記第二十二説 悲日
「平等なんだ」
父さんが急に言った。俺の心の奥底で薄らと刻まれている言葉。
「命は皆、同じだ。それぞれの生きる時間は違っても命がある事は、そこに居た事の証明になる」
「しょうめい?」
まだ小さかった俺はその言葉の意味をうまく理解できなかった。
「そうだ。命は限りがあるモノ。それを他者が奪ってはいけない。だから、人が人を殺せば罰せられる」
「う〜〜〜ん」
「ハハ、お前にはまだ難しかったな」
と、大きな手を俺の頭に乗せる。安らぐような温かさが、心を包んだ気がした。
「天啓。間違っても、夜に生きるな。お前は、俺や母さんと違って日のあたる所で生きる事が出来るからな」
「僕は、お父さんとお母さんといっしよにいる」
そう言って俺は大きな父さんの体に小さな両腕でしがみ付いた。何だが、父さんが遠くに行ってしまいそうだったから。
「・・・・・ああ。ずっと一緒だ」
そう言って父さんは俺に笑顔を向けた。
今思えば、この笑顔は別れの表情だったのかもしれない。
帰り道に、父さんは横断歩道を先に渡っていた俺を、信号無視で突っ込んできたトラックから庇い、死んだ。
集合墓地。大中小、様々な墓石が並ぶこの場所は、ズレた時期に桜が咲くと言う不思議な霊園として有名だった。
「・・・・・・・」
天啓は一つの墓標の前にいた。
夜月家。と彫られた身長程の石柱には父さんと母さんが静かに眠っている。
父さん・・・・母さんとは仲良くやってるかな? 俺は二人が喧嘩したり、言い争ってる所を見た事が無いけど、母さんが、父さんとは昔よく喧嘩してたって言ってたから、少し心配だよ。
俺は元気。今、ちょっとおかしな事に巻き込まれているけど、父さんと母さんがいたら何て言われるかな・・・・・
怒るかな? どっちかは。それとも二人とも。
支雲のおじさんとおばさんには上手くごまかしてる。全部終わったら話すつもりだけど、やっぱり心配かけてると思う。
「天啓くーん」
心で話しかけていた天啓は駆け寄ってくるリオに視線を移した。
「下にいた親切なおばさんが、線香をくれました」
「あまり墓場で大声出すと、霊を引き寄せるぞ」
「・・・・・本当ですか?」
小声で尋ねる彼女を見て天啓は悪戯な笑みを浮かべる。
「そんな訳ないだろ」
「―――酷いですよ」
「ハハ。悪い、少し過ぎたな」
そう言うとリオは、はい、と線香を渡す。お礼を言い天啓は受け取ると、灰の入った器に寝かせるように置いた。リオも同じように置く。
合掌し、眼を閉じる。
父さん。あの時言った言葉の意味が少しだけ分かった気がする。父さんがあの時何を言いたかったのかは、まだ分からないけど少しずつ時間をかけて理解していこうと思う。
母さん。リオの事は母さんも知ってるよね。よく家に遊びに来てた友達。でも今は大切な人だ。父さんがいなくなってから俺を守ってくれた母さんみたいに、どんな事があっても彼女を俺は守りたいと思う。それと、俺はいつも笑顔だよ。
長い祈りを終えて天啓が目を開けると、リオはまだ目を閉じて祈っていた。
「何を祈っていたんだ?」
階段を下りながら天啓は唐突に尋ねる。
「――――何って?」
「自分の家の墓でもないのに、あんなに長く祈る必要も無いだろ」
「そんな事ありませんよ。天啓君はあたしの彼氏さんですからね」
「でも、俺以上に長く祈ってただろ?」
「―――ああ、あれは、天啓君をあたしにください。おとうさん。って頼んでたんですよ」
相変わらずの笑顔でリオが言った。
「それ、普通は逆だろ・・・・」
歩みを止めて呆れる。
「それじゃ、天啓君がパパに言ってくれますか?」
「―――そうだな。考えとくよ」
「即答しないんですか?」
「そう言うのには、勇気が要るんだよ」
「そうですか?」
「――――男にしか分からない悩みだ。それに、お前との関係はまだ恋人だからな。お前の父親に俺がそこまで言える権利はない」
そう言うとリオを追い抜いて先に歩きだす。
「じゃ、キスしましょうか」
その背中に彼女は問いかけた。
「・・・・・・本気で言ってるのか?」
「はい、本気ですよ。天啓君が決意を固めてくれるなら、あたしは―――――」
と、得意げに説明していると正面に彼がいた。
「本当にいいんだな?」
真面目な視線。真面目な口調。先ほどまで冷えていたリオの体温は一気に上昇した。顔が赤くなり彼を直視できなくなるほどの羞恥にさらされた。
「あ・・・・で、出来れば・・・・優しくお願いします・・・・・」
「それじゃ、少し眼を閉じろ」
リオは目を閉じると顔を正面に向ける。彼の顔が見えないため、正面に向けるのは容易であったが、これからされる事を考えると頭の中が沸騰しそうなほど熱くなっていた。
妙に心音が耳に響く。視界が見えないため、一秒が何時間にも感じられた。
しかし、感覚が拾ったのは唇を重ねた感触ではなく、頭に乗せられた掌の感覚だった。
「・・・・・・。あのー、天啓君?」
ゆっくりと眼を開くと、そこには頭に手を乗せた彼の姿があった。
「冗談言ってないで、行くぞ」
そう言うと階段を再び下り始める。
「冗談・・・・・だと思ったんですか?」
「―――当たり前だ」
リオは歩いて行く天啓の背中を見ながら、少しだけ恨むような気持が流れた。
さり気なくとは言え、後半はかなり恥ずかしかった。なのに彼は、それを冗談だと思っていたのだ。恨みの他に僅かに怒りも込み上げてくる。後、少しだけ残念だったような気もしたが、ここは怒っておくべきだと悟った。
「えいっ!」
リオは階段から跳ぶと天啓の背中にしがみつく。
「おっと!」
背後から衝撃を受けて階段を踏み外しそうになるが何とか止まる。
「危ないだろ!」
背中にしがみつくリオを後ろ目で見ながら言った。
「足をくじいちゃいましたー。下まで運んでください。天啓君」
バレても構わないような棒読みの演技をする。
「・・・・わかったよ」
彼は慌てて正面を向くと、自分を背負って下りだした。
あれ?
リオは少しだけ何かおかしい事に気がついた。いつもなら、もっと何か言って来る。当然それを予想していたのだが、あまりに素直だ。
「天啓君。やけに素直ですね」
耳元で声を出しながら尋ねる。
「いや、別にそんな事はない。足くじいたんだろ? 災難だったな」
自分を見ないで正面を向きながら話す。それと彼の顔が少しだけ赤いような・・・・・・
そこまで考えてリオは理解した。
そっか。彼も照れていたのかな?
おそらく直接尋ねても、正直には答えないだろう。彼はそう言う人だ。
リオは強く天啓にしがみつく。
二人は桜が咲く階段を下りて行った。
バシバシ。
竹と竹のぶつかり合う音が広い空間全体に鳴り響く。
打ち合っているのは少女と男であった。
円卓の騎士が生き残りのパーシバルとガラハッドである。
パーシバルに比べて頭一個分ほど身長の低いガラハッドは、その体躯の差をまったく見せつけない剣技を相手にぶつける。
「―――――そこまでだ」
百近くは打ち合ったであろう。第三者の声に二人は竹刀を停止させるとその場に止まった。
「ガラハッド。腕を上げたな」
始めた時から見ていたランスロットは褒めるように言う。
「すごいでしょ。これが秘密特訓の成果だよ!」
胸を張って言いきる。
「いつ特訓していたかは知らんが、打ち込まれる回数が、五十二から四十一に減っていたのは大きな進歩だな」
「―――え? そんなにやられてた?」
「ああ、攻撃は相変わらず一発も当たっていなかったな」
「・・・・・・・・」
ランスロットに指摘され、しょげるガラハッドを見て、
「剣筋は前とは比べものにならなくなっている」
パーシバルが言った。
「本当?」
「ああ」
「やったー」
両手をあげて体全体で喜びをあらわにする。
「お前とガラハッドの武器は相性が悪いからな」
「・・・・ああ。武器の特性が違うと、剣術を一から組む必要があるからな。死人となってから今までの剣技がまるで役に立たない」
「―――だが、ガラハッドはそれを克服できる。円卓の騎士の剣技を最後まで貫き通せる」
何より大切なのは過去の教えを堅実に覚えておくことだった。もし自身が消えてしまっても自身の教えは次代に継がれていく。騎士にとって大切なのは自分の生きていた証を残すことだ。だが、自分達が使っている今の武器は自らが先祖より引き継いできた剣技では、戦うものに通用しないのだ。その為、普通の剣しか扱えぬガラハッドしかその剣技は使えない。
「よーし、今度は四十回をきるぞ! パーシバル。もう一回勝負!」
「・・・・結果は同じだぞ?」
「そんなのやってみなくちゃ分からないよ!」
そう言うと二人は再び打ち合いを始めた。
夕方。すでに薄暗くなっている街を天啓とリオは歩いていた。目的は、創造者の発見及び、陣の展開様子である。あれから、蓋来狭ビル、大型デパート、遊園地の三か所の位置に陣が発見された。リオと天啓は警戒の意味を込めて、天月より巡回を頼まれていた。
「居ないな・・・・・・」
通行人の魂を見ていた天啓はため息をつくように言う。
「昏睡事件からまったく音沙汰無しですね〜」
「嫌な感じだな。この静けさが」
昏睡事件も再発しなくなってから一年近く。殆どの人間が事件の事を忘れ、夜の街は当然の人だかりで賑わっていた。
「ふぅ。少し疲れたな」
中央広場の噴水に腰掛けていた天啓は息を吐く。
「――――やっぱり、『魂』を見ると疲れますか?」
「ん? ああ。極端じゃないけど、長く見過ぎると光を見ていたみたいにチカチカするよ」
「―――あまり無理はしないでくださいよ」
「分かってる。イザという時に動けなかったら意味はないからな」
と、会話をしていると着信音が鳴った。
「とっ、あたしですね。スズちんからですよ」
「見せてないで早く出てやれよ」
リオは携帯を開くと耳に当てる。
「もしもし? うん、あたし。どうしたの? ―――――え? ―――――嘘・・・・。分かってますよ・・・・・・職業上いつ、命が落ちても仕方がないですから。それより、さゆには――――――分かりました。あたし達の方でも捜します。―――――――見つけたら連絡するね。―――うん」
一通りの会話を終えてリオは携帯を切る。
「どうした?」
不安そうな表情をしている彼女に尋ねた。
「天啓君。さゆを捜すのを手伝ってください」
「――――何があったんだ。ちゃんと説明してくれ」
その言葉にリオは暗い表情を作ったが、話始める。
「お父さんが、死んだの・・・・・」
「な・・・・・んだと」
「いま、スズちんに『アヴァロン』から通達があって・・・・・お父さん、地竜と交戦後に、病院で息を引き取ったって・・・・・」
「・・・・・・」
「それを聞いたさゆが、取り乱して居なくなっちゃったっから・・・・・・お願い! 捜すのを手伝って!」
「言われなくてもそのつもりだ。急いで見つけよう」
「うん。ありがとう」
だが、あても無く捜したとしても街で人一人を見つけるのは至難の業だ。
「―――リオ。さゆの行きそうな所を知らないか?」
「・・・・分からない」
「・・・・・・何か・・・何かあるはずだ」
必死に考える。と、目の前を携帯電話で話しながら通り過ぎて行く男がいた。
「―――――そうだ」
それを見て天啓は閃いた。さゆに直接電話をかけてみよう。どこに居るか分かるかもしれない。番号を押すと焦る心を落ち着かせながら携帯を耳に付ける。
出ろ。早く出てくれ・・・・
隣でリオが見守る中、相手の声がした。
『・・・・・・天啓さん?』
さゆの声だ。どことなく元気がない声だったが間違いなく彼女である。
「さゆか!? 今どこに居る!?」
焦りながらも正確な質問をした。
『・・・・・天啓さん・・・・私は・・・・最後の居場所まで無くなってしまいました・・・・・』
「今どこに居るんだ!? 頼むから・・・・答えてくれ・・・・」
『・・・・・私は本当に一人ぼっちだ・・・・・・誰も・・・・誰も居なくなりました・・・・・・・』
「さゆ!」
そう言うと、風の様な音がして通話不能になった。
「天啓君。さゆは・・・・・?」
「大丈夫だ」
リオを安心させるように天啓は優しく答えた。どこだ? どこに居る? 考えろ・・・・・・。風の音・・・・・風? そうか!
「リオ! 学校から一番近い建物は?」
「―――――近くに大型デパートがあります」
「多分そこの屋上だ。急ぐぞ」
そう言うと天啓とリオは走り出した。




