記第二説 狂日
「知ってるか? テンケイ」
次の日。嵐道と佐川、天啓の三人は裏庭で昼を食べていた。
全方位、壁と校舎に囲まれたこの裏庭は元々、質の悪い者達のたまり場だったが、佐川と嵐道がそれらの者達を駆逐し、現在は自由の場となっている。
三人とも、コンビニに売られているパンを口に運んでいた。
「何が?」
天啓は、ストローで牛乳を飲みながら尋ねた。
「昏睡殺人事件だよ!」
「昨日、また被害者が出たらしい」
佐川の言葉に嵐道も重ねる。
「ニュースに出てなかったぞ?」
天啓の意見に佐川が自信満々で答えた。
「そりゃー、悪を滅ぼしていたら偶然人だかりが出来ていたんだよ」
「二十五人目。って、野次馬の人たちが言ってたからね。しかも、女性警官だったよ」
嵐道が少し落ち着いて言う。
「また女性? なんか被害者は女の人が多くないか?」
天啓が素朴な疑問を上げた。
昏睡事件の被害者は大半が女性であった。男性の被害者も出ているが、女性に比べれば極端に少ない。
「たしかにね。しかも警官が狙われたことで、街は混乱してたよ。警察の手に負えないんじゃないか、ってね」
「・・・・・・・」
「だが! たとえ警官が臆そうとも、俺達は悪と戦い続けるがな!」
佐川は勇ましく言った。
「本当に殺されても知らないぞ」
天啓は冗談半分で呆れる。
「俺と政治でこの街の平和は守る! 怪物でも何でもかかってこい! まとめて叩き踏み潰してやるぜ!」
立ち上がり太陽に拳を突き上げる佐川。何となく彼自身が平和を損ねているような気がしなくもないが。
「ほぉー。昨日の夜。街でお前たち二人に似た人物を見かけたが、本人だったとはな・・・・・・・」
と、その時佐川の後ろから声がした。
嵐道が視線を送り、天啓が軽く手を上げる。佐川はゆっくりと後ろを振り向いた。
そこには一人の女子生徒が立っていた。
あまり笑ったことが無いような、真面目極まる表情。長い髪を後ろで一つに束ねている。
「ぐわぁぁぁ! 天月! お前! 一体いつの間に俺の後ろに!?」
まるで悪人が去り際に吐く様に天月に言う。
「昨日、買い物に出ていた時に、お前ららしき人影を見つけたが、他人の空にだと思い見逃した。だが、本人達だったとはな・・・・・・」
ゴゴゴゴ。と天月の背後に、目に見えるほどの怒のオーラが現れる。
「ぬぐぅ・・・・」
「ちょっと、まずいね・・・・・」
佐川と嵐道は、明らかにキレている天月を見て後退した。実際、完全無敵と言われているこの二人をここまでひるませる者は天月ぐらいだ。そして、この後はお決まりのパターンである。
「テンケイ! ここは任す!」
「は?」
「いい考えだ、吉良助。天月さん。俺達は気分が優れないので早退するよ」
嵐道は笑顔で言う。
「それじゃあな!」
と、走って行った。
「あっ! まて、こらっ!」
天月は引き留めるが、二人の姿はもう見えなくなっていた。
「やれやれ―――」
天啓は、三人分のゴミを一つの袋にまとめる。
「まったく・・・・あいつ等・・・・」
その様子を見た天月は加勢した。
終わると、天啓は大きく背伸びをする。
「ま、大丈夫じゃないか? 嵐道達は、百人に囲まれても生きてそうだし」
「・・・・・・・。あいつ等もこの街で、殺人事件が起こってる事は、知ってるはずだろう? わざわざ危険な中に飛び込むんだ?」
「色々あるんじゃないか? 嵐道達も、本格的にまずいと思ったら、ちゃんと逃げてるみたいだし・・・・」
天啓はゴミの入った袋を持って歩いて行く。
「・・・・お前はちゃんと授業に出ろよ」
その後ろから天月が言う。
「昨日は早退したから、今日はちゃんと受けるよ」
と、歩き出した天啓はある事を思い出し止まる。
「――――天月」
「――――何だ?」
反対の校舎に向かっていた彼女は振り向く。
「昨日はありがとな。天月だろ? 保健室に運んでくれたのは」
「教室に忘れ物を取りに行ったら、お前が倒れてたんだ。見逃す方が無理だったぞ」
「・・・・・。ま、なんにせよ助かったよ」
天啓は片手を上げながら校舎に入って行った。
その様子を屋上から見下ろすような形で見ている者がいた。
黄緑の瞳に下に居る者達を移している。
風で、コートと、髪が揺れた。
天月は、一瞬、視線を感じ屋上を見上げた。
「・・・・・・・・」
しかし、屋上には誰もいない。風が吹き抜ける。
「・・・・・時間はまだあるな・・・」
そう呟くと、校舎に歩いて行った。
夜。まだ時刻は七時にさえもなっていないと、いうのに外灯が道を照らし、外は深夜のように暗かった。
天啓は暗くなったためか、時折通る車以外は誰もいない道を、外灯に沿って歩いていた。
いつもの道を歩いてアパートに着く。と―――――
「ん?」
アパートの前に昨日、猫を助けた少女が居た。
「・・・・・君は・・・・・」
視線に気づいた少女は、天啓を見た。
「これ・・・かな?」
天啓は部屋に入ると、机の上の本を少女に渡した。上着は後ろのハンガーにかけてある。
少女は本を受け取る。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・。お茶でも飲む?」
沈黙に耐えきれなくなった天啓は、少女に聞くと無言で頷いた。
彼女が来た理由は、昨日猫を助けた時に、間違って自分の鞄の中に本を入れてしまったらしい。天啓も鞄を開けた時に、見知らぬ本が入っていた為、念のため部屋に置いていた。彼女はそれを取りにアパートの前で待っていたそうだ。
湯のみにポットでお湯を入れ、急須に入れる。
「・・・・・誰も・・・・」
少女が声を出す。
「ん?」
「・・・・・・・他には・・・・・・誰もいないの?」
その言葉に天啓は一瞬手を止めた。そして再び作業を始める。
「・・・・・・俺一人だけ・・・・・・」
「・・・・・一人・・・・」
「・・・・・・父さんは、車にひかれそうな俺をかばって、母さんは殺人事件に巻き込まれてね。どっちも小学の頃だったかな」
「・・・・・・・・それから・・・ずっと?」
「親戚の家に引き取られてね。でも、家族で過ごしたこの街がどうしても忘れられなくて、親戚の人に無理を言って、近くの高校に通ってる」
「・・・・・・寂しくないの?」
「時々・・・・・昔住んでた家の前を通ると、悲しくなるよ」
お茶を入れると、少女に進める。
「でも、母さんが最後に、いつでも笑顔でいなさい。って言ったから。弱音を吐いたらなんだか怒られそうでさ」
微笑を浮かべながら言う。
「・・・・・・・・えらい・・・・」
少女はぼそっと言った。
「え?」
一瞬なんて言ったか聞き取れなかった。少女は本を抱えると立ち上がる。
「そろそろ帰る」
「えっ、あ、その・・・・送ろうか?」
天啓は慌てて立ちあがると、少女に尋ねた。
「・・・・・・・いい。外は物騒」
「女の子一人で歩く方が物騒だよ。特に最近は・・・・・・」
上着を着ると、少女とは違うデザインの黒いコートをその上から着る。
「・・・・・・・帰りは・・・あなたの方が危ない・・・・」
「でも、女の子一人で帰るよりも、男一人で帰る方が一応は安全だから」
「・・・・・・・・分かった」
高所。一人の男が、見下ろしていた。街の光はまるで、宝石のようだ。
無駄に明るく。無駄に闇を遠ざけようとする。
だが、どんなに光を濃くしても、闇を完全に塗りつぶすことは出来ない。
それは古より伝わる決めごとだ。
と――――
「ん?」
あるモノに気づいた。懐かしいモノだ。
男は笑みを浮かべた。ポケットから折り畳みのナイフを取り出し展開すると、手首上で勢いよく滑らせた。間欠泉のように血液が飛び出す。地面に黒く色がつく。
「行って来い。仕留められるなら仕留めろ」
まるで呪文のようにそう呟いた。
街。事件が起きているというのに、まるで何事もないように人々は夜を歩いていた。
「・・・・・・・・」
天啓と少女はその街を歩いていた。少女はあまり街に来たことが無いのか、視線をあっちこっちに彷徨わせている。
「・・・・・・・・」
「街に来たことないの?」
尋ねると少女は無言で頷く。
天啓は少女を見る。どうやら色々と初めて見るようだ。無表情ではあるが、新しい物を見るたびにどこか違った雰囲気が出ている。
「・・・・・・・・・・・ここでいい」
ふと少女が言う。
「? 家は近いの?」
「うん」
少女が答えると、天啓は近くの店にあるデジタル時計を見る。
八時十二分。
「そう。それじゃあね」
軽く手を振ると、踵を返してアパートに帰る。
とりあえず、夜飯を食べて、出された課題を済ませるか・・・・・・
と、考えながら歩いていると、後ろから腕を掴まれた。
「え?」
見ると、先ほどの少女である。
「・・・・・・・やっぱり。危険」
「な、何――――!?」
天啓が振り向くと、少女からある程度離れた所に、ナニかいた。
「な、なんだ!?」
「・・・・・・・・・走って・・・」
腕を引っ張り走る。
「とっと、ちょっと!」
足がもつれそうになったが、体勢を立て直し、少女に合わせて走る。
人の間を風のように走り抜ける。少女は、小柄な体つきとは裏腹に、かなりの力で天啓を引っ張っていた。半ば、強制的に走らされていると言ってもいい。
と、不意に少女は止まった。
肩で息をする天啓。元々、発作の関係で激しく運動をするほどの体力はないのだ。
少女は、機敏に辺りを見回す。
すると、再び天啓の腕を掴み、横にある路地に走りだす。
「ちょっと・・・・・そっちは―――――」
聞こえてないのか、天啓の言葉を無視して、路地を走る。
そして、しばらく進むと、巨大な壁が立ちふさがっていた。
「・・・・行き止まりだよ・・・・」
荒れた呼吸を整えながら天啓が言う。ここらで喧嘩をしていたこともあり、路地の道はある程度把握している。
「―――――アレが、来る前に、引き返した方がいいよ」
天啓は、来た道に視線を向けた。と―――――
ガシャ。
ガシャ。
不気味な、そして異形の足音が聞こえた。
最初に見たのは、細く白い棒状のモノ。骨である。指先から、膝までの骨が角から現れた。
続いて、鋭利な曲刀を持った腕の骨。肋骨に、頭蓋骨。完全に角から姿を現したソレは人型であるが、人ではなかった。
天啓は、初めに通りで、見た時は自分の目を疑った。しかし、現実に目の前で骸骨は動いているのだ。
ケタケタ。と、歯を動かし、音を鳴らす骸骨。不穏な足取りで、天啓に近づいて来ると曲刀を振り上げる。
咄嗟の事で、天啓はまるで動けなかった。
と、骸骨と天啓の間に風のように少女が入り込むと、力任せに振り下ろしてきた曲刀を横に弾く。木の枝が折れるように骸骨の腕は砕け、横の壁にぶつかる。さらに反撃の手を緩めず頭蓋骨に拳を叩き込んだ。粉々になって砕け散る。その反動で骸骨の体全体は後ろに倒れた。
しかし、頭部を破壊しても骸骨は、残った腕と足で起き上がろうとする。
「・・・・・・・・・・」
少女はその骸骨に近づくと、肋骨を踏みつぶした。細かい骨の破片が辺りに散る。
骸骨は完全に動かなくなった。
「な、・・・・何なんだ?」
天啓は動かなくなった骸骨を見ながら独り言のように呟いた。
動く骸骨。それを息一つ切らさずに破壊した少女。
目の前で起こっている事をまるで理解できない。
「・・・・・・・・・移動した方がいい。ここは見つかってる」
と、少女は歩き出す。
「――――移動するって・・・・・・俺はアパートに帰るよ」
「ダメ。また襲われる」
「ダメって・・・・・倒したんだろ? だったらもう安全じゃ―――――」
「―――――これは兵士の一人。見晴らしのいい所に出ると、また襲われる」
「っ・・・・」
天啓は、口を閉じた。
「・・・・・・・ごめん」
その様子を見た少女は、静かに謝る。
「・・・・・・そう、面を向かって謝られると、怒るに怒れないだろ・・・・・」
天啓はため息をつきながら答える。
「・・・・。俺は夜月天啓。君は?」
「・・・・・・・霞真理諳・・・」
少女は静かにそう言った。




