記第十九説 優嘘
家に入ると出迎えるようにさゆが駆け寄って来た。
何か話があると言っているけど、今のあたしには長時間この子の顔を見るのは耐えられない。
早々に話を切り出した。
「さゆ、あたしは今日この家を出て新月さんっていうお家の子供になるわ」
あたしの表情と声に驚いたのか、話を始めた時にさゆは、びくっと震えて不安そうな顔で話を聞き始める。そして、その表情は話を進めるごとにどんどん青ざめていった。
あたしは、そんなあの子の顔を直視しないように目をそむけながら話す。
「う・・・・嘘だよね・・・お姉ちゃん。嫌だなぁ今日は四月一日じゃないよ・・・・・・」
さゆは作り笑いを浮かべながら言った。
そう言えば、あたしは前のエイプリル・フールに不治の病にかかってしまったなんて嘘をついた。棒読みでばればれの演技だったから、すぐにばれると思っていたけどさゆは本気で心配して泣き出してしまった。慌てて嘘だと伝えた後に、すねてしまったさゆの機嫌を取るのに苦労した記憶がある。
その時からあたしは二度と嘘はつかないと約束した。
・・・・・・本当に嘘だったらどんなに良いだろう。
そんな事を思いながらあたしは話を続けた。
「本当よ」
「い、嫌だよお姉ちゃん! おいて行かないで! 私をおいて行かないでよ!! うえええええん!」
さゆが泣き出してしまった。あたしの心はそれを見て、大きくグラついてしまっている。
嘘だよ。と言って泣いて抱きしめたい衝動に駆られた。でもあたしは必死にそれをおさえる。
「ごめんね、さゆ。何を言われてもあたしは新月の家に行く」
「なんで! なんで行っちゃうの!? 私が嫌いになったの? お父さんは? 傭兵団のみんなが、お姉ちゃんだって大好きなはずでしょ!?」
ダメだ。もうこのままじゃ耐えられない。
この言葉を使うしかない。さゆがあたしを憎んで、一人で生きていく力をつけさせる為のこの『嘘』を・・・・・・・・
「こんな家族なんて、あたしはいらない」
「!!!!!?」
言ってしまった。
やはりこの言葉はさゆにとってショックが大きかったらしく、それを聞いたあの子は泣くのもやめてその場に座り込んでしまった。
「バイバイ。さゆ・・・・・」
あたしはそんなさゆに背を向けると、用意していた私物を持って家を出て行った。
「・・・・・・・・」
「――――予想道り、あの子の世界を壊したあたしをさゆは憎んだ。そして、あたしが居なくても生きていけるようになりました」
長い話を黙って聞いていた天啓は初めて口を開いた。
「―――まだ、間に合う」
「・・・・・・・」
「絆は・・・・断ち切れてない。まだ・・・今なら――――」
天啓は辛そうにしていたさゆの顔を思い出しながら言う。
「ダメですよ」
「・・・でも―――」
「あの子は優しいから。きっと、その事を知ったら、今まであたしにしてきた事で、自分を責めてしまいます。そんな事になったらあたしを頼っていた頃の、あの子に戻ってしまうかもしれない」
リオは立ち上がると景色を眺めながら言った。
「・・・・・・・馬鹿だなお前」
「・・・・・はい。あたし、馬鹿ですから。どんなに辛い事を言われても次の日にはさっぱり忘れているんですよ」
リオはくるっと振り向くと微笑を浮かべながら言う。
そんな彼女を天啓は優しく抱きしめた。
「・・・・あ、あの。天啓君?」
頬を赤く染めながらリオは困惑する。
「大好きなんだろ? さゆの事が」
「はい」
「確かに一番辛かったのは、さゆかもしれない」
「・・・・はい」
「お前は、辛くなかったのか?」
「・・・・・あたしは」
「・・・・・・泣いていいぞ」
「・・・・・うう・・・・う・・・・・うああああああああ」
リオは天啓の胸に顔を埋めると、全てを吐き出すように泣き始めた。
そんな彼女の頭に天啓は優しく手を添えた。
旅館。宿と言った方がしっくりくるその外見は、近代化が進む街の中では一際浮いた存在だった。
「なんか・・・・狭いね」
受付所と靴箱を共有している玄関口を見たガラハッドは思った事を口にした。
「失礼な事を言うな」
ランスロットは軽く注意する。
「お待ちしておりました」
奥から着物を着た女が丁寧に現れた。
「ランスロット様に・・・・・・えー・・・・・こちらのお方は?」
その言葉にガラハッドは脹れる。
「ガラハッドだよ! 『円卓の騎士』のっ!」
「―――す、すみません!」
「まったく。失礼しちゃうな・・・・・」
「まぁ、仕方がない。今は、こっちだからな」
ランスロットは優しく彼女の頭に手を置く。
と―――
「くそ。何でそんなに上手いんだ?」
「お父さんから教えて頂いたんです」
奥から、聞き慣れた声がした。
「あっ!」
女の後ろから、和服を着た少女が、見慣れた二人と歩いてくる。
「白士ー!」
ガラハッドが手を振ると相手もこちらに気が付く。
「ガラハッド?」
二人の男、ガウェインとパーシバルも気が付く。
「旦那」
「ランス殿」
円卓の騎士最後の二人が到着した。
「攻撃を受けた?」
和室で運ばれて来た料理を食べながらランスロットは昨夜の襲撃の件を話した。全員、白士のはからいで、和服を着ている。
「ああ。『死人』の暗殺部だ。今は、原形を留めていないがな」
鮪の刺身をつまみながら言う。
「あっ、これ美味しいね」
と、海老の天ぷらを食べているガラハッド。
「伊勢エビですよ。先日に白空の御祖父さまが送ってくれたんです」
「もしかして、道中に取ったあれかな? 生で食べても結構美味しかったよ」
楽しそうに談笑する二人。
パーシバルはガラハッドを見ながら、
「・・・・・・『呪い』の副作用か?」
常々思っていた事を口にする。
「ん? そうみたい」
ガラハッドは自分の腕を見ながら答える。
「今度は女人化か。変な呪いだな、全く・・・・・・」
ガウェインは豆腐を食べた。
「でも、成ってみて分かったんだけど、女の人の身体って不便なことが多いんだよね。鎧も胸のあたりが少し、きつく感じるし・・・・・」
「―――――ですが、この世界で唯一、女と言う種族は正統に魂の生成能力があるんですよ」
白士が言う。
「女は皆、『神』なのかもしれないな。誰にも違和感を抱かせずに『人』を創る事が出来る」
ランスロットが白飯を口に運びながら静かに言った。
「よせよ、ランスの旦那。『神』は、俺たちにとって『戦うべき相手』だろ」
「――――そうだな、すまん。ガウェイン。軽率な発言だった」
「柄にもない事を言わせないでくれよ。これは旦那のセリフだろ?」
「胆に命じておこう」
二人の様子を確認した白士は本題に移る。
「それでは、御二方に現状を説明しましょう」
「『創造者』か・・・・・・厄介な相手だ」
食後。五人は広いホールに居た。複数の卓球台が並ぶその場所は、宿泊する客が軽いゲームで楽しむ場であった。目の前では、ガラハッドと白士が白熱の卓球勝負をしている。
「だが、俺達の狙いは『創造者』じゃないぜ。旦那」
なかなかのラリーを見ながらガウェインは喋る。パーシバルは再び風呂に浸かりに行っていた。
「分かっている。本来なら、私の一人の責任なのだがな」
「―――旦那。あんたは、敵になっても『騎士』だった。だが奴らは違う」
と、白士のスマッシュをガラハッドが際どい所で返す。
「・・・・・・・私は、あの子を助けたかった」
ランスロットは元気なガラハッドを見ながら零すように言った。
「分かってる。だから、俺たちも全力で戦えた」
「・・・・・・・」
「―――奴らは魂が腐ってる」
「・・・・・ああ。私が奴らを粛清する」
今も続く過去の罪を感じながら言う騎士を真横にして、ガウェインは、
「それには俺達も乗るよ。あんたは俺達以上に『王』に仕えるべき『騎士』だよ」
再び、ラリーを始めた二人を見ながらそう言った。
「それより、ガラハッドの奴、あんなに卓球上手かったか?」
自分がボロ負けした白士とラケットを握るのも初めてのはずであるガラハッドが、互角に打ち合っているのを見てそう漏らす。
「どうやら、彼女の動きを見て基礎的な行動は把握したようだ。後は、自身のオリジナル性を加えているようだな」
「天才か・・・・・。羨ましいね」
「だが、あっという間に全てを会得してしまうのは面白くないと本人は言っているよ」
「贅沢以上の贅沢だな・・・・・よし!」
ガウェインは意気込みを入れて立ち上がる。
「今のガラハッドなら勝てる!」
「――――その無意味な自信は一体どこから出てくるんだ?」
「勘だよ。勘。何となく勝てる気がするんだ。――――おーい白士。代わってくれ」
雨が降っていた。
辺りで燃えている家屋。
殺された死体。
私は心の底から恐怖を感じていた。
死体の中には父と母が含まれている。
しかし、今は悲しみよりも、憎悪よりも、一つのモノが私の心を支配していた。
それは恐怖。すでに頼る者が居なくなった私は、隣に居る男の戦闘服を掴んでガタガタと震えていた。
「勘弁してくださいよ。なんで、この村でそのガキだけ生かしていたと思っているんです?」
前方で男と同じ戦闘服を着た男達の一人がマシンガンを肩に担ぎながら、目的だった少女を庇うように立っている男に言う。
「それとも、今さら『正義の味方』でも気取る気ですか。灰原少尉?」
男は何やっているんだこの人は。と言う目で見る。
「―――――イワン。ようやく分かった・・・・・・」
灰原と呼ばれた男は少女を少し離す。
「―――お前は、戦いを理由にして人を殺したいだけの、ただの悪党だ」
持っている銃を捨てる。
「―――それで? どうするんですか? 一端の西部劇みたいに五秒数えたらズドン、でもやるんですか?」
「俺は、銃を使わない。この場の清算は、この場の流儀でつける」
灰原は、少女の持っていた日本刀を持つ。
「剣で銃に勝てると思いますか?」
トリガーを一度スライドさせながらイワンはマシンガンを構える。
「ああ。どんな強力な兵器でも当たらなければ意味はない」
灰原は刀を左手に持ち、右逆手で鞘を握る。
「この娘には指一本触れさせん」
イワンは撃つことが出来なかった。目の前の男に遠慮しているわけでもなければ、恐怖を感じているわけでもない。ただ、どのように銃弾を浴びせたとしても、自分が斬り捨てられる様が何度も目の前に移る。距離は八メートルほどある。しかし、それは無意味に近い。こちらが先手を取れる。しかし、この殺し合いは先手を取った方が負けだ。圧倒的にこちらが有利なはずだ。だが、こちらが不利なのは気のせいなのだろうか・・・・・・・・
まるで止まったかのようにゆっくりと流れる時間。
その時、ふと灰原が口を開いた。
「どうした? 銃を持たない相手を殺してきた男が今更、腰の引けた野郎になり下がったか?」
その言葉に反応したイワンは銃を構えなおした。
即座に銃を向けるしかし、その対処は灰原ではない。少し離れた位置に居る少女だ。
任務も何もない。この怪物を殺さなくては灰原を倒したとしても、我々が全滅する可能性がある。
すると、自分と少女の間に刀を抜いた灰原が現れた。
「化け物の血族が!!」
イワンが吠える。銃声が滅びた村に響き渡った。
「――――――!?」
天月は勢いよく身体を起こした。
暑い。呼吸も乱れており汗をかいている。どうやら、よくない夢を見ていたようだ。
「ハァ・・・ハァ・・・・・」
頭を抱えうずくまる。あの時の夢だ。あの人と出会った時の。もう見ることのない光景だと思っていたが、無意識下の記憶に根強く残っていたようだ。
「・・・・・相当な臆病者だな。私は・・・・・」
少しでも身体の震えを止めようと、情けない言葉を自分に浴びせる。
それでも震えは止まらない。
天月は隣で寝ているリオに視線を移した。
「・・・・・・・・」
そこには毛布だけが残り彼女の姿は無い。
「―――まったく・・・・」
ため息をつきながらテントから外に出る。出た瞬間、完全な月の光が自分を照らした。
「・・・・・・・」
月に見とれる。おじさんも、私が見ているこの月を見ることになるのだろうか・・・・・
と、いつの間にか震えは治まっていた。
「・・・・・相当な臆病者だな。私は・・・・・」
フッ、と笑う。どこに行っているかは知らないが、リオは一人でも大丈夫だろう。
今度は良い夢を見よう。そんな事を考えながら天月はテントに戻って行った。




