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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十一章 神籬の遺跡
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勝負の行方

「どこまでひっくり返せば気が済むんだろうねえ、あのお嬢ちゃんは」


 解読部の男が出て行った途端、緊張の糸を切った同期は、頭を抱えて項垂れた。

「……ったく、責任の一端はバトにある。反省の証として、今後提出する報告書は、もっと詳細に書いてくれ。"奇想天外"と"予測不能"じゃあ、なあんも伝わらん!」

「"予測不能"ゆえ、不可能だ」

 詳細に書けば、何ゆえそうなったのかと謎を生み。それでいて結果だけ抜き出せば、形を失う。

 どう書こうが突拍子もない報告書が出来上がる。なれば、何も書かない方がいいだろう。

 まんまと馬鹿犬の掘った穴に落ちたティートーンは、勘弁しろよと唸り、卓の上で潰れた。

 世話係がおらぬいま、放り捨てるに限る。


「……ん、誰だあ? 鍵は掛けてねえぞ」

 静寂を落とした会議室。その扉の前に、やってきた気配がある。糸を切ったせいで部下とでも勘違いしたのだろう。

 だが違う。勝手に入室許可を出しおってとわずかな腹立ちが出た。

「ありゃ、お前か」

 相手を視認し、元気にしてたかと適当な対応をする。部下の気配くらいは把握しておくべきだろう。

 やってきたのは赤い髪の雛。

 先日は面倒をかけられた。また最高傑作だのと抜かしたら、今度は加減してやらぬ。

「飯。サキが持って行けって」

「よし、でかした! 下の方で美味そうな匂いがしていると思ったら、お前達だったか」

 膳に乗せられた食事が、卓に並べられる。

「……おい、おっさん。あんた偉いさんなら最初に言えよな」

「ああん? 何だ気にしてたのか。オレはバトより心が広いから心配するな。だがな、小僧っこ。オレは三十路前でまだ若い。今後はお兄様と呼ぶがいい」

 "赤いの"は、これにふざけるなと返して退室した。

 相変わらず騒がしい雛だ。

「若いってのは無謀でいいねえ。ま、今年の雛はまだまだだな。オレ達の懲罰房記録は抜かせまい」

 気色の悪い笑みを浮かべ、勝手に食事をはじめる。

 その上、酒が飲みたいと言い出して、面倒に拍車がかかる。

「……お前、世話係はどうした」

 先ほどから姿を見せておらぬ。世話係が世話をしないから迷惑をかけてくるのだ。

 いい加減に引き取らせようと考え、所在の確認をする。

「ああ。ちょっと野暮用だ」

 右手の小指を立てて、また気色の悪い笑みを浮かべる。

 しかし、気配が変わった。

 腐れ縁と言えど長い付き合い。気配の揺れが何を示しているのかは把握ができた。

「別嬪さんの尻を追っかけてる。邪魔してやるな。一人前の男となるために、女一人くらい口説いてもらおう」

 翡翠に真力が滲み、光る。

 荒い気配を出したティートーンは、焼いた鶏肉を持ったまま席を立ち、部屋を出て行く。

「まあ、思っていたより長くかかっているようだ。情の厚い保護者としては心配になってきた。……あいつにも頼まれているからな」

 様子を見てくる、飯を残しておけよと言い置いて、扉が閉まる。

 "神具"を狙い、里を出てきた女。

 女が秋に動いたのは想定外。冬がくるまで潜伏しているつもりかと考えていたが……。

 窓越しに夜を眺める。星の輝きが、また一段と強くなってきていた。

「――きたか」

 同期が姿を消した扉の向こう。待ちかねていた気配がある。

「入れ」

 扉が開き、気配が部屋に流れ込む。

「遅い、何をしていた」

 問えば、そつのない返答がきた。鼻は利かぬが小回りが利く。余計な気も利くのが難点といえば難点だった。

 此度の任務で、導士にこだわる理由が見えた。冬にかけて、もはや一時も気が抜けぬ状態。

 単独での動きは身軽でよかったが、不便もあった。穴を埋めるように出てきた"これ"の動きも想定外。しかし、存外調子がいい。


 流れがきた。


 十二年前と等しく。大きな相違を孕んだ今年。

 転がされた賽は、回転を続けている。この大博打で勝ちを収めるのは誰か。勝負の行方は、いまだ彼方にある。







 輝尚石の輝きが鈍った。

 通ってきている呼吸が荒い。いかにフィオラと言えど、単独で行くのは無理があったのだ。

 一人帰還した雛上がりから、かの"大鼠"の顛末を聞いた。

 相手は大隊長。

 しかも、あの"鼠狩り"まで出張ってきていた。戦力を削られたことは痛手となる。どころがジーノは顔色を変えなかった。

 そして、それはいまも同じだ。長年、連れ添った相棒が危機に瀕しているというのに、涼しい顔をしている。

「いいのか?」

「何がだ」

 ジーノの横で、雛上がりが青い顔をしている。こやつを連れて行くからだと、不満を高めた。

「フィオラは囲まれている。第一部隊は、囲んだ相手を逃しはしない。あらかじめ手はずを整えているのかと聞いている」

 表情を変えずにいる優男は、手はずと繰り返した。

「ない」

「何……」

「ないと言った。君もいま言っただろう。第一部隊は囲んだ相手を逃さぬと。囲まれてしまったのは彼女の失策だ」

「里へ移送される前にと、"神具"を取りに行かせたのは貴殿であろう!」

 そうだが、と起伏なく答えた男は、一度だけ首領がやってきた幕の向こうへと視線をやった。

「かの方に間違いは無い。彼女が失策を取ったまで。捕縛は覚悟しているだろう」

「捕縛されれば、慧師の下問がある! フィオラが捕縛されれば、計画のすべてが露見してしまう。まさか、それすらも計画の内と言うのか!?」

「露見しないさ」

「何……?」

 落ち着くといい。

 ジーノは語り、己と雛上がりの前にグラスを出した。

「我が名にかけて保障しよう。何一つ露見しない。そうなっている」

 明日の天気でも語るように、男は言う。

 一段と強い光を放ち、輝尚石が割れた。フィオラが割ったのだ。逃げ切れぬと考えての行動だろう。

 翼を奪われた男は、グラスを片手に破片が散らばる音を聞いている。

 闇深い拠点で、強い光源が失われた。

 拠点に残されたのは、わずかな松明の灯りのみ。壁に掛けられた炎が、男の背中に灯りを当てて揺れる。

 背中に光を奪われたあちら側で、長い影が踊った。

 すべてを嘲笑っているかのような動きに視界が縫い止められ、しばし自由を失った。

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