする為に集めたわけじゃないだろ? 本題を言え」

 

 パーシバルが視線を向けて問う。

 

 「この件は『白竜王』が引き受ける事にしました。それで、出来ればもう二、三人ほど私と一緒に人間社会に様子を見に行きたいんです。誰が志願する人はいませんか?」

 

 「・・・・・・・・」

 

 その場が墓場のように静まり返った。

 

 この場に集まった全ての者が、人間社会に下りる事を嫌う。下手をすれば『ハンター』に見つかり殲滅される可能性があるからだ。『ハンター』とはそれほど恐れるに値する者たちである。

 

 その時、スッと手が上がった。全員がそちらに視線を向ける。

 

 「はい。一名、決定です」

 

 手を上げたのはパーシバルだった。上げた手を下ろすと腕を組む。

 

 「パーシバル・・・・」

 

 ガウェインが小声で尋ねた。

 

 「『創造者』が出てきている以上。『奴ら』も来ている可能性は低くはない」

 

 「・・・・・・・。分かったよ」

 

 ガウェインも手を上げた。

 

 「『円卓の騎士』一同はこの件に志願する」

 

 その言葉を聞いた女は、

 

 「決まりましたね。それでは会合は終了です。皆さんお疲れさまでした」





 死んだ。

 

 一言で言えばそういう結末を迎えたのだ。

 

 なぜ。なゼ。ナゼ。ナぜ。なぜ。

 

 なぜ、死んだのか。

 

 ナゼ、コロサレタノカ。

 

 なぜ、彼女は泣いていたのか。

 

 分からない。

 

 だが、知る必要もない。

 

 なぜなら俺は死んだからだ。

 

 そう、死んだから・・・・・

 

 これ以上、考える必要も、息を吸う必要も、歩く必要もないから。

 

 ただ、空しく時間だけが過ぎて行くから・・・・・・・

 

 光を感じた。


 



 「・・・・・・・」

 

 ここはどこだろう?

 

 最初に見たのはつまらない色をした天井だった。

 

 手を動かす。まるで他人の身体のように、うまく動かない。

 

 それでもゆっくりと動かすと完全では無いが、いつもの調子を取り戻してきた。

 

 腕を使い身体を起こした。

 

 窓の外から月光が、部屋の中に流れ込んできている。

 

 「・・・・・・・」

 

 腕を見ると点滴を通している管が付いていた。

 

 ああ・・・・そうか。ここは・・・・

 

 初めてここが何所なのか認識した。

 

 何年か前にも世話になった病院である。

 

 病院・・・・・・

 

 その時、今までの記憶が一気に頭の中に流れ込んできた。

 

 「・・・・・・・」

 

 ゆっくりと視界を胸部に降ろす。巻かれている包帯が、偽りの記憶ではない事を語っている。

 

 適度に触れてみると、僅かに痛みが走った。

 

 「・・・・・・・」

 

 点滴の管を抜き、両足を床に付ける。そして、体重を乗せたその時、力なく前に倒れた。

 

 「っ・・・・」

 

 両腕を付くと、ベッドの手すりを掴みながら何とか立ち上がる。

 

 そして、そのまま壁に手を付くと月を見た。

 




 『増員ですか?』

 

 「そうだ。今回の事件重要性を最上級と判断した。その為、私一人では手が足りない。後二名ほどの増員を要請する」

 

 『しかし、こちら側でも準備があります。すぐとは行きませんよ』

 

 「自体は一刻を争う。一分一秒でも早くの増員を頼む」

 

 『ですが・・・・・今回の任務は『賢者』一人で手が足りるとの事ですが・・・・・』

 

 「その私が、手が足りないと判断したんだ」

 

 『それでは命令違反になります・・・・』

 

 「・・・・。お前だと、話にならん。『青』に繋げろ」

 

 『そ、それも、命令違反に――――――』

 

 「―――――いいからとっとと繋げろ!」

 

 感情的になり声を荒げる。しばらくして声が違う者に変わった。

 

 『ピリピリしてるな。嫌なことでもあったか?』

 

 軽い声が、向こうから響く。

 

 「特に無い。お前も少しは部下に事の重要性を持たせろ」

 

 『・・・・・。冷静なお前がそこまで感情的になるほど、そっちはどうなってんだ?』

 

 「任務の重要度だ。『血痕』の存在を確認した。逃げられたがな」

 

 『マジかよ』

 

 「私は元々、攻撃タイプだ。感知タイプがいればさらに情報が分かる」

 

 『――――分かった。俺の方から上に要請しておくよ』

 

 「ああ、頼む」

 

 『おう。それで、指定は無いのか? 出来ればお前が推薦すれば早く承認してくれると思うぞ』

 

 「・・・・・・。新月リオ。海砂サユ。この二人でいい」

 

 『・・・・・・・―――――俺は構わないが、あまり他人の問題に首を突っ込まない方がいいぞ』

 

 「・・・・・・。そんな意味はない。海砂は感知タイプ。新月は組織でも私の影響を受けない数少ない攻撃戦闘員の一人だからだ」

 

 『――――分かった。一週間程待て。俺が何とか上に掛け合ってみる』

 

 「・・・・・(しん)

 

 『――――なんだ?』

 

 「・・・・悪いな」

 

 『言うなよ。家族だろ?』

 

 「・・・・・―――――そうだな」

 

 『じゃあな。生きて帰れよ』

 

 「ああ」





 「・・・・・・・ふう」

 

 高所に立っている人影は、軽く息を吐いた。これで戦力は何とかなる。情報収集や戦力が増加する為、より一層奴らを追いこむことが出来る。と、

 

 「・・・・。この反応は」

 

 瞬時に気づいた反応に住宅に囲まれた道を見ると、黒い服を着た二人の人影を発見する。

 

 建物を飛び移りながら、その場所に向かった。





 住宅街に囲まれた道。二人の人影が歩きながら話していた。

 

 「まったく。八十年前にいなくなったと思ったら。今度は急に連絡か」

 

 男が言った。

 

 「・・・・・・ごめん」

 

 少女の方が暗い口調で返す。

 

 「・・・・・・いちいち謝るなよ」

 

 「・・・・・・・」

 

 「『死刄』か・・・・・・」

 

 「―――――!?」


 「・・・・・・」


 身構えると、目の前に無重力化で降りて来るように人影が降りてきた。


 「二人・・・か」


 人影は睨むように二人を見て言う。


 「『ハンター』・・・・・か」


 「・・・・・・・・・・・」


 男は指先が鋭い手甲を、少女は黒い剣と、それぞれの得物を出す。


 「武器を出したという事は、戦うという事だな・・・・」


 人影も闇に手を入れると裂くように洋剣を抜き出した。


 「・・・・・・分が悪すぎる。隙を見て逃げるぞ。理諳」


 「―――――分かった」


 闇に溶けるように消えると人影を挟むように立ち位置をとる。


 勝負は一瞬。同時に攻撃を仕掛け隙の出来た所でこの場を一気に転移する。


 次の瞬間、一呼吸も乱さずに同時に得物を人影に向けた。しかし、


 「――――なに!?」


 人影は、洋剣とその鞘で同時に仕掛けた攻撃を受けている。


 「終わりだな」


 その時、男の視界が歪んだ。続いて眼を回したように平衡感覚を失う。


 「くっ・・・・・・・」


 膝をつき、額を押さえる。


 「赤彦(あかひこ)


 少女は自分の剣を抑えている洋剣を弾くと勢いを殺さずに斬りかかった。


 「遅い」


 だが、人影は切り返した鞘でそれを受け止める。


 その時、耳障りな音が少女の耳に響いた。


 「っ・・・・・」


 男と同様に不思議な違和感に襲われる。立っていられなくなり壁に寄り掛かった。


 「『直系』か。丁度いい。我々側でも貴様ら『死刄』の組織構成は明白に把握していないからな。洗いざらい吐いてもらう」


 人影は、懐から小さな瓶を取り出す。


 男はなんとか意識を保ちそれを見た。


 まずい。封印錠か。このままでは捕まる。


 瓶を落とそうとしたその時、


 「――――!?」


 人影は咄嗟にその場所から跳び退いた。


 元いた場所に二本の矢が突き刺さる。


 「まったく。貴方達は何をしてるの・・・・・」


 屋根の上から二人の間に降りてきた女が言った。同様の黒服に、手には身の丈ほどの弓を持っている。


 「助かった。黄歌(おうか)


 女は跳び退いた人影を見た。


 「こんにちは。あ、こっち側はこんばんは・・・・みたいね」


 「・・・・・・」


 「釣れないわね。返してくれても良いじゃない」


 「貴様らが、大人しく捕まるなら命は保証してやる」


 「・・・・・口だけじゃないみたいね。流石は『獄災』と言ったところかしら。でも―――――」


 その時、三人の足もとが光り出した。


 「―――――正直、貴女とは戦いたくないわ」


 少しずつ光が強くなっていく。


 「――――――チッ」


 人影は瓶をその光に向かって投げた。だが飛来している途中でそれは粉々に砕け散る。


 「残念」


 弓を構えた女がそう言うと光が消える。そこには誰もいなかった。


 「逃がしたか・・・・・・」


 人影は悪態を付く。と―――――


 「ん?」


 壁に殴り書きで描かれた文字に気がついた。


 誰かの落書きか? 最初はそう思ったが、ある事に気づいた。


 「まさか・・・・・・」


 携帯を開くとある所に連絡を入れた。

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