記第四十説 合流
程い高さに伸びた草を吹き抜ける風が揺らす。その際に生まれて来る音は、まさに神秘的だ。辺りには桜の木が一本だけ生えており、それを金色の満月が照らしている。その根元に一人の青年が座っていた。
「―――――見事ですね」
いつの間にか正面に和服を着た女が立っている。青年は視線を女に定めた。
「人間じゃないな・・・・・・何者だ?」
青い目を向けながら威嚇するように問う。
「『白竜王』・・・・と言えばお分かりになりますか?」
「・・・・・・そうか。あんたが・・・・予想よりもずいぶん若いな。いや、外見だけか・・・・・」
青年は立つ様子も無く品定めするように女を見る。
「これほどの庭園は、私も見た事がありません。ここは貴方が?」
辺りに視線を配らせながら女が言う。
「―――先祖が残したものだ。あんたらは、破壊するだけで、ここの存在には気づかなかった様だな」
「・・・・・・」
「それよりも何だ? 人の家に許可なく入り、裏口まで破壊していくつもりか?」
青年は重たそうに立ち上がると女を睨む。
「―――いえ、戦いに来たのではありません。貴方に渡したい物がありまして」
女は、長い左右の袖に細い両手を入れると、同時に引き抜く。すると、そこには一本の刀が存在していた。
「『天臨』と言います。私の祖父が、三千年の霊気を当て、五万の鉄を魔法で鍛え、凝縮した刀です」
平行に持ちながら青年に差し出す。
「そんな業物を何故俺に渡す? 理由が分からないな」
「・・・扱えないんです」
「はぁ?」
「この刀は剛すぎる。竜族には過ぎた代物です。ですから貴方に――――」
青年は刀を受け取ると、鞘から抜いた。その瞬間、溜めこんでいた霊気が、一気に様に流れ出る。それだけではなく、辺りを圧倒する威圧で桜の枝が揺れた。
「―――こりゃ・・いい」
その様子を見ただけで青年は鞘に刀を収めた。
「―――――用はそれだけです。失礼します」
と、歩き出した女に言葉がかかる。
「――待てよ」
無言で歩みを止めた。
「このまま返すと思ったか? 俺は処刑人だぞ?」
「――――やめておいた方が良いですよ。貴方と私では力量が違います」
その一瞬、女から、強大な威圧が青年に襲いかかった。
「!?」
自分の殺気が一瞬でそれに飲み込まれる。尋常ではない。強い弱いのレベルではなく、次元が違うのだ。
「――――一つ聞き忘れました。その刀が真に相応しいのは貴方でしょうか?」
「なに?」
「では――――」
そう言うと女は歩いて行った。
「・・・・・・・」
天啓は屋敷の目の前にいた。
リオは一緒にさゆを捜そうと言ったが、自分は闘わなくてはならない者がいる。そう言って別行動を取った。
屋敷に足を踏み入れる。古びた木板のしきむ音で敵に悟られないかと心配だったが、無事に奥まで抜けた。
そこは古い書斎だった。昔、誰か住んでいたのは確実なようだ。それも、一人ではなく大勢の人間が・・・・
横の壁に一つの人骨が寄りかかるように存在していた。人骨は古く焦げた本を脇に抱えている。
「・・・・・・・」
失礼して、その本を取ると、軽くページをめくった。焦げたページは予想以上に読みにくい。だが、半ば辺りのページは僅かだが読み取れた。
1910年九月四日。空羅。
アメリカで戦いが起こった。ニュースなどではほとんど情報が入ってこない。異端者や、アヴァロンの存在を知らぬ人々にとって、いまアメリカで起こっている事は到底理解できないものだろう。
だが、我々は気づいている。それを起こしているのは、死刄と死人だ。彼らは特に異端の中でも仲が悪い。犬と猿のような関係だ。だからこそ、我々が付け入る隙もあるのだが、戦う際に被害をこうむるのはやめてもらいたい。アメリカ消滅。などになったら日本経済は大幅に苦しくなる。そうなれば次に苦しくなるのは自分達の生活だ。
だが、頭首はそれらの事さえ関係が無いようだ。世界各地にいる同士達からの連絡が途絶えている事の方が気になるとは言っていたが、ただ我々は桜庭を守れればいい。あれだけは残さなくてはならない、我々の生きた証だからだ。
明日は―――――
そこで文字は焦げて読めなくなっていた。
「・・・・・・・」
本を元の位置に戻すと、その者の足もとに古びた鍵が落ちている。
「――――これは」
天啓は拾い上げると、鍵穴を捜した。この部屋の鍵か? 破壊されている扉を見るが、合わないようだ。その時、風が肌に当たった。
「風? どこから――――」
室内を見渡す。すると、机の後ろの黒いカーテンがなびいている。
「・・・・・」
近づき、カーテンを開ける。そこには、一つの黒い扉が存在していた。その向こうからそよ風が流れ込んでくる。
天啓は持っている鍵をその扉の鍵穴に差し込むと回した。解錠する音が室内に響き、ゆっくりと扉を開ける。そして、そこに広がっていた風景に目を奪われた。
膝ほどの高さで生え伸びる草。
その中に点々と見える菫。
天に金色に輝く満月。
そして、その中央に目印のように立っている桜の木。
扉をくぐり、その世界に足を踏み入れた。なんと言う風景か。美しいの一言では言い表す事が出来ない素晴らしい庭園だ。
天啓は不思議と桜の木を目指して歩いていた。と、
「やっと来たか・・・・」
桜の裏側から、刀をもった自分が現れる。
「・・・・・お前は・・・・」
「リオが来るかと思ったんだがな・・・・・・予想はしていたが、的中するとは思わなかった」
目の前の自分は手で覆う様に表情を隠すと、仰ぐように笑う。
「――――お前は、誰だ?」
簡単で、単純な質問だった。だが、その事がどんな事よりも知りたい事だったのだ。
「俺か? 俺は――――――」
手を顔から外し、青い眼で自分を見る。風が吹き抜けて行った。
「―――夜雲だ」
まるで面白おかしそうに哂っている自分が目の前に居た。
「夜雲?」
「――――処刑人全員が持っている必要不可欠な不死の血。深夜たる万物の光が、完全に大地を照らす時、我々は不死となる」
「・・・・・・」
「――――何故お前は立っている?」
今度は自分に対しての唐突な質問。
「体を破壊され、心を砕かれ、何故ここに貴様は立っているのだ?」
不思議そうに不敵な笑みを浮かべながら夜雲が問う。
「――――俺は何も知らなかった。だが、一つだけ分かった事がある。だから、俺はここに居る」
答えであって、答えではない答え。だが、夜雲は理解ていた。
「ならばこれ以上の御託は無用だな?」
夜雲は天臨を抜く。
天啓はナイフを構える。
その眼は青く、敵を睨んでいた。
「―――天月さん!」
佐川が敵と交戦したと言うガソリンスタンドに来ていた天月は、声のした方を振り向いた。
「――海砂」
さゆが走り寄って来る。その後ろからは嵐道が手を上げながら歩いていた。
「良かった、無事で」
「当たり前だ。私は『賢者』だぞ? そこらの死人にやられるはずないだろ」
と、再開を祝していると横から
「うおお! よくぞ生きていた戦友よ!」
「吉良助も無事で、天月さんも」
嵐道は、いつもの爽やかな笑みを向けた。
「―――お前が殺られる事はあり得ないと思っていたのでな」
天月は意地悪な笑みを浮かべて嵐道を見る。
「あれ? 天月さん、嵐道さんと知り合いなんですか?」
さゆは嵐道に対する天月の様子を見て尋ねた。
「―――――この二人とは、施設に居た腐れ縁だ。海砂、お前も昔、トラウスさんの所で二人とは面識があるはずだが」
「・・・・・・」
昔の記憶をたどる。しかし、あの時は人見知りが激しく、姉と天月さん以外とは誰とも話さなかった為、まったく覚えていない。
「・・・・すみません。少し覚えてないです・・・・・」
「ま、仕方がない時だったな、あの時は。とりあえず今から仲良くしてくれ」
「はい」
と、返事をすると、
「よっしゃあ! 俺は佐川吉良助! 鬼だっ! よろしくな」
「あ、は、はい! 海砂さゆです。・・・・鬼?」
慌てて答えるが、佐川の言った、鬼と言う単語に反応する。
「――――二人は秘密裏に今回の件を手伝ってもらっている異端者だ」
天月が説明を含めて答えた。
「そ、そうなんですか?」
「――おうよ! 政治は鷲、俺は鬼だ!」
「―――嵐道さんって鷲だったんですか?」
「正確には風の民と呼ばれている一族だよ。ほとんどが鳥系の異端者だけどね」
丁寧に説明していると、天月が声を出す。
「自己紹介はそこまでだ。これからリオと合流する。海砂、リオがどこに居るか分かるか?」
「あ、はい。いま姉さんは――――――」
集中し、反応を探る。しかし、感じた反応は島の南と町の方に一つづつ。
「――――二つある・・・・」
「もしかしたら、天啓もこっちに巻き込まれて来たのかも」
嵐道が仮説を述べる。
「――――なら、先に近い方から合流するぞ」
そう言うと、天月達はまずは南へ歩みを進めた。
リオは天啓と別れてから、さゆを捜して町を目指していた。あの子ならなるべく人の多い所に行くはず。そう信じて今は途中の森を歩いている。
その彼女を熱源でとらえている者がいた。
熱源内で動くリオを、三角形のロックが確実に捉える。
「―――――とっとと」
リオは歩いていると、少し出張った木の根っこに躓いた。次の瞬間、先ほどまで頭があった位置を凝縮された零子が通り抜ける。
「!?」
慌てて木の陰に隠れた。危なかった。けがの功名とはこの事だ。次々と発射される零子が辺りを吹き飛ばす。
木の上にその主がいた。リオは暗闇でも的確にその者を捉えると、正面から走った。
リオに気が付き、ロックすると彼女に向って撃つ。しかし、ステップを踏むように左右に避わされ中々当たらない。直進で走る時を狙って放った。
それと同時にリオはその場から跳ぶと、木の上に居るその者に桜臨で斬り付けた。
僅かに体を逸らし、桜臨を避けるが、肩に装備している零子カノンが二つに両断される。
「・・・・・・・」
木の後ろに着地したリオに向かって、腕から網の様なモノを飛ばす。
彼女は瞬時に振り向くと、桜臨を上段に構え、勢いよく振り下ろした。鋼鉄の網が二つに分かれ、リオの左右に飛んで行く。
次に円盤状の切断機を取り出すと、彼女に向かって投げた。空気を切り裂く音と共に迫る。リオは刃を上に向けると、今度は振り上げた。そして、届く前に切断機は二つに切れると網と同じように左右に消える。
「――――もう無いでしょ? いいかげん降りてきたらどうですか?」
話が通じるとは思わないが、とりあえず話しかけてみる。すると、木の上から重々しく地面に着地した。
背に持っている槍を、投げる様な構えで構えると、音を立てて両刃が展開した。
「・・・・・見た事がない武器ですね―――――!?」
次の瞬間、まさか無いとは思っていたが本当に投擲してきた。咄嗟に体をひねり飛来する槍を回避する。
体制を戻し、正面を見ると、腕から音を立てて出てきた二本の爪が襲いかかって来た。
それを避け、刀を振り上げる。しかし、相手も普通ではないようだ。その一閃を避わし、更に爪で追い打ちを掛けてくる。
「・・っ・・・・」
左右上下。全ての方向から来る爪は、刀を使うリオにとってまさに天敵と言える。ナイフや刃物類ならば、相手の手首の動きで次にどこに来るか予想する事が出来る。しかし、爪は単調である上に、一撃が重く、返し技も使えない。下手に刃を交えれば、刀を弾き飛ばされる可能性もある。
リオは、苦戦していた。このままでは爪が体を切り裂くのも時間の問題だ。
その時、いつの間にか位置が入れ替わっていたのか、後ろの木に敵が投げた両刃の槍が刺さっている。
「・・・・・・・・」
リオは刀で大きく爪を弾きあげた。がら空きとなった胴体に加速を乗せた蹴りを叩きこむ。
敵は何も考える様子も無く、爪を振り続ける。更にもう一度、はね上げようとして爪と刀が交わった瞬間、逆に大きく刀が跳ね飛ばされた。だが、同様している暇はない。体を回転させ、重く、強烈な蹴りを叩きこむ。
と、後ろに大きくよろけ、自らの槍に串刺しとなった。
「・・・・・・・」
しかし、体から血液が流れる様子も無く、そこから抜け出そうとしている。リオは銃を取り出すと、カートリッジを確認した。
「後・・・一発か・・・」
元に戻し、銃身をスライドさせると、敵に向ける。槍を抜けだし、爪を掲げると襲いかかって来た。リオはその額に標準を合わせる。
次の瞬間、乾いた銃声が、森に響き渡った。




