記第十五説 賢者
「遅いですよ。スズちん」
自分達と回天王の間に一人の少女が現れた。もしくは舞い降りたという方が正しい表現かもしれない。
「これでも急いだ方だ」
同級生は、いつも教室で聞く口調で会話している。だが、今の彼女は学校に居る時と違い、リオが死人と対峙する時と同じ雰囲気をまとっていた。
「天月・・・・お前も、『ハンター』なのか?」
目の前に立つ彼女に天啓は問いかける。
「まぁな。後で聞きたい事は話してやる。今は―――――」
天月は心蝉を見る。
「――――――その上着。『賢者』だな?」
心蝉は観察するように天月を見ると口を開いた。
「隠す理由も無いので答えよう。私は『賢者』だ」
答えると同時に鋭い視線を向ける。
「運がいいのかな? お前たちとは、なかなか交戦する機会がないからな。この身が朽ちる前に一度は『賢者』と戦ってみたかったぜ」
「そうか・・・・それなら貴様は運がいい――――」
突き刺さっている剣を抜くと心蝉に向ける。
「この『獄災』が相手だからな」
その言葉に心蝉は笑みを浮かべた。ただ、剣を向けられているだけで圧倒的なまでの力量が、全身を叩きつける。これだ、この殺し合いこそ、俺達が求める戦いだ。
天月は一直線に心蝉に向かうと斜め下から剣を切り上げた。
「甘いぜ!」
即座に掌に回転運動を働かせ、剣の軌道を弾きかえる。
「もらった!」
はじいた拍子にガラ空きになっている天月の身体を腕の範囲が捉えた。
「少しは黙って戦えないのか?」
その時、はじいた筈の剣の刃が首筋に触れる。
「!?」
瞬時に首を引く。そして次の瞬間、心蝉の姿が消えた。
「ん?」
天月は目の前にいた敵が急に消え、少し離れた後方に現れるという不思議な光景を眼にした。
「特異な能力だ。それも『回転』の応用か?」
「・・・・・・・・」
弾いたのは確実。剣筋がそれたのも確認した。奴は隙だらけだったはずだ。だが、一秒と経たずに奴の剣はこちらの攻撃を防ぐどころか、自分に攻撃を加えてきた。
「・・・・・」
喉元に触れる。普通の人間ならば致命傷の傷だ。あの時、後少しでも反応が遅れていれば首は地面に転がっていただろう。奴はハンターで、自身が戦う相手も熟知している。そして、我々の戦いもだ。
「手の内を明かせば不利になるか・・・・・・・」
こちらの能力は相手に知られている。だが、こちらは相手の能力を知らない。こちらの土俵に居るといっても、この支配は動ける者に不利な作用はしないのだ。
「―――手早く終わらせたい所だが・・・・・・聞きたい事がいくらかある。抵抗せずに投降するなら命は保証しよう」
「―――――面白い事を言う。俺に人としての命がない事は、お前らの方が知っているだろ?」
「―――別に面白くはない。職務上聞かなければならないからな。投降する気がないのなら思う存分戦える―――――」
天月の持っている黒い剣が、剣先からゆっくりと姿が変わり、片刃の緑色の剣に変わった。
「音速の戦いを体験した事はあるか?」
一瞬。一瞬だけだ。瞬きする間も無く、次々と三百六十度全ての角度から刃が繰り出されてくる。
「ちぃ!」
咄嗟の攻撃に心蝉は眼で追える範囲をなんとか防いでいく。速い。いや、速すぎる。捉える事が出来るのは、向かって来る緑色の刃だけだ。ハンターの姿どころか影さえも捉える事が出来ない。まるで刀を取り巻く竜巻の中に居るようだ。徐々に服の上や肌に傷が生まれてくる。
このままではまずい。
見切ることが難しい上に、奴は同じところに刃を一太刀たりとも入れようとしない為、さらに見切るのも困難になっている。加えてこの速度は反則に近い。
「・・・・・・・・」
心蝉は刃を受けながら僅かに足を動かす。その時、刃の雨が止まりハンターは自分から距離を取った。
「ここで、そう判断するか・・・・・」
ためらうことなく撤退を選択した天月を見て、心蝉はつくづく手ごわい相手であること改めて知った。
「私は褒めさせてもらう。あの防戦の中、一瞬にして―――――」
天月は落ちている手頃な石を心蝉の足元に投げた。
石が地面にふれた次の瞬間、渦を巻くように陣が現れそこから飛び出した突起物が石を粉々にする。
「威力の高い『反応陣』を仕掛けるとはな」
「・・・・・・」
「残念だな。特に私にはそう言ったモノは通用しない」
こいつの能力は探知か? 違う。だとすれば、わざわざ姿を見せて交戦する必要がない。遠距離から狙うように攻撃してきた方が危険も少ない。仲間のために出て来たとしても、刃を交えて仕留めようとしたという事は、そう言った戦い方に慣れている証拠である。
「・・・・・・」
状況は極めて不利だ。いや、死神はこちらに鎌を向けている。刈り取られるのは十中八九、自分の首だ。創造者が言っていた通りに、無理をする場面ではない。『賢者』が出て来たところでもう少し情報を集めようと思ったが、今は引くとするか。
「逃がさないぞ」
緑の剣を向けて、自分自身相手と力は対等である口調で言う。こう言う相手はなおさら逃げにくい。自分に対し、相手が余裕を見せるのならばいくらでも隙をついて逃げる事が出来る。しかし、目の前のハンターは、背を向ければ死んでもらう。と言った殺気を飛ばしているのだ。
「――――まったくもって手ごわい相手だな・・・・『賢者』」
「・・・・・・・」
「だが、逃げさせてもらうぜ」
心蝉はパチンと指を鳴らした。すると、遊園地が支配から解放され、止まっていた時間が周りの時に合わせて動き出した。
「・・・・・・・」
「おっと。その剣は周りに被害を出さないようにして戦うには不向きだろ?」
動こうとした天月を制止するかのように心蝉は言葉をかける。
「――――俺も計画が成るまでは表立って騒動は起こしたくないんでね」
「・・・・・・・」
剣が消えるように天月の手から無くなる。
「・・・・貴様らは、一体何をしようとしている?」
唐突に天月が尋ねた。
「一つだけなら答えよう」
クイズの答えを知っているような口ぶりで喋る。
「貴様らの目的だ」
睨むように言う。
「俺達の目的は、自らの『王』に仕えることだ」
先ほどとは違った口調でためらい無く言いきった。
「・・・・・・」
「こっちからも言わせてもらう。――――そこの少年」
心蝉は天月の後ろに居る天啓に視線を向けた。
リオの治療を受けて何とか彼女に肩を借りて立ち上がりながら天啓は心蝉を見る。
「お前は、どちらかと言うと『死人』に近い思考をしている者だ」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「心当たりがあるだろう? そのままの意味だ」
「・・・・・・・」
心蝉は踵を返して歩き出す。
「それでは『ハンター』諸君。今度は『懐かしき故郷』で会おう」
そう言うと心蝉の姿は人ごみにまみれて見えなくなって行った。
「それで、これはどういう事なんだ?」
既に夕方となっている遊園地内のマクドナルド店内で正面に座っている天月に天啓は尋ねた。
「そう言うことだ」
「答えになってねぇよ」
「まぁまぁ、スズちんも順を追って説明していかないと・・・・・・・」
天月の隣に座っているリオは彼女を見ながら言った。
「天啓。お前が聞きたい事を言え。そうすれば要点だけで話は済む。実際にすべて話すと一日じゃ済まないからな」
と、ストローを加えながら真面目な口調で言う天月。
「お前達は『ハンター』なんだろ?」
「違う」
「はぁ?」
「『ハンター』とは『異端者』が勝手に我々に対してつけた、あだ名みたいなものだ。正確には私達は『聖職者』と呼ばれている」
「そう言えば、リオもそんなこと言ってたな」
「て言うか組織内でもほとんど『ハンター』で通ってますしね」
「・・・・・リオ。それは言うな」
天月は疲れたように息を吐き出す。
「その組織ってのは?」
「―――あたし達の所属している組織アヴァロンは裏で『異端者』を取り締まっているんですよ」
「『異端者』ってそんなに多いいのか?」
「いや、正確にはこちら側は比較的少ない部類に値するだろう」
「? こちら側?」
「あたし達が住んでいる世界はこの世界じゃないんです。俗に言うパラレルワールドと呼ばれる世界なんですよっ!」
「・・・・・・・・」
その言葉を聞いて天啓はしばらく何を言っていいか分からなくなった。
「・・・・リオ」
「なんですか?」
「いくらなんでもそれは信用し難いぞ」
「話せと言ったから話したまでだ。信用するしないはお前の自由だよ」
フォローするように天月が口をはさむ。
「あー、つまり、まとめると、お前達はパラレルワールドから『死人』を倒すためにこっちの世界に来たんだな?」
「そうだ」
「それなら、どうやってこっちの世界に来たんだ?」
「空間と空間の間を高密度に圧縮させて一番近づいた時に針を布に通すように通路を通す。そしてその通路を通り抜ければこっちの世界に来る事が出来る」
「あたし達の世界と天啓君の世界は常に接触するように近くに存在しているんですよ。二つの世界がより近づく時にしかあたし達は来る事が出来ないんです」
「それじゃ、死人達も同様の方法で?」
「その点については詳しく判明出来ていない。だが、アヴァロンよりも『死人』は世界と世界の間の移動を熟知している。私達の世界で取り逃がした死人が、こちら側の世界で発見されるというのは数多くあるからな。現に『回天王』も三年前に私の身内が交戦したていたから、こちら側には居ないと思っていたんだが・・・・・・読みが甘かったようだ」
「・・・・・・・」
「大丈夫ですよ天啓君。この世界を『死人』の好きにはあたし達がさせませんから」
「・・・・・その事は俺も協力するよ。ま、出来る範囲でだけどな」
彼女の言葉を聞きながら天啓はため息をつくように言った。
「相変わらず居心地の悪い場所だ」
心蝉は慣れた足取りで創造者の支配する空間を歩いていた。
「だったら出ていったらどうだ? 外の空気を吸えただけで俺は贅沢だと思うがな」
ふと、横から皮肉を交えた声が聞こえ、心蝉は視線を向ける。そこには鎧を着た男が立っていた。
「よぉ〜、『騎士』。何時来たんだ?」
「お前が『創造者』から指示を受けて出て行った後だ」
「そう言えばお前に伝言を預かってるぞ」
「あ? 誰からだ?」
「懐かしの『円卓の騎士』からだよ。『お前達のようなクソッタレどもは、俺達が絶対にぶち殺す』だとよ」
「それを言ったのは、ガウェインか?」
「ああ。そうだ」
そう言うと男は笑いだす。
「わははは! なるほど。言うねぇ〜。こっちに居る楽しみが一つ増えた」
その事を伝えると心蝉は再び歩き出す。
「どこ行くんだ?」
後ろから男の声に振り向かずに答える。
「『創造者』の所だよ。色々と言ないといけない事が出来たんでな」
「なるほど・・・・・『賢者』か」
心蝉からの報告を聞いた創造者はいつもの口調で答えた。
「異名は『獄災』だ」
「『獄災』・・・・・・聞いたことがないな。おそらく新しく入った者だろう。もしくは何らかの理由で表立って活躍できなかった者かもしれん」
「それはいいんだけどよ。『賢者』が乱入して計画に問題は出ないのか?」
「問題ない。引き立て役は必要だ。それは多すぎても困ることはない」
「そうかねぇ〜」
心蝉は椅子に大きく背中を預ける。
「すでに必要なモノは、ほとんど揃いつつある。再び『霊王』が我々の前を歩く日も近付いている」
と、その言葉に心蝉はある事を思い出した。
「なぁ、阿修羅」
「なんだ?」
「昔、『霊王』が言っていた『恐怖』の意味が分かったぜ。あれは『死人』には、なくてはならないものだ」
「―――人は死と言うモノがあるから強くなれるが、我々はこの概念から外れている。隠れていれば世界の終る日を見届けることが可能だろう。だが――――」
「狂うよな。あまりにも平和すぎるのは・・・・・・」
「『霊王』は戦う事で我々の理性を守ってきた。『戦争』と言う『死人』でも死ぬ可能性がある戦場は、まさに理想郷だ」
「――――また、皆で馬鹿みたいに騒げる日が来ればいいな」
「来るさ。必ずな」
風のない無風の空間でゆらりと蝋燭の小さな火が揺れた。