表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十一章 神籬の遺跡
77/195

虹霓神祇官

「……すごいな」


 あれは何の真術だと彼が聞く。苦しそうな呼吸は続いているけれど、余裕が戻ってきた様子である。

 カルデス商人の体力がうらやましい。五つ目の真力が心底うらやましい。自分はまだ無理だと、ぐったりとしながら考える。

 考えている最中に、さらさらと答えが書き込まれた。

「"発揚の陣"。古代真術です。さっき教えてもらいました」

 他者の真術を強化する。

 強化というより、倍増といった方が正しい。そんな真術だ。

「神祇官さんに、お礼を言わないといけません」

 伝えて息を抜く。


 息に次いで力も抜いた時、壁際で嗤い声が生まれた。


 ざらざらとした嘲笑が、自分達を戦いの場に引き戻す。

「……いいねぇ。何て美しいのだろう。ごらんよ、私のこの姿」

 自身の焼け爛れた身体を、血みどろの手で触れている男。狂気に飲まれた男は、高い声で壊れた嗤いを出している。

 自分達のそばに、真円が描かれた。

 ほとんど真力を残していない"淪落の魔導士"が、いびつな真円を重ねる。

「君達も飾ってあげよう……」

 ローグが腕を掲げた。

 彼の真力はまだ残っている。けれど、切れた集中を戻すのは難しい。よれた気力の訴えを受けて、薄い守護を展開する。

 嗤い声が大きくなった。

 真円が輝いて炎の匂いが高く上がり、狂気の声が死を宣告した。


「――死ぬのは、貴様だ」


 中空に描かれた真円から、凍えた真力と冷徹な声が出現する。

 咄嗟に目を瞑った。

 一瞬の後、宣告が宣告に上書きされる。瞼の裏側で、狂気の命が結末を迎えたようだった。




 葬送の場に、気配が二つやってきた。

「……任務識別番号 ○二五三九一四号。完了を確認。報告書は後日提出をお願いします」

 副隊長殿の声がする。

 血臭に動じることもなく、淡々と諳んじている声が、どこか遠い。

「おー、よかった! 間に合ったな。無事で何よりだった」

 大隊長殿の労いが、変にゆがんで聞こえた。

 壁際で真術が展開されている。真術の収束をみてから目を開ける。

 "淪落の魔導士"がいた場所には、血の一滴も残っていなかった。終わりを確認して、全身の緊張を解く。

 呼吸を整えていると、床と中空から先輩番が帰還した。

 中空からの帰還だったせいか、ジョーイは腰を打ってしまったようだ。アナベルに癒しを求めているけれど、彼女は床に座ったまま放心している。

「大隊長、あの二人はきますかね」

「んー……。どうだろうねえ」

 帰還したばかりの博士殿が、二人の会話を聞いて答えを出した。

「ここには来ないかと思います。彼等には『問い』が与えられていないでしょう。神祇官達は、与えるべき相手を選別していたようですから」

 いててと言いつつ、博士殿はアナベルを揺さぶって正気を戻そうと試みている。

「ジョーイ殿。何故おわかりになる」

 副隊長殿の疑問はもっともで、注目は自然とジョーイに集まる。

「皆さんも神祇官に会いましたよね。『問い』を受けたでしょう。何かを与えてもらったのでは? 僕もお会いしました。そして知識を望んだのです。遺跡内で起こったことなら、把握できているみたいですね」

 気がついたらしいアナベルが、悲鳴を出した。

 「人が」「光が」と相棒に訴え、ばたばたと手を動かしている。

「落ち着いて、アナベル。後で情報を整理するから。……二人はすでに遺跡を去っています。『問い』を受けなかった彼等は、選別の対象にありません。あの"出奔者"がこの場にいたのは、神祇官の試練だったようです」

「そうか……。取り逃がしちまったな」

 ぼやきが場に落とされた瞬間、水晶の広間が――虹色に輝いた。


『果ての子達よ』

 朧な人が、一人、二人と形を作る。

 七人が周りを囲むようにあらわれ。……そして八人目が、目の前に姿を見せた。

『覚悟は見届けた』

 八人目は、他の神祇官とは姿が違う。

 首に虹色の装飾をして、自分の前で微笑んでいる。

『望みのものを与えよう』

 自分へと語りかけてきている八人目の神祇官。戸惑いはわずかだった。


「選ばれたのは君だ」


 博士殿が言う。

「"神具"を受け取る資格は、君に与えられた」

「……お、おいおい。お嬢ちゃんにか?」

 大隊長殿の慌てた言葉を、博士殿が肯定する。

「そうです。選別を受けて相応しい者が選ばれました。各々に与えられた力とは別に、虹霓神祇官が力を与えてくださいます。さあ……手を」

 神祇官達の代弁者となったジョーイの言葉に従い、両手を伸ばす。

 周囲の気配が、固唾を呑んで見守っている。

 望みを描くのは、もはや容易かった。


 自分の心は、ここにある。


 虹霓神祇官の口元が、きれいな弧を作る。

 両手の中で、虹色がうるうると光っている。溶けるようにあらわれたのは ――輝く一本の杖。

 杖は手に触れた途端、身体に吸い込まれて消えた。




 意識が遠のいていく中で「お行きなさい」と言われた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ