表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
幕間 夏の真導士
9/195

夏の真導士(1)

 サガノトスの夏は長い。


 連日の暑さを哀れと思ったのか。はたまたパルシュナも夏バテなのか。ここ最近は女神の試練が止んでいた。

 穏やかな夏の夜。涼しい真術に囲まれながら、一冊の本を手にしている。

 おもしろいからと薦められた銀縁だ。

 ユーリの大のお気に入りだというその本は、自分でも読めるような平易な文字が並んでいる。それもそのはずで、ユーリが十の時に買い与えてもらった本である。

 文字の読み書きに対する苦手意識。それを、どうにかしようとしている相棒の入れ知恵は、こんな形になって自分へと渡ってきた。

 ユーリらしいと言うべきか。本の中では、お姫様と王子様がすったもんだを繰り広げていた。

 それにしてもこのお姫様、かなり鈍いとやきもきする。

 王子様がお姫様を好きなことは一目瞭然。周囲だって知っているし、自分にもすぐわかった。知らないのは彼女だけで、すれ違ってばかりいる。焦れったくてしょうがない。


 お姫様も真眼を開いてみてはどうだろう?

 そうしたら、王子様の気持ちを理解できるはず。

 額を撫でながら頁をめくって、文字を追う。

 章が切り替わったようだ。すれ違って喧嘩をしてしまったお姫様は、部屋の中で泣いている。そこに侍女がやってきた。この侍女、なかなかできる娘なのだ。今度は何の助言をするのかと、期待しながら読んでいく。


 何で結婚相手があの王子なのだと嘆くお姫様。初対面なのに花の一つも持ってこなかった。もっとやさしい相手はいくらでもいるだろう。国のためとはいえ、こんな結婚はお断りである、と。


 お姫様の物言いのせいで、王子様の顔がクルトになった。お姫様とユーリがあまりに似ているからだ。

 こちらの期待とは裏腹に、侍女は何も言わなかった。がっかりである。彼女なら何かしてくれそうに思っていた。

 また、次の頁へと移る。文字へと視線を落とす前に扉を見た。

 ローグはまだこない。兄弟からの手紙に返事を書くと言っていた。先に寝ていていいとも言われたけれど、まだまだ眠くなかった。

 場面が変わった。薔薇園の中で、お姫様がお茶をしている。

 そういえば、サガノトスにも薔薇園があるのだ。一度は訪れてみたい。けれども気が引けている。

 管理者があのムイ正師だからだ。

 下手に手折ってしまったら、懲罰房に放り込まれてしまいそうで……。どうしても覚悟が決まらないのだ。


 すっかり気落ちしているお姫様。その彼女に襲いかかる黒の影。――刺客だ。

 絶体絶命の危機である。

 そこにやってきたのは王子様。待っていましたと前のめりになる。お姫様をかばって負傷した王子様は、それでも果敢に刺客と切り結ぶ。

 死闘の果て、ついに王子様が勝利した。やるではないか、クルト。

 王子様は、手についた血を拭ってからお姫様に差し出して「ご無事ですか」と声をかけた。感動の結末かと思いきや、まだ本の半分だ。

 ……おかしい。絵本ならば"めでたし、めでたし"と入る頃合なのに。


 夜、お姫様は窓辺に佇んでいる。昼間の余韻が抜けていないのか、眠れないらしい。

 そこに侍女がやってきた。お姫様は言う。あの王子の眼差しが、自分を貫いていったと。

 あれ……と思った。

 お姫様は変なことを言っている。寂しい気持ちが大きくなったのとは違うのか。

 侍女がお姫様を慰める。そして語った。「姫様は、恋をなされたのです。あの方に、心を射抜かれたのです」と。

 ますます変である。

 恋はそんなに鋭い形をしていなかった。柔らかくて、あたたかい気持ちだ。一緒にいると寂しいながらうれしくて、一緒にいないとすごく寂しいものである。

 射抜かれるなんて、痛くて大変そうだ。

 思わず唸る。

 これは子供向けだからだろうか?

 ああ、でもおかしい。子供向けなら、わかりやすい話になっているだろう。


 うんうんと唸っている時、扉がそっと開かれた。

「起きていたのか? ……どうした、そんな顔をして」

 低い声の問いを受け、物語の世界から一気に引き戻される。

「……本を読んでいまして」

 何でか少し恥ずかしく、声が小さくなってしまう。

「文字を読む時は、いつもそうだな。そろそろ寝ないと明日が辛くなる。朝から掃除をするんだろう」

 そうだ。

 そうだった。

 明日は友人達を招いてのお茶会だ。早起きしなければ、隅々まで手を入れられない。

「もう眠ります。……ローグは?」

「あと少しで書き終わる。早く返さないとうるさいから」

 定番のしかめっ面になったローグは、部屋の灯りを収束させ、枕元の一つだけにして部屋を出ていった。

 書き終わったらきてくれるはずだ。だから先に寝ていよう。

 気になる物語の合間にしおりを差し込んで、寝床へと向かう。


 明日はきっと楽しい一日になる。期待で胸を高鳴らせ、静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ