記第十一説 乱日
「誰だ?」
男達は目の前に現れた二人の人物に視線を向けた。
「『死人』」
小さな少女が無表情で答える。
「おい。だからそれだと、分からんって・・・・・」
その隣にいる包帯を巻いた男が少女に話しかけていた。
なめているのか? 男達は全員そう思った。自分達は人の身を超越した死人だ。今まで幾度も、妙な能力を持った者と交戦し、生き残ってきたメンバーである。
「子供に・・・・・・・男。一体何の用だ?」
その中でリーダー核の男が皆を代表して話しかけた。
「見た所、年長者に対しての口のきき方がなっていないな」
「包帯」
「・・・・まぁ、包帯だらけで顔が分からないのは仕方ないけどな・・・」
「取れば?」
「そりゃ無理だ。これは俺の身体の一部だからな」
二人の会話を聞きながら男はもう一度聞いた。
「一体何の用なんだ」
少し声を荒げる。
「ん? ああ、だったな。お前たちに言う。俺達に協力しろ」
その言葉に一気に火が付いた。
「ふざけんなよ!」
「殺されてぇのか!?」
「やんのかぁ? あ!?」
様々な罵声が二人に浴びせられる。
だが、リーダー核の男がスッと手を上げるとそれが止まった。
「―――お前たち・・・・・死人だな?」
男が火染と少女を見て言う。
「お前らのどいつにも、お前呼ばわりされるほど格下じゃない」
「ふざけんなよ! コラ!」
複数居る内の一人が火染にナイフを出して襲いかかって来た。軍隊で白兵戦時に使うコンバットナイフだ。
その様子に他の者は釣られずに、リーダー核の男は黙って見ている。
ナイフは、二、三回火染の身体を切り裂くと、左胸にあたる位置に一突きされた。なかなか訓練された早業である。
「へ、口だけかよ」
男はニヤリと笑う。その様子を少女は無言で見ている。
「どうやら皆殺しが希望の様だな?」
火染がナイフを掴む。その時、男は高熱を感じナイフから手を離した。
「おっと」
火染は、見を引く男の首を瞬時に掴むと持ち上げる。
「! なんだ! こいつ!」
持ち上げられた男は声を上げた。掴んでいる手と首の間から小さな煙が上がっている。
「待て!」
リーダー核の男が制止をかける。
「あ?」
「そいつを離せ!」
「冗談を言うなよ。俺に命令できるのは『霊王』だけだ」
「!?」
その言葉に周りが凍り付いたように静止した。聞こえるのは掴んでいる男の苦しむ声だけである。
「お前らのような、消す価値もない廃れ軍人の死人に指図される筋合いはない」
その一言は、憎悪だろうか、ひどく自分たちに対して怒っているような口調だ。
「・・・・・・・・」
噂には聞いていた。死人達を束ねる王の存在。そして王と共に戦う上呪と数えられる死人達。男は直感した。たとえ自分達が束になってもこの二人には勝てない。
「微熱なんだが、そろそろ発火するな」
と、さりげなく言う。
「野郎!」
仲間を助けるために他の者達が動き出す。だが、リーダー核の男が手をかざしてそれを止めた。
「やめろ」
「!? 何故ですか大連さん! このままじゃアイツが――――」
大連は一人、火染に歩み寄ると頭を下げた。
「あんた等に何でも協力する。だからそいつを離してやってくれ。頼む」
「・・・・・・・」
投げ捨てるように離した。男の首には火傷の痕が残っている。
「賢明な判断だ」
「・・・・・それで、俺達は何をすればいい?」
火染は一枚の資料を大連に渡す。
「このリストにある奴らと交戦してほしい。一週間以内にだ」
「・・・・・・・分かった」
大連は資料をめくりながら承諾した。
「相変わらず」
とあるビルの登ることのできない高い位置。隣でポッキーを食べている少女は口にくわえながら火染に言った。
「少し感情的になりすぎたな」
「久しぶりに見た」
「――――どんな事でも悪事を犯す奴は許せない」
包帯が風に揺れながら火染は思った事を口にする。
「矛盾」
「そうだな。矛盾してるな。だが一番許せねぇのは表で善人ぶってて、裏で悪事を働いてる奴だ」
「私のお父さんも?」
その言葉を聞いた火染は少女の頭にポンと手を乗せた。
「――――今は『霊王』だろ?」
「うん」
少女は少しだけ嬉しそうに頷いた。
「は?」
放課後、帰る用意をしていた天啓はリオの言葉を聞いて、そんな声を出した。
「だから、まずいんですよ。明日あるテストで五十点以上取らないと、もれなく補習なんです」
「いいじゃん。受けろよ、もれなく補習」
帰る作業を再開する。
「ダメですよ! いつ『創造者』が動き出すか分からないんですから!」
「あまり、大声で言うな。―――確かにそっちも早いところ、片づけておかないといけない問題ではあるよな」
半年前から昏睡事件の被害者は全く出ていない。創造者は別の所に去ったのではないかと天啓は思ったが、リオによると嵐の前に静けさであるとの事だ。
「はぁ・・・・勉強しなくても頭が良くなる方法でもないですかねぇ〜」
落胆しながら言う。
「そんなものはない。そんなのがあったらみんな頭いいだろ」
「―――勉強しないで頭が悪くなる方法ならあるんですがねぇ〜」
「それは単に勉強してないだけだ。て言うか、寮で嫌と言うほど勉強できるだろ。むしろ勉強しかすることが無いんじゃないか?」
「―――フッフッフ。あたしをなめちゃあいけませんよ。どんな時でも寝ると言う事は人間にとって一番の安らぎなんですよ」
「・・・・・・・。じゃあな」
と、鞄を持って帰ろうとする天啓。
「あ、待ってくださいよ〜」
「寮で天月にでも教えてもらえ。俺は帰る」
「スズちんは、生徒会で遅くなるんです」
「じゃあ、嵐道だな。あいつも化け物だ」
「危険ですよ! 異性で二人きりなんて!」
「・・・・・・・。俺にどうしろと?」
諦めたように天啓はリオに聞いた。だいたい予想はつく・・・・・
「勉強。教えてください!」
そら来た。
「・・・異性と二人きりは危険じゃなかったのか?」
「天啓君は彼氏ですからね。別に危険でも何でもありませんよ」
と、笑顔で言った。
「・・・・・・・」
天啓は彼女から視線を外す。どうも自分はこの笑顔には弱い。
「・・・・・分かったよ」
「ありがとうございます!」
嬉しさのあまりリオは天啓に抱きついた。
「んで、何でここなんだ?」
党鹿野荘の二十三号室。天啓は目の前に座ってるリオに尋ねた。
「だって、学校はもう閉まるし、寮のあたしの部屋は男子禁室だし、ここしかありませんよっ!」
天啓は空のペットボトルで軽く、ぽこんとリオの頭を叩く。
「当たり前のように言ってるんじゃない。早く教科書を開け」
「はーい」
「確認したか?」
大連が近くにいる仲間に尋ねる。
「はい。目敵の新月リオです」
「よし、もう少し暗くなるまで待つ。下手をすれば残りの『ハンター』を引き寄せることになる」
「分かった」
「『ハンター』の実力。今後の為に知っておいて損はない」
「うーむ」
「その分母に、かけた分だけ分子にもかけるんだ」
「うーむ」
「それで、これとそれを足せば、これが答えだ」
「うーむ」
「・・・・・・。少しは分かったか?」
「少しは・・・分かった・・・・・・かなぁ・・・?」
額に、目指せ! 五十点。と書かれたハチマキを巻いたリオは頭から煙を出しながら答えた。
「俺に聞くな。俺に」
外は少しづつ、暗くなってきている。既に勉強を始めて二時間だが、今だにリオは自力で一問も解けない。
「・・・・・。難しいですよ。これは!」
リオが声を上げた。これは相当かかりそうだ。
「ほら」
天啓は休憩の意味を入れて、麦茶をリオに渡した。
「わぁ。ありがとうございます!」
「・・・・・お前は一を聞いて一を覚えられんのか」
麦茶を飲んでいる彼女に尋ねる。
「戦闘スキルなら一を聞いて一を覚えられるんですけど。まさかこっちに来て勉強するとは思いませんでしたよ」
リオの本業はハンターである。常に死と隣り合わせの彼女にとって、このような勉強はまるで意味が無い。今さら無理に覚えろと言われても難しいことなのかもしれない。
「・・・・・・」
再び教科書見ながら呻くリオを見ながら、天啓はある事を考えた。
「―――ちゃんと点がとれたら、一つだけ、俺に出来る範囲で、お前の言う事を聞いてやるよ」
何気ない一言にリオは反応する。
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、ちゃんと点が取れたら―――――」
次の瞬間、窓ガラスが割れた。
「!?」
瞬時に割れた方を見る二人。すると、そこから手榴弾が机の上に転がって来た。
天啓は瞬時に机を立てると、リオを自分側に引っ張り影で包む。
爆発。
爆熱と煙が二人を襲った。
「・・・・・・」
その様子を正面の家の屋根から大連は見ていた。すでに夜空と、なっており満月が出ていた。
「成功ですよ。大連さん。でもいいんですか? 実力を見ろと言われているんでしょ?」
「この程度で死ぬようならそれまでだったと言う事だ。次の目敵に移るぞ」
その場から去ろうとしたら他の仲間が声を上げた。
「大連さん!」
仲間の指をさす方向を目で追う。二人の人間が爆発した部屋から出て来ると、走っている。
「・・・・・・」
見ると一人は、目敵の少女だ。もう一人は少女と一緒に部屋に入った青年である。
「さすがは『ハンター』あの程度では死なないか・・・・・・」
あの攻撃でほぼ無傷に近い。と言う事は、防御面に特化した何か特殊能力を持っているようだ。
「仲間を集めろ。目立たない所で片を付けるぞ」
大連は仲間にそう言った。
「一体全体何なんだ?」
天啓は誰も追ってこない事を確認しながら、前方を走っているリオに尋ねた。
「高確率で『死人』ですね。あの爆弾は、外見は手榴弾に見えましたが、特殊な物です」
「特殊?」
「はい。生体物だけを殺傷する兵器で『ハンター』でも使われています」
「・・・んな面倒な物を・・・・」
街に辿り着いた時点で天啓は息が上がった。
「リオ・・・ちょっと待て・・・・」
止まった彼を見てリオは駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
呼吸を整える。
「この人ゴミは危険ですよ。どこから来るか分かりませんから」
リオは、怪しい者はいないか目を辺りに配らせながら答えた。
「リオ。どうやって奴らを倒す? 俺達は姿さえも見ていないんだぞ? それなのに狙われているのは確実。最悪だよ」
「狙っているならのが分かっているなら、なんとかなりますよ。とりあえず広くて人が少ない場所に移動しましょう。他の一般人を巻き込むのは夢見が悪いです。該当する場所で、ここから一番近いところはありますか?」
「広くて、人が少なくて、ここから近い場所・・・・・・・。一つだけある」
「どこですか?」
「お前もいつも行ってるだろ」
「学校だと?」
部下からの報告を聞いた大連は、眉を顰めた。なるほど、情報だと表では一般生徒として高校に通っている。自らが把握している地形の方が生存率は上がる。それに加えて自分達は何も把握していない。
「周囲状況は?」
「校内の消灯は全て落ちています。恐らく誰も居ないでしょう。近くに寮がありますが、林に挟まれているので音が出ない限りは、不審に思われることはないと思います」
「・・・・・。先行部隊は目立たない所で待機。狙撃班は、私が指示を出すまでに狙撃位置を確保。命令があるまで先走るな。以下を全員に伝えろ」
「了解」
「敵は?」
「――――来ない」
四階廊下。天啓は度々正門の様子を確認していた。
「・・・どうやら、あちらさんも、ただ者じゃないようです」
銃の動作確認を行いながら喋る。
「・・・・・・」
「天啓君」
リオは、日本刀を天啓に渡した。
「今回は、お前が使えよ」
天啓は受け取ろうともせずリオに言う。
「・・・・・。ダメです。相手は複数来ているんですよ? しかもどんな武器を所持しているか分からないんです」
「だったらなおさらだろ? お前本来の力を分散させてたら、こっちが負ける」
「・・・・・」
「囮ぐらいは出来るさ。それに――――」
「それに?」
「―――今夜は、死ぬ気がしない」
天啓の言葉にリオは彼の頬を叩いた。
「・・・・・・」
「あたしの前で死ぬなんて絶対に言わないで・・・・・」
彼女は少しだけ涙目だった。天啓は、
「ごめん」
軽率な発言であったことを謝る。
「命は一つしか無いんです。だから・・・・・」
「そうだな。ごめん」
天啓は自分の手を見る。夜空では満月が輝いていた。
校内を進軍する影が複数あった。みな、防弾チョッキに両腕でM16A2を構えている。四人一組で裏口に一組待機させ、自分達は慎重に、階段を進んでいた。指でお互いに指示を出し、進んでいる様は特殊部隊である。
『こちらランド1。裏口、逃亡の痕跡、異常、共に無し』
「ランド1は、そこに待機。敵を待ち伏せろ」
『了解』
「これよりランド2は本校舎の探索を開始する。セグ1、そちらから何か確認できるか?」
『特には』
「セグ2」
『こちらも』
「何かあれば発砲を許可する。撃つ時は確実に仕留めろ。相手はどんな能力を持っているか分からん」
『了解』
「行くぞ。狩人狩りだ」
大連は銃を再点検すると、一階から探索を始めた。
火染と少女は校舎よりも高い位置からその様子を見ていた。
「お、始まったか」
「どっち?」
「―――分からねぇよ。どっちが勝つなんてな」
「詰まらない」
「人に聞くばっかりじゃなくて、お前もたまには予想してみろ」
「・・・・・・・。・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・」
真剣に悩む少女を見て火染は、
「・・・・俺が悪かったよ」
ため息をつきながら言った。
四階廊下。
「・・・・・・・」
大連は先行して通路を確認する。暗く月明かりしかない廊下は、闇によりほとんど見えない状態だった。しかし、死人として極限まで研ぎ澄まされた視界は、昼間のような景色を捉えている。敵の姿がない事を確認すると手で合図を送り、後ろの者達に指示を出す。
体制を低く進んで行く。
「・・・・・・・」
教室の扉の左右に張り付くと、手榴弾を持った者が肘でガラスを割り中に投げた。
爆発。
本来なら耳をふさぐような爆発音が辺りに響き渡る。だが、変化があったのは爆発の際に起きる爆熱の光だけである。それ以外はまるで水の中にいるように静まり返っていた。
「・・・・・・・」
扉を蹴り破り、煙が舞う教室に慌しく侵入する。その際にも扉が破壊される音や、足音などの音はまるで聞こえない。
「・・・・・・・」
辺りを調べるように合図を出す。他の者はそれに従うと掃除箱、教卓の裏などを慎重に調べる。
特に異常が無い事を確認すると無言で頷く。それを確認した大連は他の部隊に通信を入れた。
「ランド1」
『こちらランド1』
「そちらで何か不審な者を見たか?」
『いいえ』
「セグ1、セグ2」
『こちらも異常はありません』
『同じく』
「警戒を続けろ」
『了解』
全員同時に答える。
「行くぞ。次の部屋だ」
大連が言うと再び慎重に移動を開始した。
体育館屋根。
「・・・・・・・」
セグ1は、M24狙撃ライフルを左右に動かし広い範囲で見張っていた。この位置に付いてから既に二時間。部隊長の部隊は順調に進んでいる。
今だに交戦しない所を見ると敵は最上階に近い位置にいるようだ。六階の廊下をこまめに調べているが、こちらも敵の姿を確認していない。一体どこにいる・・・・・・
五階の通路を調べていると、その時横から銃を頭に付きつけられた。
「・・・・・・・」
セグ1の額に一筋の汗が落ちる。
「こんばんは、死人」
そう言うとリオは引き金を引いた。
死を受け塵になって行く男からライフルを取ると、手動装填で弾を抜き出す。
ポケットから7.62mm弾を取り出すと慣れた手つきで装填する。
『セグ1。そちらで不審な光を確認した。応答しろ』
通信マイクから相手の声が聞こえてきた。どうやら音は聞こえないが、視野による認識は出来るようだ。
リオはM24を構えると、もう一人の狙撃手を捜す。
スコープを動かすと、下の倉庫の屋根にいた。
異常の事態に気づいたセグ2はこちらにライフルを向ける。
相手が撃つよりも早くリオは引き金を引いた。
スコープ越しに塵になるのを確認する。
「天啓君。眼は潰しましたよ。そっちはお願いします」
裏口。
一定の距離を置いて、敵が現れないか、待機していたランド1は本校舎から出てくる人影を確認し、一斉に銃を構え戦闘態勢に移行していた。
徐々に姿がはっきりとしてくる。もう少し、視野に確認できれば一斉射撃で仕留められる。引き金に掛る指に力が入った。
現れたのは目敵と一緒に確認した青年だ。
引き金が引かれた。火薬が爆発する小さな火花と、排莢される空薬莢が凄まじい銃撃である事を物語っている。だが、それらの行動でも銃声が全く聞こえない。目立つのは間隔を置いて点滅する銃身の光ぐらいだ。
毎分九百発の弾丸が青年に向かって四方向から襲いかかっている。
三十秒ほど撃ち続け全員が一斉に止めた。
銃身から硝煙が細く立ち上っている。男の一人が指で指示すると、仲間の内二人が標的の生死を確認しに行く。あの銃撃で生きているとは考えづらいが、確認しなくては報告が出来ない。
慎重に近づく仲間を援護する形で、倒れている青年に標準を向け続ける。
と―――
背後で何か気配を感じ後ろを向いた。その瞬間、いつの間にか奪われていたナイフで胴体部の中心を刺された。
「!?」
事態に気づいた男は腰に在るベレッタM92を抜く。しかし、銃は抜けなかった。腕はすでに塵と化していたのだ。
聖水加工が施されていない武器で、死人が消滅するだと!?
瞬時にあらゆる疑問が頭に浮かんだが、考える間をおかず塵となった。
少し離れた所で、その様子に気づいた相方はM16A2を青年に向ける。だが向けるよりも青年の方が速かった。
青年は発射される瞬間と同時に、長い銃身を撥ね上げる。飛び出して行く弾丸は青年の斜め上を通過していく。青年は身体を回転させると逆手に持ちかえたナイフを人体の中心に突き立てる。瞬時に塵となり消滅する。
仲間が二人殺られた事に気づいた、確認を行っていた二人は青年に対して銃を向けた。
その時である。倒れている死体から黒い突起物が二人を貫いたのは。
それはまるでウニのように自分達を貫いていた。
「!・・・・・・」
声も発する事が出来ず二人は消滅した。
「報告しろランド1。今の銃光は? 何があった?」
数分前から連絡が取れない部隊に大連は通信を繰り返していた。
「大連さん。セグ1からの通信がありません」
「セグ2からもです。何度も呼びかけていますが、応答がありません」
「・・・・・・」
大連は起きることのない事態を想像した。敵は確認した限り目敵と、その連れの二人だけ。校内に味方がいたか? ならば、セグ1、2は、ほんの少しでも不審な動きを捉えれば連絡を入れるはずだ。人数が多ければ多いいほど、気配を隠すのが難しくなる。だが、彼らが気付けなかった。これは憶測だが、敵の数は増えていない。ならばセグ1、セグ2を仕留めたのは銃器、戦術など、戦いにおいての技量を存分に習得している者、つまり目敵である新月リオだ。ランド1からは未だに応答がない。通信が来ない以上、全滅したという事態を想定に入れる必要がある。この数分でセグ1とセグ2を仕留め、なお且つランド1を全滅させるのは時間的に不可能だ。だとすればランド1を仕留めたのは――――――
「あの青年ということか?」
だか、自らの出した結論には多くの疑問がある。第一に、一個分隊程の実力があの青年にあったというのか? あちらのチームも素人ではない。能力が分からないとはいえ、こちらは死人あちらは人間だ。奇襲を受けても、立て直すことは出来る。だが、一言も応答がない間に通信がとれなくなっている。と言う事は、一度の交戦で全滅したということだ。
「大連さん?」
長く考える大連に部下の男が声をかけた。
この状況はまだ奪回できる。おそらくハンターは、セグチームの居たところのどちらかで自分たちを狙っているはずだ。下手に出れば的になる上に、M24は一発で仕留めなければ、再装填に時間がかかる。ハンターは確実に一人づつ仕留める気だろう。
ハンターの位置は脅威だが、相手の視界に入らなくてはそれも意味はない。それより厄介なのは行動が読めない上に、その気になればハンターの援護の元にこちらを殲滅できるほどの切札である青年の方だ。
「廊下には出るな。的になる。窓から外に脱出し、ランド1と交戦した青年を先に仕留める」
「なかなか見ものだな」
今までの事態を見ていた火染は映画を楽しむ観客のように言った。
「あの『ハンター』はなかなかやるな。えーと・・・・・・」
「新月リオ」
「そうだ。銃術、戦闘技量、状況、地形適応時の兵の配置。どれをとっても前線でリーダー核の器だぞ」
「良かった」
「何がだ?」
「詰らなくならなそう」
「―――確かに。『ハンター』が、あんなのばかりだったら『上呪二十四死』は退屈せずに済みそうだな」
火染は心底楽しそうに言う。
「いずれ戦う」
「分かってるよ。今は傍観を決め込もうじゃねぇか」
火染が言うと少女は無言で頷いた。
どういうことだ?
大連は現状を未だに理解できなかった。
裏口で青年を発見した。そして交戦を開始し青年は森に逃げた。それを追う形で、自分達も部隊を崩さずに追撃を開始。しかし、青年は森という環境を巧みに利用し、自分達は一人づつ排除されていった。決死の思いで青年を森から外の校庭に追い出した時には、既に自分一人になっていた。
「貴様は何者だ?」
銃はすべて弾切れ。ナイフを青年に向けながら大連は尋ねた。
「平和な日常を願う学生さ」
青年の方から仕掛けてきた。
「平和な日常? 我々の世界に足を滑らせなければ、いつも通りの日常であったはずだ」
大連は突き出してきたナイフを跳ね上げると逆手に持ちかえ、斬りかかる。
「違う。俺は自分の意思で彼女に協力している」
その攻撃を天啓はナイフで受けると、体全体で支えた。
「―――矛盾しているな」
「なに?」
刃と刃が混じりあい小さな火花が散っている。天啓と大連は眼前で会話をしていた。
「平和な日常を求めるならば、何故こちらに足を踏み入れる? 何故日常を遠ざける?」
「それはお前達が居るからだ!」
「違うな。それこそが違う。我々は、我々の世界で生きている。貴様の世界で、犯罪が起き、それを取り締まる警察がいるように、我々の世界では我々の正義と悪がある」
「・・・・・・・」
「おかしな話だ。貴様は、こちらの世界に足を踏み入れているのにも関わらず、自らの世界を望んでいる」
「だが、お前達は、自らの生のために人を殺す。俺はそれが許せない」
「―――面白い事を言う。生のために人を殺す? 確かに貴様らの世界から見ればそうかもしれん。ならば問う、貴様は自らの生のために何を摂取している?」
「・・・・・・・」
「・・・・・当然のことで答えられぬか。貴様の世界でも我々と同じだ。命あるものを摂取しているのではないか?」
「!」
「人の作りだした物、動物ならなおさらだ。貴様らも物の見かたを変えれば我々と同類ではないか」
大連は大きくナイフを弾く。
「くっ!」
「それだと言うのに、貴様は、日常を取り戻したい、生を汚す我々の存在を許さないと言う。ならば貴様自身は、どちらの世界に立っているのだ?」
「・・・・・」
「答えは簡単だ。貴様自身、どちらにも立っていない。ただ為すがまま、他人と言う馬に引っ張られるだけのただの馬車。決意も無く、よく今の今まで生き残ってこれたものだ。覚悟の無い者はこちらの世界でも、あちらの世界でも生き残ることはできない」
「俺は・・・・・」
いつの間にか近距離まで接近していた、大連のナイフを咄嗟に受け止める。しかし、大きくはじかれ遠くに転がる。加えて強力な蹴りをくらうと、後ろに吹き飛ばされた。
「所詮は、いつまでも相方の先導でワルツを踊っているに過ぎない。貴様自身何者か分からぬまま、死んで逝け」
大連がナイフを天啓に振り下ろした。
覚悟。
俺はこんな狂った日常を終わらせたいと思った。
リオと協力して元の日常に戻りたいと思った。
俺は一体どこに立っているんだ?
リオの世界か?
それともオレの世界か?
奴の言う通り、俺はどちらにも立っていない。
なら俺が居るのはどこだ?
俺は一体―――
ドコニタッテイルノ、カシリタイカ?
誰だ?
オレダ。
誰・・・だ?
シリタインダロ? ナラオシエテヤルヨ。
何を?
オマエハ――――
ナイフが振り下ろされた。
「・・・・・何?」
だが、ナイフは天啓に刺さっておらず、大連の腕は肩から斬りおとされていた。
大連は鮮血を抑えながら後退する。
その間に、天啓はナイフを落ちた腕から奪うと、大連の魂を突く。
「最後に教えよう。俺は何者でもない。俺は夜月だ」
「・・・・・・」
「確かに俺は他人の手に引かれて踊っているだけかもしれない。だが、曲は俺が決める」
次の瞬間、大連は塵となって消滅した。
「天啓君!」
後ろからリオが駆け寄ってくる。天啓は振り向くとナイフを構えながら、
「やぁリオ。いい月夜だ」
その時、作った彼の笑顔にリオは一瞬歩みを止めた。
「・・・・・貴方は誰ですか?」
睨むように銃を構える。
「ひどい言われ様だなぁ。俺は天啓だ。君の大好きな」
再び笑顔で言う。だが、リオはその笑顔の裏にある何か冷たいものを感じていた。
ゆっくりと天啓が歩み寄る。
「来ないでください!」
「さぁ、リオ。ワルツを踊ろうか・・・・・」
まるで獲物を眼にしたような笑みを浮かべるとナイフを持ちかえた。
その時――――
「!」
天啓は急にナイフを落とすと、苦しむように胸を強く掴み始めた。
「・・・・クク、残念だ・・・・・リオ。今度会うときは・・・・・月夜で・・・・・・・」
徐々に力が抜けて来たのか、地面に伏せるような形でゆっくり倒れる。
それと同時に彼から不気味な気配が消えた。
「!? 天啓君!」
銃を直すと急いで駆け寄る。
「痛っ! いてて・・・」
頭を押さえながら体を起こすと彼女を確認した。
「リオ? ――――そうだ! 奴は!?」
天啓は大連の姿を探すが、どこにもいない。
「天啓君が倒しましたよ」
「へ? 俺が?」
「はい」
「記憶がそこだけ飛んでいるんだけど?」
「刺し違えたんじゃないですか?」
「だったら俺も死んでるだろ」
「そう言えばそうですね」
相変わらずの笑顔を見て、軽くため息を入れると立ち上がる。
「―――襲撃してきた死人は全員倒したんだよな?」
「はい。間違いないと思います」
「それじゃあ、俺は帰る」
「あ、待ってください。あたしも行きますよ」
歩きだした天啓にリオが走り寄る。
「お前、寮だろ?」
「―――天啓君の部屋に、勉強道具を置きっぱなしなんですよ」
「――――なるべく急ぐぞ」
「はい。それと、約束ちゃんと守ってくださいね」
「ん? ああ、分かってるよ」
そう答えると、天啓とリオは党鹿野荘に向かって歩いて行った。
「おいおい。冗談だろ?」
一部始終を見ていた火染は、驚きのあまりそう漏らした。
「『処刑人』」
「レアなもんが出てきたなぁ。全滅させたんじゃなかったのか?」
「やった。でもいた」
「・・・まずいな。生き残りが、居たとなると色々と問題がある。とりあえず今回の事は『創造者』に報告して次の指示を待つか」
「うん・・・」
次の瞬間二つの人影が消える。
夜空を満月だけが不気味に大地を照らしていた。