記第四説 対峙
「っ・・・・」
天啓は目を覚ました。すでに太陽の光が差し込んできている。
部屋。自分はそのベッドで寝ていたようだ。見なれない部屋に、見なれない景色。コートと上着は近くに掛けてある。
「・・・・そうか」
昨夜の事を思い出し、自分で納得した。
死人と呼ばれる人の形をした化け物。
その化け物と戦う一人の少女。
巻き込まれた自分。
と―――――
「・・・・・・・起きた?」
静かな声が天啓にかかった。見ると理諳が視線の先に立っている。手には白い袋を持っていた。
「ごめん」
天啓は軽く謝った。昨夜の逃亡中に突如発作に襲われ、そのまま気を失った記憶がある。
「・・・・・・・・気にしてない」
持ってきた袋を部屋の真ん中にある小さなテーブルに置く。
「食べるもの買って来た」
「―――――ありがと」
袋の中から食べ物をあさると、取り出して食べる。理諳はその様子をジッと観察するように見ていた。
「・・・・・君も食べない?」
天啓が言うと、理諳もおにぎりを取り出し小さな口でパクパクと食べ始める。
「・・・・・・・」
食べながら時間を見た。
十二時五十分。
既に昼になっている。
そう言えば学校に連絡してない。せめて嵐道達には連絡しておくか・・・・・・
天啓はコートをあさり携帯を取り出す。
「・・・・・・・」
機能を確認する。どうやら無事のようだ。嵐道の携帯に連絡を入れた。
「・・・・・・・・」
二回ほど着信音が鳴ると声がする。
『――――何で学校に来ないんだ?』
出ると同時に質問を返ってきた。
「―――ごめん。今日、急に気分が悪くなって」
『虚弱体質だからな。お前は』
「佐川と天月は?」
『珍しく食堂で食事中だ。今隣に二人とも居るよ』
「――――そうか」
『――――天啓、朝のニュースを見たか?』
嵐道の声が少しだけ真剣になった。
「―――いや、まだだけど・・・・・・」
『昨日の夜。確か、蓋来狭ビルだったかな・・・・・そこで大量殺人が起こったらしい』
「!?」
瞬時に昨夜の事を思い出した。
『しかも、死体があるのに、床や天井、壁には、血痕は何一つ残ってなかったらしいよ』
違う。
死人が、殺ったんだ。
自分の力を維持する為に、何の罪の無い何百人と言う人の命を奪った。
拳に力が入る。
自分はその場にいたというのに何も出来なかった。追われている事は知っていた。半信半疑だったとはいえ、誰かを助けることは出来たはずだ。それなのに・・・・・・
『――――――天啓?』
急に返答しなくなった親友に嵐道は不思議そうに言う。
俺だけ生き残った・・・・・・
『天啓。どうしたんだ?』
「――――ああ。ごめん」
『・・・・。今日は安静にしてると良い』
「―――――分かった。それじゃあ」
天啓は電話を切る。
「ただ。偶然そこに居合わせた、だけだった」
携帯を強く握る。こみあげてくる怒りと後悔。
「・・・・・・」
天啓は、上着を荒々しく掴むと着ながら扉に向かう。何も考えてなかった。ただ死人を倒す。それだけが自分を突き動かしていた。
「・・・・・・ダメ」
服の一部を理諳が掴んでいる。
咄嗟に歩みを止めた。すると、掴んでいる手が緩くなると理諳はその場に倒れた。
「――――!?」
彼女を見る。
少し呼吸が荒くなっており苦しそうな状態だった。
天啓はベッドに寝かせると布団を掛けてその隣の椅子に座る。
何をしているんだ。俺は・・・・
今出て行き奴と戦っても勝てるはずがない。現に昨夜も彼女が居なければ自分も被害者の一人だったのだ。生きているとは言え、自分に何ができるのだ・・・・・・
うなだれながら考えていると、視線を感じる。
理諳は体を起こし、天啓を見ていた。
「――――ごめん。自分勝手だった。昨日も君がいなかったら俺は死んでた」
その言葉に彼女は静かに首を横に振る。
「・・・・・・・・元々、私のせいだから」
「・・・・・・・・」
気まずい沈黙。俺は彼女に助けられた。だが、俺が彼女を助けることは出来ないのか? 昔から俺は周りの人たちに助けられてばかりだ。
「でも――――――」
沈黙の中、理諳が口を開いた。
「―――――次は勝てる」
溜められたような闇。決して人の生きる空間ではないその場所に複数の気配があった。
「『霞真』・・・・・・・どうやら小賢しく我々を狩っているようだな」
「二十三死は健在だが、その候補が、四ほど狩られたようだぞ」
「まったく。まだ、『あの事』を引きずっているというのか・・・・・・無駄な事を」
「確かに無駄だ。我々は滅せれば減るようなモノではないからな」
「いや、もしかすれば、『あの事』が再発するのを考えて今の内に我々の戦力を減らしているのではないか?」
「――――なるほど。言われてみればその道理、合っているかもしれん」
「だが、数は圧倒的に『死刄』の方が少ない。貴重な戦力を使い、危険を冒してまで何故我々を狙う?」
「『霊王』が不在だからではないか? もしくは違う目的があり、我々を狩るのはハンターらを欺くためとか」
「―――――それも考えられるが、私はそうとは思わん」
「何故?」
「我々がこうも闇に居なければならない理由を考えれば、誰もが恐れる」
「・・・・・・。そうか」
「―――我々は『霊王』無で、団結しつつある」
「・・・・・・」
「しかも、『血痕』が『死の娘』を捉えたようだ」
「――――ククク。どうやら出すぎたようだな」
「まったくだ。これで『死神王』も少しは大人しくなるだろう」
「あやつも『あの事』にかかわっているのでな。いつか当たると思っていたが、不運なものよ」
「―――――『血痕』はより純度の高い魂を求めていた。『回天王』に続く逸材になるかもしれんな」
日が落ち、光に変わり闇が支配する夜。理諳は公園にいた。
一列に並べられたベンチの一つに理諳は腰をおろしている。
「・・・・・・・」
無言で月を眺めた。
三日月。
まるで切り取られるように、かけた月が太陽に変わり薄い光を照らしている。
その月にゆっくりと雲がかかり、一瞬薄い暗黒に辺りが支配された。
雲が動くと再び薄い光が照らされる。
「―――待ったか?」
いつの間にか、理諳の目の前に男が立っていた。彊である。
「・・・・・・・」
理諳は視線を男に降ろす。
「――――一つだけ聞かせろよ。別に答えなくてもいい。何でお前らは俺達を狙う?」
「・・・・・・・」
「お前らはまともに戦えるようになるまで、五百年近く必要なんだろ? しかも、『あの時』多くの戦闘員を失ったはずだ。下手をすれば殺られる相手に数少ないお前らは戦うんだ?」
「・・・・・・・。クリエイター」
彼女の一言で彊は全てを理解した。成程。『死神王』も、ただ傍観している訳では無いということか・・・・・
「―――人手不足か。箱入りのお前まで狩り出すとは、『あの時』ほど、切羽詰まってるようだな」
「違う」
理諳はベンチから立ちあがった。
「あ?」
「私の意思で、貴方を殺す」
その言葉に彊は薄く笑う。
「―――――戦いの流れを理解していない。裏路地、ビル、俺が気づかないと思ったか? お前らとの勝敗はアレに関係してる」
彊は夜空を指でさした。
「お前は、俺の『兵士』相手に『装着』無で勝っていた。だが、これは少しおかしい」
「・・・・・・・」
「俺を倒せるほどの力があるなら何故逃げる必要があった?」
「・・・・・・・」
「お前らは力が極端に高い時を選んで自分の土俵で相手と戦う。そして近づく障害に圧倒的力を見せつけ、自分達は自らでは勝てない相手だと認識させる。それがお前らの戦闘形体だろ?」
「・・・・・・必要無い」
「・・・・・。世間知らずの小娘が・・・」
いつの間にか彊の足もとに出来ていた血の溜まりから一匹の獣が出てきた。
「その魂だけは俺が使ってやる。霞真理諳!」
獣が一直線に理諳に跳びかかる。次の瞬間、獣は縦に両断されると二つに分離した。
「・・・・・・・」
「死人を倒すのに、『夜と同化』するほどの事じゃない・・・・・」
理諳は、持っている黒い西洋の剣を向けて言う。
「貴方には、この黒剣でいい」
彊は楽しげに笑みを浮かべた。言ってくれる。たかが二百歳の小娘ごときが・・・・・
「おもしれぇ! やってみろ!」
次々に骸骨や獣が理諳に襲いかかった。
「・・・ここで待ってて」
夕方。だいぶ日が西に傾き、徐々に薄暗くなってきた時間帯。理諳は唐突に天啓に告げた。
「―――――私がアイツを倒す。それで貴方はいつもの日常に戻れる」
「・・・・・・・」
天啓は言いかけていた言葉を口の中に押し込めた。今の状況で対等に戦えるのは彼女だけ。自分が出て行っても何も出来ぬまま殺されてしまうだろう。
「・・・・・・俺に何かできることはないか?」
それでも天啓は聞かずにはいられなかった。殺されると分かっていても、たとえ無力だとしても彼女の役に立ちたかった。それが生き残った自分が出来る。殺されてしまった人たちに出来る精一杯の事であるからだ。
「・・・・・・・無い」
理諳は立ちあがった。
「・・・・・・・危険だから今夜はここにいて」
と、ドアに向かう。
「明日の朝になればいつも通りの日常に戻れる」
そう言うと彼女はドアを開けて出て行った。
そして、彼女が出て行って既に二時間。
「・・・・・・・・」
再び時計を見る。何故か落ち着かない。何だろうか? 何かが腕に足に脳に語りかけてくる。なんなんだ? この奇妙な感覚は・・・・・・
その時、ドアからとてつもない音が響いた。
「!」
天啓は、部屋からドアを見える位置に移動する。さらに激しく音が響く。まるで向こう側からハンマーか何かで叩きつけられている様に、大きな音とともに強固なドアが揺れる。
そして、けたたましくドアは内側に壊れた。
「――――!?」
そこから一体の骸骨と一匹の獣が入ってきた。
「っ!」
自分の姿を確認した獣が跳びかかって来るのを間一髪で回避した。
次は正面から骸骨が襲いかかる。
天啓は椅子を前に出し、振り下ろされた曲刀を防ぐ。
間を置かずに再び獣が跳びかかる。
力任せに椅子を押し返すと、後ろに下がった。
その時、椅子を挟んで正面にいた骸骨が天啓の首をつかむ。
「がっ・・・・」
そのまま軽々と壁に押し付けられた。
もう片方の手に持っている曲刀を振り上げるのが見える。
やはり無力だった。死人を倒すどころかその『兵士』にすら敵わない。天啓はあきらめたように目を閉じた。と――――――
心音。
ミニクイナ。
何かが自分の頭に滑り込むようにして話しかけてきた。
スベテ、ブザマダ。
無様?
ソウダ。
だったら俺もそうだな。何もできずに殺される。無様なものだ・・・・・
チガウ。
?
ワカッテイルダロウ?
・・・・・・・・・。
コノセカイハ、コンナニモミニクク、ブザマダ。
無慈悲に曲刀が振り下ろされた。
その時、天啓の目の前に黒い線のようなモノが現れるとそれを防いだ。いや、その黒い線に触れた曲刀はその部分から逆に斬られるように半分になった。
そして、黒い線はそのまま天啓をつかんでいる腕に振り下ろされる。
まるでチーズを切るように何の抵抗もなく骸骨の腕は切断された。
間を置かずに黒い線は踊るように動く。次の瞬間、骸骨はバラバラになって残骸になった。
そんな様子を見ても怯むことなく獣が横から跳び掛かる。
天啓は、鋭利な歯で喰らいかかってくる獣を右腕で受けた。歯が鋭く食い込む。
本来ならば食いちぎられる程であるがそんな様子は全くない。それどころか血さえも出ていなかった。天啓は冷めた目で獣を見る。
すると、数の増えた黒い線が下から串刺しにした。そのまま横に動くと首だけを残し獣は肉片と化す。
天啓は獣の頭部を腕から外した。すると頭部はゆっくり消えていく。黒い線はいつの間にか消えていた。
「無様だな」
そう吐き捨てると部屋を後にした。
理諳は、前後左右から来る骸骨や獣を剣で倒していた。
特に永い年月を活きている死人は形と言う存在に囚われなくなる。人の肉体は無意識の内に自らの魂を安定させる構造となっている。脳が自分の手足に命令を出し瞬時に手足はその命令に従う。
なら脳には何が命令を出しているのか?
答えは一つ、自らの霊魂がその脳に命令を出している。しかも、霊魂の働きはそれだけでなく心臓や体中の筋肉、臓器。人の体は命令だけでは動かない。その動力を動かす動力が必要なのだ。自らの魂はその働きも引き受けている。
ならば、もしも魂が何千と在るとすればどうなるだろう?
そうなれば人としての形ではなくその魂を活かせる形。
無限にある形の中で彊は一つのモノに定着した。自らの体内を流れる血液と言う形に。
血液は実際に目で見える魂。といっても間違いではない。自らの血液を基礎に他者の血液を奪い自分の魂として定着させる。それが彊の辿り着いた永久機関であった。
その血は自らの存在を保持するだけでなく武装としての役目も果たしている。それらの事から『霊王』より彊はこう名乗る事を許された。
『血痕』。
「やるな。ならこれはどうだ?」
辺りに散らばっている血液から槍のように細く鋭い物質が四方から理諳に向かう。
「・・・・・・」
理諳は揺れるようにそれらを回避する。すると正面に居る骸骨が曲刀を振り上げた。
振り下ろす前に強力な蹴りを骸骨に叩き込む。
バラバラに四散しながら彊の前に転がった。
理諳に向かっていた攻撃が止む。
「さすがだ。あれだけの数を息一つ切らさずに、しかも『装着』無で戦っている」
「・・・・・・」
「―――――『死刄』は、より強い魂を積んでいる。ジジィ共の言うことはたまには当てになるもんだ」
「・・・・・・貴方の武装では私は倒せない」
「―――――おいおい。何の冗談だ?」
「・・・・・・」
「確かにお前に倒されたのは俺の『兵士』だ。だがな、それらは俺の魂の断片を『兵士』と言う形にしたにすぎない」
「・・・・・・」
「まだ分からないのか? とことんまで箱入りなお嬢さんだ」
ザワ。と何かが揺れた。
「―――――お前が相手をしたのは、俺の魂自体なんだよ」
次の瞬間、死角から槍のような血液が伸びてきた。
回避するが、わずかに反応が遅れ肩を掠める。
「っ・・・・」
獣や骸骨を倒した際に散らばった血液から、次々と細く鋭利な突起物が伸びてきた。
剣でそれら全てを切り裂く。だが、血液に戻ればそれらがさらに襲いかかってくる。先ほど以上の苦戦を強いられた。
「なぁ。霞真。今お前の連れはどこに居る?」
理諳は剣を大きく降り剣圧で突起物ごと血液を吹き飛ばす。
「・・・・・・」
「――――――公園に向かう時が失敗だったな。どんなに上手く隠れていてもここに来た際に残した残魂をたどればお前がどこに居たかなんて簡単に分かるんだよ」
「・・・・・・」
「今、俺の『兵士』がお前の連れを喰いに行ってる」
「――――!?」
その言葉に一瞬だけ動きが乱れた。
「そこだ」
次の瞬間、後方から伸びてきた突起物が理諳の身体を貫く。
「お前たち『死刄』の悪い癖だ。もっとも思考がある奴全てに限った事だがな」
さらに辺りから次々に突起物が突き刺さる。
「っ・・・・・・」
「これで動けねぇだろ?」
次は捕えている理諳を中心に四本の太い柱が現れた。
「殺したら、魂が崩れる可能性があるからな。古代の術式でやらせてもらう」
理諳を中心に複雑に入り組んだ陣が展開される。彊の下にもそれと同様の陣が現れた。
「散魂術式。反転法人。発動」
柱に書かれている古めかしい文字全てに光が通り抜ける。
そして、理諳を中心に光の柱が上がった。
「あ・・・・ああああああああああああ!」
声にならない悲鳴を上げる。
「―――ククク。抵抗するか。かつて五十人の魔術師が三日三晩かけて創り上げたこの反転陣。内側から破ることも抵抗することも無駄だ。公園には支配【一の式】を張っている。お前の身内は誰も気づかんさ」
彊の言葉は理諳に聞こえていなかった。身体をゆっくりと引き裂かれるような感覚が全身を貫いていた。
「―――ようやくだ。ようやく『霊王』に近づける。死人の原点を生み出した者。そして、原点たる者に近づける条件。全て揃っている。お前の魂を食らい、俺は『王』に近づく!」
天啓は街を歩いていた。他の者が歩く方向とは逆に歩いている。
なんだ?
違和感を感じた。
いつも見る建物。
通り過ぎる人。
何かがおかしい。
それに、体の中心にあるアレはなんだ?
人の体の中心にまるで輝くモノがある。その輝き度や色は人それぞれだが、それが何なのか分からなかった。ただ一つだけ、ソレにひどく何かを感じた。
ミニクイ。
視線を外し違う者を見る。その者も自分が満足できる色や輝きはしていなかった。
ミニクイ。
何故こんなにも醜いのに平気でいられるのか。
リカイデキナイナ。
まったくだ。見ていると無性にイライラしてくる。何なのかは分からないがその存在が不愉快である事は間違いない。
徐々に天啓の頭の中は一つの感情で満たされていった。
コワセ。
壊す?
ソウダ。
・・・・・そうだな。
ミズカラノイシニシタガエ。ホンノウニシタガエ。
そうだ。今の俺にはそれが出来る。醜いモノ全てを壊す。
コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。コワセ。
頭の中が、感情が、全身が、ある一つの事で埋め尽くされた。
黒い線がゆっくりと現れる。
その時、大気が震えた。
街を歩く人々が歩みを止め、何が起こったのか視界を彷徨わせている。
「・・・・・・・」
天啓は、公園の方角を見た。光の柱が上がって不思議な現象を起こしている。
他の者達には見えていないのか誰もそこに注目する人はいない。
・・・・・・・・壊すのは後回しだ。
壊すことはいつでもできる。だが、あの現象は公園に行かなければ細かく確認できない。
天啓は、慣れた足取りでゆっくり公園に向かった。




