記第十八説 過去
「お姉ちゃん。朝だよ」
新鮮な朝。涼しい空気が詰まった部屋で、あたしはその声を遮断するように、頭まで布団をかぶり、避難した。
「もー、早く起きて、ご飯食べようよ」
今度はその上から自分の身体を揺さぶる。あたしは負け、眠っている身体をゆっくりと起こす。
「・・・・・おはよう。さゆ」
半眼でまだ重い瞼の隙間から妹の姿をとらえると、基本である挨拶をする。
「おはよう。お姉ちゃん」
ようやく起きたことがうれしいのか、さゆも笑顔で挨拶を返す。
「ふぁ〜。もうご飯?」
「みんな待ってるよ。早く着替えて来てよ」
そう言い残すと、さゆは長い髪を揺らしながら、部屋から出て行った。
「おはようございます! 今日も一日がんばりますよっ!」
食卓。様々な皿が置かれている大きなテーブルを、あたしを抜いた六人の男女が座っていた。
「早く座りなさい。みんなお前を待っていたんだぞ?」
眼鏡をかけた男の人が、あたしを注意した。
「はーい。お父さん」
元気に手を挙げると、あたしはさゆの隣に座る。
「みんな揃ったな。それではいただこうか」
お父さんが言うとみんな一斉に食卓をつっ突く。
あたしのお父さんは、小さいながらに傭兵団を結成している。昔は全国各地を腕一つで渡り歩いていた凄腕の傭兵だったってよく話してくれた。それから、お母さんと出会ってそのままこの町に住みついちゃったみたい。
「隊長。今度の仕事の事ですけど―――――」
かなり大柄な、頬に傷のある男の人が、お父さんに話しかけた。
「―――――依頼人は『アヴァロン』の方から、『ハンター』の護衛義務を断ったそうじゃないですか」
「私もそれは気になったが、『アヴァロン』の方はそれ以上強くは言ってこない。立て前として言ってきただけだろう」
「ですが、今度の依頼ルートは禁止区で、地竜の生息地帯でもありますよ?」
あたしの正面に座っている髪の短い女の人が口を出した。
「だが、ここ百年はそう言った被害が無いんだとよ」
大柄な男の人の隣に座っている男の人が更に意見する。
「だから、心配なのよ。今までは無かったから、今度に限ってあるんじゃないかって・・・・・・」
「心配し過ぎだよ。奴らは俺たち人間を恐れて、禁止区に逃げ込んだんだ。襲ってくるはずはねぇよ」
と、食べ終わった男の人は煙草を取り出す。
「上原。みんなまだ食事中だ。後で吸うか、外で吸ってくれ」
「―――おっと、すいません。つい癖で・・・・・」
上原と呼ばれた男の人は煙草をしまった。
「森元。心配なら、お前の方で、『アヴロン』に確認を取るといい」
「・・・・・。分かりました。そうします」
「岩切。上原と一緒に銃の再点検を行え。いざと言うとき、何が起こるか分からんからな」
「分かりました」
「了解」
そう言うと二人は立ち上がり、その場を去って行った。
「ごちそうさまー」
食べ終わると、自分の食器を洗い場に運ぶ。
「―――――二人とも、お父さん達は今日から一週間、家に居ないから、その間の事はトラウスさんのところに行きなさい」
「はーい」
「わかった」
あたしとさゆは、すぐに準備を済ませると、玄関に急ぐ。
「行ってっきまーす」
「行ってきます」
家の扉を閉めると、近くの養育施設に走って行った。
「さゆちゃんは、いつもリオちゃんと一緒に居ますね」
元気に出て行った玄関を見ながら森元が言った。
さゆちゃんは、いつもリオちゃんと一緒に居るわねぇ。
幼い頃、あたしとさゆは二人で遊んでいるとよくそう言われた。
言葉の意味としては、『いつも一緒で仲のいい姉妹ねぇ』と言う事だと思うけど、『さゆちゃんとリオちゃん』ではなく『さゆちゃんは』と言うところに、あの子が抱えている問題が分かりやすく浮き出ていると思った。
その頃から、スズちんや同じ施設の子等、あたしには友達がいっぱいいたけど、人見知りが激しくて引っ込み思案だったさゆは、いくら誘ってもその子達とは遊ぼうとせず、あたしがいないときはいつも一人だった。
今では親友となっていて、天啓君の代わりによく注意してくれたスズちんも、多くの時間とあたしのフォローの甲斐あって、さゆの最初の友達となってくれた。
別にさゆを助けるのは全然辛くなかったし、あの子の為なら何でも出来ていくらでも頑張れた。
いつもあたしの側で、あたしを頼ってくれるさゆが、あたしは大好きで可愛くてしょうがないと思っていたけど、同時にこのままじゃダメだなぁとも考えていた。
あの子にとってあたしとお父さんが世界の全てで、他の事なんて知る必要がないと思っているように見えたから。
それじゃあ、何かで、あたしかお父さんが突然いなくなってしまったら、さゆの心は壊れてしまう。だから、あの子が自分ひとりの力で友達が作れるようになるまで、あたしはずっとサポートを続けるつもりだった。
長い時間をかければ、さゆもきっと自立できる。あたしはそう信じてあの子を助け続けた。
でも、あたし達には、その長い時間が与えられていなかった事をあの日に知る事になる。
「ただいまー!」
夜。皆が帰ってくるという事であたしとさゆは、胸躍る気持ちで帰宅した。
一週間ぶりの我が家。お父さんや、傭兵団のみんなを見て、無事でよかったと、安堵の息をもらした。
「ああ。お帰り」
お父さんが疲れたような笑顔であたし達を見た。こころなしか、他の皆も疲れているように見える。
「ご飯は?」
「食べて来たよ」
「それじゃ、今日はもう寝なさい」
いつもの優しいお父さんの口調にあたし達はいつも道りに布団に入った。
しばらくすると、さゆは眠って、お父さん達が集まっている部屋から話し声が聞こえてきた。
「みんな・・・・・今回は私のミスだ。すまない」
「そんな! 隊長の所為じゃ無いっすよ」
「そうです。だれも想像できない事態だったんです」
「隊長はよくやってくれました。あの時、隊長が指示を出していなければ、死者が出ているところです」
「・・・・・・・・だが、状況は変わらん」
「・・・・・・・・」
沈黙が隣の部屋を支配する。
「――――こんな事をしてても始まらないっすよ」
上原が唐突に口を開く。
「どんどん仕事をこなして、返せる分は返していきましょう!」
その言葉に、全員上原を見た。
「そうだな・・・・・その通りだ。明日から、忙しくなる。皆はもう休んでくれ」
そう言うと、みんなの返事が聞こえて、隣の部屋は誰も居なくなった。
「・・・・・・・・」
あたしは、なんとなく想像がついた。でも今は明日を元気に起きる為に、眠ることにした。
次の日から、皆で食事をすることがほとんどなくなった。夜遅くなった時は、施設からリジットさんが来てくれた。彼女の話ではお父さんに頼まれたのだという。最近話す事が出来ないお父さんの事を思いながら、あたしとさゆはリジットさんの料理を食べたりして帰りを待ったりした日もあった。
でも、失敗した仕事の所為か、皆で朝ごはんを食べる日は戻ってこなかった。そして、会うたびにやつれているお父さんの顔を見て、このままじゃダメだと思った。
そんな事が続いた時の夜、家にお父さんの古い親戚の新月と言う人が家に訪ねてきた。
その時、さゆは寝ていて、あたしと、お父さん。傭兵団の皆で話を聞いた。
新月さんは、やさしいおじさんで、大きなコートをマントのように羽織っていて、後ろには、スーツを着た二人の男が付き人として同行していた。
「今回の兼『アヴァロン』を代表して謝罪を申し出たい。本当にすまなかった」
新月さんが頭を下げた。これには、あたしを含めて傭兵団の皆はびっくりした。
「やめてください。新月さんが謝る必要はないでしょう」
お父さんが慌てて顔を上げるように言った。
「私が、もう少し注意を呼び掛けていれば、『ハンター』も同行しただろう。地竜と戦って命がある君たちは、それだけで価値のあるものだ」
「・・・・・・・」
龍は、この世界で最も危険と言われている種族だった。仮に一匹の龍を討伐するのに、百人近い龍に対して訓練した人たちが戦って勝てるかどうかと言う相手だ。その事を聞いたあたしは、改めて無事で帰って来て良かったと安堵の息を漏らした。
「今回、私がここに訪れたのは、謝罪と提案があるからだ」
「・・・提案・・・ですか?」
「うむ。今回、君たちが負担している責任金を私が全て援助しようと思ってね」
その言葉に、全員が反応した。
「本当ですか!? 新月さん!」
「勿論。嘘偽りは無い。だが、表立ってそれを行うには、大きすぎる金額だ。個人の資産とは言え、半分は組織の物、上が承諾するかどうかはまだ分からない」
「・・・・・・そうですか」
喜びもつかの間、再び落胆する。
「そこで、私の方で一つだけ提案がある。多少言いにくい事なのだが・・・・・・」
「なんですか? 何でも言ってください」
「私達『アヴァロン』は、常に未来の『聖職者』となるべき者達を集めている。君の子のどちらかを、私の養子としてむかえたいと思うのだが――――」
「・・・・それは・・・・つまり・・・・」
最初にこの提案を聞いた時、あたしは他人の弱みに付け込んで酷い人だなって思った。
でも、その言葉を聞いた時の押し黙るような皆の反応や、横のお父さんの悔しさと情けなさが混じった表情を見て、すぐにこの言葉の真意が分かった。
評判が落ち、頼りとされていない傭兵団は、一か月の食費さえも厳しいところだ。
一人一人の生活は何しかなるものの、お父さん一人で、あたしとさゆの二人を養っていく事は出来ない。
もし、今かかっている負担が全て解消されたとしても、傭兵団は解散せざる負えないだろう。
そうなってまえば、海砂家が共倒れになるのは確実だ。
そうなる前に、自分を悪役にして新月のおじさんは、あたし達を助けようとしてくれている。
「・・・・・・分かりました。でもどうするかは、さゆと李桜が決めることです」
「勿論だ。今すぐと言う話ではない。決まったら連絡をしてくれ」
新月さんは立ち上がる。
「新月さん・・・・・・・・ありがとうございます」
お父さんと皆は頭を下げた。
「――――君の家族を引き裂こうとしている私に、礼を言う必要などありはしない」
新月さんは帰って行き、あたしは布団の中で考えた。
あたしが行くか、さゆ行くか。今までみたいにお父さんや傭兵団の皆と暮らす事は出来ない。あまり良くない頭で一晩中考えて決意した。
あたしが新月の家に行こう。
お父さんとあたしだけが全ての、あの子が新月の家に言っても、きっと反発してしまうだろう。さゆはあたしとお父さんを一度に無くしてしまうなんて事は絶対に耐えられない。
だから、あたしが行く。あたしが行けばお父さんがいるだけ、まだマシだ。
あたしも、海砂のお家が大好きだから離れたくないのだけれど―――――いや、大好きだから離れるんだ。家族を守るために・・・・・・
次の日、さゆが寝た後でお父さんにその事を言った。
「そうか・・・・・リオ。本当に・・・・・すまない」
お父さんは今にも泣きそうな顔で答える。
「気にしないでよお父さん! あたしは大丈夫だから、新月のお家でも元気にやってるよ!」
あたしは、お父さんの悲しい顔は見たくなかったから、明るく振った。
「ああ・・・・そうだな。お前なら大丈夫だ。だが・・・・・・」
「分かってる・・・・・さゆの事ね」
あたしが新月の家に行くにあたって、不安に思っていることがあった。
さゆが、あたしと言う家族を失うのに耐えられるかと言う事だ。あの子は、ずっとあたしに依存して生きてきた、あたしが急にいなくなったらますます他者に対して心を閉ざしてしまうんじゃないか・・・・・
「その事なんだけど、お父さん。あたしに考えがあるの」
あたしはその不安要素を取り除けるかもそれない作戦を一つ考えていた。
それはあたし自身にとっても、とても辛い事だけど。さゆの為ならあたしは何でも出来る・・・・・そう言い聞かせてあたしはその作戦をお父さんに伝えた。
「! いいのか? それはお前にとって最も辛い――――」
「大丈夫! あたしはさゆのお姉ちゃんだから、あたしがどう思われようとあの子が幸せになればそれでいいの」
「・・・・・・リオ」
「でも、全部終わったら、さゆの支えはお父さんだけになっちゃうから・・・・・・」
「ああ、分かっている。まかせておけ・・・さゆは絶対に私が守る」
その言葉を聞いたリオは笑顔で応じた。
当日。
その日あたしは、お父さんと一緒に、新月のおじちゃんの家に行って、これからお世話になる事を伝えに行った。
おじちゃんの家は、とても大きくて広い屋敷だった。でも住んでいるのは、おじちゃんと執事の八城さんの二人だけ。八城さんも優しい人で、ここなら楽しく生きていく事が出来ると思った。
もっとも、どんなにいい暮らしが出来ても、さゆやお父さん、傭兵団の皆との暮らしを優る事は絶対にないんだけど。
「・・・・ふぅ。しっかりするんですよリオ。帰ったらちゃんと伝えるんです。新月の家に行くと!」
波打つ心臓を落ち着かせる為に、ぶつぶつと独り言をつぶやく。
正直なところ、それを伝えた時のさゆの顔を想像すると全く気が進まない。心のどこかで、家に着きたくないと思っていたけど、家は目の前まで迫っている。
家の前で車が止まった。あたしは、助手席から降りた。
「それじゃリオ。私は新月さんのところに挨拶に行って来る」
「うん」
「・・・・・リオ。本当にいいのか? 今ならまだ―――――」
「ダメだよお父さん。さゆが一人で生きていくには、この方法しか無いの」
「・・・・・・分かった」
そう言うと、お父さんは車を走らせて行った。
あたしは深呼吸して、気合いを入れ直す。車の音でさゆは、あたしが帰って来たと思っているだろう。もう後戻りは出来ない。
「―――――ただいま〜」
いつも以上に重く感じる扉を開ける。そして、家に入った。




