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 グリーンベイは洗練されたオフィス街だ。大通りには一流企業のオフィスビルが軒を連ねており、ひとつふたつ奥の区画では、中小企業がしのぎを削っている。

 市民の憩いの場である広い公園もあるし、アトランヴィル・シティ屈指の蔵書を誇る市立図書館も、ここグリーンベイに建てられている。

 高尚な施設の集まったグリーンベイだが、俺にはそれらの施設に何の用事もない。

 行くべき場所は、もっと奥深くにある。

 

 

 一歩踏み入れば、そこはもはやアトランヴィルではなく、遠い異国の大地だ。

 オリエンタルカラーを基調とした、目にも鮮やかな色彩の建物が並ぶ街並み。掲げられた看板には、不思議な書体の異国の文字が描かれている。屋台から漂ってくるのは、食欲をそそる香辛料の刺激的な香り。道に溢れかえる人々が交わすのは異国の言葉。露店から聞こえてくる威勢のいい掛け声。なんと言っているのかは分からないが、客を呼び込もうとしているのだ。

 異国の祭りと見紛うばかりの活気に満ちた街が地下に広がっているなど、グリーンベイの住人たちは知る由もないだろう。

 そもそもは一般的な商業地下街だったこの場所だが、諸事情により閉鎖され、長い間手付かずのまま放置されていた。

 いつの頃からか、流れ者の外国人たちが集まってきて、ここに“街”を創りあげた。

 以来この地下街では、地上うえの規則に縛られることのない、独自の文化が発展していった。

 誰が名付けたか、この地下街は〈アンダータウン〉と呼ばれている。




「ここに来るのは初めてだろう?」

 通り過ぎる人々とぶつからないよう、注意しながら歩く俺は、同じように隣で通行人を避けて進むレジーニに声をかけた。

 レジーニはアンダータウンの住人らには目もくれず、俺を一瞥すると、ぶっきらぼうに頷いた。

 そうだと思った。アンダータウンを牛耳っている男は、ヴェン・ラッズマイヤーとは関わりを持たず、一線を引いている。奴やその配下の連中がアンダータウンに踏み入らないよう常に目を光らせているし、彼もまた、ラッズマイヤーの行動範囲内には出て行かないようにしている。

 両者は、〈帝王〉ジェラルド・ブラッドリー傘下のグループの中でも、かなり大きな勢力同士だ。何らかの要因で衝突し合えば、互いに甚大な損害を与えることになる。二つの勢力がぶつかり合うことには何の意味もない上に、そんな無意味な派閥争いは、誰よりも帝王が許さない。帝王の怒りを買うくらいなら、お互いに距離を置き、干渉し合わないようにする方がずっとマシなのだ。

 レジーニがラッズマイヤーの元部下だというなら、過去にアンダータウンを訪れたことは一度もないはずだ。そう思っての質問だった。

異法者ペイガン〉として活動するのなら、アンダータウンと関わりを持たないわけにはいかない。だからレジーニを連れてきたのである。

「アンダータウンのヌシは、ラッズマイヤーに干渉しないようにしてきた。奴がアトランヴィルを去った今でも、そのスタンスは変わらない」

 反応がないので聞いているのかどうかは不明だが、とりあえず俺は話を続けた。

ヌシは少し変わってるが、悪い人間じゃあない。規律は守るし、多少融通を利かせてくれる程度には気前がいい。君が以前、ラッズマイヤーの下にいたと知っても、今は違うんだから問題はないはずだ」

 やはり反応はない。

「もし彼が君に対して筋を通さないようであっても、俺とヴォルフが話を通して……」

 そこまで言いかけた時、レジーニは急に身体の向きを変え、俺の正面に立った。通せんぼをされた形の俺は、足を止めてレジーニを見下ろす。

 レジーニは整った眉を寄せ、迷惑千万とばかりに俺を睨みつけた。

「ヴォルフから何を聞いたか知らないが、あんたには今のうちに言っておくべきことがある」

 レジーニは右の人差し指で、俺の胸をぐいぐいつついた。

「あんたは〈異法者〉のベテランだ。だからしばらく監督されることを承諾したんだ。変な気遣いを見せるのはやめろ。俺のことを知ろうとするな。あんたはただ、必要な分だけの務めを果たせばいい。あともう一つ」

 レジーニはその人差し指を、今度は俺の鼻先に突きつけた。

「俺は何があっても絶対に、男には身体を売らない」

 それだけ言うと気が済んだのか――いや、厳密には済んでいないだろう――、レジーニは方向転換し、早足で先に進んだ。

 これは、とんだ跳ねっ返りだな。一体これまでどんな人生を送ってきたんだ。

 俺は頭を掻きつつ、人ごみの中に消えていく黒髪の青年を追いかけた。

 

 

 

 人の波を掻き分け、慣れた道を進んでいく。しばらくすると前方に、雅な翼を誇らしげに広げる真紅の大鳥像が見えてきた。大鳥の後ろには、宮殿のような豪奢な構えの門が聳え立っている。門屋根のすぐ下に、古木の看板が掲げられており、いかつい異国の言葉で屋号が記されていた。

 門を守っているのは大鳥だけではない。屈強そうな二人の男が、門の両端に立ち、往来に睨みを利かせている。

 二人の門番は、近づく俺とレジーニを睨む。二人は特に、レジーニを注意深く観察した。俺は何度かここを訪れているが、レジーニは初めて顔を合わせる相手だ。門の向こうの館にいる、彼らの主人に面通しさせていい相手かどうか、見極めようとしているのだ。

 俺は門番の二人に、彼らの母国語で話しかけた。「主に会いに来た。アポイントは取ってある。こっちの連れも一緒だ」という内容だ。

 門番たちは揃って顔を見合わせ、俺とレジーニを見た。それからまた顔を見合わせると、頷き合い、門に手をかけて引き開けた。

 重々しく開いた門扉の向こうには、多種多様な植物が雑草のように生い茂り、ところどころ小さな花が咲いていた。緩やかに蛇行する敷石をたどって奥へ進む。外壁に沿ってぐるりと館を巡れば、やがて後庭に出る。

 後庭はきちんと手入れが行き届き、広々とした空間が確保されていた。アトランヴィルで見かけることはほとんどない、盆栽ボンサイという鉢植えが、スタンドベンチに似た三段の台座にたくさん並べられている。青々しい松の匂いが、庭に満ちていた。

 庭には一人の男がいた。頭をタオルで包み作務衣を着た男は、庭の中央の作業台で、一鉢の盆栽を剪定している。

 俺たちが歩み寄ると、作務衣の男は顔を上げ、にやりと笑った。

「ヤア風鷹(フェンシウ、いらっシャイ」

 異国訛りの強い言葉を話す彼が、このアンダータウンを仕切っている“あるじ”ファイ=ローである。

 風鷹フェンシウというのは、ローが付けた俺の渾名あだなだ。ローは馴染みの相手に、母国語で独自の渾名を付ける癖がある。ただ、ヴォルフのことだけは“大将”と呼ぶが。

 ローは懐の携帯端末エレフォンを覗くと、また口の端を持ち上げる。

「約束の時間ピッタリだネ。さすが風鷹はお行儀マナーのイイ子」

「からかうなよ」

裏社会コッチの連中は、だいたい規則には従うケド、時間守らないヤツラが多いね。ダカラ風鷹みたいな子は貴重ヨ」

 ローの視線が、俺の後ろに立つレジーニに向けられた。彼の細い眉毛が歪むのが分かる。

「あのコ?」

「ああ」

 頷いた俺は、レジーニの様子を伺った。黒髪の新人は、俺とローに一瞥をくれるも、すぐにそっぽを向いた。

 ローが眉根を寄せる理由は察しがつく。俺はレジーニに待つよう指示し、ローを庭の奥へと引っ張っていった。

「ロー、言いたいことは分かるが、あいつはもうラッズマイヤーの部下じゃない。縁を切ったんだ。電話で話しただろう?」

 ここに来る前、アポイントをローに取ったのだが、その時レジーニのことを彼に話しておいたのだ。ローの返事は「マア、連れてきてごらんヨ」というものだった。

 アンダータウンの主は、作務衣の袖の中で腕組みし、思案顔で唸った。

「理屈は分かるケドねえ。ラッズのトコロにいたヤツラは、だいたいみんな性質タチが悪いのヨ。足抜けしてたって、コッチは安心出来ないね」

 多くの部下と、裏稼業とは無関係な一般の住民を守る立場にあるローとしては、避けるべき面倒事に関わるのは、本意ではないだろう。ここでの面倒事とはもちろん、ラッズマイヤーと関係のあった人間との接触だ。

 だが、ローを説得し、その存在を彼に認めさせなければ、レジーニがアトランヴィルで〈異法者ペイガン〉として活動するのは、非常に困難になる。

「レジーニは今、俺の監督保護下にある。試用期間内に“使えない”と判断したら、以降一切、関わらせないようにするさ。それに、ヴォルフがかなり気にかけている。大丈夫だよ」

 俺の言葉やレジーニを信用出来なくても、ヴォルフの意思なら信じられるだろう。ローは、しばし無言のまま考えた後、渋面のままながら、小さく頷いた。

「試用期間、ドノくらいなの?」

「三ヶ月だ」

「大将の方針で、風鷹がそこまで言うなら、ま、いいでショ。ケド、私はスグに信じないカラね。ちゃんと目を光らせておくカラね。私の土地であの坊ちゃんが悪さしたら、コッチで処理しちゃうカラね」

「分かった、それでいい」

「目を離しちゃダメだよ。風鷹の哀しムのは見たくナイよ。まったく、あんたはホントにお人好しダネ」

「そんなんじゃないさ。ただ、監督者を引き受けた以上、責任があるってだけだ」

 俺は肩をすくめるが、ローは愉快そうに笑う。

「それ、お人好しって言ウのサね」

 

        *

 

 ファイ=ローはアンダータウンの主だが、〈墓荒らし〉の頭領という、もうひとつの顔を持っている。

〈墓荒らし〉とは、立ち入り禁止指定区域に入り込み、残された金品物資あさりを生業なりわいとする連中のことだ。内容だけ聞くと浅ましい行為なのだが、俺たち裏稼業者バックワーカーは〈墓荒らし〉たちの収穫に大いに助けられているのが実情だ。

 彼らの調達物資の中には、通常の市場では手に入れられない貴重な品々が多く含まれている。独自の裏ルートで入手するよりも、〈墓荒らし〉の戦利品をあてにした方が安全だ。そして、あてにしてもいいくらい、〈墓荒らし〉の物資調達能力には定評がある。

「何か欲しけりゃ裏地下に行け」

 そんな言葉があるくらいだ。 

〈墓荒らし〉の戦利品に頼るべき物のひとつに、クロセストがある。そう、俺のような〈異法者ペイガン〉にとっては、なくてはならない大事な商売道具だ。メメントを倒し得る唯一の武器であるクロセストがなければ、メメント狩りの〈異法者〉という稼業は成り立たない。

 クロセストは、軍部で開発・生産されたものが、何らかの手段によって“裏側”に流出したものがほとんどだ。その他、ジャンクの武器職人アーメイカーが軍部開発のものを改造したり、模造したものが出回ることもある。

 ファイ=ローの館を訪れたのは、レジーニのためのクロセストを探すためだった。

 俺の――正確には、エンツォ・ロッソの――〈スティングリング〉は、軍部で正式に製造された機種のカスタム版だそうだ。回転攻撃が特徴のターンエッジタイプの武器は、あまり見かけないらしい。使いこなすのは困難だと聞いたのだが、幸い俺には合っていたようだ。エンツォもきっとそうだったろう。



「サテ、今あるクロセストは、このくらいね」

 ファイ=ローの館の地下室。彼の自慢の“戦利品”が並べられた秘密の部屋に、俺とレジーニは案内された。

 地下室には武器の他、俺が見てもよく分からない種々雑多な物が、乱雑なようで実は整理整頓されて保管してある。

 ローは抽斗ひきだしや棚から、ありったけのクロセストを出して、部屋の中心のテーブルに広げた。銃器型から刀剣型まで、一通りの種類のクロセストが揃っている。さすがはローのコレクション、といったところか。

「どれならいいんだ?」

 尋ねる俺に、ローはにやりと笑って答えた。

「ドレでも気に入ったのをドーゾ。使いこなせルかは、そのヒト次第ね」

 アンダータウンの主は、意味ありげな一瞥を、俺の向かいにいるレジーニに投げた。

 レジーニは、表情こそ崩さないものの、クロセストのラインナップを食い入るように見回している。どれが自分にふさわしい武器か、品定め中なのだろう。

 俺は一挺のクロセスト銃を手に取った。これはいい代物だ。〈クイックバスター〉、通称“QBキュービー”と呼ばれる、高速連射が可能な銃だ。高性能の割りに比較的扱いやすいため、同業者間では人気が高い。

「レジーニ」

 呼ばれて顔を上げたレジーニに、俺はそのQBを差し出した。受け取ったレジーニは、しげしげと銃を観察する。

「いい銃だぞ、大事に使うといい」

 レジーニは俺と銃とを交互に見て、ミリタリージャケットの内側にしまいこんだ。

 メメントと戦うのに、銃だけでは心許ない。銃以外の、メインとなる武器も必要だ。さて、どれがいいだろう。

 ローがクロセストをテーブルに並べていった時、真っ先に目に止まったものがある。数あるクロセストの中でも、一際ひときわ鮮やかなカラーリングを施された剣タイプだ。

 目の覚めるような美しい蒼い機体のクロセストだった。形状フォルムはスマートで、大昔の騎士が携えていたかのように洗練されたデザインだ。

「ロー、あの蒼い剣は?」

「あー、アレ。綺麗でショ。なかなかの掘り出し物ダヨ。この中で一番お高いね。冷気の具象装置フェノミネイターを搭載してるんだケド、扱いが難しくてネー……」

 ローの説明が終わるより早く、レジーニの手が伸び、その蒼い剣を取り上げた。

 レジーニは剣を掲げ、秀麗なみどりの双眸でじっくりと眺めた。

「気に入ったのか?」

 そう訊いてみると、レジーニは「ああ」と頷いた。ここまでで一番素直な反応だ。本当に気に入ったらしい。

「あれも持っていっていいか、ロー」

「いいよ。どうせ誰も扱えないカラ。だけどお高いカラね。そこ、忘れちゃダメだよ」

「いくらだよ」

 と、レジーニは、睨むような目つきをローに寄越す。

「専用ケース付きで、上等なおうち一軒買えるだけのお値段ネ。駆け出しの坊ちゃんには高嶺の花。ダカラ、QBと合わせて出世払いでいいよ」

「それ、マジで言ってんのか? ツケが利くなんて、ずいぶん太っ腹だな」

「マジだヨー。払えるお金が貯まれば払ってもらうし、貯まる前に死んじゃったラ、ソレ、ここに戻ってくるだけ。私は損しない。坊ちゃんが生きていられればイイケドネって話」

 ローの言葉に、レジーニは鼻を鳴らした。

「半年で払ってやるよ」

 ひゅん、と剣を振ると、宙に描かれた軌跡に氷の粒が舞った。

「こいつの名前は?」


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