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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士の特訓
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真導士の特訓(3)

「力があると知ったのは"迷いの森"です。真円を消して回っていた"森の真導士"と初めて接触した時。サキが一足早く気配を感知して、難を逃れた」

 奴の狙いは自分だった。

 真円を消して回っていた意図はわからずとも、そこだけは明白だ。真導士は互いの気配に敏い。相手が真眼を開ききっていれば一目瞭然。

 尋常でないと表現される自分の真力は、奴にとって邪魔だった。

 雛の内に……いいや、里へと上がる前に潰す。そうと思わせるくらいには邪魔だったのだろう。


 記憶を整理して仮説という枠組みに入れ、並べ直していく。


 まず、森の中に雛が放たれ相棒と出会う。出会った後は目印をつたい歩き、じきに転送の真円に辿りつく。

 何らかの目的を持って森に潜んでいた奴は、真円を消しながら徘徊していた。そして気づいたのだ。

 大きな気配があると。

 気づいた時点で行動を変えた。もっとも大きい真力持つ邪魔な雛の抹殺を最優先とし、森で蠢きはじめる。

 邪魔者を消すべく動き出した悪意を、サキが感知した。

 彼女の特殊な能力によって、自分は守られたことになる。さぞかし悔しく思っただろう。雛ごときに撒かれるとは、考えもしなかったはず。

 ここまで考えて、もう一つ仮説が生まれる。

 真眼を閉じた自分達を探せなかったということは、奴も真力が高い真導士だ。気づかれたと悟った奴は、攻撃の直前まで真眼を閉じていたのだろう。だからこそ、真眼に慣れていなかったサキでは見落としてしまい、襲撃を受けた。


「森の中で仕留めれば、誰にも悟られずに事を成せる。……でも、理解できない。"森の真導士"は、どうして直接攻撃してこなかったのか」

 奴が狙ったのは土手ばかり。生き埋めにして、躯ごと消したかったとも考えられる。しかし、その考えは弱いと感じた。

「そのようなこと、考えるに及ばぬ」

 この疑問に対し、とても単純な解だと男が言った。

 指差してきたのは、できたばかりの生傷。乾いた血がこびりつき、鈍い痛みを出している場所。

「痕跡が残るのを厭うただけだ」


 真術で仕留めれば、相手の身体に真力が沁みる。

 真力と血は、それほどまでに親和性が高い。自然と排出されるまで数日はかかる。致命傷ともなればさらに長い期間、躯に刻まれてしまう。


 土砂で潰す。あるいは足場を崩して崖下に落下させる。この手ならば事故として処理が可能。稀なことだとしても痕跡は残らない。不運だったとまとめてしまえるのだ。

「お前達を落とした後、確認もせずに姿を消したと言ったな」

「ええ」

「雛の気配が消えたなら、すぐさま正師が飛んでくる。"珠卵"でない雛なれば、落ちた時点でまず助からん。実に合理的な動きだ」

「……では、驚いたでしょうね」

 五つ目の真導士出現の報せは、里を駆け巡っていたと聞く。森で潰した雛が、何事もなかったように生き伸びていた。

 どこかおかしいと感じたはず。

「よもやどちらかが"珠卵"だったのかと、警戒しただろう」

 里に上がってしばらくは、平和といっていい環境だった。ややこしいことと面倒が多いだけだった。

 それだけだったのは、奴等なりの理由ができたからだ。息を潜めてやり過ごし。じっと機会を窺っていたに違いない。

「霧が出るようになったのは、船の実習が終わってすぐでした」

 話の着地点は同じだったようだ。

 冷たく笑った相手が、導き出した答えを認めた。

「どちらも"珠卵"でないと、わかったからだな」


 何の変哲もないごく普通の雛。

 生き残ったのは偶然だったと、奴等は結論付けた。

 森での出来事を悟る力もない上、嘴を閉ざしているふしがある。警戒心の強さは面倒。とはいえ、正師にも報告をしていないなら、むしろ都合がいい。"珠卵"でないにしろ、邪魔であることに変わりはない。黙しているうちに、潰しておくべきだ――。


「……いいや、違う。あの実習には別の狙いがあったのだ」

「狙い?」

 そうだと返した男は、周囲に真術の幕を張った。真術越しの景色が薄くぼけて霞んで見える。

「お前と"金の"。それから"長いの"。欲をかけば、ガゼルノードの娘もだ」

 腕の中で彼女が動いた。

「森でお前を潰そうとしたのも事実だろう。どのような相手かわからぬなら、里に対する忠義をもつ前に、存在を抹消してしまうのが無難。奴等の計画を、邪魔することもなくなる」

 もぞもぞと動く彼女の身体を、しっかり支え直す。真術の気配を感知したのか。どうも覚醒しかけているようだ。

「しかし、それでは奴等にとって大きな益がない。邪魔者がいなくなったというだけだ。鼠共はそもそもの数が少ない。できるならと考えてもおかしくはなかろう」

 高い真力を有している燠火は、里にとって重要な人材。だから里抜けされぬよう、常に気を配っている。戦力の増強を目論んでも、そう簡単に増やせはしない。

「いくら片生を集めたとしても、真導士の戦力とは比べものにならぬ。来る日の備えを強化したかったのは、奴等とて同じこと。お前達は格好の対象だったはずだ」

 高い真力を有している燠火の雛。滅多に生まれない正鵠の雛。そして名家ガゼルノードの雛。

「正師の随行は、最初の一回と合同実習のみ。基本、実習は高士のためにある。……つまり実習は、雛から親鳥が離れる数少ない機会ともいえる」


 将来が嘱望されている雛を手駒と成し、戦力の強化を狙う。

 これ以上はまずないと思えるほどの好機だったのに、またしても歯車が狂い出す。

 レアノアの不参加。やたらと勘がいい天水の導士。そして――


「あの二人にとって、何よりも予定外だったのは貴方の存在だ」

 奴等の天敵といっても過言ではない相手――"鼠狩り"の参着。

 何故いまなのかと、存分に歯噛みをしたことだろう。船での一幕は、案外あの二人の本音だったのかもしれない。

「島の爆発。あれは……」

「全滅を狙ったのだ」

 自陣の戦力とならないようなら、里の戦力を削るつもりだった。ついでに自分達の姿も眩ませられる。海の真ん中で沈んでしまえば、遺体の回収は不可能。

 実習に参加していた全員が、海の藻屑となった。何と体のいい話だろうか。

 爆発があった時、例の番は船内にいた。島で待機していた"森の真導士"と示し合わせ、"鼠狩り"と導士の抹殺を狙って――。

 思考を巡らせて辿りつくのは、いつも同じ場所。あまりの事実に肩から力が抜けてしまった。

「……だとすれば、いつもサキに救われていたことになる」

 島の爆発を感知し、大きく叫んだ彼女を思い出す。

 守りたいと願ったのが、間違いの元だったのか。分不相応な思いだから何一つ上手く運べずにいた。儘ならないと嘆くことこそがおこがましかった。

 つまり、そういうことになってしまう。




 いつの間にと感じたのも錯覚だった。出会ったあの日から、彼女は常に自分を導き続けていたのだ。

 女神の息吹とも思える、その柔らかな風をまといながら。

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