表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと風渡りの日  作者: 喜三山 木春
第十一章 神籬の遺跡
73/195

赤い食指

 暗い回廊に、灯りが生まれた。

 隊列の前部と後部で灯された炎が、時の向こうに消えた文明の残り香を蘇らせる。

 回廊は、水晶らしきものでできていた。

 山よりも大きな物差しで、きっちりと線を引いたと言われたら信じてしまう。

 美しさは、極まり過ぎると恐ろしさに通じるらしい。回廊に入ってから鳥肌が治まってくれなくて、密かに困っている。


 両腕で二の腕をさすりながら歩き、誤魔化しがてら前方の変化に意識を合わせる。

 ここにきて、隊列の位置に変更があった。

 先頭は大隊長殿。次に先輩番で、すぐ後ろにローグと自分。真後ろに副隊長殿で、最後尾はバト。意味がありそうだけどやっぱり聞きづらい。遺跡から出たら聞くことにしよう。


「壁に文字が刻まれているわ」

「神聖時代の文字だ。よく見て、アナベル。境目ごとに文字の系統が違うでしょ。神聖時代は複数の言語があった。現在、発見されているだけでも五種類。この遺跡は、歴史に残る大発見だ。ざっと見ただけで五種類以上はあるよ」

 全部書き写して持って帰りたいと、空恐ろしいことを言う。文字を見るだけで拒絶反応が出る自分では、博士殿の心境に共感ができそうにもない。

「サキ、耳鳴りはするか」

 ローグに問われて、いいえと返す。

「なら、大丈夫そうだな。変化があったら言ってくれ」

 後ろにいる副隊長殿に「耳鳴りがどうしたというのか」と聞かれたので、勘が働くと耳鳴りがすると伝える。

「グレッグ、お嬢ちゃんの勘はすげえぞ。金糸雀並みだから注意して見ていろ」

「……わたし、鳥ではありません」

 抗議に忍び笑いが返る。

 忍び笑いの後ろで「いや猫だろう」とか「犬だろう」とか言っている気配も感知できた。気が利かない三人は、詫びの印として回廊に花の絨毯を敷くべきである。


 長い回廊に終わりがきた。

 水晶の回廊の奥には、長方形に伸びる広場があった。ここも水晶でできていて、また区切りごとに違う文字が刻まれていた。

 まさに知識の広場といった風情だ。

 場の最奥には、低めに造られた基壇がある。その場所だけ文字が刻まれておらず、恐ろしい美でしっかりと固められていた。

「終わりか……?」

 広場を見渡し、副隊長殿が言葉をもらす。

 言葉の通り、広場はどこにも通じておらず。一見して行き止まりのようだった。

「……んなわきゃねえな」

 部下の発言を大隊長殿が打ち消し、ジョーイに問いかける。

 広場に出たためか、それぞれの声が長く薄く反響していた。回廊の方から風の音が聞こえていて、寒気が悪化する。

「しばし、お待ちを」

 興奮が続いている様子の博士殿は、相棒を率いて基壇に赴く。二人が調査しやすいようにと思ったのか。大隊長殿が、広場中に小さな炎豪を散らした。

 暗さが消え、安心できる明るさとなった広場で、一人鳥肌を立てる。

 光の届かない遺跡の最奥は、炊事場にある保冷庫のような寒さだ。一足先に冬を味わうはめになるなら、もっと厚着をしてきたのにと後悔する。二の腕をさすり、ささやかな暖を得ていたら、目の前に大きな炎が生まれた。

「ありがとう」

 彼の会釈に合わせて、黒髪がさらさらと揺れた。

 海をただよわせている焚き火に両手をかざし、冷えてしまった指先をあたためる。身を屈めて熱を取り込み、ふと顔を上げたところで、物言いたげな副隊長殿と目が合ってしまった。

 勝手なことをして怒られるかと冷や汗をかいた時、副隊長殿から盛大な溜息が出される。


「……大隊長、どうして我が隊には女の隊員がいないのですか」

「あ、気づいたか? それはな、むさ苦しい男ばかりで入り辛いからだ」

「女の隊員がいないことが原因と言うのですか。そんなことを言ったら、永遠に誰も入らないでしょう」

「素晴らしい着眼点だな、グレッグ。そう、だから我が隊は男所帯なんだよ」

「だから出会いもなく、全員が独り身なのですね」


 ぐったりと言った部下に、大隊長殿が「真理だろう?」と聞き。聞かれた部下は「真理ですね……」と肩を落とす。

 暇を持て余した大隊長殿達の掛け合いを聞いて、くすりと笑い。笑いの影で感心した。

 こんな会話をしながらも真力を揺らさないから、彼等は精鋭と呼ばれるのだ。寒さ如きでぶれが出てしまっている自分とは大違い。一応は実習期間中でもある。親鳥の言いつけに従い、大いに学ぼうと掛け合いの続きを待った。


 風が吹いて、焚き火が揺らぐ。

 回廊からの風が強くなった。お山は、昼を過ぎると風を出すことが多い。知っていた事柄が、胸の中で懐かしさを膨らませる。

 奥の奥まできたから見えなくなってしまったけれど、故郷の姿を求めて回廊の向こうに目をやる。

 広場が明るくなったせいで、一段と深い闇に覆われている回廊。望んだ景色は、とうてい見えそうにない。

 寂しさが強くなった心に、闇色の何かが一滴だけ落ちる。

 雫の形で忍び込んできた何かは、一呼吸の間に蜘蛛の巣となり、視線の行方を縛り上げてしまう。

 身動きが許されなくなった視線は、回廊の向こうばかりを映す。

「……誰か、きます」

 お次は言葉だと手を伸ばしてきた蜘蛛の糸をかわし、ぎりぎりのところで伝えた。

 まず動いたのは青銀の真導士。

 自分を背にかばい、黒髪の相棒に「消せ」と短く指示を飛ばす。

 焚き火が消されて寒さが強くなった時、回廊から白い靄が勢いをつけてやってきた。霧だと認識した途端、濃厚な白に視界を盗られてしまう。

 肌に触れた気配は、記憶から女の姿をあぶり出す。


 白い悪夢の中で、力強い腕に引き寄せられた。

 離すまいといった動きにつられ、身体が傾いで相棒のローブに着地する。薄められていても、ぎりぎりで見えている青銀を呼んだ。

 指示を求めたのだが、返ってきたのは旋風の守りだった。

 三人だけを囲んだ旋風の内側で、バトとローグの気配が混ざる。温度差のある濃密な気配にまかれ、感覚が遠のいてしまう。

 二人の気配が強過ぎて、真眼を開けていても他の気配が拾えない。

 風の向こうで悲鳴がした。ジョーイの声が、くぐもりながら白に揉まれている。

 アナベルと呼ぶ声がした。

 悲壮なものを含んだ呼び声が、二度聞こえた。もしかしたら三度目もあったのかもしれない。

 だが、その声は耳に届かなかった。

 崖崩れでも起こったような轟音が、耳を塞ぐ。広場を蹂躙してまわる突風は、気配からしてティートーンが放ったもの。

 バトが支えている旋風の勢いが増す。もし青銀の真導士の真円から一歩でも出たら、外で走っている風の濁流に飲まれてしまうことだろう。

 轟音を引き起こしていた風は、広場中に散っていた霧を力づくで消し去った。

 真力だけが光源となった薄暗い場に、炎豪が灯る。

 強い真術と気配を浴びた真眼は、目の眩みに近い症状を出していた。

 世界がまったく視えない。

 両の目も、真眼と同じように眩んでしまっていた。視界を潰されたいま、頼れるのは耳だけだ。


 耳にアナベルの声が届いた。

 離してと抗議している彼女の声は、基壇の奥の方から流れてきている。

「言いたくはないけど、一応はありがとうと言うべきかしら。開けたくても開けられなかったのよ」

 覚えのある女の声。

 サガノトスで暗躍していた"霧の真導士"が、自分達を追ってやってきた。黒髪の相棒が予想した通り、三択の中でもっとも欲しいものを求めて……。




 "霧の真導士"――フィオラが、その赤い食指を伸ばしてきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ