記第三十九説 黒死
「・・・・・・」
透き通るような青空に船のように漂う白い雲。まるで乗れてしまいそうな程大きなソレは小さい子供達には大人気だった。
学校の帰り道に漂う雲を見て回りの同級生は、何かに連想したり、見つけた雲の大きさ比べなどをしている。その中で、そう言った子供などから外れている一人の少年がいた。
父親の葬式で入学式には出れず、それから一週間後に登校した少年はクラスの中でも浮いている存在だった。他の子供達は入学早々に出来た友達などと楽しく例の雲を眺めたり、談笑しながら帰っている。
そんな子供達から少し離れて歩いている少年は友達を作ると言う事よりも、離れないモノが心の中に残っていた。その所為か、クラス内でも誰とも口をきかず、授業中などでもずっと外を見ていた。話しかけて来たり、友達になろうとする子供達は多く居たが、少年は言葉を返すこともせず、ただただ、沈黙を決め込んでいた。
少年の考えている事は一つだけ、父の事だった。
入学式の前日、一緒に近くの海を見に行った。父は自分の隣に座り、海を見ながら言葉を発した。ほとんど意味の分からない言葉だった。自分がそう告げると微笑を浮かべながら頭をなでてくれた。
その帰り道、歩道を歩いていると、道路に一匹の猫が倒れていた。
それに気づいた自分は走ってその猫を助けに行った。その時、坂を上りきったトラックが自分に向かって突っ込んできたのだ。運転手はブレーキを踏んだのか、タイヤは急停止し、地面との隙間に薄く煙が上がる。しかし、積み荷が重いのか止まる気配は全くない。恐怖に目を瞑る。
次の瞬間、自分は撥ね飛ばされた。
空中に浮く感覚は妙な物だ。スローで世界が動いているようなそんな感覚だった。勢いよく地面に落下する。だが、不思議と痛みは無かった。
ゆっくり目を開けると、そこには自分を抱えた父の顔があった。
自分は呼びかけた。すると父は弱々しく笑い、そのまま動かなくなった。
その後、父は死んだ。
葬式には母と自分だけだった。天啓はそれに、なんの疑問を持たなかった。何故なら家族は父と母だけだと思っていたからだ。しかし、かけがえのない家族の一人である父が死んだ。
面白くない部屋で青白くなった父を見て母は、無言で認識した。そして、自分を抱きしめた。
その時、生まれて初めて泣いている母を見た。その様子を見た自分は直感した。
僕がお父さんを殺した。
だが、その言葉が出てきただけで意味は分からなかった。一つだけ分かっていたのは、父はもう笑ってくれることも、話しかけてくれることも無いと言う事。
何故、猫を助けになど行ったのだろう?
何故、トラックに気づかなかったんだろう?
何故、父は死ななければならなかったのだろう?
一週間の葬儀が終わり、自分は小学校に登校した。周りから、友達になろうと話しかけて来たりする者達は多くいたが、自分はそれどころではなかった。
大切な人が死んで、周りに構っている暇は無かったのだ。その為、自分はクラスから孤立していた。
他者と距離を置き、疑問の答えをずっと探し続けた。
昼休み。
「次はジャングルジムで遊ぼうよ!」
一人の少女が先導して頑丈に組み立てられた鉄の建物に後から続くように他の子供達も上った。
「―――あたし、いっちばーん!」
誰よりもいち早く、てっぺんに登った少女は嬉しそうに下から登ってくる子供達を見下ろした。
「―――ん?」
そして、何気なく校舎を眺めていると、隣の教室の窓辺に一人の少年が座っていた。教室内には他の友達も居たが、その少年だけ孤立していた。
少女はジャングルジムから降りると、その教室に向かって走り出す。
「リオちゃん、どこ行くのー」
後ろから友達が大声で少女の名前を呼んだ。
「ちょっと友達を連れて来るー」
そう言うと教室に向かって走って行った。
「こんにちは!」
リオは笑顔で窓から座っている少年に声をかけた。
少年は一度だけリオを見る。
「あたし、新月李桜! あなたは?」
元気に自己紹介するが、少年は立ち上がり教室から出て行ってしまった。
「―――あ、リオちゃん」
と、その教室にいる他の友達がリオに気づき近づいてきた。
「どうしたの?」
「ここに座っていた男の子に声をかけていたの」
「ここって・・・・夜月君の事?」
「! ・・・・・夜月って言うの?」
「うん。理由は知らないけど入学式から一週間後に登校してきた人だよ。変わった性格で、誰とも話さないから、友達居ないんじゃないかな・・・・」
「ほほう・・・」
その時、リオの目が光っていた。
「リオちゃん・・・・何考えてる?」
恐る恐る尋ねる。
「あたしが夜月君の友達第一号になりますよっ!」
一日一日を過ごす度に、自分の中で様々な疑問が増えていった。
その中でも特に手ごわいと感じた疑問は一人の少女の存在だ。学校にいる時は勿論、帰り道や昼休みなどでよく話し掛けて来る少女だ。クラスが違うのが唯一の救いだったが、それ以外ではほとんど一緒にいる。とは、言っても相手が一方的に近寄ってくる程度だったが、自分がいくら無視しても、あきらめること無く近寄り話しかけてくる。
最初は無視を決め込んでいたが、しだいに何故ここまで自分に付きまとうか疑問を感じて来た。あまりに鬱陶しかったので、適当に答えを返した。
すると、彼女は太陽のような笑顔を自分に向けた。何がそこまで嬉しいのか、あの時の自分には到底分からなかった。
そして、いつからだっただろう。自分の中で抱えていた疑問が、彼女と居ると忘れるようになってしまった。
いつものように彼女の話を無視しながら別れ、家に帰るとお母さんが言った。
「何か嬉しいことでもあったの?」
「・・・・別に。何もないよ」
「――――そう? 今の天啓、すごく嬉しそうに見えるけど」
「そうかな・・・?」
いつものように会話をするのは母だけ、それ以外で会話をしたのは先生と、あの少女だけだ。確か、いつも皆からリオって呼ばれてるっけ。
そして、自分は二年生になった。その年は今までの自分をとても大きく変えた。
「――――やっほー、夜月君。同じクラスになったねっ!」
例の彼女だ。不運にも同じクラスとなってしまったらしい。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「―――リオちゃん。外で遊ぼ!」
いつものように自分に一方的に話しかけていたリオは他の友達に誘われた。
「―――あ・・うん。そうだね・・・でも――――」
彼女にしては珍しく迷っているようだ。別に天秤にかける必要もない。無言でほとんど答えを返さない自分と、明るい友達、迷う必要など一片も無い。しかし、彼女は決断をなかなか下さなかった。自分はそこで一言言った。
「―――別にいいよ。僕は一人でも慣れてるし」
何気ない言葉だったが、彼女にとってそれは待っていた様だった。
「一人だったら皆で遊ぼう! ほら、夜月君もっ!」
急に腕を引っ張る。
「―――とっと、ちょっと!」
「急がないと、昼休みが終わっちゃうよ!」
自分は強引に外に出された。その時、真上を照らす昼の太陽が目に眩しく映った。思わず腕で影を作る。ほとんど教室に居た自分にとって、外で遊ぶと言う考えはまるで無かったのだ。
「何してるの夜月君! 早く早く!」
彼女に急かされ、靴に履き替えると慌てて追いかけていった。
この日、俺の中で何かが変わった。
次の日からは少しずつ会話をするようになり、彼女以外でも口を利くようになった。
友達もたくさん出来て、よく遊ぶようになった。もちろん彼女ともだ。昔、考えていた疑問を時折、思い出す事があったけれど、考える事は無くなった。
母もその事にはとても喜んでくれて、その笑顔が自分も大好きだった。
それから三年間、楽しい毎日が続いた。
そして、事件が起きた。
リオと別れ、家に辿り着く。しかし、既に暗いと言うのに家は明かりが付いておらず、不気味な雰囲気が漂っていた。
「? ・・・・・」
少しばかり寒気を感じたが、自分の家だ。中に母さんも居る。そう思い扉を開けた。
「ただいまー」
中に入ると、いつも自分が生活していた家とは違った雰囲気が支配している。
「――母さん?」
名前を呼ぶが返事は返ってこない。短い廊下を歩き、リビングの扉を開けた。
そこには、倒れている母が居た。
「母さん!」
慌てて母親に駆け寄る。しかし、既に息はしていなかった。
何度も呼びかけた。だが、返事は帰って来ない。
その様子を天啓は後ろから見ていた。
「誰が殺したと思う?」
後ろの暗闇から声がする。
「何故・・・・死んだんだ?」
目の前で小さい自分が必死に母に声をかけているのを見て天啓は尋ねた。
「違うな。死んだんじゃ無い。――――殺された」
勢いよく後ろを振り向く。そこには鬼の面を付け和服を着た者が闇の中に座っている。
「誰が殺した! 言え!」
掴みかかるように仮面の者に近づく。
「おいおい、とぼける気か? お前はよく知っているはずだ」
「!? 俺が・・・よく知っている?」
仮面の者は立ち上がると、左右の袖の中に両腕を入れて天啓とすれ違う。
「必然なんだよ。お前にかかわるもの全ては死ぬ。それがこの世の摂理だ」
「なら! 何故俺は生きてる!? 何度も死にかけたのに! 何故俺だけが生きているんだ!?」
「――――『黒死』は死を引き寄せる」
真理のような答え。
「・・・・何だ・・・それは・・・」
「巨大な力には巨大な負担がかかる。だが、その力はお前が受けきれるものじゃない」
「それで・・・俺が・・・」
「―――――お前は一人で居るべきだった。お前は一生孤独で生きるべきだった。お前は夜に生きるべきだった。お前が光を求めたばっかりに、お前が光に居ようとしたばっかりに、大切なものに死を引き寄せてしまった」
「・・・・・・・・・俺が・・・・・」
殺した。
「・・・・・・」
天啓はゆっくりと目を開けた。暖かい感覚が神経に伝わっている。見るとリオが自分に抱きついていた。
「・・・リオ・・」
天啓の声を聞いて少しだけ離れる。
「――――良かった・・・目が覚めたんですね。ちょっと待ってください。今、体の傷を治しているところですから」
と、再び身を寄せる。暖かな感覚が全身を包んだ。
「――――ふぅ。危ない所でした。もうすぐ大量出血で死ぬところでしたよ」
天啓から離れると、疲れたように横に腰をおろした。
「・・・・・・俺が・・・殺した・・・・・」
表情暗く、消えるような声で言った。
「え?」
「・・・何故、父さんと母さんが死んだのか・・・・・分かったんだ」
「天啓君・・・?」
「俺は・・・死神だったんだ」
「天啓君」
「・・・・・俺の周りに集まる者皆、死んでしまう・・・・」
「天啓君!」
「俺は! 誰も・・・・・死なせたくなんて無かった・・・・」
天啓の目から涙が流れていた。自分のせいだったのだ。父が死んだのも、母が死んだのも、自分が生きていたから・・・・・自分が死ななかったから・・・・・・俺が生きている限り、俺の周りにいる人間は死んでしまう。黒死は死を引き寄せる。
「・・・リオ・・・。俺を殺せ・・・」
最後の願いだった。自分が死ねば彼女は死なずに済む。
「・・・・出来ません」
リオは静かに声を出した。
「・・・俺は・・いずれ、お前を殺してしまう・・・・・だから、今俺を殺せ・・・」
「出来ません」
「・・・・・頼む・・・・」
「出来ませんよ!」
声を張り上げる。心からの叫びだった。
「何で・・・そんな事を言うんですか・・・・」
震える声でリオは天啓に尋ねる。
「・・・もう、大切な人が死ぬのは、見たくないんだ・・・・だから―――」
と、リオは天啓に抱きついた。
「・・・・あたしは傍にいます。たとえ世界中の人が敵になっても、あたしは貴方の隣に居続けます」
「・・・やめてくれ」
「ですから・・・笑顔でいてください」
「――――――」
その時、天啓の脳裏に二つの言葉が蘇った。
命は皆、同じだ。
いつも笑顔でいなさい。
父さんと母さんが言った言葉の意味・・・・・
「リオ・・・・俺は・・・生きてていいのか・・・?」
言いたかった。そう尋ねたかった。大切な人に―――――
「はい」
「・・・・・・そうか・・・・・生きてて・・いいんだな・・・・」
天啓は涙を流しながら彼女に抱きついた。そんな彼をリオは優しく包み込んだ。
ついに修羅場をくぐり抜け、戦いは決戦へと向かいます。エピローグまで入れて後、五話の予定です。最後までお楽しみください。ではこの辺で。




