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夜光伝記  作者: 古河新後
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記第三説 死人

 裏路地。そこに一人の男が立っていた。

 

 男は、唾のついた帽子を目深にかぶり、路地を見ていた。寒そうな半袖のシャツに、ジーンズ。首には鎖のような首飾りをしている。口の端には火のついた煙草をくわえていた。

 

 足元には、すでに動かなくなった骸骨の破片が散らばっていた。

 

 「『装着』しないで、この強さ。どうやら、力を増してるみたいだな」

 

 どこか楽しそうな口調だ。


 すると、散らばっている骸骨の破片が液体化する。そしてそのまま男の靴に触れると吸収されるように減っていった。ほどなくして液体は無くなる。


 「・・・・・・逃げたか」


 煙草を指で挟むと、息を吸い、ゆっくり吐き出す。白い煙が周りの空気と同化していった。


 「永くなりそうだ。まずは食事から済ませるか・・・・・」


 と、男はジーンズのポケットに手を入れると裏路地を後にした。





 「聞いてもいい?」


 天啓は、理諳に尋ねた。


 場所は、街の中に複数あるビルの一つ蓋来狭(ふたこせま)ビル。


 その屋上。そこを照らす光はないが、辺りにある同じ高さのビルや、街の明かりで多少闇は薄くなっている。


 路地から出た二人は、理諳の先導のもと、この建物に入った。このビルは大半が会社関連である。そして、一階から三階は食事をする所であるため、一般人にも人気がある場所だ。


 「・・・・・うん」


 辺りを警戒していた理諳はやっと安心できたのか、短く頷いた。


 「――――あの骸骨を『兵士』って言ってたよな?」


 「そう」


 「だったら。それを指揮する奴がいるのか?」


 「・・・・・・・」


 天啓の質問に理諳は一瞬戸惑ったがゆっくりと口を動かす。


 「・・・・・・死人(しびと)


 「死人?」


 天啓は怪訝そうな顔をした。


 理諳はゆっくりと語りだす。


 輪廻転生。又は転生輪廻とも言う。


 元来人は、生を受け、人生を歩み、そして死んでゆく。あの世に還った霊魂はこの世に生まれ変わる。しかし、それは人々が信じている願望であり、実際にそんな事があるはずもなく確かめる方法も無い。だが、彼女が言うには霊魂は、六道と言う死後に転生する六つの世界に行く。おもに転生する先は、人間道か地獄道である。人間道は文字どうり、いま自分達がいる世界の事。地獄道は、生前の罪を償わせられる場所だ。俗に地獄と言われている世界である。人のほとんどは再び人間道に転生する。


 しかし、その中でも『望まぬ死』を受けた者の霊魂は強くその場に残留するのだ。そして、自らの望んだ事を成し遂げるまで、死者として社会に存在し続ける。死者は、ほとんど人間と言っても過言ではない。周りの者は、その者が死んだとも知らずいつも通りに接する。そして、望みを成し遂げた死者は転生をする。だが、ごく稀に、成し遂げた後でも、自らの力を究めようと無理にこの世に霊魂を留める者達がいる。神が創った理を外れた者達、それが死人と呼ばれる者達であった。


 「その死人があの骸骨を指揮してるって事?」


 「・・・・・・・・そう。死人は自らの魂と肉体を維持するために、他の者の魂と肉体を喰らう」


 「!? ちょっと、待って! それじゃあ、この街で起こってる殺人事件って――――――」


 その時大きく建物が揺れる。


 「!?」


 「・・・・・・・・・来た・・・・」


 理諳は静かにそう言った。





 建物が揺れる数分前。一階のロビーには食事しに来た者や、会社員達が行き来していた。


 正面の自動ドアが開き一人の男が入って来る。もうすぐ冬だというのに帽子を目深にかぶり、半袖のシャツを着た男であった。


 その男に従業員の者が近づいた。


 「お客様。このフロアは禁煙です。煙草は喫煙室か、外でお願いします」


 男は従業員を無言で見る。そして煙草を口から外すと掌で握り消した。


 その様子に従業員は少し驚いたようだったが、他の状況に気づく。


 「!」


 足元に血がたまっていたのだ。一体どこからこれほどの血液が?


 従業員が顔をしかめていると、何かが、血のたまりから突き出てきた。ソレは易々と従業員の身体を貫く。


 「え?」


 何が起こったが理解できず、そのまま倒れた。綺麗な床に血の輪が広がる。


 その様子を見ていた他の客は悲鳴を上げた。


 「支配【参の式】」


 男が静かに言うと、外に通じる全ての出入口が封鎖された。続いて照明が全て消える。突如暗くなり客達はパニックに陥った。


 「さぁ・・・・存分に平らげようか・・・・」


 暗闇の中で男が笑みを浮かべた。





 「来た、って何が?」


 天啓は、階段を降りながら理諳に尋ねた。彼女は自分より少し前を降りている。


 「死人」


 「俺らを襲った奴のこと?」


 階段を下りる音が無性に大きく聞こえた。


 「そう」


 理諳は、壁に背中をつけると慎重に通路に顔を出す。照明は全て落ちているが非常灯はついていた。


 二人は廊下を走って反対側の非常階段に移動する。


 「何で俺達を狙うんだ? 何か理由でも―――――」


 と、天啓が言おうとした時、理諳が止まった。


 「・・・・・・・逃げて・・・」


 目の前の階段から曲刀を持った骸骨や、狼のような獣が上がってくるのが見えていた。


 「・・・・・・・私が抑えるから・・・」


 「・・・でも」


 階段の下さらにぞろぞろと上がってくる。


 「・・・・・・早く・・・」


 「・・・・・」


 天啓は踵を返すと、来た道を逆に向かって走った。





 一階ロビー。


 「・・・・・・・」


 男は近くにある椅子に座っていた。黙想するかのように目を閉じて煙草を吸っていた。


 辺りには斬殺された死体や、上半身を喰われた死体などが多数存在する。だが、それほどのむごたらしい死体があるにも関わらず血は一滴たりともロビーには無い。


 ここにいると思ったんだが、見当違いだったか?


 目を開け煙草の煙を口から吐き出す。


 その時、姿を見つけた。


 「・・・・・・・五階か・・・」


 懐かしそうな笑みを浮かべると、立ち上がり階段に向かって歩みを進めた。





 天啓は角を曲がった所にあるエレベーターの前にいた。ここまで走ったため息はすでに上がっていた。


 「はぁ・・・・はぁ・・・・」


 肩で息をしながらエレベーターの来るのを待つ。


 「・・・・・・・・」


 彼女は無事だろうか。ふと、天啓の頭にその事がよぎった。自分を逃がすためとはいえ、あの数相手に無事で済むはずがない。


 「・・・・・・・・」


 いや、自分に何が出来るというのだ。ただの高校生が、あんな化け物と戦えるはずがない。


 と、考えているとエレベーターが来た。とりあえず今は逃げることが先決だ。


 扉が開くと同時に中に乗ろうとした、その時エレベーターから出てきた細い腕が天啓の首を掴んだ。


 「!?」


 そのまま持ち上げられ、壁に押し付けられる。


 骸骨だ。


 エレベーターの中には無残にバラバラになっている死体があった。


 天啓は身動きが出来ないに加え、かなりの力で抑えつけられているため息も出来なかった。だがより確実に仕留めるためか、骸骨は持っている曲刀を振り上げた。


 まずい。このままじゃ・・・・


 天啓は掴んでいる腕を掴み何とかしようとするが、想像以上に堅固である。


 徐々に意識が遠のいていく。骸骨はカタカタと歯を動かしながら曲刀を振りおろした。


 死ヌ―――――


 ドックン。心臓の音が妙に大きく聞こえた。


 骸骨は腕を振り下ろす。しかし、天啓は斬られてなかった。


 「?」


 骸骨は腕を不思議そうに見ると、肘より先が無くなっていた。続いて掴んでいる方の腕もいつの間にか無くなっている。


 「?」


 さらに不思議そうにそっちの腕も見る。


 天啓はそんな骸骨を勢いよく蹴り飛ばす。


 反対のガラスにぶつかると、体の一部が砕け、そのまま跳ね返ると前に倒れた。


 「・・・・・・・・」


 無言で見る。骸骨はまだ起き上がろうとしている。


 天啓は頭部を踏み壊す。壺が割れるような音がして骸骨は動かなくなった。

 

 「・・・・・・・・」


 その残骸を見ている天啓に、後ろから今度は獣が襲いかかる。


 後ろを見ずに、わずかに体を傾けてそれを回避する。獣は天啓を通り過ぎた所で輪切りにされるようにバラバラになって肉片と化した。


 と、天啓の頬に一筋の切れこみが入る。わずかに触れていたようだ。


 「っ・・・・」


 その痛みに我にかえった。足元に散らばっている骨の破片と、距離を置いて在る肉塊を見る。


 「・・・何なんだ・・・・・? 今のは・・・・・」


 手を見ながら自分に問うように言った。まるで、これが当たり前のように違和感が無かった。いや、それ以前に自分は刃物の類を一切持っていない。それなのに何故、斬れたのか。


 答えの出ない問いを自らの心に聞き続ける。今は・・・・一体何なんだ?


 「おいおい。殺られてんのかよ」


 不意に後ろから声がした。天啓は弾けるように後ろを見る。


 そこには帽子を目深に被っている男が立っていた。足からは水が広がるように血が流れている。


 「・・・・・・・」


 天啓は直感で何かを感じた。こいつは・・・ヤバイ!


 男が笑みを浮かべる。


 「喉が渇いたぜ」


 男が言うと、血のたまりから巨大な口が天啓に向かって伸びる。


 バクンッ!


 鋭利な歯が並ぶ口が勢いよく閉じられた。


 だが、食った感触は無い。空振りしたようだ。


 口は、バシャっと液体化すると血液となってそこに広がる。


 「やっと会えたな」


 男が前を見てそう答えた。


 目の前には天啓の襟を掴んでいる理諳の姿が男の目に映っていた。


 「・・・・・・・・(さかい)


 理諳は男を見て言う。


 「OK。俺の事は覚えてるみたいだな」


 「・・・・・・・・・・・」


 「――――相変わらず無口か。変わらねえなぁ」


 「・・・・・・・・何しに来たの?」


 「喉が渇いたんでな。ドリンクバーに寄っただけだ」


 「・・・・・・・・・・・」


 「おいおい。睨むなって。お前も知ってるだろ? これは必然。死人(おれたち)は魂の維持に相当なエネルギーがいるんだよ。純高の魂を持ってるお前と違ってな」


 「・・・・・・・・・・・」


 「力が増してるようだな。驚いたぜ。俺達は限界値を上げるのに百年近く要するってのによ。魂の質が違うと、こうも差が付くとはねぇ〜」


 「・・・・・・・・・・・」


 「そんで――――――」


 と、彊の後ろの闇から大量の骸骨が現れる。


 「俺にも分けてくれねぇか? その魂――――」


 後ろにも獣や骸骨が現れた。


 「なっ・・・・」


 「・・・・・・逃げる」


 状況を見た理諳が言う。


 「逃げる? どこにだ? ここがお前の終極だ」


 その時、理諳は床を殴りつけた。大きくヒビか入る。


 「――――チッ」


 彊は後ろに飛び退く。元いた場所までヒビが入ると音を立てて崩れた。


 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜」


 「・・・・・・・・・・・」


 天啓の悲鳴と共に次々と床を破壊していく。


 一階のロビーに床の破片と一緒に落ちた。


 「いてて・・・・」


 痛めた後頭部を抑える。


 「走って」


 理諳は天啓の腕を掴むと走り出す。


 壁に走り寄ると、勢いよく殴りつけた。破片となって外側に砕ける。


 理諳と天啓は外に向かって走って行った。





 「逃がすかよ」


 彊は窓をたたき割ると、腕から血を垂らす。その血は巨大な鷲にゆっくりと形成される。


 しかし、形成の途中で不意にそれを止めた。


 「っと、ヤバイヤバイ」


 そして、慌てて建物の内側に身を引いた。





 ロビーに立っている人影が居た。その人影は無言で惨劇の様子を目視する。


 「やってくれるな・・・・・・」


 人影が手をかざすと、無数の足もとに四角で形成された陣が展開した。


 手を動かすと陣がほつれるように、複数の線になると建物中を走る。


 所々に光の線をつけながら無限に伸びて行く。


 その様子に彊は気づいた。


 「即席じゃあ無理だ」


 横に腕を振ると、ポケットに手を入れて歩き出す。いつの間にか辺りにいたはずの骸骨や獣はいなくなっていた。


 「今度また、存分に話し合おうじゃねぇか。『死の娘』・・・・・」


 そう言うと彊の笑い声だけが暗い通路に響いていった。





 正面から行った線が建物中を通り、後ろから元の位置に伸びて来ると再び陣に戻った。その中で、一つだけ望んだ軌道から違っている線があった。


 「さすがは【血痕】・・・・・・上呪に君臨するだけのことはある・・・・・・」


 陣を消す。どうやら逃げられたようだ。元々、即席の拘束陣であるため捉えることは期待してなかったが、こうも単純に抜けられるとは・・・・・・


 「大者が出てきたものだ」


 人影は醒めたように言うと、その場を後にした。

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