記第二十四説 月夜
「ねぇねぇ。パーシバル」
湯気が立ちあがり、寒い季節でも極楽と感じる露天風呂にパーシバルは浸かっていた。
「何だ?」
竹で作られた仕切りの向こう側から声がした。
「そっちに行ってもいい?」
向こうの露天風呂に浸かっているガラハッドは退屈そうな声を上げる。
「・・・・お前が、こっちに来る意味はない」
「なに? 恥ずかしいの?」
その言葉にパーシバルはため息をついた。
「・・・・俺にはそう言った感情が欠落している。死人となった時点でな・・・・・」
「ふーん」
「それに礼儀をわきまえろ。何のために男湯と女湯があると思っているんだ?」
「僕一応・・・男なんですけど・・・・」
「今は女だろ」
「あー! それ、男女差別!」
「・・・・少し黙って入れ。お前と話していると退屈はしないのだが、余計な事が多い」
「それって褒めてくれてるの?」
「半分半分だ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・だぁ! もう!」
しばらく沈黙が続いたが耐えきれなくなってガラハッドが声を上げた。
「―――うるさい」
「パーシバルは詰まらなくないの? そんなに黙々としてさっ!」
「俺もお前くらいの頃はそうだったよ。時間が経てば分かるさ」
「・・・・・出来れば今すぐ分かりたいんですけど・・・」
あまりにも退屈だ。昔もよくランスロットに浴槽では静かにしているものだと言われたが、今だにその意味が分からない。何でこんなに退屈な事を二人は平気で出来るのだろう。そう言えばガウェインも、二人ほど長くは浸からないが静かにしていた記憶がある。
せめで誰か居てくれれば良いのだが・・・・・・・。
その時ガラハッドはある事を思いついた。
「・・・・・・・」
パーシバルは、急に静かになった事に少し気にかけていたが、詰まらなくなって上がったか。と解釈すると再び浸かる事に集中した。
次の瞬間、すぐ近くで巨大な水柱が上がった。
「やっぱり来ちゃった」
お湯が空中で冷やされ、ぬるい雨となって降り注ぐ中、胸の上から長いバスタオルを巻いたガラハッドが笑いながら立っていた。
パーシバルはガラハッドの頭をポコンと叩く。
「痛っ!」
「何をやっているんだ。お前は?」
「・・・・・だって・・詰まらないから・・・・」
その言葉を聞いたパーシバルは無言で元の位置に戻ると、再びお湯に浸かる。
「・・・パーシバル?」
怒っていると解釈したガラハッドはオドオドしながら様子をうかがった。
「黙って浸かれ。戻れと言っても戻るお前じゃないだろ」
ため息をつきながらそう言う。
「―――うん!」
ガラハッドはパーシバルの隣に座ると同じように浸かった。
「ねぇ。パーシバル」
しばらく無言で使っていたが、ガラハッドが口を開く。
「何だ?」
顔の向きは変えずに口だけで答える。
「なんで皆・・・・・裏切っちゃったのかな・・・・」
「・・・・・・・」
「あんなに皆仲が良かったのに・・・・・」
「お前は、聖杯を見つけた後に死んだのか?」
「うん・・・・・。また目を開いたら、ランスロットが居て・・・・王様がいた」
「・・・・・・・」
「俺達が眠るのは、全てが終わってからだ」
「・・・・そうだね。――――でも何で僕だったんだろう?」
「・・・・・・何がだ?」
「死人にしたの。僕なんかよりも、もっと強い騎士は居たのに、何でだろう?」
「―――王が言うには、聖杯が関係しているようだ」
「聖杯が?」
「聖杯を手にした者の魂は、その地に在り続ける。永く死を定着させられていたとしても、組み上げる事が出来たらしい」
「なるほど。それでパーシバルとガウェインが・・・・・・あれ? じゃあ、ランスロットは?」
「ランス殿は、その時まだ生きていたようでな。望んで死人となったそうだ」
「――――『裏切りの騎士』にけじめを付けるため・・・・・・」
「ああ。だが、それともう一つ、お前を一人にしない為だと言っていた」
「・・・・・・・そっか」
「ギクシャクした親子だ」
そう言うとパーシバルは湯に浸かる事に集中する。
「パーシバル・・・・・」
「今度は何だ?」
「傷・・・増えてない?」
顔以外に体中に付いている傷が、前より増えている事を確認しながらガラハッドは尋ねた。
「反動だ。『嘆き』は相手に対する強力な武器になるが、微弱ながら反動も受ける」
「・・・・・痛くないの?」
「傷はすぐにふさがる。代謝能力の高さは死人の特権だな」
「・・・・・・・」
ガラハッドは顔の半分まで湯に浸かった。
「――――もっと強くならなくちゃ」
「・・・・そうだな」
パーシバルは三日月が輝く夜空を仰いだ。
あいつが目を覚まさなくなって三週間。それでも俺は学校が終わったら病院に行くようにしている。最近は付き合いが悪かったが、休日は嵐道と佐川と一緒に街に出かける。そして、その帰りに俺はリオの病室に行く。一日の事を聞かせる為に―――――
「入るぞ」
既に夜となり月光が室内に漏れている。そこには先客がいた。
「天啓さん・・・・・・」
「さゆか・・・・」
彼女の実の妹である、海砂さゆがそこに居る。
「来てたんだな」
天月からは、寮の部屋から全く出てこなかったと聞いていた。
「はい。今日一日、お姉ちゃんを見ていました。私から話しかける資格はありませんから」
「――――そんな事はないさ。なにより、お前が話しかけてくれるのを、こいつは待ってるのかもしれない」
未だに目を閉じているリオを見る。
「天啓さん」
「ん?」
「教えてください。貴方は全てを知っているんでしょ?」
「・・・・・・・・」
「お姉ちゃんが、自身の身をかえりみず私を助けた理由を――――」
天啓はベッドの隣にある椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと答えた。
「実の妹だからさ」
「そんな事が聞きたいんじゃありません! お姉ちゃんが・・・・・・家族を捨ててまで新月の家に行った理由です!」
「・・・・・・さゆは、リオが新月の家に行ったことを、どう知ってるんだ?」
「お姉ちゃんが、自分から養子になるって、お父さんに言ったとしか・・・・・」
「―――本当は、お前とリオのどちらかが、新月の家に行くはずだった・・・・」
「!? 嘘・・・・そんな話・・・・」
「―――・・・・・・そうか、リオはそこまで徹底していたのか・・・・・」
「それじゃあ、お姉ちゃんが養子になるって、言ったのは・・・・・・」
「――――自分から言ったのは本当だが、養子の話を持ち出したのは、新月の家だ」
「そ、そんな! じゃあ・・・・・・・」
「―――リオは、さゆを海砂の家に残すために新月の家に行ったんだ」
「で、でも! お姉ちゃんは私に言ったんですよ! 『こんな家族なんてあたしは大嫌い』って・・・・・」
「・・・・・リオが言ってたよ。さゆは自分が居ないと何も出来ないと思いこんでいたって」
「・・・・・・・・だから、私が一人でも生きていけるように嘘をついて自分を憎ませた」
「ああ。そうだ」
全ての真実を知った彼女は力なく床に崩れるように座った。
「私の為に・・・・・・・それなのに・・・・・私・・・・・・お姉ちゃんを・・・・・・」
「リオは死んでいない。帰ってこようとしてる」
さゆは俯くと呟くように口を開いた。
「・・・・・・・天月さんが言ってました。反物理属性の攻撃で魂が損傷してて、意識が戻るのは奇跡に近いって・・・・・・・・・」
「俺は、奇跡なんか信じない」
天啓は立ち上がるとリオに背を向ける。
「リオは必ず目を覚ます。そしてまた、お前と俺に笑顔で話しかけてくれる」
「・・・・・・・でも私は・・・・」
「――――リオはそう言う奴なんだよ。その事は、俺よりもさゆの方が、よく分かってるはずだろ?」
と、天啓は歩きだす。
「姉妹仲良くな」
片腕を上げながら病室を後にした。
「お姉ちゃん・・・・・・・・」
さゆはリオを見る。安らかに目を閉じ、今にも話しかけてくれそうな彼女の笑顔が脳裏を横切った。
どうして気付かなかったのだろう。
お姉ちゃんはいつも私の事を考えていてくれていた。よく施設で一人ぼっちの私に声をかけてくれたのも、友達が出来ない私に天月さんを紹介してくれたのも、全部お姉ちゃんだった。
でも私は、裏切ったと言う理由だけで、お姉ちゃんの全てを嫌いになり、全てを拒絶し・・・・・一番傷ついていたのはお姉ちゃんだったのに・・・・・・・
「・・・・・・・ごめんなさい」
瞳から涙が流れる。未だに目が覚めぬ姉に、さゆは泣きつくように何度も何度も謝り続けた。
「お前達の方では何か分かったか?」
天月は前の席に座る嵐道に尋ねた。
「―――全然。正直、寄って来るのは血の気の多い不良ばかりだよ」
「――――どうも引っかかるんだ」
「・・・・・ふーん」
「他人事じゃないぞ嵐道。その時が来ればお前達にも協力してもらう」
「俺達は協力するつもりだよ」
「―――とにかく。お前は今の状況をどう考える?」
「敵は、確実に成し遂げる事を実行する。時間を掛けている分、成功率も高いと思うよ」
「――――目的さえ不明だと言うのに、ソレが起これば対処できんな」
「『陣』の解読は?」
「まだだ。捜査部からの連絡はない」
「目的が分からないなら、分からない方を考えてみれば?」
「・・・・・分からない方だと?」
「―――例えば、陣の効果がまだ分からないってことは、今までにない効果を持っている可能性がある。とかね」
天月は顎に手を当てて納得する。
「なるほど。『陣』の効果で、今までになかったこと・・・・・・・・」
「・・・・・・特定の人物の復活」
嵐道の言葉に一瞬反応したが、
「馬鹿馬鹿しい。お前の言っているのは死者蘇生の事だろ?」
「――――いや、そうは言ってないよ。これはこっちの情報なんだけど、『霊王』は誓約に従っているらしい」
「――――誓約?」
「『死人』『人外』『死刃』。この者達を個々で抑える六人の『王』が作った。『理を守る誓約』」
「・・・・・そう言えばトラウスさんは『王』だったな」
「『アヴァロン』に報告するかい?」
「――――馬鹿言うな。私はあの人を敵ではなく親として見る」
「冗談だよ。あの人のおかげで俺達はここに居るからね・・・・・・・」
「黄昏るのは後にして、誓約について教えてくれ」
「―――詳しくは教えてくれなかったけど、『霊王』は自らの罪を最大の事と考え、己の行為を誓約に当てはめた・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。それで?」
「それだけ。後は本人に聞けってさ」
「―――トラウスさんに聞いたんじゃなかったのか?」
「いや、リジットさんに」
「・・・・・・・」
と、頭を抱えていると、店員が頼んだ料理を運んできた。
「お、きたきた」
運ばれて来たのはラーメンである。天月の前には丸く形作られた炒飯が置かれる。
「―――そう言えばリオさんの様子は?」
嵐道の言葉に天月の動きが一瞬止まる。だが、すぐに動き出して炒飯を口に運んだ。
「・・・・・『魂』が損傷している。上からは、判断を任せるだと」
「・・・・・・・・そう」
「・・・・・魂にダメージを負って、一か月以上意識が戻らなかったら、それは死と同じだ」
「・・・・天啓はなんて?」
「あいつは、『絶対に目を覚ます』って言ってる」
「・・・・・・・」
「我ながら最低だと思うが、自分では天啓の言葉は理想論だと思ってる。今まで、魂が損傷した者が一か月以内に目を覚ましたことはない。目を覚ませばそれこそ奇跡だ」
「その事を天啓には―――――」
「言ったよ。だが、あいつは『俺は奇跡を信じない。リオが目を覚ますのは奇跡でも何でもない』ってさ」
「天月さんは、どう思ってる?」
「・・・・・私は、目を覚ましてほしいと思う。だが、これも理想論だな」
食事を再開する。
「向こうの世界だとそれは理想論かもしれないけど、こっちの世界では図れるものと計れないモノが数多くあるよ」
「――――そう言う考え方も・・・・・有りか」
天月も同様にそう思いながら横の窓から三日月を眺めた。




