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夜光伝記  作者: 古河新後
32/48

記第二十八説 宣言

 「うーん。よく寝たー・・・・・あれ?」


 病室で寝ていた筈のリオは、自分が全く見知らぬ所にいた。古い所々黄色く変色し、ヒビの入った部屋だ。服装も患者服のままである。


 「・・・・どこですか? ここは・・・」


 近くに置いた携帯を取ろうと手を探る。だが、近くには古びた木の台があるだけで何も無かった。


 「・・・・・。まさか! 病院で寝ている間にテロリストに拉致られたのでは!?」


 と、百歩譲ってもあり得ない事を思いつき言う。


 「こうしては居られません! 見張りが戻ってくる前に逃げなくてはっ!」


 いつの間にか見張りが居ると言う設定になっていた。


 リオはコソコソと隠れながら慎重に移動する。と、


 「―――ん?」


 「あ・・・・」


 通路を歩いていたら、正面の角から男が姿を見せた。しかもこちらに気づいている。


 まずい・・・ばれた。リオは瞬時にそう悟った。


 「いた! 人間が居やがった!」


 その言葉を聞いて、リオは瞬間的に逃げる。何か、人体実験されそうな雰囲気だったからだ。


 「逃がすな!」


 後ろから三人ほど追いかけて来る。こっちは病み上がりなのに・・・・


 元の部屋に戻ると鍵をかける。しばらくすると追い付いてきた男達が扉を叩いた。


 「とっととぶち破れ!」


 「馬鹿! 下手に衝撃を与えると建物全体が崩れるぞ!」


 そんな事を扉の向こうで言っている。多少は時間が稼げてるようだが、長くは持たないだろう。


 「今の内に――――」


 リオは外に逃げようと窓を開けた。


 「・・・・・」


 ここはどうやら建物の四階であったようだ。吹き抜ける夜風が涼しく感じる。


 「――って! 浸ってる場合じゃありませんよっ!」


 リオは更に渡れるところが無いか左右を調べる。しかし、隣の部屋に渡れるような凹凸は存在しない。


 すると扉が破られ、三人の男が入って来た。


 「―――あたしピーンチ」


 聖職者の存在はテロリストと言えど知られるわけにはいかない。『アヴァロン』に所属する以上何千年も守られてきた決め事を破ってはいけないのだ。


 「手こずらせやがって・・・・・」


 男はリオを見る。


 「俺が殺るぜ」


 「じゃあ、『魂』は俺がもらう」


 「はぁ? ふざけんなよ。俺が見つけたんだ。『魂』は俺がもらう」


 三人の口論を聞いてリオは一つだけ質問した。


 「あの〜。貴方達は、『死人』ですか?」


 「―――ああ? なんだ? 知ってんのか?」


 今話し中だろうるせぇ。と言う風に男はリオを睨むと口論を再開する。


 「――なーんだ。余計な心配しちゃったじゃないですか・・・・・」


 リオは『私式空間』から桜臨を取り出すと、瞬時に抜刀する。


 「!?」


 その様子を見て反応した三人の内二人は刀の範囲外に逃げた。一人だけくらった男は、体が半分に分かれて塵となる。


 「おい! こいつまさ―――――」


 距離をとったのも束の間、P220で頭を撃ち抜かれた。


 「くそっ!」


 男は部屋から逃げるように去って行く。


 「死人・・・・・」


 リオは逃げて行った死人を追撃しなかった。それよりも何故こんな状況になっているのか探る必要がある。


 「・・・・・・」


 銃は残弾の事を考え、桜臨を主体に戦う事にした。鞘に入れて慎重に進む。


 そして、正面の通路から悠々と歩いてくる一団があった。手には、刀や槍などを所持している。


 「居たぞ!」


 一人が自分を見て指さす。


 「あいつか!」


 今度は背後から声がした。身体を横に向けて正面に気を付けながら後ろを一瞥する。


 同じような武器を持った男達が、リオから少し離れた位置で止まる。


 「・・・・・・」


 数は見ただけで、合わせて十くらいかな・・・・・・


 警戒しながら、そんな事を考えていると、男の一人が口を開いた。


 「あんた・・・・ハンターだろ? 何でハンターがここにいるんだ?」


 「―――それはあたしが聞きたい質問ですよ」


 まだ鞘から抜かずに柄に手を置いた状態でそう言った。


 「―――――望んで来たわけじゃないか・・・・・どこまで本当かは分からないが、ここで死んでもらう!」


 それが引き金となり左右から一斉に襲いかかってくる。


 「―――やれやれ。女の子相手にその他大勢ですか・・・・・」


 リオは抜刀した。しかし、狙いは死人達ではない。


 切り裂かれたのは横の壁だった。切り崩れるのと同時にリオは外に跳び下りる。


 「古いとは言ってもコンクリートを切り裂くとは・・・・・」


 と、追いかけようとしたその時、何かが転がっているのに気が付いた。


 「―――――!? これは!」


 落ちていたのは手榴弾であった。次の瞬間、爆音と共に下の木に引っ掛かっているリオに風圧が襲う。

 

 「・・・・・ふぅ」

 

 灰色の煙を吐き出している建物を一度見る。どうやら古い病院だったようだ。


 リオは落ちないように木を下り始める。今の爆発で何が寄ってくるか分からない。


 地面に足を付けると、病院を囲っている塀に沿って入口まで移動する。


 すると、入口に一人の人間が居た。黒いストレートの髪に和服を着ている自分と同じくらいの小女である。先ほどの爆発を見てやって来たのだろう。


 「――――どうも」


 こちらに気づき、丁寧にお辞儀をした。


 「―――あ、こんにちは」


 リオもつられてお辞儀をする。殺気や敵意は感じられない。どうやら一般の人の様だ。


 「貴女はこの病院の患者さん?」


 和服の少女が丁寧に尋ねた。


 「―――いえ・・・あたしにも何が何だか分からないんです。気が付いたらここに居たみたいで・・・・・」


 「そう・・・・」


 「――――ここがどこか分かりますか? えーっと・・・・・・・」


 「白士です」


 少女はリオが何を知りたいかを悟ると、すぐ答えた。


 「あ・・・・・・あたしは李桜です」


 「リオさん・・・・ですね」


 「はい。・・・・・・失礼な事を聞きますけど、白士さんっていくつですか?」


 その質問に白士は少し笑みを浮かべて、


 「十七です」


 「あたしと同じですね。それじゃあ、ハクンって呼んでいいですか?」


 「え・・・・あ・・・はい」


 少し驚いたように答える。


 「その代り、あたしの事はリオでいいですからねっ!」


 リオが向ける笑顔に白士もつられて笑みを浮かべた。


 「―――それで、リオは何故ここに?」


 白士が質問する。


 「あたし、大怪我を負って入院してたんですけど、起きたらこんな所に居たんですよ」


 「・・・・・。リオは寝る前に何かしませんでしたか? 窓を開けて寝るとか」


 うーんと就寝前の事を思い出す。そう言えば、暖房が効き過ぎて窓を全開に開けて寝た記憶がある。


 「あ―――りますね・・・・・」


 「―――そうですか。私は街を歩いていたら、突如起きた光に呑みこまれて気が付いたらここに居たんです。もしかすればリオもそれに巻き込まれたんじゃないんですか?」


 「うーん。あたしは寝る前の事をあまり考えませんからね・・・・・」


 話していると、異質の気配を感じ取った。


 そちらに視線を向けると、二人の男が歩いて来る。


 「二匹だ。しかも二匹とも女」


 「――――マジかよ。俺、今年の女難は最悪なんだよね」


 そんな事を話しながら一定の距離で止まった。


 まずい。リオは事態の深刻度を再認識する。彼女がいたら戦う事が出来ない。かと言って、自分が引き付けるにしても二人ともこちらに来る可能性も低い。どちらか一方は確実に彼女に行くだろう。


 「んじゃ、一対一ってのは? さすがに人間の女には殺られねぇだろ?」


 「―――そこまで来たら、俺は終わりだな」


 と、男の一人が白士を指差すと、彼女の姿がゆっくりと透明になって行く。


 「!? ハクン!」


 何が起きているか理解できない白士にリオが声をかける。


 「私は・・・・大・・・夫・・・貴女は・・・・逃げて・・・・」


 そう言うと、完全に姿が消えた。


 「それじゃ、俺はあっちを殺るぜ」


 指をさした男は、白士と同じように姿が消える。


 その場にもう一人の男とリオだけが残された。


 「――――さて、ちゃっちゃと終わらせるか」


 何かを指で操るように引くと、闇の中から二体の傀儡人形が現れる。細身で手足の長い傀儡と、ゴツイ外見の傀儡だ。各所の部分に暗闇でも目視できる白い糸が男の指先から延びていた。


 「・・・彼女をどこに・・・・?」


 残った男に真剣な口調で静かに尋ねる。


 「―――心配すんな。少なくともこの島のどこかだ。それより自分の心配をしたらどうだ?」


 カラカラと笑う細身の傀儡が突撃して来た。そして、腕が折曲がりそこから仕込み刀が鋭利な刃を見せる。


 だが、瞬時に取り出した桜臨に受け止められると、傀儡は切り返したリオの斬閃でバラバラになって中に地に落ちた。


 「!? ――――『食い人』が一撃で・・・貴様・・ハンターか!?」


 桜臨を男に向ける。


 「―――説明してもらいましょうか。今起こっている事を」


 リオは睨むような視線を男に向けた。





 次に白士が見た景色は、辺りに何もない場所だった。


 コンクリートで造られた床に、少しだけ強い夜風に長い髪と服が靡く。髪を押えながらどこに居るのか視線を彷徨わせていると、目の前に先ほどの男が現れた。


 「よう」


 「どうやらここは、どこか高い場所の様ですね」


 「この島で一番高いビルの屋上さ。ま、高いと言っても八階建てだがな」


 男は懐から、銃をとりだす。


 「―――その銃で私を殺す気ですか?」


 全く恐れの無い白士の声。むしろ落ち着いているようにも聞こえる。


 「そうさ簡単な事だ。この人差し指に力を少し入れるだけで、お前はあの世行きだ」


 「――――そうですか」


 その時、男は引き金を引いた。音速で撃ちだされた弾丸が白士に襲いかかる。


 しかし、弾丸が白士に触れた刹那、音を立てて弾き返された。


 「・・・・・・・・」


 防弾ベストでも着ていたか。標準を身体から額に変えると、再び発砲する。


 だが、同様に当たった瞬間、あらぬ方向に飛んでいく。


 「!? どういう事だ!」


 男が白士に叫ぶように言った。


 「――――誓約、第七条―――異端者を統轄する『王なる者』は、他の『王』の配下と戦闘する事は禁じられている」


 「何を・・・・言ってやがる」


 淡々とした白士の言葉に男は困惑する。『王』だと・・・・・こいつは何を言っている・・・?


 「――しかし、例外として、他の配下が交戦を仕掛けてきた時は正当防衛として、反撃は可能とする」


 男は、カードリッジを入れ替えた。正面からの攻撃はこいつに効かない。なら、そこ以外から攻撃するのみ。


 再び発砲する。すると、飛んでいた弾が消えた。そして、白士の左右と背後から弾が現れる。


 「これを防げるかぁ!?」


 しかし、今度は彼女に触れる前に、破裂するように粉々に砕けた。


 「な・・・・」


 「いかに能力を駆使しようと、太古より生きる私達を倒す事は出来ません」


 ゆったりとした足取りで白士は近づく。


 「くっ・・・・」


 続けて発砲と同時に、能力を使い変則な場所から弾を浴びせかける。だが、その弾は彼女に届く事はなく次々と砕け散る。


 「そんな物では、無理ですね」


 次の瞬間、銃が細切れにバラバラになる。


 「!」


 続けて銃を持っていた腕も切り込みが入ると切断された。


 「・・・・くそ・・運がねぇ・・・」


 それはつたる様に、体全身に行き渡ると男は血を流しながらバラバラになり、塵となった。





 リオは桜臨を両手で構え、横に寝かせながら間合いを計っていた。


 「ハンター・・・・・なかなかの力量を持っている。まさか師匠直々の製作『食い人』を一撃で壊されるとはな」


 男は残ったもう一体の傀儡を自分側に寄せる。


 「傀儡・・・。ずいぶん古い武器を使いますね」


 「―――ついた師匠が問題でね。今となっては感謝してる」


 「上呪九死『傀儡師』。の事ですね」


 「・・・・・良く知ってるな。お前はハンターの中でも実力がある方だな?」


 「―――一度戦った事がありますからね。一体一じゃありませんでしたけど」


 「そうかい」


 ギギギ、と音を立てて傀儡が前に屈む。肩が開くと、そこから針が発射された。


 リオは横に避けてそれを回避すると、両手で持ったまま高速で男に接近する。


 「甘めぇ!」


 男の声と共に傀儡が動き、腕を払うと扇状に針が飛ぶ。


 横には避けられない。リオはそう判断すると、針の当たらない前に向かって跳躍する。


 ドドド! と飛翔しているリオに雨のような針が襲いかかった。


 「空中で動けるか!?」


 飛んでくる針の中で、自分に当たる針を見極めると、近い物から全て弾きとばす。


 「!?」


 リオは男の背後に着地すると桜臨を両手で持ち、力強く斬りつける。


 だが、一瞬で割り込んできた傀儡にその一閃は受け止められた。


 硬い。まるで岩を切りつけたような鈍い音が耳に届く。


 至近距離で傀儡の胸が開くと針が飛び出す。


 「っ!」


 リオは伏せて避わした。更に体の一部が開くと立て続けに針が飛び出す。続けての攻撃に一旦後退する。


 「逃がすか!」


 ドドドと、再び雨の様に針が襲い来る。自分に当たる物を弾くが、いかんせん数が多い。


 弾くのを止めると、近くの木の陰に身を隠す。弾き損ねた針が数本、腕に刺さっていた。


 「どうやら喰らった様だな。この針には一本一本に猛毒が塗ってある。数分であの世行きだ」


 男の言葉は木の裏側にいるリオまで届く。毒・・・・・道理で能力を使っても、何か違和感が在るはずだ。攻撃の属性が分かれば、治癒法はいくらでもある。


 集中。見えている傷ならば簡単に治す事が出来るが、内部に広がる毒素となれば、違った形で治癒しなければならない。


 毒は既に血管を取って、体のどの部分まで浸食しているか分からない。最終的な出入り口である心臓から傷のある腕の血管内に集中し、反対に意識を進める。

いた。


 血管を道路のように進行している毒を捉えた。それだけをその位置で止めると、能力を強く集中させ握りつぶすようなイメージで全てを解毒する。


 意識を元に戻すと、どっと疲れが来た。そして腕の傷を見る。止血は済んでいるが、皮膚の治癒は出来ていない。服の一部を破くと、そこに巻きつけた。


 「・・・・・・」

 

 全くこちらが動かないのに対し、敵が攻めてこない。大方、自分が身動きが取れないと思っているのだろう。もしくは、毒で死ぬのを待っているかだ。

 

 「厄介なのはあの傀儡ですね。どうにかして引き離せれば――――――」

 

 と、リオは慎重に戦おうとしている自分に気づいた。

 

 何を考えている?

 

 人を超えた戦いに、慎重などと言う考えは死ぬ者の考える事だ。慎重になれば警戒し、咄嗟の判断に困惑する。ただ、目の前の敵を排除するだけ。その事だけを頭に残し敵を―――――

 

 リオは木の蔭から飛び出す。

 

 「解毒剤でも持っていたようだな!」

 

 予測していたかのように針の雨が再び襲い来る。

 

 斬る!

 

 その時、リオの姿が加速した。

 

 「えっ?」

 

 次の瞬間、男が見たのは、傀儡ごと斬られた自分の下半身だった。

 

 「ハァ・・・・・ハァ・・・・・」

 

 ドサっと上半身が地面に落ち、残った下半身の断面から鮮血が吹き飛ぶ。その後ろでリオは桜臨を杖代わりに使い、荒く息を吐いていた。

 

 「あー、参ったねぇ〜」


 ピキピキと、消滅していく感覚を確認しながら言葉を漏らす。


 「―――――残り短い生を更に短縮されたくなければ、答えなさい」


 既に戦闘能力が残っていない男に銃を向ける。


 「――今の俺に脅しが効くと思うか?」


 「・・・・そうですか」


 トリガーに力を入れた。


 「・・・分かったよ」


 男は一息置いてしゃべり始める。


 「――――俺達死人はただの引き立て役だ。お前さんが建物で殺した死人は、ただの雑魚。街に居た死人に協力を求めて付いてこさせた奴らだ」


 「――――この状況に意味はあるんですか?」


 「―――上呪でない俺は詳しくは知らないが、この状況でないと不可能であるらしい」


 「何が?」


 「――さぁな。ただ一つ言える事は、ここはあっち側の世界って事だ」


 「・・・・ロスト」


 リオはぽつりと呟く。


 「―――ようやく理解してきたか?」


 男は苦笑しながら言った。


 「『創造者』・・・大したものだよ。こんな事、奴意外には思いつきもしなかった」


 と、男の声が小さくなって行く。


 「最後に一時の生をくれた礼にいい事を教えてやる。この過ぎたゲームには、上呪が二人参戦している。『回天王』と『炎塵』・・・・・聞いた事はあるだろ?」


 「・・・・・・・」


 「そろそろだ。もっと詳しい事は、その二人に聞くといい。先に地獄で待ってるぜ。ハンター・・・・・・・」


 サァァァと空気に溶けるように死んでいく男に向かって、


 「地獄には行きませんよ。私は―――いえ、私達は、貴方達全てを倒します」





 夜の森。不気味に佇む木々の中で、二人の男が対峙していた。


 二人とも、古びた中世の鎧を着、一人は腰に、もう一人は、腕に剣を持っている。


 「まさか本当に居るとは思わかなったぜ。パーシバル」


 腕に洋剣を持っている男が答えた。


 「・・・ガへリス」


 パーシバルは鋭い目つきで、『裏切りの騎士』を捉えていた。

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