記第二十七説 初戦
2008年。12月27日。
突如、人で賑わう夜の街を巨大な光が覆った。確認したところ発生源は様々な施設内から不審な光が上がり、街全体を飲み込んだ。僅か数分足らずの時間だったが、光が消えると街に居た人のほとんどが行方不明になっていた。この情報は建物内におり、光を浴びなかった者の詳言である。
アヴァロン日本本部。鹿児島。
電話が鳴った。事務作業をしていた男はペンを持ったまま左手で受話器を取る。
「―――俺だ」
『特佐から緊急の連絡です』
「繋げ」
一秒と待たずに会話相手が変わる。
『―――私は調査第七管理部。支長の鎖気野だ』
「SAR隊長、灰原」
『――――三時間前に伊豆諸島の最南端の島―――青ヶ島で巨大な『反転陣』の光反応が確認された。これに伴い東京支部は複数の『聖職者』と調査団を派遣。しかし、陣の作用か突然現れた敵に成す術もなく撤退を余儀なくされた。そこで、SARを調査戦力として派遣する許可を承諾。大至急こちらへの出動を願う』
「了解した。三日でそちらに着く」
『助力の承諾を感謝する』
電話が切れる。
「失礼します。隊長」
と、二人の男女が入って来た。
「―――――北海道のテロリストの弾圧を終了しました。隊長の推測通り、奴らは『死人』と組んで『聖職者』を排除していたようです」
男が報告いる。
「ご苦労。これから俺は任務へ出る。お前達はどうする?」
「隊長自ら出られるのですか?」
女が慣れない敬語で不思議そうに言った。
「――――人手不足だ。五十鈴とリオが居ない以上、お前達ばかりに負担をかけるのは得策ではない」
「―――なら俺も行きますよ」
「じっとしているのは、性に合ってないんでオレも行きます」
男と女はそれぞれ答える。
「なら、戦闘準備を整えろ今から二時間後に出発する」
「・・・・・何だったんだ・・・・一体」
天月は頭を押さえながら気を取り戻した。頭痛がする。気を失う寸前の記憶を探った。あの光を受けたまでは覚えている。だが、それから先のを覚えていない。
「目が覚めたかい?」
声がした方を見た。眼鏡をかけて、よれよれのシャツを着た中年の男が座っていた。
「・・・・・・ここは?」
「―――町外れの古びた診療所だ。君は道路で倒れていたんだ」
「・・・道路で・・・」
「ああ。その様子だと君は『説明』を聞いていないようだね」
「説明?」
天月の質問に男はたどるように話し始めた。
「っ・・・・・」
男は光を受け入れるようにゆっくりと瞼を開いた。同時に頭痛に襲われる。
周囲を見渡すと廃墟となった民家や店など、何年も放っておかれている廃町であるようだ。他に自分と同じように倒れている人たちが多数いた。
それぞれが気を取り戻し起き上がり始める。
他の人たちも頭を抱えながら起き上ると現状を見て声を上げた。
自分達は街に居たはずだ。視界が妙な光に包まれた途端に気を失った様で、気がつけばまるで戦争にでもあったかのようにひどく滅びた街に居た。
一体何が起こったのだ?
頭痛も治まり倒れていた人たちが次々と起き始める中、男はまだ回りにくい頭で現状を考えた。
すると、どこからか声がした。
『おはよう。諸君』
「?」
マイクから聞こえる様な声に全員そちらを向いた。
視線の先には煙の様なモノが一定の高さで雲のように集まり巨大な四角形を作っていた。どうやらそこからの声らしい。
まじまじと見ていると今度は鮮明に映像が映り始める。そこには一人の男が映っていた。
『此度の招待客に画面越しでの会見をお詫び申し上げる』
冷静な口調で喋っている男に、質問が問われる。
「私達の身に一体何が起きたんだ?」
大勢の中の誰かが言った。
『――――君たちは今宵、選ばれた素晴らしい者達だ。これより君たちは、ある者達と戦ってもらう』
「はぁ? じゃあ、犯罪者でも捕まえるってか?」
近くで映像を見ていた若者の一人が言った。
『――――理解が早いな。だが、捕まえるのではなく、その者達と戦う――――つまり殺し合うと言う事だ』
その言葉にどよめき始める。
「どういう事だよ! 殺し合うって・・・・武器も何もねぇじゃねぇか!」
『武器なら廃墟の中に私が用意しておいた。君たち約五百人分の銃火器をな。いくつ持って行っても好きな物を取っても結構。数に制限は無い』
「そうゆう問題じゃねぇよ! 何の為に俺達が殺さないといけねぇんだよ!」
『―――先ほども言っただろう。今宵に選ばれたのだ。それに君たちは運がいい。敵の数はたったの五十人。君たちの十分の一だ』
「ちょっと待ってくれ」
そこで男が声を上げる。
「まだ、大事な事を聞いていない。ここはどこだ?」
『――――遥か遠くの島とでも言っておこうか』
「なら、私達は元居た場所に帰れるのか?」
『――――少しルールの説明と行こうか。先ほども言ったように、君たちはこれから武器を持って、ある者達と戦ってもらう。殺し方は罠にはめようが、集団で一体を狙おうが君たちの自由だ。君たちか相手のどちらかが全滅するまで戦いは終わらない。そして、君たちが勝った時に生き残っていた者は倒した敵に応じて得点を与えよう』
「――――得点?」
『百点につき、一つだけ何でも願いを叶える。巨万の富、元の場所への帰還、死者蘇生。何でも叶えよう』
「マジかよ・・・・・何かのドッキリじゃねぇの?」
若者がふと思った事を言う。
『―――どう思おうが君たちの自由だ。だが敵は君たちの命を狙って来るのは確実だぞ。私はあくまで、生き残った者にそれ相当の価値があると言っているのだ』
辺りがざわざわとざわめきだす。相談する声や半信半疑の声もあった。
「・・・・私達の戦う敵は?」
『――――君たちの戦う敵は、君たち自身が見つける事になる。武器の他に、敵の位置が分かる探知機と、暗闇でも明るく見えるゴーグルに、自らの身体能力を倍近くに増幅させるユニット装置がある。ゴーグルは持って行った方がいい、常に『夜』だからな。ユニット装置も小柄でいくらでも持ち運び出来るが、二つ持ったからと言って力が四倍になる訳ではない。そこら辺を認識の上に戦ってもらいたい』
いつの間にか淡々とした説明を、皆黙って聞いていた。
「・・・・・・・」
『まだ質問があるかね?』
授業の終わりに質問を尋ねる先生の様な口調で男が言う。
「最後に一つ。あんたは誰で、なんでこんな事をする?」
『――――その質問は百点を取った時の特典としておこうか。全てを知りたいのなら、敵を倒し生き残る事だ』
「・・・・・・・」
『それでは今から三時間後に、戦闘の開始と行こう。それまでに色々と準備を済ませておくといい』
次の瞬間、散らばるように煙は空気に溶けて行った。
「・・・・・・・」
なんと言う事だ。創造者の狙いはこれだったのだ。一部の隔離された場所に大勢の人間を転移させて、『死人』と戦わせる。数はほとんど関係がない。死人は一人で百人近い力を持っている。聖職者ならまだしも、彼らは一般人だ。全滅は確実である。
「―――君は学生のようだね。とても大きなコートを着ていたけど、学校帰りだったのかい?」
「・・・・・はい」
天月は近くにかけてあるコートを見て小さく返事をした。大きな混乱を避けるために一般人には『異端者』の存在を教えてはいけないのだ。それは、『アヴァロン』が人々を守るために定めた事である。
「そうか・・・・不運だったね」
「・・・・・・・」
「――――私の名前は、近堂よろしく」
「・・・天月五十鈴です」
その時、頭にハチマキを巻いた男が部屋に入って来た。
「ドクター。彼女の様子は?」
「―――丁度目が覚めたよ」
銃を肩に掛けている男は、
「――木原だ。よろしくお譲ちゃん」
「―――どうも」
ぺこりとお辞儀をする。
「―――ドクター。そろそろ時間ですから、彼女にも診療所の事を色々と説明しておいた方がいいんじゃないですか?」
木原の言葉に近堂は、
「そうだね。天月さん。皆に君の事を自己紹介しよう。もう立てるかい?」
天月は一度返事をすると立ち上がり、二人の後で部屋を出た。
向こうの部屋は程よく広くなっていて、四人の男が椅子や床などに腰をおろしていた。全ての者が武器を持っている。
「彼女は天月五十鈴さん。学生だ」
近堂が分かりやすく要点だけを説明した。そして他の者達もそれぞれ自己紹介する。
「左藤開地。フリーターだ」
銃を点検しながら口だけで最小限の自己紹介する。
「久利野樹五です。職業は・・・居酒屋をやっています」
中年の男が弱気な口調で言った。
「俺は久遠雅紀。漁師だ! なんか知らんが、餌の買い出しに来たらこんな所に来てしまった。ここは何処だー」
何かこのノリ佐川に似てるな。と、天月は思った。
「木野新里。元自衛官。今は退職している」
少し白髪の交じった初老の老人が、きびきびとした口調で言う。
「んじゃ、次は俺で。木原尚也だ。職業はトラック運転手。よろしく」
ユーモアを聞かせて言った。
「―――私は近堂英助、医者だ。気分が優れない時や怪我をした時には遠慮なく言ってくれ」
最後に近堂が言って自己紹介を終える。
「それでは天月さんはどこか近くに座って」
天月はトコトコと近くの椅子に腰かけた。
「現状を確認しよう。既に『説明』が終わってから四時間が経過した。今のところ探知機に敵と思われる者達の反応は無い。だが、油断は禁物だ。あちらこちらで銃声が聞こえる以上敵が居るのは確実だろう。皆気を抜かずに――――――」
その時、探知機を見ていた久利野が声を出した。
「近堂さん。反応が迫ってます」
「! 数は?」
皆、慌てて久利野を見る。
「―――ええっと・・・・四・・五・・・五つです」
「木野さん。皆に指示を」
「分かった」
「―――天月さん。君はさっきの部屋に居てくれ」
近堂は、机に置いてある一丁の銃を手に取る。
「――――それと、銃は使った事が無いかもしれないけど、護身用に持っておくといい」
自分が聖職者と言う事を、彼らに知られる訳にはいかない。それに自分も戦うと言っても冗談だと思われ、止められるだろう。犠牲が出る時は冷酷になれ。ふと、おじさんの言葉を思い出す。天月は無言で銃を受け取ると、言われたとおりに元居た部屋に戻った。
「あれか?」
少し坂道を上った所に診療所を発見した男の内一人が、尋ねるように他の仲間に話しかけた。
「ああ。人間共が居る。間違いない」
「――数は?」
「感じるだけだと七人。殺しがいがないな」
「喰い放題なんだろ? 『創造者』さんもそう言ってた」
三人目の仲間が歯を見せて笑う。
「――他の奴らに取られない内に殺っちまおうぜ」
四人目がそう言うと男達は警戒する様子も無く診療所に歩み寄る。
「窮鼠猫を噛む・・・・・。油断するなよ」
男たちとは雰囲気の違う五人目の男が電信柱に寄りかかり、腕を組みながら言う。
「大丈夫っすよ。緒方さん。相手は人間。あいつらの持ってる武器なんかじゃ俺達は―――――」
次の瞬間、話していた男の眉間に穴が開くと、そのまま倒れた。
「まず一人だ」
木野は自身が選んだ狙撃ライフルのトリガーを手前に引くと、空薬莢を吐き出させる。
「! 何をしているんですか木野さん! 彼らは人間ですよ! 殺す必要なんて―――――」
近堂が声を荒げて言う。
「ドクター。あんたの仕事は人を救う事かもしれないが、私の仕事も人を救う仕事だった。一人でも早く敵を殲滅すればそれだけ被害が最小限になる」
「しかし! 彼らは武器も何も持っていなかった。これは一方的な虐殺ですよ!」
「なら聞くが、一体どうすれば良かったんだ? 敵は私達を殺しに来る。殺されてから、そのような事が言えるか?」
と、二人が口論していると、木原が口を開く。
「――――二人とも・・・・あれを見てくださいよ・・・」
それほど大きな声ではなかったが、その神妙な口調に二人は窓から先ほど木野が撃った男を見た。
「くそっ! 痛ぇ! 畜生が!」
一度倒れたが、高速再生で男は再び立ち上がった。
「バーカ。油断してるからだ」
「お前が殺られてどうするんだよ。アホ」
「情けねぇな」
他の者の意見に青筋を立てる。
「うるせぇーよ! てめぇら!」
激しく怒鳴ると診療所を見直した。
「奴ら・・・・ぶっ殺してやる!」
尋常でない殺気を纏いながら診療所に近づく。その後に面白そうに残りの三人も続いた。
「――――猫に殺されるなよ」
その様子を緒方は、その場を動く様子も無く眺めていた。
「おいおい。どうなってんだ?」
あり得ない出来事を見て木原は、夢かと思い頬をつねった。
「馬鹿な・・・完全に頭を撃ち抜いた筈だ・・・・・」
木原よりも、あり得ない表情をしている木野は再びライフルで、近づいてくる男たちを狙う。
銃声が轟き、弾丸が音速で飛ぶ。しかし、狙っていた男の一人は体を少しだけ屈め、弾丸を避けた。
「!?」
「―――冗談だろ!?」
驚く二人の横で左藤と久遠が、窓からマシンガンの銃口を出し男達に発砲する。
連続した射撃音が鳴り無数の弾が襲いかかった。
だが、男達は二手に分かれると、弾を回避する。
「くそっ!」
「うおおお! くらえくらえくらえ!」
左藤と久遠が当たらない敵に対して更に射撃を加えるが、当たる様子は微塵も無い。
男達は正面からの侵入を諦めたのか、建物の左右の側面に姿を消した。
「まずい! 誰か裏口に――――――」
左藤がそう言った瞬間、横の壁が吹き飛ぶ。
「よう。猪口才なマネをしてくれたなぁ」
破壊された壁の向こうには二人の男が佇んでいた。
「・・・・・・静かになった」
目覚めた部屋で言われたとおりに、待機していた天月は隣の部屋でうるさいほど、聞こえていた声と銃声が聞こえなくなったので、『私式空間』の確認をした。
『私式空間』とは、単独任務の可能な実力を持つ聖職者に与えられる四次元空間の様なもので、大概の者はその中に自身の武器や任務に必要な装備などを、異空間に収納する。そうする事で、いつでもその時に必要な武器を取り出す事が出来るのだ。武器だけに限らず、衣服や食料なども収納できるが、多ければ多いいほど、いざと言う時に取り出したい物を取り出せないと言う欠点がある事から、ほとんどは持ち運びに不便な武器を収納するのに使われていた。元々人間は三次元の生物だが、四次元にも干渉出来ると言われている。
少し集中する。転送の影響は無く、武器は全て正常に収納されている。問題はない。
その時、横の壁が吹き飛んだ。
「居たぜ。一人だけだ」
「なんだ。あっちが当りかよ」
そこには二人の男が詰まらなそうな表情をして立っていた。
天月は瞬時に一丁の銃を取り出す。
ウィンチェスターM1897。
装弾数五発。
全長985mm。
元は、M1893を改良し、問題点を克服した、ポンプアクション式の散弾銃である。ただ、通常のモノとは少し異なり、細長い銃身には安定させるように器具が取り付けられており、全体的に外見も変わる様に改良されていた。
「おい。見ろよ。銃を持ってるぜ」
「―――可愛いねぇ。あれで俺らと殺り合う気か」
引き金を引く。次の瞬間、炸裂するような音と共に、二人の内一人の頭がスイカのように吹き飛んだ。そのまま反動で体も後ろに倒れる。
「ハッハ。何死んでんだよ」
まるで楽しむように残った男が、頭を吹き飛ばされた相方を見た。
本来ならば再生が始まり、体だけでも起き上がるはずだが、その気配は全くない。それどころか、ひびが入るように肌に亀裂が入ると、広がり塵となった。
「!? てめぇ! 何しやがっ――――――」
残った男が振り返ると、そこにはウィンチェスターを片手で眼前に構えている天月の姿があった。
「―――ちょっ、ちょっと、待――――」
再び広大な音が部屋内に響き渡り、顔の上半分が吹き飛ぶ。
「――これで二か。数は最低でも、あと二人は居るな・・・・・」
塵となっていく死体を一瞥すると、掛けてあるコートを取り、『私式空間』に入れた。どうやら、着ない方が相手は警戒しないようだ。
ポンプアクションで装填を行い、扉を蹴り破る。
隣の部屋には予想道りに二人の死人が居た。他に壁に刻まれている大量の弾痕と、先ほどまで話していた人の死体もあった。
「―――あ? あいつら何やってんだよ・・・・・」
扉から出てきた天月を見て近い男がめんどくさそうに言う。
天月はウィンチェスターを直す。そしてトカレフを取り出した。
「!?」
その様子を見た男は瞬時にハンターと悟ったが、それより早くトカレフが火を噴く。
「ぐわぁぁぁ!」
再生しない攻撃に両足を撃ち抜かれ、前に倒れる。
「―――野郎!」
少し離れたところに居た、もう一人の男が天月に襲いかかった。
狭い部屋をうまく利用してかわし続ける。そして、僅かな隙をついてトリガーを引く。
片足に当たり、体制を崩す男。更にもう片方の足にも弾丸を叩きこむ。
「くそっ!」
完全に身動きが取れなくなり後ろに倒れた。
天月は、トカレフをしまうと、正面の入口に向かう。その際に手榴弾を取り出し、ピンを抜くと後ろに抛った。
診療所を出た次の瞬間、窓や壁に空いた穴から爆炎と煙が噴き出す。
燃える建物を背に少しある段差を降りると、電柱に寄り掛かる緒方が居た。
緒方は片手にトカレフを持った天月を見る。
「―――たった一人で、人間じゃ到底敵わない死人を四人も殺すとは・・・・お前は一般人じゃないな?」
「・・それに答える必要はない。お前は上呪か?」
「『候補』の一人さ。『上呪二十三死』は大きな『戦争』が起きれば、欠ける者は少なくない。その為の補欠みたいなものだ」
「―――つまりは数合わせの補充要員か。『死人』も、たかが知れているな」
「何と言われようとも結構。俺達にとってやるべき事は『霊王』に仕えることだ」
「―――私のやるべき事は、貴様ら『死人』を地獄に送る事だ」
再びウィンチェスターを取り出し最後の一発を撃つ。
「古よりの事柄だな! ハンターと死人は殺し合う運命にある!」
緒方は一瞬電柱の陰に姿を隠し、やり過ごす。
高速で次弾を一発だけ装填すると再び構える。その時、電柱が前に倒れてきた。
「っ・・・・」
構えを解くと、その場を飛び離れる。
「――――相手の能力を知らずに戦うのは辛いだろ?」
視野に捉えられない闇の中から緒方の声がした。
視界を右左に彷徨わせていると更に近くの電柱が倒れて来る。
「・・・・・・」
天月は次々と、倒れて来る電柱を避けながら闇の中にいる緒方の気配を探った。しかし、倒れる電柱のせいで中々見つけだす事が出来ない。上呪ではないとは言え、それ相当の立ち回りは出来るようだ。
「―――――仕方ない」
天月は、辺りに人が居ない事を気配で探ると能力を発動した。
岩鉱物操作。それが緒方の『死人』として身に持っている能力であった。
人の造る強固な建物には必ず鉱物が使われる。基本的に屋内戦では操るのは鉄だが、屋外では鉄よりもコンクリートの方が破壊に適している。自然環境では岩などを駆使する事が出来るため、姿さえ発見されなければどのような相手でも負ける事はない。人は無意識の内に強固な物で自らの住居を造れば安全だと思っているらしい。だが、それは緒方からしてみれば弱点だらけの藁の家だ。
今もそうだ。電柱はコンクリートで出来ており、その強度を保つために鉄筋を含ませている。その何トンも重量がある電柱は、ハンター一人を潰すのに十分すぎる武器であった。
その時、死角から倒れた電柱がハンターに襲いかかる。
「!?」
一瞬の反応を見せ、なんとか避けた様だが片足が潰されていた。
「終わりだ! ハンター!」
倒れている電柱全てを浮かせると、そこに一斉に投下させる。
その衝撃で一瞬辺りが揺れた。
緒方は身を隠していた民家の陰から投下した場所に歩み寄る。そこには細い方手のみが瓦礫のように積み重なっている電柱の一番下から大量の血と一緒に流れ出ていた。
「こんなものか? ハンター・・・・」
潰れている死体を見ながら笑みを浮かべて言う。
「お前の負けだ」
その時、背後から声がした。緒方は弾かれるように後ろを振り向くと、そこには潰したはずのハンターが立っている。
「―――な!? 馬鹿な! 貴様は――――」
再び瓦礫を造っている電柱の山を見る。その一番下には死体も何も無かった。
「一体どうやって―――――」
疑問を感じている緒方に天月はトカレフを発砲する。
「ちぃ!」
瞬時に動き、電柱の山に姿を隠す。避けきれず左腕に当たっており、弾痕を中心に白く変色していた。
「くそ・・・・」
一部の武器、弾薬を聖水で加工する事で、それらの武器を対異端者破壊武器に変える。だが、そこから徐々に浸食する訳ではなく、投与量が少なければ、こちらの再生力が勝り二日ほどで完治する。完治期間は当り所によって異なるが、人体の急所に当たると、それは死と同じであった。その為、異端者は『聖職者』を恐れ、『アヴァロン』を警戒する。特に『死人』は人の身に能力と桁外れの再生力が在るだけで、聖水加工の施された武器の前では、肉体は人間と同程度になる。
緒方はダラダラと珍しく血が流れている左腕を見た。
そして考える。奴の能力はどうやら幻覚の類のようだ。それならば仮に幻覚を見せられても避けきれない攻撃を繰り出せばいい。
「―――ククク。お互いの能力では俺の方が勝っていた様だぜ・・・・・」
次の瞬間、辺りにある民家がバキバキと重々しい音を立てて持ちあがる。
「例え幻覚を見せてもこれなら避けきれねぇだろ?!」
緒方は意志を働かせるとハンターの気配を感じる位置に民家を投下した。
耳を塞ぎたくなるような鉄と木材が折れ曲がる轟音が辺りに響き渡る。
電柱の山の陰から出た緒方は、粉々になっている民家を見た。道全てに散らばっている瓦礫は、決して回避できない攻撃範囲であったと事を物語っていた。
「―――ハハハ!」
手こずらせたがようやく仕留めた。歓喜のあまり、瓦礫と化した民家の前で笑う。と――――
「何がおかしいんだ?」
「―――!?」
緒方は声がして慌てて辺りを見回す。
「ここだ」
再び声がして電柱の山の一番上を見ると、そこに腰をかけているハンターの姿があった。
「・・・・避けた・・のか?」
あの攻撃は確実に奴の気配のする所に投下したはずだ。
「―――――超人同士の戦いにおいて能力が分かった以上、その者はそこらにいる雑兵と同じだ。―――ま、能力が分かっていても苦戦する相手は『アヴァロン』には多く居るがな」
天月は説明するように話す。その様子に緒方は激怒する。
「―――ふざけるな! たかが幻覚程度の力に俺の能力が負けるはずが無い!」
その様子に緒方は激怒した。そして、他の民家に力を働かせる。今度こそ潰す! しかし――――
「――――!? 何故だ!?」
異変に気が付いた。
「お前の能力はもう使えない」
舞い降りるように緒方の前に着地する天月。
「――――貴様! 何をした!?」
「言っただろ? 能力が分かった以上私にとって、貴様は雑兵にすぎない」
天月は緒方を見ると、
「今度は立てなくなるぞ」
その言葉を聞くと途端に足の力が抜け、前に膝をついた。
「な、なんだ!? 力が・・・・」
天月は腕で何とか身体を支えている緒方にトカレフを向ける。
「・・・・終わりだな」
引き金を引いた。短い銃声がして緒方の額に穴が開くと、黒ずんだ生前の血を流しながら、塵になって行った。
燃える診療所を見ていた。彼らとは深く関わらなくて良かった。人との交流はそれだけ感情をかき乱す。
「・・・・・・・」
天月は踵を返すと診療所に背を向け、その場を後にした。




