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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十一章 神籬の遺跡
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カルデス商人とお勧め商品

 夏の終わりに、彼が突然訪ねてきた。

 そしてこう言ったらしい。


(お勧めしたい品がある)


 今年の冬にやってくるだろう忌憚の影。里の上層ですら把握しきれぬ敵の動き。そして、敵の目的はまだ藪の中。

 だがはっきりと狙っているものが、一つだけある。


(雛の鳴き声を拾うには最適だ)


 過去の教訓から里の構造を変えて、高士と導士の接触を最小限にしたのはいい。経路を限ってしまえば、導士を唆して、術具をばら撒くのが難しくなる。しかし、それだと聞こえ辛くはないか。雛を囲って守ったがために、鳴き声が遠くなっているはず。

 人は往々にして群れを成す。

 群れには規則が生まれる。群れが群れであろうとする時、暗黙の内に定められる。

 規則の中には、必ずと言っていいほど黙秘が含まれる。

 子供の遊びに対し、大人が口を挟めぬのと同じ。娘の内緒話から男が弾かれるのも、まさしく群れの原理。

 導士の群れに、上層が介入することは不可能。せいぜい悲鳴ぐらいしか届かない。

 しかし、悲鳴が上がった時ではもう遅い。

 常に雛の鳴き声が聞きたいのなら、子飼いを作り、群れに放つのが一番だ。


「対価は、手ほどきで構わぬと」


 冬までの間に、必要と思える範囲の真術を仕込めばいい。そうすれば一挙両得だろう。

 何が起こるかわからない。わからないが確実に事が起こる。

 慧師の力は絶大。側近の力量も高い。しかし、どうにも数が少ないように見受けられる。潜り込んでいる耳を恐れてのことならば、それも仕方ない。ただ信のおける相手の数が少ないのなら、猫の手とて借りたいのではないか。

 雛といっても真導士。猫よりはいい働きができる。


(今日買えば、今日から使える。もし必要なら、春から夏までの鳴き声も一括で――)


 呆れた。

 彼は、自分を商品にしてバトに売り込んだのだ。

 用意したのは現状の分析と売り文句。たったそれだけで対価を得るのに成功した。しかも、あれほど反発していた相手に、取引を持ちかけて……。


 ああ、これだから商人は油断がならないというのだ。

「何て、人なのでしょうか」

 青銀が冴えた輝きを強くした。感情の種類までは視えないけれど、比較的好ましげな色を出している。

「今年の雛は変わり種が多い。お前達はその極みだな」

 バトが言うのも無理はない。

 いまは腹を立てることすら悪いように思う

「お前は何故わかった。奴は隠匿と転送の輝尚石を使っていたはず。いかに鼻が利こうとも、追えぬだろう」

 種明かしを受けて納得する。

 だからいつも撒かれていたのだ。遠くで隠匿を使われては、さすがに感知できない。

「ラーフハックと戦った時に、ローグが輝尚石を使ったのです」

 真円から飛び出してきた彼は、"淪落の魔導士"に向かって輝尚石を放り投げた。

 真術の気配はしなかった。単純に真力だけが籠もった輝尚石。輝尚石が爆発した作用はわからないけれど、強くバトの気配が香っていた。

「バトさんの輝尚石を持っているのは変ですもの」

「同じ任務に入れば、他の真導士と輝尚石の分配をすることもある」

「そうかもしれませんけど、ティートーン高士がいました。あの人も燠火でしょう。陣営で輝尚石を分配するとしたら、自分で籠めたものを渡しませんか?」

 ローグと大隊長殿は、輝尚石の分配と説明があると言って、一足先に陣営へと向かった。

 その時、バトは自分と倉庫にいた。もらうとしたら大隊長殿が籠めた輝尚石のはず。それなのに、彼はバトの輝尚石を持っていた。

 他にやり取りをする機会はなかった。あったとしたら自分も目撃している。

 ならば、彼はいつバトの輝尚石を得たのか。実習より前でなければ、とても説明がつかない。

「……ほう。少しは賢くなったようだ」

「日々の成果です」

 男達は大事な話を隠してしまう。男女の壁を越えるには、ほころびを見つけるのが一番である。


 得意になって胸を張り。はたと用事があったことを思い出す。

 ふわふわと風に舞っているローブから、宝珠の首飾りを取り出して手渡した。

「お返しします」

 青銀の瞳に、幻の光が強く映る。

「いいのか」

「ええ、わたしは下りません。だからお返しします」


 一緒に戦うと決めた。

 女神から与えられた新しい故郷――サガノトス。

 帰る場所はここにある。もう失わない。村の悲劇は、二度と繰り返さない。今度こそ、この手で守り抜くのだ。


 バトが宝珠を高く放った。

 天空で日と交じり合って煌きを放ち、真術ごと破裂して季節外れの雪となる。

 ちらちらと落ちていく煌きの雪を、無言のまま見送った。

「己の発言には責任を持て。戦うというなら、お前にも修行が必要だ」

「はい、わかりました」

 強くなろう。

 大切なものを守るために。この地にあふれる色達と共にあるために。

 バトは返答を聞き、目を閉じて冷笑を出した。

 冷たい笑顔のはずなのに、あたたかい気分を抱いてしまい、その温度差に戸惑う。

 仕舞い方を悩んでいると、冷たい笑顔が皮肉な形へ変化する。変化を認識した時、真眼が警告の鐘を打ち鳴らした。

「では、早速手ほどきをしてやろう」

 ふわふわと浮いていた身体が、高く高くに上げられる。

「系統の差はあれど、旋風はどの高士も使える。飛ぶだけであれば、それほどの力を必要としない」

「バトさん……?」

 青銀が冴えて輝き、冷笑を深くする。

「輝尚石を経由して飛べば、隙を突かれやすい。せめて冬までに、己の羽で飛べるようになれ」

「が、がんばります」

 精一杯修行するから下ろして欲しいと懇願する。しかし、身体の浮遊が続いていた。冷静になって下の世界を見てみれば、中央棟が豆粒のように小さく見えている。高過ぎると認識した途端、体中のうぶ毛が逆立った。

「修行に必要なのは意志だ。必ず飛ぶという意志が力となる。まずはそこからはじめよう」

 何をする気なのか。

 聞いた声は、情けないほどかすれていた。

「とはいえ、いきなり意志を持てと言っても難しかろう。……ゆえに手伝ってやる」


 ――飛ばねば死ぬと思え。


 冷酷な宣告がきて。周囲の風が溶けるように消えた。

 悲鳴を上げながら、真っ逆さまに落ちる。見る見る中央棟が大きくなり、代わりに青銀の真導士が小さくなっていく。

 真眼から真力を放って風を呼ぼうとしてみたが、やってきたのは天水に懐く精霊ばかり。恐慌状態に陥った自分の悲鳴を聞いて、彼等は癒しの展開をはじめる。

 違う、違う、そうじゃないのです、と騒いだら、今度は守護が出てくる始末。

 もう無理だと覚悟を決めた時、やってくる気配をつかんだ。

 救出を願ってその名を呼ぶ。手を伸ばして求めるのは、唯一の翼。

 伸ばした手が、骨ばった手と繋がる。繋がった場所から熱が移って、力を生んだ。




 秋の中、二羽の雛が舞う。

 つたない羽ばたきは風となり、道なき道を駆けていく。

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