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ロスト・メモリーズ  作者: 由里名雪
鈴白凜
2/33

鈴白凜ー2ー

 ほどなくして、警察が到着した。その後俺の両親に連絡が行き、俺は長時間の事情聴取の後お巡りさんに夜中に出歩いていたことを散々咎められ、精神的に参った直後に親からこっぴどく叱られるというダブルパンチをくらった。

 あれから鈴白凛とは話す機会もなく成り行きで別れた。新明高校に通っているというし、そのうち会うだろう。

 そういえば、凛は親がいないと言っていた。事情聴取の際、その辺はどうなったのか少し気になった。そういうものとして受け入れられたのか、怪しまれたのか、うまく誤魔化したのか。

 学校で会ったら聞くことにしよう。

 全てが一段落し、晴れて自由の身となった頃にはもう夜が明けていた。

 眠れないから散歩しようとしたのに、返って眠れなくなることになるとは皮肉なものだ。もう二度と夜中には出歩かない。

 よって非常に寝不足ではあったが、これでも俺は真面目なのだ。……と自分では思っている。なんにせよ学校をサボろうとは思わなかった。

 ただ、もし授業中に睡魔が襲ってきたとしてもそれは不可抗力というものだろう。こちとら生死を分ける修羅場をくぐってきた後なのだ。うっかり眠りに落ちても実に仕方がない。

 そう自分を納得させ、ひたすら眠い目を擦りながら俺は朝の通学路を歩いていた。

 歩きながら、ほんの数時間前の出来事を思い出す。

 今歩いている道を全力疾走していたのが遠い昔のように感じられた。

 今日鈴白凛は学校に来るだろうか。

 あんなことがあった後だ、休んでもおかしくない。

 鈴白凛といえば、新明高校に通っていると聞いただけで学年や組は聞いていなかった。

 新明高校はそこそこ全校生徒数の多い高校だ。果たして会えるだろうか。

 漠然とそんなことを考えていたが、その心配はただの杞憂となった。

 気がつけば新明高校の校門にたどり着いていた。自分の教室へと向かう生徒がちらほらといる。

 そんな中、誰かを探しているようにきょろきょろしながら校門の端に突っ立っている女子生徒がいた。

 忘れるはずもない、ほんの数時間前に初めて出会った少女、鈴白凛だった。

 新明高校の制服──黒色のブレザーと黒色のスカートで、女子は赤いリボンを着用する決まりだ──に身を包んだ彼女は俺の姿を認めると、その艶やかなセミロングの髪をなびかせながらパタパタと走り寄ってきた 

「おはようございます、篠ヶ谷さん」

「おはよう、凛。……ってお前なんでここにいるんだよ」

 俺の言ったことが理解できない、といった様子で凛が首を傾げる。

「なんでって、私はここの生徒ですよ?」

「いやそうじゃなくて」

 こいつ実は天然なのか?

 会ったばかりだから凛については何も知らないも同然だが。

「なんで校門の前で突っ立ってるんだよ」

「なんでって、篠ヶ谷さんを探してたんですよ」

「俺を探してた?」

 俺に何か用でもあるのだろうか。

「はい。この環境で唯一信用できるのは、篠ヶ谷さんだけなので」

 言われて納得した。この鈴白凛という少女は不可解な事情を抱えているのだ。

 彼女曰く、学校に通っているという事実も何か用意された環境のように感じるようなのだ。

 記憶が無いというのは、一体どんな感覚なのだろう。

「でも俺なんか会ったばかりだろ」

「会ったばかりだから、ですよ」

 凛はさも当然のように言った。

 再び周りを見回して凛は続ける。

「目が覚めてから初めて登校した時、びっくりしました。私は周りのことが何も分からないのに、周りの人はごく普通に私に話し掛けてくるんです。最初から私とは友達だったみたいに」

 凜は不安げな表情で少し俯く。

 記憶の無い凜にとって人間関係は不安要素の一つだろう。それは容易に想像できた。

「その時私はやっぱり違和感を感じたんです。出来上がった人間関係の中に私が無理矢理組み込まれた、とでも言えばいいんでしょうか……。冷静に考えれば、そんなこと常識的にありえないんですが……どうもそんな違和感があるんです」

「まあ、そんなに周りを気持ち悪がらずにさ。まずはこの環境を受け入れるところから始めてみればいいんじゃないか?」

 その中で気付くこともあるかもしれない。そう思った俺は凛に提案してみた。 

「できるでしょうか……。でも、努力してみます」

 あまり乗り気ではなさそうだったが、凛は小さく頷き肯定の意を示した。

「それより篠ヶ谷さん、昨日の事なんですけど……」

「ああ、そういえばどうなったんだ?あの後」

 会ったら聞こうと思っていたのに、すっかり忘れていた。丁度良いので今聞くことにする。

「警察の方々に事情聴取されただけで、済んだらすぐに解放してくれましたよ」

「凛、親がいないんだよな?親へ連絡するってなった時はどうなったんだ?」

 凛は不思議そうにこちらを見て少し考え込む。

「そういえば……篠ヶ谷さんに言われて気付いたんですが、親がどうのこうのっていう話は一切出ませんでした」

「出なかった……?」

 意外な返答に驚いて、俺は暫しの間言葉を返せなかった。

 胸の中を疑念が渦巻く。一体どういうことだろうか。

「親に連絡する、みたいな話にはならなかったのか?」

「はい……どうして夜中に出歩いていたのかとか、一連の出来事の経緯といった事情聴取だけでした。なんで聞かれなかったんでしょう」

 その通りだ。なぜ聞かれなかったのだろう。

 常識的に考えておかしい。一目で年齢的にも学生だとわかるだろうに、警察ともあろうものが家族への連絡を怠るとは。

 一体なんだというのだろう、俺の心の中にわだかまるこの妙な気持ち悪さは。どうも不自然過ぎる。

 ふと、そんな疑念を晴らすように予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 思ったより長くここにいたらしい。辺りには既に生徒の姿は見受けられなかった。皆教室へと向かったのだろう。

「いけない、篠ヶ谷さん遅刻しちゃいますよ!早く行きましょう」

「だな。……そういや凛の学年と組聞いてなかったな」

「そういえば、言ってませんでした」

 凛ははっとして、佇まいを直した。

「改めて自己紹介します。新明高校1年B組、鈴白凛です」

 ぺこり、と凛がお辞儀をする。

 凜の自己紹介に習い、俺も自己紹介をする。 

「新明高校2年A組、篠ヶ谷瞬だ。……凛って後輩だったのか」

「ふふ、そうみたいですね。よろしくお願いします、“先輩”!」

 凛は悪戯いたずらっぽく笑って俺を見つめた。

 こんな顔もできるのか。凛は結構明るい性格なのかもしれない。そんなことをふと思った。

「ああ、よろしくな。あ、呼び方は別になんでもいいから気にするな」

「わかりました。篠ヶ谷さん、の方がなんとなく呼びやすいのでこのままにしますね」

「ん。さて、そろそろ行かないと本当に遅刻しちまう」

 正面玄関の入り口の壁の上方に掛かっている時計を見ると、針は八時半を指していた。あと五分で一時限目が始まってしまう。

「そうですね。それでは篠ヶ谷さん、また後で」

「ん。またな」

 凛は俺に別れを告げると足早に校舎の中へ入って行った。

 普段凛はどう生活しているのだろう。人付き合いはちゃんとできているのだろうか。

 しかし先ほどの様子だと周りの人間をまったく信用していない様子だった。無事に学校生活を送れているのか心配になってきてしまった。

 ふと再び時計に目をやる。八時三十二分だった。

 そろそろ俺も教室に行くことにしよう。遅刻は勘弁だ。

 そう思った俺は少し駆け足で教室へと向かうのだった。






「……て。……きてよ」

 その声でだんだん意識が覚醒していく。あの後ギリギリ一時限目に間に合ったものの、やはり寝不足なせいか俺は授業中気付かない内に眠りこけていたようだ。

「おきてよ瞬、もう授業終わったよ」

 机に突っ伏していた俺は重い瞼を何とか開き、声の主の方へと顔を向ける。

 そこには、まさしく美少女という形容が相応しい女子生徒が立っていた。

  一瞬俺がまだ寝ぼけているのかと思ったが、違う。

「お、やっと起きた。どうしたの瞬そんな眠そうにして。夜更かしでもした?」

「ん……ああ、ちょっとな。寝不足で」

 たちばなこのえ。それが彼女の名前だった。

 校内で彼女の名前を知らない者はいないと言ってもいいほど、橘このえという少女は有名人だった。

 理由は、一言で言うと「可愛い」から。

 橘は俺と同じクラスなのだが、学年やクラスを問わずわざわざ橘を見に来る輩もいるくらいだった。 

「次、移動教室だよ。早く行こうよ」

「……なんでいっつもお前と行動を共にしてるんだろうな、俺は」

「んー、まあいいじゃんかー」

 こいつは気付くといつも俺の近くにいるのだ。なぜかは知らんが、理由を聞くといつも「まあいいじゃん」の一言で済まされてしまう。一体何がまあいいのだろうか。

 もう慣れたもんだが、本当は一緒に行動したくはない。

 もちろん嫌いではないのだが、こいつといると周りから視線の集中砲火を浴びるのだ。 

「それにしても、ほんとに眠そうだね。よだれの跡ついてるよ?」

「うえ、まじかよ」

 慌てて口元を袖で拭う。

 そんな俺の様子を見て橘はけらけらと笑っている。

「あっはは、うっそー」

「なんだよ焦らせやがって……」

 こういう橘のからかいにも慣れたものだ。

 いつから橘と仲良くなったのだったか、あまり覚えていない。

 気が付いたら普通に話す仲になっていた気がする。不思議な奴だった。

 ……本当にいつからだろう。こんな有名人と話す機会なんか俺にあっただろうか?

 たしか────。 

「そういえば瞬、今日はなんで登校してくるの遅かったの?いつもはもっと早いのに」

 橘の声で俺の思考が途切れた。

 折角思い出しかけていたのに。

 思い出せそうで思い出せなかったもどかしさが残る。

「あー……ちょっと立ち話してたら時間がな」

「へー、珍しい。誰と?」

「……後輩だよ」

 後輩、という単語を聞いた瞬間橘は眉をひそめ、次いでにやりと笑った。

「瞬に立ち話する程仲のいい後輩なんていたっけー?瞬、部活もやってないし後輩と接点なんてないでしょ」

「失礼な!……まあそうだけど」

「なのになんで?ナンパでもしてたの?朝からなにやってんの瞬」

「違うわ!どんな根性してんだよ俺は!」

 思わずつっこんでしまった。

「そうじゃなくて、まあ、ちょっとしたことで知り合っただけだ。困ってるところを助けたっていうか」

 本当はちょっとどころじゃなかったが、説明するのは流石に面倒なのでやめておこう。

 それにあまり言いふらすものでもない。

「あー、なんか納得。瞬お人好しだもんね」

「お人好しで悪かったな。別にお人好しだっていいだろ、助けずにはいられなかったんだよ」

「んーん、悪いとは言ってないよ。むしろそういうところ私尊敬してるんだけど」

 柄にもないことが橘の口からでてきて、反応に困る俺だった。

 なんだかこそばゆい。

「私のことだってたくさん助けてくれたし。他の人だってたくさん助けてあげてたじゃん。ほんと節操ないなー瞬は」

「褒めるかけなすかどっちかにしろよ」

 俺の照れを返せ。

 橘はくすくす笑っている。

 しかし、こうして見るとやはり橘が有名な理由が良くわかった。

 笑っているだけで絵になるが、背中まで伸びた黒髪が余計に目を引く。

 街中ですれ違って振り向かない者はいないだろう。

 そんな橘と話している俺も目を引く存在なのだろう。悪い意味で。

 気が付くと教室にいる生徒の視線がこちらに集中していた。

 なんとなく居心地が悪いので次の教室へ行くことにする。

 俺は席を立ち橘に言った。

「俺、そろそろ次の教室にいくわ」

「あ、まってよー瞬」

 移動したところでどうせ橘はついてくるので、周りの視線から逃れる事は出来ないだろうが、とりあえずじっとしていることができなかった。

 机の横のフックに掛けてあった鞄を取りさっさと教室を出る。

 後ろから橘が小走りで追いかけてくる音が聞こえた。

 俺に追い付いた橘は不思議そうに俺を見る。

「急にどうしたの瞬。そんなに急いで」

「お前といると周りから視線の嵐が飛んでくるんだよ」

 現に今も生徒とすれ違う度に凝視される。やりづらいことこの上ない。

「そんなの気にしなきゃいいのに。私がいると、やっぱり迷惑?」

 橘は不満そうに口を尖らせている。

 こいつは周りの視線などまるで意に介していなさそうだ。

 一応自分が有名人だということは理解しているみたいだが、だからどうということは無いらしい。

 本当にずぶとい神経だ。

 それが橘このえという奴なのだが。

「迷惑かと言われると確かに迷惑だな。でも別に嫌な訳じゃないぞ」

「なんか複雑ー。瞬はツンデレか」

「人に変な属性つけるんじゃねえよ」

 こうして軽口を叩き合うのが楽しくないと言えば嘘になる。

 しかし、橘は有名人だ。高嶺の花、というのだろうか、橘に話しかけてくる者はほとんどいない。そんな有名人と親しげに話をしていれば周りから注目もされるわけである。

 それゆえに俺はいつも注目を浴びてしまう。こればかりはいつまで経っても慣れないのだ。橘に罪はないのだが。

 廊下を行き交う生徒の視線が痛い。

 結構嫉妬とかされているんじゃないかと内心にわかに怯える俺だった。

 ……いや、十中八九されているだろうな。恐ろしい。

 しばらくそのまま歩いていると、向かいから女子生徒が歩いて来るのが目に入った。その女子生徒もこちらに視線を向けている。

 目が合いそうになり、慌てて下を向いて視線を逸らす。少し挙動不審だっただろうか。

 これはさっさと移動するに限る。そう思い女子生徒の横を通り過ぎようとすると。

「あれ、篠ヶ谷さんじゃないですか」

 突然声をかけられた。

 驚いて女子生徒を見る。

 そこにいたのは鈴白凛であった。

 俺は視線を気にするあまり人の顔までよく見ていなかったらしい。声をかけられるまで凛の存在に気が付かなかった。

 凛は俺に無視されたように思ったのか、むくれている。

「ひどいです篠ヶ谷さん。廊下ですれ違ったのに無視するなんて」

 俺は慌てて否定した。

「いや、違うんだ!すまん、凛。俺は今注目の的だから、他人と視線を合わせたくなくて人の顔をよく見てなかったんだ」

「注目の的?篠ヶ谷さんって有名人か何かなんですか?」

 凛は意外なものを見るような目で俺を見た。

 その目は何と無く不服だが誤解されるのも嫌なので、弁解のため俺は後ろを指差した。

「いや、有名人なのはこいつ。俺はとばっちり食らってるだけ」

 俺がそう言うと後ろにいた橘が前に進み出て俺の横に立つ。

 今まで黙っていた橘は凛に向かって微笑むと口を開いた。

「初めまして、橘このえです。あなたは?」

「あ、えっと、1年B組、鈴白凛です。よろしくお願いします!」

 ふと橘が俺の方を見る。顔がにやけていた。 

「ねえ瞬、もしかしてこの子がさっき言ってた後輩?」

「……そうだよ」

 俺の言葉を聞いた橘の顔のにやけはさらに広がり、最早だらしない顔になっていた。

 一体何を考えているんだ。

「へぇー……ふーん……瞬がこんな可愛い後輩と知り合いだなんてね。おどろいたー」

 凛は照れたようにもじもじしている。

「いえ……そんな、可愛いだなんて。橘さんの方が可愛いですよ!」

「……そんなことないよ。凛ちゃんは上手だなぁ」

 二人してもじもじしていた。

 女子特有のテンプレ的なやりとりを素でやっている二人だった。 

「あの、橘さんって二年生ですか?」

「そうだよー。よくわかったね」

「いえ、篠ヶ谷さんと一緒でしたので。それより橘さんなんて馴れ馴れしく呼んでごめんなさい!」

 橘は笑って首を横に振った。

「ううん、むしろそっちの方がありがたいかも」

「じゃあ、橘さん、って呼びますね」

「うん、私も凛ちゃん、でいいかな?」

「はい!もちろんです!」

 なんか一瞬で仲良くなっていた。この二人は意外と気が合うのかもしれない。

「ところで質問してもいいですか?」

 橘にだろうか。

 一体何を質問するつもりだろう。

 凜の問い掛けに橘が頷いて答える。

「うん、いいよー」

「お二人は付き合っていらっしゃるんですか?」

「!?」

 凛の口からとんでもない質問が飛び出してきた。

 動揺のあまり同時にむせかえる俺と橘。

 そんな俺たちの反応をきょとんとした目で凛が見ていた。

「そんなわけないでしょー凛ちゃん。私瞬のこと別に好きじゃないし」

「そうだ凛。俺がもしこいつと付き合うなんてなったら多分学校じゃ生きていけなくなる」

 主に嫉妬で。

「その言い方はなんか気に入らないけど、私達付き合ってないからね、凛ちゃん」

 凛はくすくすと笑って俺たちの猛否定を聞いていた。

 何を言うかと思えばとんでもないことを言い出すものだ。

 先輩相手に。

 つくづくよくわからないやつだった。 

「変なこと聞いてごめんなさい!でもお二人は仲がとても良さそうだったのでもしかしたらと思いまして……」

「まったく、先輩をからかうのもほどほどにしろよー」

「そうだよ凛ちゃん。瞬に誰かと付き合うほどの甲斐性かいしょうなんてないもん」

 さらっと酷いことを言う橘。

 そのくらいの甲斐性は俺にだってあるはずだと言いたかったが、いつもの事なので流すに限る。

  ごく自然に俺をバカにするのは是非ともやめていただきたいところだ。

「すみませんでした。そういえば、これから授業ですよね。引き止めてしまってごめんなさい」

「ああいや、気にすんな。凛も授業遅れないようにしろよ」

 そして会話を切り上げようとした時、突然橘が何かひらめいたようで、あ、と声を上げた。

「ねえねえ凛ちゃん、お昼休みに私達とご飯食べない?」

「え、いいんですか?」

 いきなりの誘いに、凛は少し驚いたようだ。

 ぱちくりと瞬きをしている。

「うん。私、瞬と凛ちゃんがどうやって知り合ったのか聞きたい」

 それが本当の目的か。

 昨日──厳密に言うと今日だが──起きた出来事を橘に話したらどんな反応をするだろうか。

 いずれは言わなければならないだろうし、ちょうどいい機会かもしれない。 

「そうだな。橘には話を聞いてもらった方がいいかもしれないな。凛の力になれると思うから」

 俺の言葉を聞いた橘が少し不思議そうな顔をした。

「力に?凛ちゃん、悩みでもあるの?私で良ければ話きくよ?」

「橘さん…………」

 凛は自分の話をするか決めかねていたみたいだ。

 でも橘のお陰で言う気になったようで、大きく首肯すると橘の誘いに答えた。

「はい!会ったばかりなのにすみません……。でも、話を聞いて頂けるとありがたいです」

「もちろんだよ。可愛い後輩の頼みなんだから」

「橘は信用できる奴だと思う。安心しろ」

 こうして昼食を共にする事になったのはいいのだが、一つ懸念があった。

「問題は、食べる場所だな」

「えー、教室でいいじゃん」

 すかさず橘が答えた。

「やだよ。お前と昼飯食うのはもう慣れたけどさ、そこに突然後輩が混じったら余計注目される。おちおち飯も食えないよ」

 昼休みになるとほぼ必ず橘は一緒に弁当を食べようと誘ってくる。

 注目されるのは嫌だが断るのも忍びないので、なんだかんだで当たり前になってしまった。

 昼飯の時に飛んでくる視線には慣れたものだが、そこに凜まで加わったらどうなるか分からない。

 橘と昼飯を共にしている時点で無理な希望だが、俺は少しでも落ち着いて飯を食べたいのだ。

「じゃあどうするの?」

 不満そうな橘。

 許してくれ。俺はこれ以上目立ちたくないだけなんだ。 

「それでしたら篠ヶ谷さん、屋上なんてどうですか?」

 凛が提案してきた。中々いい案だと思うが先客はいないだろうか。

 そんな俺の考えを見透かしたように凛は続ける。

「あそこはどこの教室からも遠いので、わざわざ来る人はほとんどいないんですよ。私はいつもそこで食べてます」

 案の定凛の友達付き合いはよろしくないようだ。

 事情が事情なので無理もないことだとは思うが。

「よし、決まりだ」

「屋上かー。今日は天気も良いしちょうど良いね」 

 満場一致で屋上に決定した。

 その時ちょうど良いタイミングで予鈴が鳴った。

 これ以上立ち話をしていると次の授業に遅れそうだ。

  「あ、もう授業始まっちゃいますね。長話してしまってごめんなさい」

「ううん。こっちこそー。凛ちゃんも授業遅れないようにね」

 その会話を最後に凛が廊下の向こうへ走り去っていった。

 俺たちも急がないと遅れてしまう。

 だが橘は凛が走り去って行った方向をじっと見つめていて、動く気配がなかった。

「……面白い子だね、あの子」

「……?お前は何を言ってるんだ?」

「ううん、なんでもない。さ、早く行かないと遅れちゃうよ」

「お、おう……?」

 よく分からないことを言い出したが、追及している暇もないのでスルーしよう。

 今度こそ、移動教室に間に合うよう走り出した俺達だった。

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