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夜光伝記  作者: 古河新後
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記第二十三説 姉妹

 「―――――え?」

 

 歩いていると携帯が鳴った。相手が天月さんだと確認すると、私はいつもの調子で電話に出る。すると彼女から信じられない事柄が言い渡された。

 

 お父さんが死んだ。

 

 傭兵として生きている以上、死と隣合わせの仕事も少ないわけではない。むしろ、それらをこなさなければ食べて行くのも難しいだろう。

 

 十二年前にお父さんの傭兵団は解散の危機に見舞われた。しかし、新月さんと言う人が現れて助けてくれた。そしてあの人は私達を裏切って新月の家に行った。

 

 その頃から私は決めた。お父さん以外に誰にも頼らない。

 

 施設にも行かなくなり、お父さんが仕事に行く時は一人で留守番だった。

 

 お父さんは私を気遣って一緒に仕事に行く事を進めたけど、迷惑をかけてはいけないと思い私はいつも帰りを待った。

 

 一人の時間はとても長く感じた。あの人と居る時はそうでもなかった。けれどその事は絶対に考えてはならないことだと、懐かしい事を思い出す度に私は違う事に集中した。

 

 すると、いつもの様にお父さん達の帰りを待っていた時、私に変化が訪れた。

 

 ベランダから夜の星空を見ていると光が私の目の前に集まって来たのだ。

 

 最初はとてもびっくりしたけれど、時間が経つにつれて、それは私が操っているモノと言う事を理解した。

 

 時間をかけるごとにどんどん上達していって、色々な事が分かってきた。

 

 私は『光』を操る事が出来る。そして、光には様々な使い方があった。

 

 その中でも一番役に立った例が、電話の役割だ。

 

 電話は受信元と発信元が同じ電波を飛ばし合い、離れた所でも会話する事が出来る、まさに世紀の発明であった。その原理を利用して私は、お父さんに頼んで協力してもらった。

 

 お父さんの頭の中に私の考えた事を送信すると言うものだ。人間の体も脳からの電波信号で手足に指示を送っている事は退屈しのぎの本を読んで、分かっていたから成功すると思った。

 

 結果は大成功で、お父さんには私の思っている事がよく伝わった。受信する場合も、相手が強く思ってくれれば、私はそれを聞き取る事が出来た。

 

 後に読んだ本で、テレパシーと言う超能力であると知った。

 

 この能力のおかげで一人の時でも、寂しくはなかった。お父さんといつでも会話できることがとても嬉しくて楽しかったのだ。

 

 お父さんは仕事をこなしちゃんと帰って来てくれた。そして、傭兵団も少しずつ元の状態に戻って来た。

 

 それから数年して、お父さんが言った。

 

 「さゆ、『アヴァロン』に入ってみたらどうだ?」

 

 その言葉に私は少し驚いた。

 

 「いずれ、私はさゆよりも早く死んでしまう。今の内に働ける場所を見定めておくべきだ」

 

 私はすぐに傭兵団を引き継ぐと言った。だが、そうなると更に他者とのコミニケーションが必要になって来る。そう言った事も考えてお父さんはアヴァロンを進めたのだ。

 

 「今のお前を変えるきっかけになるかもしれない。よく考えて決めてくれ」

 

 お父さんの言うとおり私はよく考えた。


 別にお父さんと離れて居ても、この能力ならいつでも会話できた。だが、いずれお父さんとも能力を使っても会話出来ない日が来る。その時の予行練習と言うつもりで私はアヴァロンに入る事にした。


 最初は慣れなかった。情報処理部の見習いとして、たくさんの事をやり、色々な失敗を犯した。でも、一つ一つ確実にこなして行く内に、世界の様子が見えてきた。


 この世界は光よりも闇の方が強い。表立っている事柄全ての裏には、夜の海の様な暗い闇が潜んでいる。


 最初はアヴァロンと言う組織に何も興味無く入った私だったが、次第に少しでも今の世界を変えたいと思うようになってきた。それこそ、私にできる事は微々たる事だが、その一人一人の微々たる積み重ねが大きな力になる。と何かの本に書いてあった。


 私のその意見にお父さんはとても喜んでくれた。そして、一つだけ言われた。


 絶対に死ぬようなマネはするな・・・・と。


 分かっていた。情報部に所属している私には、かけ離れた言葉だったが、アヴァロンに居ればその言葉の意味が、強く、重いという事は嫌でも知る事だ。


 同時にお父さんのやっている仕事も、いつ死ぬか分からぬものだ。


 だからこそ考えたくはなかった。世界でただ一人、私が頼れる人はお父さんだったからだ。

 

 しかし、考えたくなかった事が現実になってしまった。

 

 お父さんが死んだ。

 

 その事を聞いた私は絶対に認めたくなかった。

 

 何度も否定の言葉を天月さんに言い返した。


 信じたくない。信じたくない。信じたくない。


 でも、再び彼女の冷静な声で私は現実を見せられた。


 お父さんは死んだ。


 意味は分からなかった。


 私は、とても高い所に居た。


 下の景色が、光が、きれいな世界。


 私の居た世界とは比べものにならないくらい光の強い世界。


 そして私の世界は無くなってしまった。


 もう、生きている意味はない。


 その時、携帯が鳴った。


 反射的に開くと、ボタンを押し耳に付ける。するとそこから声が聞こえてきた。


 『さゆか!? 今どこに居る!?』


 天啓さんだった。その声は本当に心配している声だったが、もうどうでも良い事だ。


 「・・・・・天啓さん・・・・私は・・・・最後の居場所まで無くなってしまいました・・・・・」


 『今どこに居るんだ!? 頼むから・・・・答えてくれ・・・・』


 「・・・・・私は本当に一人ぼっちだ・・・・・・誰も・・・・誰も居なくなりました・・・・・・・」


 これ以上の会話は意味がないと悟った。さゆは携帯を屋上から捨てる。


 もう・・・・すべて意味はない・・・・・


 屋上の端に寄る。


 「そこから跳べば、空が飛べると思うか?」


 声がしてさゆは歩みを止めた。僅かに後ろ目で声の主を見る。


 赤茶の髪に、傷の付いた鎧を着、背中に剣を背負った男だ。


 「別に止める気はない。お前が望んだことだ。どうこう言っても実行するだろう?」


 「・・・・・・・・」


 「死ぬ方が楽だよ。生きて行くより遥かにな」


 「・・・・・・・・貴方には関係ありません」


 「ああ、そうだ。関係は全くない。同時に面白く感じた」


 「・・・・・・・・」


 「適当に空を飛んでいたら少しは割って話せそうな奴だと思ってな。見ていても良かったんだが、話しかけてみると更に滑稽だ」


 男は堪えるように笑う。


 「愉快。まったくもって愉快だ。いくらアヴァロンと言えど、人としての弱さは健在だな。まさに滑稽。笑いが止まらない」


 「・・・・・・・・」


 「跳べば楽になる。大空を飛ぶ翼が無ければ大地を歩く勇気もない。そこから跳んでみれば分かるさ。自分は飛べないってな・・・・・・」


 その時、屋上の扉が音を立てて開かれた。

 

 「――――さゆ!」


 息を切らして入って来たのは天啓とリオである。


 「天啓さん・・・・・」


 声で誰が居るか判断する。


 「こっちに来い。そこは危険だ」


 あと数歩、彼女が踏み出せば下に転落してしまう。それだけは絶対にさせてはいけない。


 「もう、いいんです。私を必要としてくれる人は誰もいませんから・・・・・・」


 ゆっくりと足を進み始めたその時、リオが声を上げた。


 「あたしは悲しむよ!」


 その言葉にさゆは振り向く。そして怒りをあらわにしながら、


 「心にもない事を言わないでください!」


 「姉が妹の事を心配するのは当たり前の事だよ!」


 「私の事なんてどうでも良かったくせに! 裏切ったくせに! そんな事を言わないで!」


 「さゆ!」


 リオが走り寄ろうとしたその時、空から光が飛来してきた。動きを止めると、前方に突き刺さり壁を作った。


 「リオ! ―――――さゆ!」


 天啓も近付こうとすると同様に光が前方に突き刺さる。


 「・・・・こんな辛い世界なんて居たくない・・・・・・・これ以上私を苦しめないで!」


 次々と光が飛来する。ナイフで弾きながら回避するが数が多すぎた。


 「―――なんだ? この力は・・・・・」


 「あの子の力が・・・・・暴走してる・・・・」


 同じように避けていたリオは冷静に分析しながら答えた。


 「・・・・・・暴走」


 「うん。あの子の力は『光臨』。光を自らの意思のごとく操る力です。さゆ自身、攻撃的にこの力を使った事は無いはず」


 「―――早く止めないと危険だ」


 「分かってます。制御しきれない力は、相手のみに刃を向ける訳じゃありませんから――――――」


 と、さゆの頭上に光が集まり無数の刃が現れる。しかし、本人は気付かないのか、力が消える気配は全くない。


 「! なんでさゆは動かないんだ!」


 「――――走ります! 天啓君は目の前の壁を破壊してください!」


 「分かった!」


 影に意識を入れたその時、飛んできた光が天啓に襲いかかった。


 「くっ!」


 何とか光の壁を影で破壊する。


 「天啓君!」


 「急げ!」


 その言葉で割りきると壁を抜けてさゆに向かって走った。


 「さゆ―――!」


 さゆはふと、明るい上を見上げると、光の剣が自分に向けられていた。


 次の瞬間、光が降り注いだ。





 「・・・・・えっ?」


 起こった出来事にさゆは混乱していた。


 倒れている自分。


 そして覆い被さるように、目の前に居るあの人。


 流れてくる血・・・・・


 「・・・・・・・大丈夫? ・・・・・・さゆ」


 「お・・・・・ねえちゃん?」


 「こんな風に能力は使っちゃダメだよ! 本当に・・・・・心配をかける・・・妹なんだから・・・・・・」


 「そんな・・・・・・・背中に・・・・・・背中に私・・・・・」


 リオはさゆの上に倒れないように横に転がった。その背中には、無数の光が突き刺さっている。


 能力が消え、光がゆっくりと四散してゆく。


 「おい! リオ!」


 天啓は急いで走り寄ると彼女を支える。光の剣が消えた事により出血の量が尋常ではない。


 その時、扉が開かれた。


 「―――海砂!」


 天月である。さゆの暴走した光を見て駆けつけたのだ。


 「天月! 早く救急車を!」


 今の状況を認識すると天月は携帯を開いた。


 「もう大丈夫だリオ。もうすぐ助かるぞ」


 天啓の言葉にリオは力なく笑顔を作る。


 「なんで・・・・・・なんで私を・・・・?」


 涙を流しながらさゆはリオに尋ねた。


 「さっきも・・・・・言ったよ。姉が・・・・妹の事を心配するのは・・・・・・当たり前・・・・だって・・・・」


 「でも・・・貴女は・・・・」


 「ごめんね・・・・・・。ダメなお姉ちゃんで・・・・・・・・・本当に・・・・・・ごめんね」


 「お姉ちゃん! お姉ちゃん! しっかりして!」


 「・・・・嬉しいな・・・・・また・・・・・お姉ちゃんって・・・・・・・呼んで・・・・くれるんだね」


 「お姉ちゃん・・・・・・」


 「ちょっと・・・・・眠く・・・・・なってき・・・・・ちゃった・・・・・」


 「ダメ! お願い! 私を一人にしないで!」


 「天啓・・・・・君・・・・どこ・・・?」


 探るような彼女の手を天啓は掴む。視界がはっきりしないのだろう。眼は薄く開いているが瞳が定まっていなかった。


 「ここだ」


 「あたし・・・の内緒・・・話・・聞いてくれない・・・・・かな・・・」


 「なんだ?」


 天啓は耳を近付けた。途切れ途切れの彼女の言葉を鮮明に記憶する。


 「わかった」


 「あり・・・がと」


 再びリオは力なく笑顔を作った。


 「でも、最後のはお前の役目だろ! 自分の大切な事を俺に任せるのか!?」


 「あはは・・・・・相変わらず・・・・・厳しい・・・・な・・・・・・天啓君は・・・・・・」


 「お姉ちゃん!」


 「さゆ・・・・・」


 リオは彼女の頬に力なく触れた。弱々しい彼女の手をさゆは支える。


 「これまで・・・・・・離れ離れ・・・・だった分・・・・・・の・・・・時間を・・・・・取り戻そうね・・・・・」


 と、リオは笑顔を作ると眠るようにゆっくりと眼を閉じた。


 「リオ! 返事をしろ! おい!」


 「お姉ちゃん!」


 サイレンの音が近づいてきた。





 数日後。俺は病棟を歩いていた。通り過ぎて行く患者や看護婦。


 本来俺がここに居る時は彼らと同じか、世話になるくらいだ。


 しかし、今回は別の目的で病院(ここ)を訪れた。


 「入るぞ」


 軽く数回ノックして中に入る。


 「元気そうだな」


 複数置かれているベッドの一つに、天啓は声をかけた。正確にはそこに横たわっている彼女にだ。


 「今日の学校の話をしようか? リオ」


 「・・・・・・・・」


 眠るように眼を閉じている彼女に天啓は話しかけた。


 あの後、リオは運ばれて行った。


 天月は付き添いで一緒に救急車に乗り、俺はさゆを寮まで連れて行った。能力をいつも以上に引き出した事で身体の自由がきかなくなっていたそうだ。一晩眠れば回復すると天月は言っていた。


 次の日から俺はいつも道りに学校に来た。リオは事故にあったという事で何とかなったが、意識は戻らなかった。


 そして、さゆは学校に姿を見せなくなる。


 それから俺は毎日、学校の帰りにアパートとは反対の病院に顔を出す事にしている。担当医の話では声をかければ目が覚める可能性があるという事だ。つまり、今のままでは一生目を覚ますことはない。


 あの時、リオが言った言葉。


 「全部・・・・・・あたしのせいなの。あの子は悪くないってスズちんには言ってね。あと・・・・・・あたしが大好きな天啓君にしか頼めない事なんですけど、あの子を・・・・・さゆを・・・・・大切な妹を・・・・・・見守ってあげてほしいな。わがままで、ごめんね」


 天啓は、目を閉じているリオに話すのをやめる。


 「本当に・・・・・・・わがままな奴だ」


 心拍数を測る電子機の音が、無音の部屋に響き続けた。

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