黒い揚羽蝶
ギリギリR15……かな?
ダークファンタジー要素のある
官能的で
大人めな恋を目指してみました。
自分の人生をどこか他人事のように感じることがあった。
これを乗り越えればいい。
あれさえこなせばいい。
淡々と、こなして生きてきた。自分のことではないように、感情移入をしない。
他の人と違うと感じている。他の人達は幸せそうに暮らしていると思えた。悩みや不幸もあるとは思うけれど、少なくとも楽しんで生きているみたい。羨ましい。
子どもの頃は、純粋だった。目の前のことしか見えず、猛突進な感じ。
冷たくされても、フラれても、好きな男の子に何度も告白したことがある。今思えば、バカな自分だと思う。
その男の子とは、最初は親しかった。他愛ない会話をして笑い合っていたのに、いつの間にか彼はそっぽを向いた。
バカなあたしは、なにかを見逃したのだろう。
彼の冷たさは、諦めさせる優しさだったのだろうか。必要のない好意に終止符を打つため。正直、あたしの気持ちが迷惑だったのかもしれない。願わくば、その出来事を消し去りたい。
それは当然の態度だと、あたしは思う。興味のない相手には、そう冷たい態度で示せばいい。
好きになっても、報われないのだと、教える。
好きでもない異性には、笑いかけない方がいい。勘違いされては困る。好きでもない異性には、優しさを見せない方がいい。勘違いさせてはいけない。
そんな恋のあとから、冷たさを纏って、淡々と生きてきた。
必要最低限の人付き合いをし、ほどよく距離を置いて、適当に仕事をこなした。
仕事も適当に家の近くにある店で接客業を選んだ。無愛想で横暴な客の相手をやると、かなり疲れを感じる。8時間勤務を終えて、辞めようかと悩みながら、歩いて帰った。
冷たくする割りには、人並みに魅了したい願望……まぁ、つまりはモテたい願望があって、お洒落はする。お洒落がしたいというのもあるけれど、身形を気にしているから、ただの通勤時も気にした。
靴はなるべく新しいもの。お洒落なものを履くように心掛けた。小柄で背が低いことがコンプレックスなので、ヒールあり。
徒歩通勤だから、あまり高いヒールを履いてられない。太めの5センチほどの高さのブーティは、ベージュ色。
常になにかを羽織っていたい質で、夏間近でもUVカット素材のジャケットを着ている。ドレープを取り入れたグレージュ色。身体のラインが出るフィットする白いカットソーのシャツと、黒のズボンを穿いている。
着飾ったところで、冷たさを纏うあたしに、ナンパは滅多にないし、すれ違うだけで惚れられることもない。恋なんて、最近は二次元相手ばかりだ。
公園の中に入って、カツカツとウォーキングコースを歩いていく。ツツジの庭園を過ぎれば、遊具が並ぶスペースに出る。
桜の木が並んでいるから、太陽は出ている間は木陰が出来ているところだ。涼しいし、日傘は畳む。
昔は全てが大きく思えたけれど、今はシーソーも滑り台も小さく見えた。
不意に、目の前を黒揚羽蝶が横切ったから、足を止める。黒いものには、妙なほど惹かれてしまう。
漆黒の揚羽蝶は、蝶の中で一番魅力的に思えた。頭上を過ぎる蝙蝠も。
遊具の上を飛んでいく黒揚羽蝶を目で追いかけていたけれど、やけに薄暗いことに気付く。
今は夕方だけれど、暗くなるには早すぎる。
曇りになってしまったのかと、空を見上げるけれど、雲があるには思えなかった。
不気味。薄暗い夕方の公園には、あたししかいない。黒揚羽蝶も、いつの間にか消えてしまった。
その時だ。
なにかにぶつかられて、あたしは転んだ。何事かとすぐに顔を上げると、黒がいた。
まるで黒い影が、浮き上がったみたい。黒い虫の塊が、人の形を保っているようだ。または、肌も目も真っ黒な人。
口らしきものを大きく開けても、黒い。
目の前の黒いソレが、なにかはわからず、ただ固まっていると。
左手が、黒いソレを貫いた。
忽ち、ソレは黒い煙が散るように粉砕する。綺麗な左手に黒い煙が纏っていたけれど、振り払われた。
それが、跡形もなく消える。
ソレの代わりに、あたしの目の前には、魅惑的な青年が立っていた。
ブロンドがさらりと揺れる。色白の肌で、瞳はペリドット。白いシャツと、洒落た深緑のベスト。
左手を下ろす彼から、目が放せないでいた。
海外の映画に出演する美しい容姿の男優のよう。欠点が見付からない肌は、なめらかそうで、シャツの隙間から見える首元とくっきりした鎖骨はまた美しい。
なにより、ブロンドの間から見える見慣れないペリドットの瞳。
黒揚羽蝶よりも、惹き付けられる。
彼はあたしを見定めるように、その瞳を細めて、僅かに首を傾けた。その拍子に、ブロンドがさらりと落ちる。
あたしが1度瞬いた瞬間、彼の姿が消えた。さっきの黒揚羽蝶のように、見失う。
立ち上がって周りを見たけれど、やはりいない。夢でも見ていたのかと、頭を押さえる。もしや、疲れすぎて幻覚を見たのだろうか。
薄暗さは消えて、公園に植えられた桜の木の葉の隙間から、まだ明るい水色の空があった。
ボケッと見上げてしまったけれど、汚れてしまったズボンを叩いて砂を落とし、カツカツとウォーキングコースを歩いて帰る。
アパートの2階で一人暮らしをしている部屋は、静まり返っていて、味気ない。でも、煩わしさはない。
家族なんて、煩わしさが付き物。どこの家族だって大なり小なり、煩わしい問題がある。あたしは煩わしさから逃げて、一人暮らしを始めた。
ジャケットを脱ぎ、ハンガーで壁にかける。廊下を歩きながら、カットソーのシャツを脱いで、ソファーに投げ捨てた。ブラジャーを外そうとして、止まる。
白いレースのカーテンの向こうから、視線を感じた気がしたけれど、ベランダからはなにも見えない。
本当に疲れているのだろうか。
ズボンを脱いで、ソファーに投げ捨てて、目頭を押さえながら浴室に向かう。
お風呂に浸かって、疲れを癒そうとした。
目を閉じると、鮮明にあの青年を思い出せる。ブロンドと、ペリドットの瞳。
それに、黒いもの。
幻覚じゃないなら、なんだったんだろう。
首まで温かいそれに浸かりながら考えたけれど、わかるわけがなかった。
家にいる時は大抵、ベビードールとカーディガンを着ているだけ。暑い日は特にそう。
食事を軽く終えたあと、ソファーに寝そべって、お酒を飲みながら、タブレットを操作して映画を観る。
なんとなく、幾度も観たヴァンパイアのラブストーリーを選んだ。
多分、きっと、魅惑的なヴァンパイア役の俳優が、彼に似ているからだろうか。色白と、麗しい顔立ち。魅惑的な瞳。
映画より、彼を思い浮かべながら、お酒を飲んだ。酔いに浸って、数時間後。
二日酔いにならないように、水を飲んでから、寝室のベッドで眠りに落ちた。