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ロスト・メモリーズ  作者: 由里名雪
鈴白凜
3/33

鈴白凛ー3ー

 そして昼休み。事前に決めた通り俺、橘、凛の三人は屋上で昼食をとっていた。

 俺も屋上の存在は知っていたが、来る機会がなかったためここに足を踏み入れるのは初めてだった。

 周囲には転落防止のフェンスが高く張られている以外特に目立つような物は何も無い。

 頭上には突き抜けるような青空が広がっており、中々に開放感溢れる場所だった。

 今は時期が真夏なだけに暑い日差しが照りつけていたが、ここが高所である所為か風がずっと吹いているのでそれほど暑くはない。むしろ涼しいほどだった。

「初めて来たけど、いい場所だなここ。見晴らしもいいし。俺は気に入ったよ」

 フェンスの向こうには見渡す限り延々と住宅が広がっている。

 改めてこの高校が住宅地のど真ん中に建っているのだと実感した。

「私も好きだよ。実はね、私ここには何回か来たことあるんだ」

「そうなのか?」

 俺が問いかけると橘は少し遠い目をして答えた。

「うん。一人になりたい時とかね。ここは人がほとんど来ないから」

 橘にもそういう時があるのか。

 いつもマイペースで悩んでいる素振りなど一切見えなかっただけに意外だ。

 やはりいつも注目されるのは疲れるということだろうか。

「そんなことより、私早く二人の話がききたいな」

 急かすように橘が言う。

 あまり深入りするような話でも無い。大人しく昨日の説明をすることにしよう。

「凛、まずは俺から話すけどいいか?」

「はい。私は先輩の後ですね」

 そして俺は橘に一連の出来事を順を追って説明した。

 夜中に思い立って散歩をしていたら凜が襲われているのを目撃したこと。

 凜を助けるべく住宅街を奔走したこと。

 運悪く犯人に捕まり危うく殺されかけたこと。

 間一髪で助かったこと。

 話している最中にその時の光景がありありと蘇ってきて、今更ながらに背筋が寒くなった。

 説明を聞き終えた橘は気遣わしげな目をしていた。

 同時に胸を撫で下ろす仕草は、俺たちが無事であったことに心から安堵している様でもあった。

「……そんなことがあったんだ。でも二人が無事で本当に良かったよ」

「本当に間一髪だった。あの時警察が来てくれなかったら、今頃ここに俺はいなかったかもな」

 俺の言葉を聞いた橘は、とても悲しそうな表情で俺を見た。

「嫌だよ、そんなの。瞬がいなくなったら私……」

 それきり橘は顔を伏せて黙ってしまった。

 ……しまった、余計な事を言ってしまったようだ。

 こんな橘を見るのは珍しい。

 だからこそ悲しい思いをさせてしまったことに、俺は謝らなければいけなかった。

「ごめん、橘。悲しませるつもりはなかったんだ。顔を上げてくれよ」

「そうですよ、橘さん。篠ヶ谷さんも私も、無事にこうしてここにいます」

 橘は顔を上げると、先程よりは少し柔らかい表情で頷く。

「うん、そうだね。でも……瞬、約束して」

 じっ、と橘が俺の目を見て要求する。

「もう絶対に無理はしないって。自分を犠牲にはしないって、約束して」

 なおも橘は俺の目から視線を逸らさない。俺に有無を言わせないとせんばかりだ。

 だがそれほど心配してくれているのだろう。そのことがとても嬉しいと同時に、申し訳なかった。

 だから俺も橘の目をしっかり見て、言う。

「わかった。絶対に無理はしない。約束するよ」

 そう言うと橘はやっと俺から目を離し、ほっと息をついた。

 ────その時俺はなぜか既視感を覚えた。

 いつだったか、こんな風に橘に約束させられた事があったような……。

 ……駄目だ、はっきりと思い出せない。

「先輩?どうかしましたか?」

 考え事に耽っていた俺を見て不思議に思ったのか、凜が声を掛けてきた。

「ああいや、なんでもない。ちょっと考え事してた」

 思い出すことができず悶々としていた俺の雑念を吹き飛ばすように、少し強めの風が屋上を駆け抜けた。

 思わず目を細める。

「じゃあ、次は凜が話す番だ」

「はい、わかりました」

 凜が迷いを振り切るように頷く。

 そして橘の方へ向き直り語り出した。

「単刀直入に言いますと、私記憶がないんです」

 凜の言葉を聞くと橘は目を見開いた。

 案の定驚いているようだ。

「凜ちゃん……記憶が……ない?」

「……はい。ある日自分の部屋で目が覚めたら、目が覚める前の記憶が一切無かったんです」

「それは……大変だったね」

 橘は神妙な面持ちで凜の話を聞いている。

「自分の名前は分かりました。新明高校に通っていて、一人で暮らしているといった自分の状況も感覚的に分かりました。……でも、なんで分かるのかが分からないんです。目が覚める前の事も、高校での事も、何も分からないのに。……ずっと、不安でした」

 記憶がない不安感は常に付きまとっているのだろうか、話している内に凛は不安気な顔になっていく。

 そんな凛を橘は優しく抱きしめて、頭を撫でた。

 その様子からは橘の凛を安心させようという気遣いがよく伝わった。

「大丈夫だよ、凛ちゃん。凛ちゃんは一人じゃない。私や瞬がいるから」

「……目が覚めてから何も思い出せなくて、本当に怖かったんです。学校でもいろんな人が私に声を掛けて来て、でも私はその人達のことを何も知らなくて……。家に帰っても誰もいなくてずっと孤独でした。ずっと、一人で泣いていました……。耐えきれなくなって夜中に家を飛び出して、そうしたら襲われて……もう駄目かなって、このまま何も思い出せずに死ぬのかなって思って、何もかも諦めようとした時に篠ヶ谷さんが助けてくれて……っ」

 必死に溜め込んでいた思いを吐き出す凜の頭を、橘はずっと撫で続けた。

 橘の優しさに触れたことで凛の不安は和らいだようだ。

 そして去って行く不安の代わりのように凜の目から涙が溢れ出た。

「橘さん……っ、わたし……うっ、ひっく」

「辛かったでしょ。我慢しなくていいの」

 橘の言葉が引き金になったのか、凛はわんわんと声を上げ橘の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。

 それからしばらくして凜が泣き止むまで橘は凛を抱きしめて、ひたすらに頭を撫でていた。







「ごめんなさい橘さん、服を汚してしまって」

「ううん、全然構わないよ。辛くなったらいつでも頼っていいんだからね」

 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、再び凛は顔を上げた。そこにさきほどのような不安そうな表情は微塵もない。

「話を聞いて下さってありがとうございました。なんだか、だいぶ気持ちが楽になりました」

 代わりに穏やかな微笑みを浮かべて、凛はぺこりと頭を下げた。

「それじゃあ一応一段落ついたし、これからどうするかを相談したい」

「これから?」

 橘が何のことか分からないといった様子で首を傾げる。

 凛も頭の上にクエスチョンマークでも浮かんでいそうな顔をしていた。

「そう、これから。どうすれば凜の記憶が元に戻るか」

 言われて二人とも納得したようだ。なるほど、といった様子で頷いている。

 現状では分からないことが多過ぎる。

 どうすれば記憶が戻るか見当もつかないし、そもそもなぜ記憶を失ったのかすらも分からない。

 三人寄らば文殊の知恵と言うし、俺一人で考えるより三人で考えた方がいいと思っての相談だ。

「何か写真とか日記とか、何でもいいから手掛かりになるようなものがあればいいんだけどな……」

「そういえば、私まだ家の中を詳しく調べていませんでした!なんだか住み慣れたような感覚があったのでその発想はなかったです」

 言い終わるとそれまで座っていた凛はすくと立ち上がり、こちらに向き直った。

「篠ヶ谷さん、橘さん。こんど私の家に来ませんか?」

「凛の家……に?」

 急な提案に少々驚いた。

 まさかお呼ばれするとは。

 ……女子の家に行くなんて初めての事だ、大丈夫だろうか。

 と一瞬不安にはなったがよく考えれば橘も一緒なのだ。

 橘が一緒なら大丈夫だろう。

 ……何が大丈夫なのかはよくわからないが。

「凛ちゃんの家いってみたい!」

 珍しく興奮している橘だった。

 そんなに後輩の家に行けることが嬉しいのか。

「先輩方さえよければですが……」

「もちろんだよ!絶対行く。這ってでも行く」

「あ、あははー……」

 橘の食い付きっぷりに凛が引きつった笑いを浮かべていた。

 どんだけ嬉しいんだこいつは。

 あの凛が引いてるぞ。

「でもなんで急に誘ったんだ?」

「先輩方に私の事をもっと理解して頂くには家に来て頂くのが一番かと思いまして……。それに家の中を一人で探すのは何と無く……怖いんです」

「怖い……のか。つまり俺たちにも家の中を探して欲しい、と?」

 こっくりと凛が頷く。

「はい……。ごめんなさい、わがままを言ってしまって」

 凛の言葉に橘がぶんぶんと首を横に振った。

「そんなことないよ。凛ちゃん、遠慮しないの」

「橘さん……ありがとうございます」

 橘の一言で凛は安心した様子だった。

 わがままなんて俺たちは少しも思っていないのに。相変わらず謙虚というか引っ込み思案というか。

 まあ、仕方のないことだろうか。

「で、いつにするんだ?」

「先輩方はいつなら大丈夫ですか?」

 少し考える。

 今日は木曜日。俺は部活には入っていないので、大体放課後は暇だ。

 橘も部活はやっていない。基本的に他人と積極的に関わろうとしないので放課後に予定が入っているということもあまりないだろう。橘が他の友達と遊んだとかいう話は聞いたことないしな。

 しかしいきなり今日の放課後にお邪魔するというわけにもいかないだろう。

 それに放課後だとあまり時間も取れない気がする。

 と、すると。

「橘、土曜日か日曜日暇か?」

 少し考える素振りを見せた後橘は頷いた。

「うん。暇だよー」

 よし、なら早い方がいいな。

 休みならじっくり探す時間も取れるだろう。

 人の家を家捜しするのは少し気が引けるが。

「じゃあ、土曜日でも大丈夫か?」

 凛は考える様子もなく、即座に答えた。

「はい、大丈夫です!よろしくお願いしますね」

「まかせといて、凛ちゃん」

 得意げに橘が踏ん反り返る。

 誘って貰った身なのになんでお前が得意げなんだ。

「橘は下手すると凛の部屋を荒らしかねないぞ。凛も気をつけとけよー」

「ちょっと、私はそんなことしないってば。少しだけ興味があるだけで」

 どーだか。

 甚だ信用できない発言であった。

「ふふっ、手掛かりが出てくるなら全然構わないですよ。篠ヶ谷さんもよろしくお願いします」

 なんて、にこにこと笑みを浮かべている凛であった。

 なんて呑気な。……でもまあ、凛がいいならいいか。手掛かり、見つかるといいな。

 そうして、俺たちの昼休みは過ぎていくのであった。

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