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真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
自サイト 一周年記念 お礼小話
8/195

二人 3

「っかー! すんげえ腹立つ」

「まあまあ、クルト殿。いつものことじゃありませんか」

「いつもいつもだから余計なんだよ。困ってるんだ助けてくれって泣きついておいて、自分は何にもしない気でいるだろ。んで、断ったら後ろ足で泥を引っかけてきやがって。一発、殴ってやりゃよかったんだ」

「一応、ローグは謹慎明けってことになってるから。さすがに喧嘩沙汰はまずいでしょ」

「……じゃあ、オレが殴りに行く」

「おいおい。クルトが謹慎になったら、ユーリちゃんが狙い打ちにされるだろ」

 ギャスパル達は、いまだ同期達を狙っている。

 表立って派手に動かなくなっただけで、やっていることは相変わらずだ。人通りの多い道を選べば見回りの高士がいるから、なるべく大きな道を歩くよう心がけている。薬草を採りに行くにも、ぞろぞろと連れ立っていかなきゃまずい。ほとほと迷惑なんだけど、あちらさんはお構いなしだ。

「ちきしょー。……おい、ローグレスト。お前どこ行く気だ?」

 怒りを撒いていたクルトは、あらぬ方向へと進路を変えたローグを呼び止めた。「お前の家はこっちだろう」と言っているものの、言われているローグは道を進んでいる。

「倉庫に行く。帰りに寄ってきてくれと頼まれている」

「何だ。野菜でも足りてねえのか」

「輝尚石を使い切ってな。水晶をもらいに行く。あとは夏用のローブを頼まれている」


 ――ローブ。


 頼まれていると言っている以上、サキちゃんのローブだろう。

「お熱いことで」

 ジェダスがしれっと言ってのけた。

 言われたローグは恥ずかしがるどころか、誇らしそうに笑う。


 お嬢さんに衣服の用意を求められる。

 それは甘えであり、信頼である。さらに踏み込んで言えば、男の器を計る意味合いだってある。


 倉庫へもらいに行くだけだと軽く考えているなら、今度行ったときに教えてあげなきゃ駄目だ。男にとって、とても重大な出来事だし。地域によっては、そのまま婚姻と結びついてしまうほど大きなことなのに。

 ああもう……あの羊さんは、どうしようもなく無防備だ。

「ローグ、オレも一緒に行く」

「何でだ」

「天啓だ。女神が行ってこいとおっしゃっている」

 言った途端、仏頂面になったローグの背中を叩き、倉庫への道を歩く。

「……僕も行きますっ」

 遅れて名乗りを上げてきたダリオに、いじましさを感じたのはオレだけだったろうか。心配そうにしている友人達に向かって、また明日と手を振って挨拶を交わす。

 日は真上を過ぎたばかり。

 今日はうんざりするほど、あつい一日だ。




「お疲れ様でした」

 そっと目の前に出されたのは、涼しげな色のグラス。冷茶には氷が浮かんでいて、これぞ女神の恵みだと大喜びで受け取った。

「水晶の箱、ありがとうございます。全部使い切ってしまって困っていたのです」

 ほんわりとした柔らかい笑顔で礼を言われた。こういうのはやっぱりうれしい。がんばって運んできた甲斐があるというもの。

 これが自分の惚れた相手だったら、心底幸せだろうなと夢を描く。

 出会いが遅れているだけで、きっとどこかで待ってくれているはず。子供じみた夢だけど信じるだけなら罰は下らない。

「いいよー、いつでも言って。食事のお礼をしなきゃと思ってたからさ」

「あまり気にしないでください」

「いいのいいの。な、ダリオ」

 横で固まっている不自然なダリオは、聞いただけで挙動不審に拍車がかかった。

 さんざんどもった挙句、しどろもどろの返答をする。

 ダリオの様子がおかしかったのか、サキちゃんはお盆を持ったままくすくすと笑う。狼の勢いに慣らされた金の羊には、ささやかな好意程度じゃ通じないんだろう。

 ダリオのことを、ちょっとだけ哀れに思う。

「サキ、直ったぞ」

 間の悪いときに戻ってきたローグ。炊事場からひょこりと顔を出した男のせいで、ダリオが盛大にむせた。

 帰宅早々、棚の調子をみてくれと言われた黒髪の友人は、これまた意気揚々と修繕に乗り出していたのだ。案外、手早く終わったようで、成果を確認してくれと彼女を呼んでいる。

「もう終わったのですか?」

 びっくりした顔の羊さんは、お盆を卓に残し、ぱたぱたと炊事場に向かう。

「ああ、よかった。ちゃんと閉められるようになりました。ありがとう、ローグ」

「ねじが緩んで、閉めづらくなっていただけだ」

「そうだったのですね。お皿を入れすぎて歪んだのかと心配しました」

 真面目に悩んでいたらしい。

 真剣な口調になった彼女の台詞を聞き、ローグが笑った。それはそれは楽しそうに笑っているローグ。元気を取り戻した友人のどこにも、影の気配は残っていなかった。


 喪失しかけていた日常は、留まることなく流れている。

 これでいい。

 いいや、こうでなきゃいけない。


 運命のいたずらを乗り越えた二人の姿に目を細める。せつない溜息を片耳に入れながらも、満たされた気分を味わう。

 今日は、ほんとにあつい一日だ。

 でも、あつくてもいい。じめじめとした長雨に降られるよりは、ずっといいんじゃないか。

 そんな風に思えた。




「お邪魔しました」

「また、邪魔しに来るからなー」

「たまには遠慮しろと言っているだろうが……」

 あつくて堪らなかった一日だけど、どうやら終わりが近づいてきている。

 夕立の気配が濃くなってきた大気。緑の葉をゆらして駆け抜けていく風から、湿った匂いがしてきている。

 降られちゃ堪らんと、帰宅を選ぶことにした。

 夕飯の誘惑は断ち切りがたい。だからといって、濡れ鼠になって帰ったらお嬢様の小言が怖い。

 ぶつくさ言っているローグを心配したのだろうか。衣類を畳んでいた手を止めて、サキちゃんも見送りに出てきた。二人が並んで立っていると妙にしっくりとくる。

 早々に所帯じみてきた友人番。からかいの気持ちがむくむくと沸いてきたけど、今日のところは勘弁してやろうか。


 それじゃあと声をかけ、ダリオと共に帰路につく。

 同じように手を上げているローグの横で、彼女がぺこりとお辞儀をした。

 とろとろと歩き。少し気になって振り返れば、窓の向こうでサキちゃんがまとめた衣類を運んでいた。

 流して見た樹木の下。

 空いていた穴はすでに埋められている。緑の合間に茶色が覗いているだけの場所。本当に、ただそれだけの場所。

 きっと季節がその跡すらも消し去っていくだろう。

 そうでなきゃいけないんだ。


「……ヤクスさん」

 感慨にふけっていたオレを呼ぶ、萎れた声。

 うちひしがれているダリオは、遠く遠くを見つめて、また溜息を落とした。

「何でサキさんだったのかと……言っても詮無いことですよね」

 それは「自分が」だろうか。

 それとも「ローグが」だろうか。どちらにしても同じだけど、何となく気にかかった。

「わかっているんですけど、辛いものは辛いですね」

「だろうねー。どう、諦め切れそう?」

「諦めるしか……ない、です」

 もちろんローグの恋路は、友として応援している。だけど、こうやって目の前で魂が抜けそうになっていれば、やさしい言葉くらい用意したくなる。

「まあまあ、キクリ正師も言ってたじゃないか。諦め切るまでがんばってみたら?」

「無理ですよ」

 ダリオはつぶやいて、両手で顔を覆った。

「あんなの見ちゃったら、もう無理ですよ……」

「あんなの……って?」

 いったい何を指しているんだろう。

 すっかり毒されている自分には、いつも通りの二人でしかなかった。

 やっぱりあれか。片思い中のダリオにとってはきつかったのか。だったら悪いことをした、せめてオレくらいは気を使ってやればよかった。

「やっぱ、目の毒だったよねー」

「目の毒どころじゃないですよ。最初から無理ってわかってたけど、さすがにもう……」

 んんん?

 落ち込むにしても程度がひどい。

 ダリオが指している"あんなの"って、一体どれのことだろう。

「見てなかったんですか……?」

 腐っても真導士。

 燠火でも。真力が多少高くても。オレがわかっていないのは読めたらしい。

「見るって何を」

「だからさっきの洗濯物ですよ。完全に男物じゃないですか」

 思い出してみれば。確かにあれはローグの衣類。というか夜着だった。

 油断だらけの羊さんは、当たり前のように畳んでいたけど。……やっぱりあれは、まずいだろうね。

「まあね。でも畳むくらいだったら、他の番でもやってそうじゃないか」


 家事は女のもの。

 男が侵してはならない絶対の領域だ。男女の番だったら、同じようなことしてそうだ。


 深く考えず。のんびりと答えた。

「違いますよ。その後のあれですよ!」

 えっと、その後?

「何かあったっけ」

「ありましたよ。畳んだ服をサキさんが片付けていたじゃないですか」

 少し前に見た光景を思い起こす。

 きれいに畳んだ衣類をひとまとめにして、いそいそと部屋に向かっていた彼女の姿を。

「棚を開けるからってことか?」

 言えば、違うと首を振り、苦悩した様子で頭を抱えた。

「夜着を部屋に持って行ったんです」

「だから、部屋の棚に仕舞いに――」


 あ。


 あー……。


 そういう、ことか。


「ローグの夜着だったよな……」

「ええ、どこからどう見ても。……何でサキさんの部屋に運ぶんでしょうね」

 本当に、何ででしょうね。

 虚しさをただよわせ、小さくつぶやいたダリオは、かわいそうなくらい肩を下げてとぼとぼと歩いている。

「ダリオ」

「……はい」

「これからサロンに行くか」

 頷きを返すのが精一杯だったんだろう。

 あまりにいじましくて、放っておけなくなってしまった。

 結局、二人して飲みに行き。ざあざあと降ってきた雨でずぶ濡れになり。お嬢様相棒の怒りをかった。




 あついあつい夏のとある一日は、こうして幕を閉じたのである。

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