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第三話 一つの推理

……一時間後。


「ショウたん……」


「なんだアル」


「衝撃の事実だよ……」


 付き合いの長いショウですら見たことがないほど真剣な顔で、額から汗を流したアルが、ポツリと言葉を漏らす。


「あぁ、確かにそうだな」


 ショウも組んだ両指を口元に当てながら、堅い表情で考え込んだ表情を見せる。


「まさか……まさか……」


「あぁ」


「このネコ耳が実は狐耳だったなんてーーーー!!」


「そっちか!」


 アルの絶叫を聞いて、ショウがソファーからずり落ちながらツッコミを入れる。


「だって狐耳だよ? 幼女だよ? しかもネコじゃなくて本物なんだよーー!?」


「やかましい! 少し落ち着け!」


 興奮気味にグイグイと押し迫ってくるアルの額に、ショウの鋭いチョップが炸裂する。


「いたい……」


「少し頭を冷やしがてら、俺と葛葉の飲み物のおかわりを持って来い」


 ショウが空になったグラスを指差す。


「は~い」


 額を摩りながら、アルがお盆にグラスを乗せ事務所を出て行く。


「全く……」


 溜息を吐くショウを見て、葛葉がポツリと口を開く。


「お主はあまり驚かないのだな」


 葛葉の言葉を聞いて、ショウは少し疲れた表情をしながら、葛葉を見る。


「多少は驚いているさ。まさかこの現代社会に、妖狐なんてものが本当に実在するなんてな」


「その割には、落ち着いているように妾には見えるのだが?」


「まぁ、まさかとは思ってはいたが、ある程度は予想はできていたからな」


「どういうことなのだ?」


 いまいちショウの発言が飲み込めないという顔で葛葉が首を傾げる。

 そんな葛葉の耳をショウが指差す。


「まずはその耳だ」


「耳?」


 ピョコピョコと動く頭の耳を葛葉が触る。


「普通、その手の玩具には有線で耳を操作するリモコンなりスイッチがあるものだが、それらをお前が操作している素振りは全くなかった。なのに耳はそうして動いている。しかもお前の感情にピッタリ反応してだ。まぁ今は体温を感知して自動で動くタイプもあるそうだが、それにしても反応が良すぎる」


「なるほど、今はそんな擬態道具が売られているのか」


 感心したように、葛葉が頷く。


「それに葛葉という名前だ」


「名前?」


「葛葉……正確には葛の葉、または葛の葉狐くずのはぎつね、信太妻、信田妻しのだづまとも呼ばれているな。平安時代に存在したと言われる伝説上の妖狐の名前だ」


「ほう、お主詳しいな」


「安倍晴明のファンなものでね」


「なんと! あのような童子に愛好者がいたとは」


「人をショタコンみたいに言うな……。俺の言う安倍晴明は歴史に名を馳せた、とても有名な陰陽師だ」


「なんと! 先代から聞いていた話では、安倍晴明という人物は年端もいかぬ童だったのじゃが。 よもやそんな著名な人物になっていようとは」


(先代? もしや葛葉という名は代々、子孫に受け継がれているものなのだろうか?)


 そこまで考えて、ショウはいや……と思考を切り替える。今はそんな話をしているのではない。


「それよりも、だ」


 大きく脱線してしまった話を元に戻すべく、ショウは軽く咳払いをし、改めて葛葉に向き直る。


「俺がお前の正体を知っていたかは今はどうでもいい。それよりも一度依頼内容を整理したいのだがいいだろうか」


「うむ、そうじゃな」


 葛葉が依頼内容の話をしている時、ショウはその中から要点だけを箇条書きにして手帳に書き出していた。

 その手帳を見ながら、ショウは頭の中で依頼内容を整理しつつ、話を進める。


「まずは葛葉。お前は貴志という人物がおこなったこっくりさんによって呼び出された妖狐。間違いないか?」


「うむ」


「次にこの貴志という人物。こっくりさんの儀式を行い、その結果呼び出されたお前に一つの質問をした」


「うむ。呼び出されたこっくりさんにいろいろな質問をし、それに答えてやる、というのがこっくりさんという儀式だからの」


 葛葉の言葉を聞いてふと、ショウの頭に疑問が浮かぶ。


「今思い出したんだが、確かこっくりさんをやると、質問に答える代償としてこっくりさんに呪われるんじゃなかったか?」


 ショウがそう葛葉に尋ねると、葛葉は一瞬キョトンとした後、ケラケラと笑い出す。


「昔はそういった事もあったようじゃがな。今もそんな古臭い風習を守っている狐はほとんどおらん。最近では呼び出されて、質問に答える代わりに、現代の人間社会の知識をその人間から吸収するという方法が主流になっておる」


「人間社会の知識?」


 今度はショウが首を傾げる。


「ああ。我々狐とて、日々の生活を営んでいる身だ。人間達の持つ文化や知識は、我々の生活を支える上で、とても重宝するのじゃ。最近では『すまほ』とかいったか? いや、あれは中々に素晴らしい。よもや念力を使わずとも離れた仲間と会話ができるとは。ちなみに妾のすまほは……ほれ」


 懐から取り出したスマートフォンを、葛葉が自慢げにショウに見せ付ける。

 眼前に差し出されたスマートフォンを見て、ショウは幼い頃に感じた切ない気持ちを思い出していた。


(この気持ちはなんだったか? あぁそうだ。小学生の頃にウルトラマンを見て、首のつなぎ目から肌色の何かが見えてしまった時に感じたあの気持ちだ……)


「どうしたショウ? そんなにうなだれて」


 ガックリと肩を落とし、うつむくショウの姿に葛葉が顔をしかめる。


「んんっ! まぁいい、話を戻そう。で、貴志の質問だが……」


「ああ」


 葛葉もスマートフォンを懐にしまい直すと、ソファーに再び座り、ショウの言葉の続きを待つ。


「『僕の友達になってくれますか?』……で間違いないか?」


「ああ……間違いない」


 葛葉の表情がわずかに歪む。


「ふむ……そしてお前はYESと答えた」


「そうだ。人間社会の知識を得るのに、人間と友好関係になるほどほど、効率的なことはないからの」


「ふむ。そしてお前は貴志の前に姿を現した。ところがお前の姿を見た途端、貴志の態度が一変し、友好関係も拒絶された……と」


「そうじゃ」


 拒絶という言葉を聞いて、葛葉が一瞬ではあるが、悲しそうな表情を見せる。


「で、お前の依頼は、何故貴志がそんな態度を取ったか教えてほしい……と」


「相違ない。以前得た人間の知識の中に、分からないことがあったら探偵に相談すれば解決してくれる、という情報をがあってな。そこで、ここを訪れたというわけじゃ」


 間違ってはいないが、やや内角低めに反れている葛葉の知識に、ショウは心の中で小さな溜息を漏らしつつ、ここまで整理してきた内容を踏まえ、頭の中でそれらを組み立てていく。


(さて、まずこの貴志だ。なぜ自分から友達になってくれと頼んでおいて、相手がOKした瞬間、NOという態度を示した? 相手が妖怪だったから? いや、それならそもそもこっくりさんに友達になってくれと言うこと事態が矛盾してくる。なら葛葉の容姿か? 葛葉の話では、葛葉が姿を見せた瞬間、拒否の姿勢を見せたという。しかし……)


 ショウは改めて葛葉の姿をマジマジと見つめる。


「……? なんじゃ、人の身体をジロジロと。お主は変態なのか?」


 葛葉の失礼な発言を爽やかにスルーしつつ、ショウは再び思考の迷路に戻る。


(俺は変態でもロリコンでもない。しかしそれを差し引いても、葛葉はどちらかと言えばかなり可愛い部類に入る容姿だ。貴志の年齢は、話を聞く限りでは恐らく小学校高学年から中学生の間。そんな年頃の男子からすれば、こんな可愛い幼女(しかも狐耳)と友達になれるなんて願ったり叶ったりのはずだ。ということは原因は容姿ではない。とすると……)


ショウは頭の中でバラバラになっているパズルのピースを、一枚ずつ丁寧に埋めていく。


(……ふむ)


 だが、後もう一歩というところでショウの思考が停止する。

 パズルのピースが足りないのだ。


「ふぅ……」


 ショウは軽く一息吐くと、ソファーにもたれかかり、何気なく空を見上げる。

 窓の外は晴れやかな青空、そしてそんな青い空とは不釣合いの雨。


「狐の嫁入り……か」


 ぼんやりと空を見上げながら、ショウが独り言のように呟く。


「そうだな。あの時と同じ……」


 そのショウの呟きに、葛葉も窓の外を見ながら、独り言のように返事をする。


「あの時?」


 何気ない葛葉の言葉を、ショウは聞き逃さない。


「ん? ああ、そういえば言っておらなんだな。貴志と初めて会ったあの日。あの日もこんな狐の嫁入りだったのだ」


 カチリ……と歯車が噛み合わさる音がショウの頭の中に響く。


「葛葉、すまないがその辺の話をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」


 ショウはソファーにもたれかかっていた身体を正し、真剣な目で葛葉を見据える。


「……なんじゃ急に? 狐の嫁入り……その名の通り、その日は妾の婚姻の日でな。それが、貴志がこっくりさんの儀式を行ったおかげで、式の途中で貴志の元に赴かねばならなくなくなってしまった。」


「婚姻の日にこっくりさん? 誰かに代わりに行ってもらうことはできなかったのか?」


「昔からの取り決めでな。こっくりさんの順番は数人で持ち回り。交代は禁止。そして、その日の順番は妾だった……ただそれだけのことじゃ」


「なんだその小学生の掃除当番のような、融通の利かないルールは……」


「仕方なかろう! 代々皆で守ってきた掟なのじゃから! ……おかげでこっちは花嫁姿で貴志の前に姿を出さねばならなくなったんじゃぞ……ブツブツ」


「!」


 葛葉のその言葉を聞いて、ショウの頭の中で何かが閃く。


「葛葉……お前、貴志の前に現れた時、花嫁の衣装を着ていた……のか?」


「ん? あぁ、そうじゃが……。なんじゃ、それがどうかしたのか?」


「葛葉、もう一つ質問だ。その時貴志のいた場所は……どんな場所だった?」


 ショウは細く息を吐き、目を細める。


(この予想……当たってほしくはないな)


「場所? んーそうじゃな……真っ白で大きな部屋じゃったな。それと、何か鼻につく匂いと……」


「貴志はその時、ベッドにいなかったか……?」


 ショウの言葉を聞いて、葛葉が大きな瞳を更に大きく見開き、驚いた表情を見せる。


「よくわかったな。そうじゃ。貴志はその時、真っ白なベッドに身体を預けておった。目の前のてーぶる……といったか? 長細い台にこっくりさんに使う紙をおいてな」


「……やはりそうか」


 ショウは疲れたように息を吐くと、再びソファーにもたれかかる。

 最後のピースを見つけたのだ。

 悲しくて優しい、そんな最後のピースを。


(こっくりさん、花嫁衣裳、白い部屋、鼻につく匂い、長テーブル、そして……自らの願いの拒絶)


「ん? どうしたのじゃショウ? 突然暗い顔をして?」


 ショウの表情の意味を見出せず、葛葉が怪訝そうにショウを見つめる。


「なぁ葛葉。今から俺とこっくりさんをしないか?」


「は? お主何を……」


「今からする俺の質問に答えろ。それが、お前の依頼の答えだ」


 葛葉の言葉を遮り、ショウはテーブルの脇にあったメモ用紙を一枚千切ると、それにサラサラとボールペンを走らせる。


「それは……」


「はい、いいえ、鳥居、男、女、0から9までの数字、そして五十音表。それと……」


 ショウはズボンのポケットを右手で探ると、十円玉を一枚取り出し、それをテーブルの上に置く。


「これで準備は整った。後はお前の準備を待つだけだ」


「お主、一体何を考えておる……?」


 要領を得ないショウの行動に、少し苛立った様子で、葛葉がショウを睨みつける。


「言ったろう。これがお前から受けた依頼の答えだ」


「……よかろう。お前の酔狂に乗ってやろう。それで、お主は妾に一体何を聞き、妾にどんな答えを見せてくれると言うのじゃ」


 葛葉は目を瞑り浅い息を一度吐くと、値踏みするようにショウを見据え、ショウの口からこれから発せられる質問を待つ。


「俺がする質問は一つだ。葛葉、貴志の……」


 ………………

 …………

 ……。


 バンッ! と葛葉が乱暴に事務所のドアを開け、外に駆け出していく。


「あー葛葉ちゃん、お待たせ~。丁度今オレンジジュースのおかわりを……って、とっと!」


 お盆にオレンジジュースと二つのアイスコーヒーを乗せ、間延びした口調で話すアルの脇を葛葉が、風のような速さですり抜け、そのまま外に駆け出す。


「おーさすがはお狐様。世界新もビックリだねぇ。……んで、一体何があったのショウたん?」


「白々しい。一体お前はどこまでアイスコーヒーを入れに行っていたんだ。そのドアの後ろか?」


「あらら、バレてた?」


 表面にびっしりと汗を掻いたグラスの氷が、カランと音を立てる。


「全く……嫌な役を俺一人だけに押し付けやがって」


 ショウが、今日何度目かの疲れた溜息を吐く。

 その溜息を先。

 こっくりさんの紙の上に置かれている十円玉。

 その十円玉は「0」と書かれた数字の上に、静かに佇んでいた……。


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