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ロスト・メモリーズ  作者: 由里名雪
鈴白凜
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鈴白凛ー最終話ー

 橘に連絡をし終えた俺は、そのまま家の裏手へと回る。すると鬱蒼と茂る森が目の前に広がっていた。

 森の中へと続く、人が通れるように簡単な舗装がされている道を暫く進む。やがて見えてくるのは南京錠がいくつも掛けられて開けないようになっている、錆びたフェンスだった。高さはそれ程でもないので、その気になれば簡単に超えられる。果たしてこんなに鍵をかける必要があるのだろうかと疑問に思ったが、要は入ってはいけないという意思表示のための物なのだ。

 俺は迷うことなくフェンスに手をかけ難なく超える。道は更に森の奥へと続いていた。この先に凛はいるのだろうか。いるならばなぜこんな道を一人で行こうとしたのか。分からないことだらけだが、とにかく進んでみるしかない。

 道からは途中から少しづつ勾配が感じられる。坂道になっているみたいだ。辺りは既に幹の太い木と背の高い草ばかり。自分がどこにいるのかなど分かるはずもないが、裏山の麓辺りだろうと勝手に憶測する。

 それにしても気味が悪い。静かすぎるのだ。薄暗いし少し寒い。何より、雰囲気が普通の山のそれではない。普通の山の雰囲気がどういうものかと言われれば説明に困ってしまうが、ここは間違いなく人が来るような場所ではない。敢えて説明するならば、山自体が人の立ち入りを拒んでいるような。そんな妙な圧迫感がある。

 異様な雰囲気に戸惑いつつも先を急ぐ。そして数分歩いた後、ぷっつりと道が途切れてしまった。雑草やシダに覆われて道が何処へ続いているのか全く分からなくなってしまっていた。だが──。

「…………」

 予感は確信へ。よく目を凝らすと草が誰かに踏みつけられて、細い道を作っていた。……間違いない、凛が進んだ後だろう。しばらくはこの跡についていくことにした。凛が進んだ痕跡は所々途切れていて、追うのは一苦労だ。だが、この先に凛がいると信じてひたすら進む。

 だが進むにつれて段々と辺りの草木も背が高くなり、凛が進んだ跡も途切れてしまった。ふと辺りを見回す。全く同じ景色だ。ここまで進んできたのはいいが、来た道を戻れそうにはなかった。俺は抑えきれない不安を掻き消すべく、大きく息を吸った。そしてそのまま吐き出す息に精一杯の声量を込める。

「凛!どこだ!いるなら返事してくれ!」

 全く響かない。俺の声は辺りの草木に吸い込まれてしまったかのようだ。いよいよどうすればいいのか分からなくなってしまった。このまま闇雲に進んでも迷うだけだ。一体どうすればいい。一体凛は何処へ──。

「────」

 ──右。直感がそう告げていた。俺は一切の理性を放棄して自分の直感に従った。方向転換し草木を掻き分けひたすら進む。次は──左。時々盛り上がった木の根につまづきながらも俺はただ直感に従った。これが爺さんの言っていた事か。行先は俺の中に流れる篠ヶ谷の血が導いてくれる。

 もう自分が何処を進んでいるのか分からない。はたから見れば闇雲に進んでいるだけに見えるかもしれないが、間違いなく俺は導かれている。これはきっと、呪いのようなものなのかもしれない。

 爺さんの話をおぼろげに思い出した。オクハミの元へと続く先祖の血で繋がれた道標。先祖が何を思ってそんな事をしたのか俺には分からないが、それは多分オクハミと篠ヶ谷という血筋を繋ぐ縁。全く迷惑な話だ。オクハミなんて訳の分からない存在を、篠ヶ谷が背負うということに他ならないのだから。そんなものを呪いと呼ばずになんというのか。

 そして俺は今その呪いに導かれている。辿り着く場所は一つだけ。

「──な」

 突然視界が開けた。草も木も生えていない剥き出しの円形の土地がそこにはあった。開けた頭上から差し込む日光が薄闇に慣れた目に眩しい。

 よく目を凝らしてみると、その場所の中央には古びた祠が一つ。そして──祠の前で倒れている凛の姿。

「──凛!!」

 気がつけば走り出していた。凛は倒れたまま呼びかけに応じる様子はない。意識を失っているのだろうか。凛を見つけた安堵と、同時に倒れ伏している凛の様子に焦燥感を抱きながら凛の元へ向かう。

「──ぐっ!?」

 だが道半ば、頭が割れたかと錯覚するほどの頭痛が俺を襲った。──くそが、どうしてこんな時に!

「うぐ……が……」

 視界が霞む。あまりの痛みに立っていられず膝をついた。刈り取られそうな意識を必死に保ち、持てる力のすべてを振り絞って凛の元へ向かう。負けるものか。凛の元へ行かなければ。

「──はぁ──はぁ──」

 もう膝をつくほどの力さえ残っていない。ならば、はいつくばってでもそこへ辿り着いてやる。待ってろ凛、今そこへ行くからな──。






 私を呼ぶ声が聞こえた。誰の声だろう。とても懐かしい。ぼんやりとした意識の中、その声は温かな光となって私に降り注ぐ。そして、忘れかけていた愛しさを呼び起こした。

 大好きな──くん。そこにいるんだね、──くん。私を追いかけてきてくれたんだ。でも、来てはダメ。──くんはそこで待ってて。今、終わらせるから。

 曖昧な世界。自分を定義するものを何一つ持っていない。己を動かすのは彼への愛しさだけ。でも、それだけで十分だった。

 体を起こして目の前に散らばった小石を手探りでかき集める。一つ、また一つ、丁寧に祠に積み重ねていく。

 最後の一つを積んだところで、意識が揺れた。辛うじて繋ぎ止めたものの、弾みで積み上げた石を半分崩してしまった。仕方ない、また積み直しだ。

 私は何でこんな事をしているんだろう。何の意味があるんだろう。分からない。でも、やらなくちゃ。

 ──ああ、意識が遠のいていく。最後の一つなのに。積み上げた石を倒さないように、そっと乗せるだけなのに。それが、出来ない。

 世界が滲んでいく。意識が途切れる──寸前、何かが私の手に触れた。温かい。それに、とっても懐かしい。泣きそうなほど、狂おしいほどに。ああ、──くん。来ちゃったんだね。しょうがないなあ。

「────」

 意識が覚醒する。世界が形を成して私の視界に広がっていった。そして、最後の小石をゆっくりと積んだ。



 ──お別れだよ、──くん。






 いかないでくれ、──。お前がいないと嫌だ。何処に行くつもりだよ。嫌だ。行くな。ずっと一緒に──。


 ごめんね、──くん。でも、いつかまた逢えるから。それまで、お別れ──。


 なんでだよ。──がいない世界なんて、何の意味もない──。


 そんなこと言わないで。あの子たちを憶食みから守ってあげられるのは、──くんしかいないんだから。だから、次はあの子の番──。


「またね、瞬くん」






 大事なものが、手のひらから零れていった。そんな感覚だった。

 その大事なものを、受け止める手のひらがあった。それは、誰の手のひらだ?

 分からない。ただ、知らない奴の手のひらだ。お前は誰だ?

 ……そうか、まだ答える気はないってか。まあいい。……近いうちに答えて貰える気はしてるからな。

 ところで、こうして会うのは何回目だろうか。俺はお前を知らないのに、何回も会ってる。

 ──ああ、時間がないな。じゃあ、また今度な──。











「………………」

 暑い。じわりと滲む汗が不快で眠れない。なんだって俺の部屋にはエアコンがついてないんだ。

「………………」

 七月の初夏の暑さに当てられて、俺は悶々とし寝られずにいた。ふと思い立つと、ベッドから起き上がる。気分転換を兼ねて外を少し散歩することにしたのだった。

 時刻は夜中の一時を回ったところだった。二階にある自分の部屋から出ると、既に寝静まった家族を起こさないよう極力物音を立てずに玄関まで降りる。

 今の自分は白いTシャツに黒いハーフパンツといったラフな格好だったが、夜中だし外を出歩いても問題ないだろう。

「…………」

 はて、いつだったか同じような事があった気がする。……のだが、多分気の所為だ。夜中に散歩するなんて今思いついたことだしな。それよりもとにかく暑くてじっとしていられない。

 家の中の篭った熱気に焦れったくなり、靴を履くと半ば飛び出すように外に出る。

 少し歩いていると、緩やかな夜風が通り抜け、火照った体に丁度良い冷涼感をもたらした。

 満月に程近い月は明るく輝いており、夜の閑散とした住宅街を照らしている。

 夜の散歩というのもなかなか悪くない。周囲の家はもう既に寝静まっており、電気の点いている家はなかった。所々に設置された街灯がぽつぽつとあるのみで、辺りには自分以外には動くものの気配すらない。静かな夜だった。

 そのまま空を見上げながらしばらく歩く。ふと視界の隅で何かが動いたような気がして視線を向けた。

「…………」

 だがそこには何もない。人影のように見えるのは街灯に照らされて伸びた電柱の影だった。馬鹿らしい、こんな時間に出歩いてる奴なんているはずないのにな。

 さて、散歩も飽きたことだしそろそろ帰るか。……何か忘れているような気がしてならないが、こんな夜中にすることなんて何もない。明日も学校だ、早く帰って寝るとしよう。

「…………」

 いい夜だ。月が明るい。何故だか突然、俺は懐かしい気持ちになった。月なんていつも見てるはずなのにな。そんな気持ちになったのは、これの所為だろうか。

 俺は立ち止まり、首元のチェーンを引っ張ってペンダントを取り出した。

 長年の着用によって塗装が少し剝げた銀色のロケットペンダント。ハートのチャームは男の俺には少し恥かしいので、いつもは服の中に入れている。そうまでしてこれを着けているのは、これが俺の大切な思い出に他ならないからだ。

 ハートのチャームを開くと中には二人の子供が写った写真があった。片方は俺。もう片方の子供の名前は──鈴白凛。たしか、そんな名前だった。

 それ以外に思い出せることは少ない。この子と遊んだことがある、という漠然とした記憶と、どこか遠い所へと行ってしまったという不確かな情報。それだけだ。

 連絡を取ろうにも手がかりは全くない。家ぐるみで付き合いがあったわけでもないので、俺の両親もこの子に関してはほとんど知らなかった。ただ、この写真を撮ったのは俺の母さんらしい。もう少し有益な情報があればよかったのだが、母さんも覚えているのはそれくらいらしい。

 まあ、いつか会えるだろう。俺はそんな予感がしていた。根拠は何もないが。

 そんなこんな懐かしんでいたせいでだいぶ時間が経ってしまったような気がする。俺は明日に備えて早く寝るため足早に家へと帰った。

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