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ロスト・メモリーズ  作者: 由里名雪
鈴白凜
4/33

鈴白凛ー4ー

 来たる土曜日。

 俺、橘、凛の三人は待ち合わせの場所に指定していた新明高校の校門前にいた。

 時刻は午後一時を回ったところ。空高く輝いている真夏の太陽が容赦ない日差しを俺たちに浴びせ、流れる汗と共にこちらのスタミナをじりじりと削っていく。

「…………暑い」

 最初に暑さに耐えかねて不平をもらしたのは橘だった。

 そんな橘は薄手の白いワンピースに麦わら帽子という正に夏の風物詩と言うに相応しい、しかしこのご時世に古典的だと言える気がしないでもない格好だった。麦わら帽子なんて今時よく持ってるな。

 だが、なんというか。

 その背中まで伸びた長い黒髪を風になびかせ立っている様子は、何とも様になっていた。

 ……写真撮ったら売れそうだな、と罰当たりな事をふと思う。

 というか本人に言ったら殴られるな。絶対。

「暑いですねー……。暑さで倒れてしまわない内に行きましょう」

 そう言って俺たちを家まで案内すべく歩き出した凛は、淡い水色のノースリーブにデニム生地のショートパンツといった出で立ちだった。

 健康的な肌色をした、すらりと伸びる腕や足に少しドキっとする。

 ……いや決して俺は変態とかじゃないぞ?うん。

 純粋にきれいだと思っただけだ。

 対して俺は何の変哲もないTシャツと半ズボンを着ていた。

 なんというか、一人だけ場違いのような格好であった。

 てかなんでこいつらこんなにオシャレしてるんだ。

 女子とはそういう性なのだろうか。

 そんな詮無い思考を巡らせている内に歩き出した凛につられて俺と橘も凛の後を歩いた。

「なあ凛、家まではどのくらいかかるんだ?」

「ええと、ここから十分ほどでしょうか」

 そこまで遠い距離ではないようだ。

 というより、随分近い。

 方向は俺の家のある方とは真逆のようだ。

 そういえば、橘はどこに住んでいるのだろう。

「橘、お前どこに住んでたっけ?」

 隣を歩いていた橘は急な俺の質問を訝しむようにこちらを見た。

「急にどうしたの?というか、忘れたの?」

「いや、凛の家って意外と近いんだなって思ってたら、そういえばお前んちってどこだったかなって思って」

 それよりも今こいつ、忘れたの、と言ったか。

 ということは俺は橘の家を知っていたことになる。

 ……なるのだが、全く覚えがない。

「……忘れたみたいだ。どこだっけ」

 俺の返事に橘ははぁ、と溜め息をついた。

「もー、いつの間にそんな忘れっぽくなったの?もしかして若年性アルツハイマーじゃ」

「ちがうわ!」

 だが忘れっぽくなったと言われたことに言い返すことができない。

 最近何かと思い出せないことが多い気がする。

 ……本当に若年性アルツハイマーとやらだろうか。

 いや流石にそれはないな。

「私の家はこの住宅街の一番端っこだってば。学校から歩くと三十分くらい。というか、瞬私の家に遊びに来たこともあるのに」

「……あっ!思い出した!」

 脳に電撃が走る。

 一年の頃、強引な橘に無理矢理連れて行かれたことがあった。

 普通の家に比べるとだいぶ大きかった記憶がある。

 ある日の放課後、橘が思い立ったようにいきなり俺を引っ張って家まで連れて行ったので、俺は何が何だか分からず、女子の家に遊びに行くという青春の一ページになり得そうな出来事であったにも関わらず、特に感慨もなく橘の部屋で昼寝して終わった。

 ドキドキもクソもない上に、人の家の人の部屋で昼寝して過ごすなど今思うとどうかしているが、あの時は急にどうしようもないくらい眠くなったのだ。……なんでだろう。未だに謎である。

 橘も起こさず、寝ぼけた俺を笑っている始末だったので特に気にはしてないのだろうが。

 しかしまあ、なんでそんなある意味忘れられそうに無いような出来事を忘れていたのだろうか。

 これは気を付けないと。

 と言っても気を付けた所で何とかなるのかは疑問である。

 ふと前を歩いていた凛がくるりと後ろ向いて立ち止まった。つられて俺たちも歩みを止める。

 そして微笑みを浮かべながら俺たちを見た。

「ふふ、篠ヶ谷さんって忘れっぽいんですか?」

「いや、そんなことはない。……と思う」

「いや、私の家に遊びに来たことすら忘れてたんだから忘れっぽいでしょ」

 間髪入れず橘のツッコミが入る。

「あれは遊びに行ったとは言わないだろ!連行だな、連行」

「そういうこと言ってると、もう家に入れてあげないんだから」

 言い争う俺と橘の様子を、楽しそうに凛が見つめている。

 しかし。

「いいなぁ、私も……橘さんの家に行ってみたいです」

 言って凛は少しだけ、寂しそうに弱々しく微笑んだ。

 ーーそうか、凛は今記憶がない。当然懐かしい思い出とかも思い出せない訳で。

 思い出話をする俺たちが少し羨ましいのかもしれない。

 ……だったら、尚のこと。

 早く凛の記憶を取り戻してあげなければいけない。

 凛を不安にさせてはいけない。

 乗りかかった船なのだ、凛の為にとことん頑張ろう。

 そうして凛の記憶を取り戻して、凛の思い出話を皆で聞くんだ。

 そしてまた新たな思い出を作っていく。

 ……頑張らなくちゃな。

 改めてそう思った。

「もちろん!凛ちゃんならいつでも大歓迎だよー」

 俺の決意を余所に、能天気に明るい声を上げる橘。

 だがそんな橘に凛は元気付けられたようだ。

「ありがとうございます!えへへ、楽しみです」

 凛が明るく笑う。

 そして不意に俺の方を向いた。

「篠ヶ谷さんの家にも、行ってみたいです」

 恐々と、凛が言った。

「えっ、俺の……家?」

 何とも意外な申し出だった。

 か弱い後輩を思春期の男子高校生の家に入れて良いものだろうか。

 いや、変なことをする気はもちろん毛頭無い。断じて。

「だめ……ですか?」

 少し、凛がしゅんとする。

 あー、もう。そんな顔されたら断れないじゃないか。

 まあ、断る理由もない。それに断る気も元々無かった。

「いや、俺の家なんかでいいならもちろんいいよ。そんなに面白いものはないけどな」

「っ、ありがとうございます!」

 先程のしおらしい様子とはうって変わって、まるで丁度頭上で輝く太陽みたいに朗らかに笑う凛だった。

 これだ、やっぱり凛は笑顔でいるべきだ。

 不安とか、寂しさとか、そういうのは凛には似合わない。

 それにしても、人の家に遊びに行けるだけでこんなに喜ぶとはな。

 なんにせよ良かった。

「凛ちゃん、身の危険を感じたらすぐに逃げて警察を呼ぶんだよ。瞬の事だから一体何をしでかすか」

 安心していたのに要らない釘を刺された。

 何てことを言うんだ。

「そんなことする訳無いだろ。アホか」

「えー、信用ならないなぁ」

 だがそこで私も行く、といい出さないのは凛に対する配慮だろう。流石に凛が言い出したことに対して割り込むのは迷惑だろうと思っているようだ。

 意外と気の利く奴である。

 そんな橘の軽口に、くすくすと凛は笑っている。

「篠ヶ谷さんはもちろん、そんなことしないですもんね」

「もちろんだ!」

 俺の返事を聞いて満足したのか、再び凛が前を向き歩き出す。

 信用してくれているようでなによりだ。

 これは気合いを入れないと。

 まだいつになるかも分からない先の事なのに、にわかに緊張してしまう俺だった。







 話しながら歩いていた所為か、歩いて十分という距離はあっという間だった。

 凛が立ち止まると、目的地への到着を告げた。

「ここが、私の目覚めた家です」

 凛の背後には俺の住んでいる家によく似た家が建っていた。

 全体的にグレーの色合いの、この住宅街では全く珍しくはない様式のそこそこ大きな家だ。

 確かに、この家に一人で住んでいるというのは不自然すぎると言えるだろう。

 家を見上げる俺の頬を一筋の汗が伝う。

 暑いのは皆同じの様で、凛も額に滲む汗を手の甲で拭っている。

 ……橘に至ってはワンピースの裾を摘まんでぱたぱたとはためかせていた。何というか、台無しであった。

「早いところ中に入って、涼みましょう」

 言うと凛はポケットから合鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差し込んだ。

 カチリ、という音と共に扉の鍵が開かれる。

 凛は扉を開くと、中に入る様に促した。

「どうぞ、お入り下さい」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」

 先に橘が中に入り、次いで俺も中へ。

 俺たちが中に入るのを確認すると、凛は後手に扉を閉め施錠した。

 玄関はそれほど広いという訳でもなく、三人が並ぶと少し窮屈だった。

 外観は俺の家に似ていたが、どうやら中の作りも似ているようだ。

 入って正面、まず目に付くのは壁。フローリングの廊下が左右に伸びている。すぐ左手には扉。おそらく、中はリビングだろう。

 右手の突き当たりは脱衣所の様だ。洗濯機が置いてあり、洗面台もある。横の扉は浴室だろう。

 脱衣所の横に二階へ続く階段があった。そして階段の目の前にトイレ。

 なんとも既視感を覚える作りだった。

 というか、もしかしたら中はうちと全く同じ作りかもしれない。

 だとすれば家の中を探すのは少し楽そうだ。

 凛が先に靴を脱ぎ、左手にある扉を開け中に入る。

 それに習い俺と橘も靴を脱ぐと凛の後に続いた。

「とりあえず、そこに腰掛けて下さい。お茶用意しますね」

 そういうと凛はテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取りエアコンをつける。

 中に入るとそこはやはりリビングだった。

 凛が言ったのは部屋の中央にある正方形のテーブルを挟んで置かれている二つのソファのことだろう。

 広めのリビングにテレビはなく、あるのはその三つの家具だけだった。

 物が無い分うちと違って広々としているが、悪く言えば殺風景だった。

「あ、手伝おうか、凛ちゃん」

 橘の申し出に凛はゆるゆると首を横に振る。

「いえ、先輩方はお客さんなので。構わずくつろいでいて下さい」

 そう言うと凛は冷蔵庫のあるキッチンへ引っ込んでしまった。

 立っているのも何なので、お言葉に甘えて座ることにしよう。

 程なくして麦茶の入った三つのグラスを乗せた円形のトレイを携えて凛が戻ってきた。

 そして向かい合って座る俺と橘の元にグラスを置く。麦茶に浮かんだ氷がグラスに当たり、カランと涼しげな音を響かせた。

 最後に自分の分のグラスを橘の横に置き、凛がソファに腰掛けた。

「ありがとう、凛。それにしてもなんか、さっぱりしてるな」

「部屋の中がですか?」

「ああ。家具とかもあまりないみたいだから」

 俺がそういうと凛は少し恥ずかしそうに肩を縮こまらせた。

 おっと、少し無神経だっただろうか。

「はい……家具は買ってないんです」

 あはは、と凛が照れ隠しなのか笑って言った。

「あれ、じゃあ凛ちゃんこの家具どうしたの?」

 俺も疑問に思ったことをすかさず橘が凛に問う。

 まあ、大体予想はついているが。

「この家具は元々ここにありました。いつ誰が買ったのかはわかりません」

 ……やっぱりな。予想通りだ。

 家具は見た感じ使い込まれている様子はない。比較的新品のようだ。

 一体いつからここにあるのだろう。凛自身といいこの家といい全く謎である。

 その謎を解き明かす第一歩はこの家を調べる事だろう。

 何も見つからないかもしれないが、何もしないよりは良い。

「なるほどな。凛、他の部屋を調べさせて貰ってもいいか?」

 俺の問いに凛は確と頷いた。

「はい、もちろんです。…………あっ」

 明瞭な返事の後に聞こえてきたのは小さな声だった。

 凛を見ると、しまった、とでも言いたそうな顔をしていた。

 そのまま俺の方を向くと、非常に気まずそうに目を逸らしながら提案をしてきた。

「あ、あのー……探す場所の分担をしませんか?」

「分担?別に構わないけど……なんでだ?」

 ふと鋭い視線を感じ、目を向ける。

 視線の元は橘だった。

 まるで察しろとでも言いたそうに俺を睨んでいる。

 …………ああ、そういうことか。

 そりゃあ見られたくないものとかあるよなぁ。高校生だし。女子だし。

 何だろう、脱いだ服とかだろうか?

 まあ、見られたくないものについてはあまり考えないことにしよう。

 凛がずっと答え辛そうにしていたので、フォローするべく俺は凛に話を振った。

「えっと、どこを俺は担当すればいい?」

「あ、ええっと、二階の部屋をお願いします。私の部屋は後で先輩達に見てもらおうと思うので、とりあえず私の部屋以外を」

「わかった」

「凛ちゃん、私はどこを探せばいい?」

「橘さんは一階の部屋をお願いします。どこでも入って貰って結構ですよ」

「ん、わかったー」

「んじゃ早速やるか」

 人の家を文字通り家探しするのはやはり気が引けるが仕方ない。

 凛の為にも手掛かりが見つかるといいのだが。

 かくして家探しするべく俺はリビングを出て、二階へと続く階段を上った。

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